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終末の血族  作者: 天津千里
4章:研がれし刃
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第34話 研がれし刃IX

【帝国紀元1799年6月7日 朝】

【カラディン辺境伯領・カラディン城館客間】


 穏やかな陽光が窓から差し込んでいた。紅茶の香りが部屋を満たす中、ユリアは手元の資料を閉じた。部隊の増強準備と補給作業が進む中、兵たちは交代で休暇に入っている。行軍中の野営地では望めなかった、静かな朝だった。

 瑞希が伸びをしながら言う。


「こうやって朝ゆっくりできるのって久々な気がしますね」

「そうね。行軍ばっかりだったものね」


 ルシアが紅茶のカップを置く。


「柔らかい布団で寝られるのはやっぱりいいわね」

「今日はどうします? 大通りの朝市に買い物にでも行きます?」


 瑞希が身を乗り出した。


「そうねぇ、朝市のご飯も魅力的よねぇ」

「いやいやさっき朝ごはん食べたばっかりだから食べ物じゃないですよ!」


 ルシアが悪戯っぽく笑った。


「あらそうなの? じゃあデザートにいただいた林檎っぽい果物、いらない?」


 瑞希の目が輝く。


「あ、それは別腹なんで食べます!」


 ルシアが立ち上がる。


「ふふふ、じゃあちょっと切ってくるわね」

「ありがとうございまーす!」


 瑞希が嬉しそうに声を弾ませた。立ち上がったルシアが、ユリアの方を振り返った。


「ユリアも食べるわよね?」

「いただくわ」


 しばらくしてルシアが戻ってきた。皿に載せられた果物は鮮やかな赤と黄色が混ざり合って、見た目にも瑞々しい。三人で小さく切られた果実をつまむ。口に含むと、強い酸味が舌を刺激した。


