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終末の血族  作者: 天津千里
6章:影潜む要塞
47/57

第47話 影潜む要塞IV

【帝国紀元1799年6月27日 16:00】

【バヤジド直轄領・バヤジド要塞】


 ユリア中隊の突撃によって武装ゾンビを撃破したカラディン軍は、その勢いのまま正面のゾンビの大群も一気に掃討した。

 カラディン軍全体が、要塞への攻撃を続けているゾンビの群れへと向かう。ユリアもそれに続いた。要塞守備兵との挟撃態勢が整う。

 カラディン軍に気づいて向きを変えるゾンビもいた。しかし統制も取れていない彼らが、前後から挟撃を受けてまともな抵抗などできるはずもなかった。魔法の爆炎が次々と炸裂し、散弾銃の斉射が黒い波を削り取っていく。

 要塞の城壁からも、守備兵たちが射撃を加えていた。

 最後の一体が倒れた。

 直後、要塞とカラディン軍の双方から大きな勝鬨の声が上がった。ユリアは剣を下ろし、周囲を見渡す。地面には無数のゾンビの死体が散乱していた。

 戦いは終わった。


 * * *


 負傷兵を後方へ運ぶ兵士たちの姿が、視界の端に映る。ユリアは周囲に指示を飛ばしながら、戦場の片付けを進めていた。死体の山、砕けた武器、血に染まった土。まだやることは山積みだ。

