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終末の血族  作者: 天津千里
序章:竜殺しの平野
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第4話 竜殺しの平野IV

【帝国紀元1203年 秋 午後】

【シルヴェルタ平野・北戦線】(セレニウス伯爵視点)


 来たぞ。 血が沸き立つ。今すぐにでも駆け出したい衝動を押さえ込み、セレニウスは戦場を見渡した。若き伯爵の瞳には戦いへの渇望が燃えている。確実に決める。この一撃で全てを。

 北戦線では、ティラヌス伯爵が朝からずっと撃ち合いを続けている。竜人の出現にはセレニウスも驚いたが、ティラヌスはそれでも粘り強く持ちこたえている──ソリウス様の古い忠臣への敬意がセレニウスの胸に湧く。

 北西戦線。ガゼリウム侯爵が川を盾に王国の重装歩兵を食い止めていたが、あの数では厳しいだろう。セレニウスなら躊躇なく退くところだが、老練な侯爵は違う。流石というべきか。

 西には地竜がいたはずだ──西への救援命令ではなく北への攻撃命令ということは、討ち果たしたのか。 どちらにせよ、ソリウス様の判断に間違いはない。


「このまま敵の横腹を食い破るぞ! 続け!」


 声に込めた熱が部下たちに伝わる。部下たちの表情が引き締まる。その熱気が血潮をさらに沸き立たせる。

 セレニウスは湿地を迂回しながら駆ける。馬蹄が湿った地面を蹴り、泥が飛び散る。湿地特有の重い空気が鼻につくが、馬たちは慣れたものだ。蛮族がこちらに気づいた。明らかに動揺している──湿地からの奇襲など予想していなかったのだろう。騎兵の接近を察知した獣人たちが慌てて弓を構えるが、間に合わない。射程に入る前に距離を詰められてしまう。

 正面のティラヌス伯爵も連携を取ろうと一気に突撃を開始した。敵は迎撃の的を絞れず混乱している。 疲弊し、ろくに近接兵を持たない軍など、騎兵の敵ではない。セレニウスは口角を上げた。


「突撃!」


 騎兵槍を構えた第一大隊が雪崩れ込む。数百の馬蹄が大地を打つ響きは雷鳴のようだ。獣人が蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う中、馬上から振り下ろされるサーベルが容赦なく肉を裂く。金属の打ち合う音、断末魔の叫び、馬のいななき──戦場の音が耳を打つ。ドワーフが盾を構えて抵抗しようとするが、その手が震えている。ドワーフの盾など、騎兵の突撃力の前では無力だった。

 血と土埃が舞い上がる戦場で、セレニウスは残存する竜人を探した。

 爬虫類の奇怪な瞳が、セレニウスを捉えた。

 近づくと、その巨体に改めて息を呑んだ。高さは3ミル近いだろうか。周囲の兵の倍はある。この相手に騎乗のまま挑むのは無謀だ。セレニウスは素早く下馬し、愛馬を後方へ下がらせた。

 両手で槍を構えた竜人だが、弓に比べて慣れていないのか、構えがぎこちない。 突いてくる槍にブレがある。筋力任せの鋭さはあるが、動きは単調だ。人間よりはるかに大きな間合いも、かえって対処しやすい。

 盾で軽くいなし、返す刃で横腹を深々と斬り払う。鉄が肉を裂く手応えが腕に伝わった。


「おのれ帝国......滅びよ......」

「ふん、何度でも蘇らせてやる。古代の生き物はもう寝ろ」

「呪いあれ!」


 呪詛の言葉とは裏腹に、その瞳には諦めではなく、何かを守ろうとする意志が宿る。息絶える瞬間まで、竜人は帝国の若い伯爵から視線を逸らさなかった。 同胞への想いか、あるいは祖霊への忠誠か。それは古代の誇りを背負った者の最期だった。


「竜人は討ち取った! このまま掃討せよ! 次の獲物が待ってるからな、深追いするなよ!」

「応!」 「帝国万歳!」 「セレニウス伯爵万歳!」


 歓声と鬨の声が戦場に響く。自分の名が叫ばれるたび、セレニウスの胸に誇らしさが膨れ上がる。この功績こそが帝国での地位を決定づける──そんな確信を抱きながら、セレニウスは北西戦線を見やった。こちらの突破を認識したのか、敵の旗が乱れている。

 王国軍の大半が渡河を終えているため、撤退のための再渡河は困難を極めるだろう。 いずれにせよもう帰らせるつもりはないが。

 残存する蛮族の掃討は順調に進む。戦意を失った獣人たちが四散していく中、まだ抵抗を続けるドワーフの一団が盾を並べて最後の抵抗を試みている。歩兵の密集陣形など、騎兵には格好の標的でしかない。


「第三大隊、左翼から包囲! 第一大隊は正面で牽制しろ!」


 セレニウスは指示を飛ばした。大隊長たちが即座に部下へ命令を伝え、騎兵隊が動き出す。馬上からの高い視点で敵の動きを把握し、瞬時に間合いを詰める。訓練通りに動く部下たちを見て、胸に熱いものがこみ上げた。

