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終末の血族  作者: 天津千里
4章:研がれし刃
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第35話 研がれし刃X

【帝国紀元1799年6月8日 8:00】

【カラディン辺境伯領・カラディン城館訓練場】


 朝の訓練場に金属音が鳴っている。兵たちが装備の確認を進める傍ら、ユリアは片隅に集まった幹部たちを見渡した。砂埃が舞う訓練場の端、木陰になった場所に円陣を組むように立っている。ルシアと瑞希が右手に控え、カリスをはじめとする小隊長たちが正面に並んだ。そして新たに加わったリオフェルとベルンハルトが左手に立つ。中隊の主要メンバーが揃った。

 ユリアは咳払いをひとつして口を開いた。


「リオフェル、ベルンハルトの加入が正式に許可されたわ」


 二人に視線を向ける。リオフェルが白髭を撫で、ベルンハルトが背筋を伸ばした。


「それぞれ、魔導顧問、技術顧問という扱いよ」


 ベルンハルトが一歩前に出て、深く頭を下げた。


「改めてよろしく頼む」


 リオフェルは白髭を撫でながら、やや期待を込めた声で尋ねた。


「よろしくするぞ……それで、研究費とかは支給されるのかね?」


 ルシアがユリアの隣から答える。


「魔導装備整備費として支給されることになっているわ」


 リオフェルの顔が明るくなった。老エルフが両手を打ち合わせる。


「おお、それはありがたい」


 ルシアが小さく笑いながら釘を刺した。


「あくまで中隊の予算ですからね。そんなに多くは出せませんよ」

「もちろんじゃ。無駄遣いなどせんぞ」


 リオフェルが大きく頷く。セリーヌが不思議そうな顔でユリアを見た。


「中隊にそんな予算がつくんですか?  初めて聞きましたよ……」


 ユリアは肩をすくめた。


「ダメ元で申請したら許可が下りちゃったわ」


 まさか許可が下りるとは思わなかった。

 ルシアが腕を組んで小声で付け加える。


「ちょっと怖いくらいね」


 リオフェルが豪快に笑い声を上げた。


「それだけ上も期待しているということじゃろう。期待に応えて活躍して、隊長殿を出世させんとなあ」


 セリーヌが呆れた顔で首を振る。


「リオフェル先生は研究費が欲しいだけでしょ……」


 カリスが口元を緩めて腕を組んだ。


「ま、ユリア隊長に出世してもらいたいという点では同意だな」


 幹部たちの視線がユリアに集まる。話を先に進めなければ。ユリアは軽く咳払いをした。


「それと、中隊に追加で兵員が配置されて、増強中隊としてリディア大隊の中核部隊になるわ」


 レオニダスが僅かに目を見開いた。彼は一歩踏み出す。


「ほう、もう主力として認められたんですか」

「ええ」


 瑞希が首を傾げた。不安そうな表情だ。


「増強中隊と普通の中隊は何が違うんですか?」


 カリスが瑞希のほうを向いて説明する。


「一般的には近接小隊や歩兵小隊が追加されて、普通の中隊の三割増しくらいの戦力を持つものだが……」


 ユリアが続けた。


「私たちには近接小隊と整備小隊、それと各歩兵小隊も増員されるわ」


 カリスが眉を上げる。


「……多いですね」


 その声には驚きがあった。ユリアは軽く笑った。


「それだけ期待されてるってことにしましょう」


 ルキウスが引き締まった表情で頷いた。拳を握りしめている。


「今いる兵との連携がとれるよう訓練を急がねば」


 ガイウスが隣で力強く応じる。


「たしか、数日以内に出発予定でしたな。ギリギリ……いや、間に合わせましょう」


 レオニダスが姿勢を正した。


「追加の近接小隊は隊長直卒に?」

「ええ。私が指揮をとれないときはレオニダスが率いてちょうだい」


 ユリアは彼の目を見て告げた。レオニダスが拳を胸に当てる。


「ハッ」


 ユリアはベルンハルトに視線を移した。


「整備小隊はベルンハルトを小隊長として率いてもらうわ」


 少し間を置いてから付け加える。


「猟銃の整備は任せたわよ」


 ベルンハルトが力強く頷いた。


「任せてください」


 幹部たちはそれぞれの任務へと散っていった。訓練場の喧騒が再び近づいてくる。兵たちの掛け声、装備の擦れる音、砂を踏む足音。ユリアの周りには、ルシアと瑞希だけが残った。