「すっぱーい! あ、でもおいし」


 瑞希が顔をしかめる。ルシアが微笑んだ。


「瑞々しくていいわね」


 酸味の後に甘みが追いかけてくる。悪くない味だった。ユリアは紅茶で口を潤してから、静かに口を開いた。


「……今日なんだけど、神殿に行こうと思うの」

「え、神殿ですか?」

「私たちが落ちてきたあの神殿ね」


 ルシアが頷く。


「たしかに調べる価値はあると思うわ」


 瑞希が果物を飲み込んだ。


「あー、変な声がしたんでしたっけ?」

「ええ。たしか瑞希さんはあの時は気を失っていたわね」


ルシアが静かに答えた。

「はい。だからあまり実感が湧かなくて……」


瑞希が申し訳なさそうに言う。

「まあ、観光気分でいいと思うわ。現地なら何か資料があるかもしれないし」

「でも、扉を封鎖されてた気がするけど……」


ルシアが心配そうに言う。


 ユリアは懐から書状を取り出してみせた。


「許可もこの通り。歴史に詳しい案内人も用意してるわ。もっとも案内人は押し売りなのだけど……」

「ユリアに押し売り? 怖いもの知らずね」


 ルシアが小さく笑う。瑞希が苦笑した。


「あ、私、誰か分かっちゃいました……」


 ユリアは小さく溜息をつく。


「知識は本物みたいだから適任ではあるんだけどねぇ……」

「そういうことに関する嗅覚はすごいわね」


ルシアが感心したように言った。

「ほんと、どこで知ったのやら……」

「そういう魔法でもあるんですかね?」


瑞希が不思議そうに尋ねた。

「盗聴みたいな? さすがに対策してあると思うけど……」


 ルシアが腕を組む。


「ですよねぇ」

「まぁ変なことはしていないとは思うけどね……」


 ユリアは軽く息を吐いた。城館の防諜体制がリオフェル一人に突破されるとは思えない。おそらくは情報網の賜物だろうが、その情報網の出所がいまいち掴めないのが気になる。

 ユリアは気を取り直して言った。


「今日から早速調査するって張り切ってたから、現地で合流しましょ」

「はーい。あ、残ってる一切れ食べちゃいますね」


 瑞希が手を伸ばす。ユリアは瑞希の食欲に呆れながら、紅茶を飲み干した。


「どこにそんなに食べ物が入ってるのかしら……」


 瑞希は悪びれもせず笑った。


「えへへ」


 * * *


【同日 9:30頃】

【カラディン城館・旧神殿正門前】


 旧神殿の正門前。古びた石造りの門は、長い歴史を感じさせた。その前に、既にリオフェルとセリーヌの姿があった。セリーヌは少しやつれて見えた。

 リオフェルが大きく手を振った。


「おー! 隊長殿に副官殿! 待っとったぞ!」

「リオフェルさん、おはようございます」

ルシアが穏やかに応じる。

「あ、やっぱりリオフェル先生だったんですね」


 瑞希が納得したように頷いた。リオフェルが胸を張る。


「旧神殿の調査と聞いたら来るしかないじゃろう!」


 ユリアは小さく笑う。


「あら、セリーヌも一緒なの?」


 セリーヌが勢いよく詰め寄ってきた。


「ユリア隊長! 聞いてください! 先生ったら今朝、真っ暗なうちから私を叩き起こして準備を手伝わせるんですよ!」

「封鎖された旧神殿の調査じゃぞ? しっかり準備せんでどうする」


リオフェルが当然のように言った。



「限度があるんですよ! 先生はいつ寝てるんですか!」

「カッカッカッ!」

「リオフェルもほどほどにね……」


 ユリアが諭すように言った。

 リオフェルがセリーヌを指す。


「そうは言っても、こやつも昨夜遅くまで旧神殿の歴史について調べとったぞ」


 セリーヌが言葉を濁した。


「あ、いや、それは……せっかくだから色々知ってから見たほうが面白いかなって……」

「夜更かしのしすぎは良くないわよ……」


 ルシアが心配そうに言う。

 ユリアは二人の様子を眺めながら、内心で思った。

 ――この二人、結構似た者同士なのね……。


「その鞄……何をそんなに準備したんですか?」


 瑞希が不思議そうに尋ねる。リオフェルは背中の大きな鞄を誇らしげに叩いた。


「ああ、これか? なーに、フィールドワークの基本セットじゃよ。特別なもんはちょっと資料の本が入っとる程度じゃ」


 中身がずっしりと重そうだ。鞄の口が少し開いていて、中身が見える。魔導灯、探知杖……そして、あれは……つるはし?

 ユリアは思わず目を細める。一体どこへ向かうつもりなのだろうか。


「ちょっと!? 私の鞄、全部本で埋まってるんですけど!?」


 セリーヌが抗議の声を上げた。


「最低限に絞ってある。仕方あるまい。それにお前さんの本も相当入ってるじゃろ」


 リオフェルが平然と答える。


「半分は先生の本ですからね!」


 セリーヌが反論した。


「半分はセリーヌさんの本なんだ……」


 瑞希が呟く。ルシアも苦笑した。


「そっくりなのねぇ……」

「観光がてらのつもりなのだけど……」


 ユリアが諦めたように言う。

 リオフェルは気にした様子もなく鞄を担ぎ直した。


「ほらさっさと中に入るぞ!」


 止める気力も失せた。ユリアは肩を落として、一行を促した。


「……そうね。行きましょうか」


 旧神殿の重厚な扉が、ゆっくりと開かれていく。



 * * *


【同日 9:45頃】

【カラディン城館・旧神殿内部】


 神殿の入り口には二人の兵士が立っていた。以前ここを訪れたときには誰もいなかったが、今は警備と簡易な調査装置が設置されている。ユリアたちは軽く挨拶を交わし、静かな石造りの回廊を進んだ。