 第一大隊の騎兵隊がドワーフの盾列に圧力をかける。馬上から振り下ろされる剣に対し、盾の隙間から斧が振るわれるが、左翼から回り込んだ第三大隊の騎兵槍がドワーフの側面に容赦なく突き入れられた。包囲された歩兵には、騎兵を止める手段がない。


「よくやった! このまま残敵を一掃するぞ!」


 血に濡れた戦場を駆けながら、セレニウスは北西戦線に視線をやった。ガゼリウム侯爵の軍は川岸で踏ん張っているが、王国の重装歩兵の数に押され気味だった。膠着状態こそ好機だ。騎兵の機動力を活かせば、一気に戦況をひっくり返せる。

 今こそその時だ。


「進路を南西に変更! ガゼリウム侯爵殿と合流して王国軍を挟撃するぞ!」

「応!」


 騎兵たちの返事に力がこもる。連戦の疲れなど微塵も感じさせない。むしろ次の獲物への渇望が、彼らの目に宿っている。勝利の味を知った兵ほど強い──セレニウスはそう確信していた。


「さあ、王国の侵略者どもを討つぞ! 帝国の地を踏んだ対価は命を持って支払わせるぞ!」 「応、応、応」


 湿地を抜け、川岸へと向かう。硬い地面に変わると馬蹄の響きが大地を震わせる。

 渡河して攻め込んでいた王国の重装歩兵たちが、対岸に現れた騎兵隊に気づいて凍りついた。川という天然の障壁が、今度は彼らの退路を阻む罠となった。その表情には、退路を断たれた絶望が浮かんでいる。慌てて槍を構え直そうとする者、川に飛び込もうとする者──統制が乱れ始めている。

 ガゼリウム侯爵の旗印が見える。老練な侯爵は川を背にした防御陣形から一気に攻勢へと転じ、歩兵たちを前進させた。

 さらに南方からも別の軍勢が接近してくる。あの旗印は──近衛師団だ。先頭を駆ける小柄な人影が、異様な速さで戦場を駆け抜けている。勇者か。


「今だ! 完全に包囲するぞ!」


 セレニウスが剣を振り上げると、騎兵たちの雄叫びが上がった。王国の重装歩兵たちに動揺が広がり、隊列が乱れ始める。対岸の騎兵に退路を断たれた重装歩兵には、もはや逃げ場はない。

 南東側からガゼリウム軍、対岸からセレニウス騎兵隊、南側から近衛師団──三方から迫る帝国軍に、王国軍は完全に包囲された。


「帝国の意地を見せてやれ!」


 騎兵槍が一斉に突き込まれる。重装歩兵の厚い鎧も、騎兵の突撃力の前では紙同然だ。馬の勢いに押され、槍先が鋼鉄を貫通し、肉へと食い込む。馬のいななきと兵の断末魔が戦場に響く。

 王国軍の指揮官らしき男が必死に号令を飛ばしているが、その声はもはや届いていない。兵たちの目には諦めが浮かぶ。包囲された重装歩兵には、騎兵を相手取る術はない。


「降伏する者は武器を捨てよ! 抵抗を続ける者に容赦はしない!」


 セレニウスの声が戦場に響くと、馬上からの威圧感も相まって、ぽつぽつと武器を投げ捨てる兵が現れ始めた。騎兵に包囲された重装歩兵の絶望は深い。それが引き金となり、王国軍の抵抗は総崩れとなる。

 指揮官は最後まで剣を握り続けたが、ガゼリウム侯爵配下の騎士に組み伏せられた。川岸に倒れ伏す敵兵たち、血に染まった水面──完全な勝利だった。

 セレニウスは深く息を吐いた。ソリウス様の完璧な戦略眼、そして的確な判断──これでもう帝国復興への道筋は見えた。俺もその一翼を担ったのだ。この功績でセレニウス家はさらなる興隆を遂げるだろう。 家門を盛り立てた誇らしさと共に、帝国の未来への確信が胸を満たす。


 かの『竜殺し平野の戦い』は、二百年に及ぶ戦乱を終わらせ、新たな帝国の始まりを告げる戦いであった。

 群雄割拠の世にあって、帝国の名はすでに形骸と化していた。 北からは竜人を率いる諸部族連合軍、北西からは王国軍の重装歩兵、西からは地竜を先頭にした諸侯軍が押し寄せ、若き将ソリウスの軍は三方から圧迫されていた。

 その戦場において、常に彼と並び立っていたのがひとりの乙女である。 異界より来たりし、美しき剣の勇者。彼女の姿は兵たちの希望となり、その剣は道を拓いたと史書は語る。 その剣技によって、彼女はただ一人で三頭の地竜を斬り伏せたという。

 勇者が地竜を討ち果たしたことで諸侯軍は総崩れとなり、さらに北の部族軍を蹴散らした騎兵が雷鳴の如き蹄音を響かせ、退路を断ったことで、王国軍もまた壊滅した。

 この大勝をもって、ソリウス・エレクトゥスはここに帝国の再興を高らかに宣言し、全軍を統べる者として名乗りを上げた。 人々は彼を新たな『建国帝』と讃え、その名は後世にソリス帝国の始祖として刻まれることとなる。

 かくして帝国復興の烽火はここに掲げられ、流された血は、後の世の帝国を照らす永遠の灯火となった。


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