 馬蹄の音が近づいてきた。


「ユリア!」


 聞き覚えのある声。振り向くと、リディアが馬を駆けてくるところだった。

 ユリアは軽く手を上げた。


「リディア大隊長」

「リディアでいいわ。今更でしょ」


 リディアが馬から降りる。疲労の色が濃い顔だ。それでも笑みを浮かべている。

 ユリアは肩をすくめた。


「一応兵の前だからね」

「まあいいわ。それより、よく間に合ってくれたわ。ありがとう」

「アラセアへの道中から急いでいたからね。たまたまよ」


 リディアの表情が、わずかに曇った。


「アラセアは?」


 ユリアは短く息を吐いた。


「......間に合わなかったわ」

「......そう、か」


 リディアは空を見上げた。数秒の沈黙。やがて、静かに言葉を継ぐ。


「仕方ないわ。今は犠牲を最小限にできたことを感謝しましょう」


 リディアはユリアを見た。


「あなたが間に合わなかったら、それこそ、私たちは撤退を余儀なくされて、要塞だって陥落してたかもしれないんだから」

「そこは間に合ってよかったわ」


 ユリアは周囲を見渡した。カラディン軍の兵士たちが、負傷者を運び、死体を整理している。まだ戦場の空気が残っている。

 ユリアは声のトーンを変えた。


「それで、あの側面にいた武装ゾンビは?」


 リディアの表情が引き締まる。


「通常のゾンビに波状攻撃させて、私たちを拘束した上で北から迂回して突入してきたわ」

「やっぱり」


 ユリアは腕を組んだ。


「......もはや知性ある存在が指揮をとっているのは間違いないと思うのだけど」

「ええ。私もそう思うわ......。このアルデリス領への攻撃も、ね」

「そうね......」


 リディアはバヤジド要塞を見上げた。


「最初にエルズリウムに行ったときは指揮されていなかったと思うから、知性のある存在が生まれて、それが掌握したのか......」

「アルトゥイン伯のことを考えたら、それは確実にあると思うわ」

「あれはおそらくそうでしょうね......ただ......」


 リディアが言いよどむ。ユリアは続けた。


「偶然で済ませるには出現場所が的確すぎるわね」

「警戒度を上げる必要があるわね......それも大幅に」

「ええ」


 リディアは深く息を吐いた。


「父には進言しておくわ......っと、長話しすぎたわね。要塞から将軍がお出ましよ」


 バヤジド要塞の門が開き、騎馬の一団がこちらに向かってくる。先頭に立つのは、恰幅のいい豪奢な鎧をまとった初老の男だった。


「正規軍の?」

「そ。同格なら貴族より上よ。ここの司令官はたしか......レンクス大将。格は父より上よ」


 ユリアは眉をひそめた。


「軍の立場って強いのね......」

「そう? 地球では違うの?」


 リディアが首を傾げる。ユリアは肩をすくめた。


「今は貴族階級自体がほとんどないから。軍人も公務員の一種よ」

「なるほど......こちらでは皇帝陛下直属の軍は特別な存在だから。貴族の私兵とは格が違うわ」

「そういうことね」


 リディアは馬の手綱を取った。


「さ、出迎えにいきましょう」

「ええ」


 ユリアも馬に戻る。二人は並んで、レンクス大将の一団へ向かった。

 騎馬の一団が近づいてくる。先頭の将軍は白髪で、立派な髭を蓄えていた。深い疲れが顔に刻まれているが、背筋はしっかりと伸びている。

 リディアとユリアが馬を止めると、レンクス大将もまた馬を止めた。


「出迎えご苦労。本来なら中に迎え入れなければいかんところをすまんな」


 声は低く、落ち着いている。リディアが馬上から敬礼した。


「いえ、カラディン軍所属、リディア・カラディンです。ご無事でなによりです」


 レンクス大将の目が、わずかに見開かれた。


「ガリウスのとこの娘か。お前さんが援軍の大将とはな」

「父からお噂はかねがね」


 ユリアは二人のやり取りを黙って見ていた。


(この人もカラディン伯の知り合いなのね)


 レンクス大将が、低く笑った。


「あいつからの噂か......ろくな話ではなさそうだな」

「武勇伝を伺っております」

「ものは言いようだな! どうせ酒の話だろう?」


 リディアの表情が、わずかに引きつる。


「いえ......そんな」

「くっくっくっ、あいつの言いそうなことだ。大抵はあいつが共犯だからな。そうじゃないと知ってるわけないだろう」

「は、はぁ......それはたしかに」


 リディアが苦笑する。レンクス大将も、満足げに髭を撫でた。

 レンクス大将が、ふと表情を引き締めた。


「おっと、いかん。どうもすぐ昔話が出てしまうな......」


 彼は要塞の方を振り返った。


「中を今掃除させているからな、少しだけ付き合ってくれ」


 リディアが馬から降りる。


「お手伝いしましょうか?」

「いやいい。戦友を弔うのは自分自身でやりたいだろう」


 リディアの表情が、沈んだ。


「それは......失礼しました」


 ユリアは何も言わなかった。


(ここも、相当な被害が出ているのね)


 レンクス大将は深く息を吐いた。


「なにしろ、急に司令部と連絡がとれなくなったと思ったらこれだ」

「こいつらはなんなんだ? 外はどうなってる?」


 リディアが答える。


「我々はゾンビと呼称しています。接触で感染する感染症の類ではないかと疑っています」

「ゾンビ、か」


 レンクス大将が呟く。リディアは続けた。


「外は......エルズリウムはこのゾンビで陥落。以西は一切連絡がとれておりません。ここまで援軍がないことを見ると帝国全土で......」


 レンクス大将の表情が、険しくなった。


「やはりそうか......。物資の輸送列車も途絶えていたからな......エルズリウムはダメだと思っていたが......そうか、帝国全土か......」

「あくまで推測ですが」

「それなりの根拠があるんだろう? わしの直感としてもそれは正しいと言っておる」


 レンクス大将は馬上で腕を組んだ。


「まぁいい。状況はわかった。ガリウスとも今後のことを話し合わねばならんな」

「ハッ、父にも早馬を出しておきます」


 後方から、将校の一人がレンクス大将に近づき、何かを耳打ちした。レンクス大将が頷き、振り返る。


「準備ができたようだ。中を案内しよう」

「ありがとうございます」


 リディアが頭を下げた。レンクス大将の一団が、ゆっくりと要塞へ向かって動き出す。ユリアとリディアも、それに続いた。


 * * *


【同日 22:00】

【バヤジド直轄領・バヤジド要塞客室】(ルシア視点)