 中央をまっすぐに貫く長い廊下。その先に、彼女たちが最初に目を覚ました広間があった。

 聖域の入口で、一行は重い荷物を下ろした。リオフェルの大きな鞄と、セリーヌの本の詰まった鞄が床に置かれる。


「さて、では調査と行きますかの」


 リオフェルが白髭を撫でながら言った。身軽になった一行は、広間の中央へと歩を進める。

 広間の中央には、複雑な文様が床一面に刻まれていた。古代文字と幾何学模様が絡み合い、中心から放射状に線が伸びている。


「ふむ……ここが隊長殿たちが目覚めた場所じゃな?」


 ユリアは頷いた。


「ええ。気を失う前は谷底にいたの。目を開けたときには、もうここだったわ」


 ――あの時、光っていた筋。これだったのね。


「見事な魔法陣じゃな。これほど大規模なものは初めて見るわい」


 リオフェルが感嘆の声を上げる。


「わぁ……古代帝国の神殿の聖域……床一面に魔法陣が……」


 セリーヌが目を輝かせた。


「天井が高いですね……でも天窓くらいしか開いてないみたい。外からは入れなさそうです」


 瑞希が天井を見上げながら呟く。


「そうね。でも確かに、目が覚めたらここにいたのよね……」


 ルシアが静かに言った。


「……建造物の内部で"接続現象"が発生した、ということじゃな」


 リオフェルの声に、僅かな緊張が混じった。


「先生、それって普通はあり得るんですか?」


 セリーヌが不安げに尋ねる。


「うむ、聞いたことがないわい。接続現象は膨大な魔力を要する。建物の中では魔力の流れが阻まれて、発生せんはずなんじゃが……」


 ユリアは魔法陣を見つめた。


「……建物内でも膨大な魔力を確保できれば発生する?」

「理論上はするはずじゃが……まさか!」


 リオフェルが駆け出した。中央の魔法陣から壁へ向かって伸びる線をたどり始める。壁に張り付くように何かを探していた。


「セリーヌ! 探知杖を持ってきてくれ!」

「はい!」


 セリーヌが入口の荷物のところまで駆け戻る。


「先生、どの鞄ですか!?」

「わしのじゃ! 一番上に入れてあるはずじゃ!」

「ありました!」


 慌てて探知杖を持って戻ってくるセリーヌ。師弟コンビががやがや騒ぎ出しながら何かを探し始めた。


「……私たちもそこら辺を見てみましょうか」


 ユリアはルシアと瑞希に声をかけた。


「そうね、邪魔しちゃ悪いものね」


 ルシアが微笑む。


「そうですね……」


 瑞希が頷いた。中央の魔法陣を興味深そうに見ている。


「あの……ユリアさん。私がここに倒れていて、変な声が聞こえたんですよね?」

「そうよ」

「どんな声だったんですか?」


 ユリアは記憶を辿った。


「たしか……冠を継ぐ者……力を授ける……そういうニュアンスだったと思うけど」

「ええ、そうだったと思うわ」


 ルシアが同意する。


「力っていうのが、魔力のことなんですかね?」


 瑞希が首を傾げた。


「瑞希さんは地球で魔法とか使えたりした?」


 ルシアが尋ねる。


「そんなわけないじゃないですか」


 瑞希が笑った。


「あとは違いといったら言葉が通じるようになっているくらいね」


 ユリアが言う。


「それも言語能力といえば力だけど……」


 ルシアが考え込む。


「ちょっと違和感があるわね」


 ユリアも同意した。


「やっぱり魔力とか腕力とかのことじゃないですか? ユリアさんもすごく力が強いじゃないですか」


 瑞希が再び提案する。

 ユリアとルシアは一瞬視線を交わした。


「ええ……そうね」

「そう考えるのが自然よね」


 ルシアが頷いた。


「でも、その場にいた人に力を与える魔法陣なんて危険すぎる気がするけど……」


 ユリアが懸念を口にした時、リオフェルが声を上げた。


「隊長殿! 大当たりじゃよ!」


 壁に張り付いていたリオフェルが、探知杖を掲げて振り返る。


「この魔法陣は、理論上"接続"の発生する魔力の量を超える量を扱っとるぞ! この壁の線、全部が魔力誘導線じゃ!」