 * * *


 瑞希が不安げに尋ねる。


「またすぐ出撃なんですよね?」

「ええ。落ち着く暇もないわね」


 ユリアは溜息をついた。ルシアが腕を組んだまま空を見上げる。


「こんなに戦闘続きじゃ調べ物もできないわね。せっかく図書室の利用許可をもらえたのに」

「この情勢じゃ仕方ないわ」


 それでも、得られたものはある。ユリアは視線を瑞希に向けた。


「おかげで兵士からは色々な話を聞けたみたいだから良しとしましょう」


 瑞希が頷いた。


「接続とか異界人についてですよね?」

「いろんな地方出身の人がいたみたいで、いろんな伝承が聞けましたよ」


 ルシアが微笑む。


「瑞希さん、兵士に受けがいいものね」


 瑞希の頬が僅かに赤くなった。視線を逸らしながら答える。


「そ、そうですかね?」


 少し間を置いて、瑞希が話を続けた。


「えっと、やっぱり異界からいろんな物が飛ばされてきているのは間違いないみたいです」


 ユリアとルシアは瑞希の顔を見つめた。瑞希は言葉を選ぶように続ける。


「飛ばされてきた物は帝国の商人さんとかミラディアっていう国の商人さんが高く買い取ってくれるらしいです」


 ミラディア。聞き慣れない名前だった。ユリアは眉をひそめた。


「ミラディア?」

「ここからずっと南にある貿易が盛んな国らしいです」


 瑞希が説明する。ユリアは苦笑した。


「そんな国もあるのね。ごめんなさい、続けて」

「あ、はい」


 瑞希が一度深呼吸してから話を続けた。


「それで、勇者以外の異界人にまつわる話だと、異界に渡った王族の伝説だとか、異界から来た人から能力を授けられた伝説とかを聞きました」


 ルシアが腕を組んだまま視線を落とした。


「相当昔から何らかの交流があったのね……」


 ユリアは眉を寄せた。伝説、か。


「ただ、ほんとに人の行き来に関しては昔の話しかないわね。それも眉唾……」


 瑞希が申し訳なさそうに俯いた。


「ですね……お役に立てなくてごめんなさい」


 ユリアは首を横に振った。


「瑞希はよくやってくれてるわ。私じゃこんなに話を集められないわ」


 ルシアが優しい声で言った。


「瑞希さんのおかげよ。ありがとう」


 瑞希の表情が少し明るくなった。小さく笑う。


「そう言ってもらえると……」


 訓練場では兵たちの掛け声が続いている。リディアの話も裏付けがとれた。残念なことだが、すぐに帰れる可能性は低い。これからどうするべきか。ユリアは訓練場の兵たちを眺めながら、その問いを心の中で繰り返した。答えはまだ見えない。


 * * *


【帝国紀元1799年6月11日 9:00頃】

【同訓練場】


 それから三日が過ぎた。訓練場には新しく配属された兵たちが加わり、活気が増している。近接小隊の兵士たちは槍と盾を持ち、列を組んで動く訓練を繰り返している。歩兵小隊に増員された兵たちも、既存の兵と混じって射撃訓練に励んでいた。

 ユリアは訓練場を見回っていた。新兵たちの動きはまだ硬いが、日に日に慣れてきている。ルシアは物資の最終確認を進め、瑞希は整備小隊の手伝いをしていた。出発の準備はほぼ整っている。