 将校用の客室が並ぶ廊下を歩き、ルシアはユリアの部屋の前で足を止めた。

 軽くノックする。


「ユリア、来たわよ」

「待ってたわ。入って」


 扉を開けると、ユリアが机に向かって何かを書いているところだった。羽ペンを動かす手が止まり、視線がこちらに向けられる。

 ルシアは扉を閉めた。


「こんな時間まで仕事?」

「ちょっとね。でももう終わり」


 ユリアが羽ペンを置き、椅子を回す。表情が変わる。いつもの柔らかさが消え、鋭さが増している。


「......ルシア」


 名で呼ばれた瞬間、ルシアの背筋が伸びた。

 ユリアの気配が変わる。主と従の関係。二人でこうして話すのも久しぶりな気がする。

 ルシアは指輪に意識を向けた。


「Nostra manent secreta」

 ――われらの秘密は守られん。


 詠唱と同時に、普段は不可視にしてある指輪が姿を現し、淡く光る。周囲の音が消え、静寂が部屋を包んだ。外の足音も、風の音も、何も聞こえない。

 ルシアはユリアに向き直った。


「どうしたの?」

「瑞希は地球の記憶を失っていたわ」

「やっぱりそうなのね」


 ルシアは頷く。予想していた通りだ。ユリアは続ける。


「......そして、それがアラセアで戻った」

「あの時の暴走はそれが原因?」

「ええ。アウレリアのお義父さんの状態が引き金になったんでしょうね」


 ユリアは腕を組んだ。


「けど、瑞希はそれまで家族のことについて何も言わなかったわ」

「......」

「トラウマが原因で記憶を封印したにしても、関連することをすべて封印するなんてあるのかしら?」


 ユリアの視線が鋭くなる。


「それまでの人生全てを忘れるようなものじゃない? 日常生活すら困るような気がするけど」


 ルシアは少し考える。


「そう......ね」


 家族の影響は日常の出来事の多くに関わってくる。それに、友人や学校のことも全然話していない。それらも忘れていたとしたら? それを全部忘れるのは不自然だ。

 ルシアは口を開く。


「記憶が思い出せなかったのは別の原因がある......そういうことね」

「分からないけどね。けど、都合が良すぎる気がするわ。誰にとって、かは分からないけど」


 ユリアの声には、警戒が滲んでいる。ルシアは頷く。


「わかったわ、注意して見ておくわ」

「よろしくね」


 ユリアは一度息を吐き、話題を変えた。


「それで、こっちが本題なんだけど」


 ルシアは姿勢を正した。


「この、ゾンビって魔法で作れるのかしら?」


 ルシアは少し考える。


「こっちの世界の魔法はまだよくわからないけど、少なくとも帝国の魔法はエネルギー操作が中心な気がするわ」

「......」

「変異させるような魔法は得意じゃなさそうだけど......」


 ユリアが身を乗り出した。


「私たちの知る魔法なら?」


 ルシアの胸に、冷たいものが走る。


「それは可能よ。......まさか?」

「あの魔法陣の文字、私たちの知っている文字だったわ。古代帝国のもののはずなのに」


 ルシアは息を呑む。


「同じ系統の可能性があるわけね......」


 カラディン旧神殿の魔法陣。自分たちが転移してきた場所。あの文字が、地球のものと同じ系統。そして、ゾンビが発生している。

 ユリアは眉をひそめた。


「問題はあれが現代には伝わってないことね。技術の断絶が起きているのに、そんなもの使いこなせるのかしら?」

「事故の可能性は?」


 ユリアの表情が、わずかに曇る。


「ああ......そう......そうね。私たちのときも発動していたものね」

「......」

「その場合は古代帝国はなんて危険なものを仕込んでるんだって話になるけど......」


 ルシアも眉をひそめる。


「普通は自国にそんなもの仕込まないわよね......」

「......」


 ユリアは深く息を吐いた。


「ダメね。情報が足りなさすぎる」

「そうね......」


 沈黙が落ちる。考えれば考えるほど、分からないことばかりだ。

 ユリアが椅子から立ち上がる。


「もう休みましょう。ありがとう、姉さん」


 姉さん、と呼ばれた瞬間、場の空気が変わる。主従から姉妹へ。裏から表へ。密談は終わりだ。

 ルシアは微笑む。


「いいのよ。おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 ルシアは指輪に意識を向け、魔法を解除した。外の音が戻ってくる。遠くで誰かの足音が響いている。

 部屋をそっと退出する。扉を閉め、廊下を歩き始めた。

 少し、何かを掴めているような気がする。

 だが、その奥に何が潜んでいるのか――まだ見えていない。





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