「こんな膨大な魔力、何に使ってるんじゃ? 使い道は……この中央の魔法陣と見て間違いなさそうじゃが……」


 リオフェルが魔法陣を見つめる。


「この床全部が魔法陣ですか? ほんとに? こんなの組めるんですか?」


 セリーヌが驚愕の声を上げた。


「現実にあるじゃろ。今の魔導回路の技術じゃ無理じゃ」


 リオフェルが厳しい顔で言った。


「隊長殿に副官殿も手がかりを探してくれい!」

「なにを探せばいいの?」


 ルシアが尋ねる。


「記号、文字、模様……なんでもいい。何かしら意味のありそうなものじゃ!」

「随分大雑把ね……」


 ユリアが苦笑する。


「読める言語とは限らんからな。ただの落書きみたいなものが文字という可能性もある!」

「私たちの世界にも象形文字とか楔形文字とかあったわね……」

「こんな広い魔法陣……とりあえず真ん中でも見てみたらいいですかね?」


 瑞希が提案した。


「……そうね、当たりみたいよ」


 ユリアは床を見つめた。中央の文様には、僅かに読める文字が刻まれている。


「……対象……核……始まり……他は文字が潰れてて読めないわ」

「これは……たしかに"対象"じゃな……古代帝国第一期の魔法言語の文字だったはず……隊長殿、読めるのか?」


 リオフェルが驚いた声を上げた。


「ええ、昔、少しね」

「異界ではまだ使われとるのか!?」


 リオフェルの目が輝く。


「いえ、もう話者はいないはずよ」

「そうか……辞書とかは?」

「そんなもの持ってないわよ」

「じゃよな」


 リオフェルが残念そうに溜息をついた。

 ――この文字が古代帝国の魔法言語の文字? でもこれは……。

 ユリアは心の中で疑問を抱いた。


 * * *


 探索を続けて小一刻ほど経った頃。


「あの、こんな大きな魔法陣って、動かすのにいっぱい魔力がいるんですよね?」


 瑞希が疑問を口にした。


「そうよ。それこそ巨大な魔石が何個あっても足りないほどの魔力がいるわ」


 セリーヌが答える。


「これが実際に動いたってことは……その魔力はどこからきたんですかね?」

「いいとこに気付いたな、副官殿。ここはちょうど地脈の上になっておってな……ん?」


 リオフェルが探知杖を見つめ、動きを止めた。


「いや、これは……魔力を天井から地脈に流しておるな……」

「天井から? ……魔力を空から集めてる?」


 セリーヌが目を見開く。


「そうじゃな……そして、空から魔力を集められる現象と言えば……」

「"接続"?」


 セリーヌの声が震えた。


「うむ。……これは古代帝国が"接続"を操っていた……その証拠かもしれんな……」

「大発見じゃないですか!」


 セリーヌが興奮気味に言った。


「まだ確定ではない。だが、仮説が正しいならば、帝国領内の各地に似た神殿があるはずじゃ。接続現象を広域でカバーするためにな」


 リオフェルが慎重に言葉を選ぶ。


「それを探せば……"接続"の仕組みが分かるかもしれない。もしかしたら、操作する方法も……」


 ユリアの声には、僅かな期待があった。


「可能性はゼロではないじゃろうな。じゃが、まずは調べてみないことには分からん」


 リオフェルが頷く。


「そう……」


 ――神殿、ね……。今のところは唯一の手掛かり……探すしかない、か。

 ユリアは心の中で決意を固めた。


「さて、今日はこのくらいにしておくか。また詳しく調べる必要があるからのう」


 リオフェルが鞄を担ぎ直した。


「ええ、そうしましょう」


 ユリアが頷く。

 一行は聖域を後にした。重厚な扉が再び閉じられ、神殿は静寂に包まれる。石造りの回廊を歩きながら、ユリアは先ほど見た魔法陣のことを考えていた。古代帝国の技術。接続を操る力。そして、地球に帰る可能性。

 他にも神殿があるなら、きっと手がかりが見つかる。地球に帰るための――。




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