 訓練場の端、射撃訓練場のほうから声が聞こえてきた。ベルンハルト、カリス、ルキウス、ガイウスの四人が何か話している。ユリアは足を向けた。

 ルキウスが腕を組んで尋ねていた。


「では射程はどうしようもないですか」


 ベルンハルトが首を横に振る。


「ああ。伸ばすだけならできるが、その場合は弾がばらけて威力が大きく落ちると思ったほうがいい」


 カリスが溜息をついた。


「やはりそうか……」


 ガイウスが難しい顔で頷く。


「難しいものですね」


 ユリアは声をかける。


「どうしたの?」


 カリスがユリアに気づいて姿勢を正した。


「これはユリア隊長」


 少し間を置いてから説明する。


「実は今までに出た猟銃の問題点について話し合っていまして」


 ルキウスが付け加えた。


「部隊内の銃は狩猟用のものが多く、どうしても制圧力に課題が……」

「軍用だと改善されるの?」


 ガイウスが頷いた。


「はい。間違いなく」


 ユリアは眉を寄せた。


「ふーん……すぐに調達は難しいけどいずれは統一したいわね……」


 カリスが同意する。


「そうできれば最善です」


 ベルンハルトが手元の銃を撫でながら言った。


「当面は今ある猟銃で我慢するしかないからな。一応うちの工房で試作した弾薬は持ち込んだんだが……」


 カリスがベルンハルトの手元を見た。


「この紙を使った弾薬だな。たしかに装填速度は速くできるようだ」


 ルキウスが頷く。


「射撃回数が増えれば制圧力は増します」


 ユリアは興味を引かれた。


「へぇ、ちょっと撃たせてもらえる?」


 ベルンハルトが驚いた顔をした。


「使えるんですかい?」

「昔、ちょっとね」


 ユリアは軽く笑った。ベルンハルトが銃を差し出す。


「そういうことでしたら、どうぞ」


 ユリアは銃を受け取り、的に向けて構えた。引き金を引く。銃声が鳴り、散弾が的に着弾した。中心を囲むように弾痕が広がっている。久々だが、感覚は残っているようだ。まだ使える。

 ガイウスが感心したように言った。


「新兵どもに見せてやりたいですね」


 ルキウスが同意する。


「ああ」


 ユリアは銃をベルンハルトに返しながら言った。


「なかなかいいんじゃない?」


 少し考えてから続ける。


「今回の出撃には間に合わないけど、補給物資に入れてもらえるよう、要請しておくわ」


 ベルンハルトが目を丸くした。


「いいんですかい?」

「使えるものは使わないともったいないわよ?」


 ベルンハルトが少し躊躇いがちに言った。


「ありがたい評価なんだが……その、カラディン家の付き合いとか……」


 ユリアは苦笑した。


「ああ、しがらみはあるかもしれないわね。その辺もリディアに相談してみるわ」

「ありがとうございます」


 ベルンハルトが頭を下げる。カリスが腕を組んで言った。


「総力戦体制だからな、許可も降りやすいだろう。通常の補給網に負荷をかけないため……などと理由をつけておけば通りやすいはずだ」


 ユリアは頷いた。


「なるほどね。いいわ、それでいきましょう」


 その時、訓練場の入口から兵士が駆けてくるのが見えた。伝令だ。息を切らしている。


「あ、こちらにおられましたか。リディア大隊長より、正午に第二陣として出陣せよとのことです」


 ユリアは頷いた。


「正午ね。わかったわ」


 周りを見渡す。幹部たちの顔が緊張する。ユリアは声を張った。


「さあ、最終確認しましょうか」

「ハッ」


 四人が声を揃えた。帰還の方法はまだ見えない。中隊は増強され、背負うものも大きくなった。だがこの戦いを生き抜き、情勢が落ち着けば、道は拓ける。そう信じるしかない。ユリアは訓練場の兵たちを見渡した。




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