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終末の血族  作者: 天津千里
4章:研がれし刃
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第29話 研がれし刃IV

【帝国紀元1799年5月3日 13:00】

【カラディン辺境伯領・オルトゥス近郊】


 後方からリディアの鋭い号令が聞こえてきた。ユリアが振り返ると、各中隊に配置された魔導部隊が一斉に魔導銃を構えている。空気が震え、魔力の奔流が戦場に満ちていく。

 放たれた魔弾の群れは放物線を描いて空を駆け抜け、狙い違わずオルトゥスの市街地から溢れ出すゾンビの群れに突き刺さる。赤い閃光と共に爆裂し、瞬く間に灼熱の炎壁が築き上がった。炎が立ち昇り、巻き込まれた敵どもが次々と焼かれていく。腐肉の焼ける嫌な臭いが戦場に立ち込めた。


「レオニダス、隣、お邪魔するわよ」


 ユリアは支給されたブレスレットに魔力を通してシールドを展開した。ブレスレットが震え、刻まれた回路が青白く光り、周囲に薄い膜が広がる。隣に立つレオニダスに声をかけると、彼は短く応じた。


「ハッ」


 ユリアは前線の様子を見極めていた。


(魔法攻撃で敵の前線は乱れているみたいね......この距離じゃ、中隊単位の斉射だと効果が散るわ)

「中衛!」ユリアが声を張り上げた。

「中隊斉射は中止! 分隊斉射に切り替え! 射撃開始は小隊長命令を待て!」

「応!」


 銃兵たちの力強い応答が返ってくる。命令を下している間も後衛からの魔法攻撃は容赦なく敵陣に降り注いでいた。炎が交錯し、熱風と共にゾンビどもの群れを次々と薙ぎ倒していく。


「前衛!」ユリアは更に声を張り上げた。

「エルズリウムに比べたら敵は少数! この程度の敵で死ぬんじゃないわよ!」

「銀の女神の命令だ!」


 レオニダスが部下たちに檄を飛ばす。


「野郎ども! ケガも許さんぞ!」

「応!」


 近接兵たちの雄叫びが戦場に響く。ユリアは内心で苦笑した。


(銀の女神か......まあ、士気が上がるならいいけれど)

「蹴散らせ! 全軍、前へ!」


 ユリアの号令と共に、喚声が戦場に響いた。至近距離まで迫っていた敵に向かって、カラディン軍が一斉に突撃を開始する。ユリアが狙い通りのタイミングで突撃命令を下すと、その直後に中衛からの斉射が雷鳴のように叩きつけられる。魔法攻撃で既に乱れていた敵の前線が更に引き裂かれ、完全にかき乱された。

 ユリアを先頭とした近接兵たちが鋼鉄の壁のようにぶつかった。

 だが、最前線に躍り出た瞬間、左右の兵士たちの動きが鈍った。目の前に迫るゾンビの異様な姿------腐敗した肌、虚ろな眼窩、ねっとりと口元に垂れ下がる唾液------を見た隣の若い兵士が、後ずさりするのが見える。


「ひ、ひぃっ!」


 背後から悲鳴が聞こえた瞬間、腐臭を撒き散らすゾンビが爪を振りかざして襲いかかる。


(これじゃあ、まずいわね)

(兵士たちも熟練兵ということで対人戦闘は慣れているんでしょうけど......ゾンビみたいな化け物だと下手に人間に似ている分、余計嫌悪感が出てくるのよね......)


 ユリアが踏み込んだ一歩で、両手剣が唸りを上げて宙を切り裂く。重厚な刃が鋭い音を立てながら、横薙ぎの一撃で三体のゾンビを同時に薙ぎ払った。返す刃で縦に振り下ろし、次の敵の頭蓋を叩き割る。黒い血飛沫が舞い上がり、腐った肉片が周囲に散らばった。

 濃い腐臭と血の匂いが鼻を突く。続けざまに迫る敵に対し、ユリアは半歩下がって間合いを取ると、今度は突きで応じる。剣先が正確に敵の胸部を貫通し、背後まで突き抜けた。柄を通して腐敗した肉を裂く嫌な手応えが伝わる。そのまま剣を横に薙いで敵を切り裂くと、すぐさま次の標的に向き直る。

 次々と敵を斬り伏せていると、背後の兵士たちの声が恐怖から驚嘆へと変わった。


「す、すげぇ......」

「あれが銀の女神様か......」


 先ほどまでの恐怖に震える声とは明らかに違う。ユリアがもう一体のゾンビを脇腹から袈裟懸けに斬り上げると、ゾンビの断末魔の呻き声が上がる。今度は雄叫びが聞こえてきた。


「俺たちも続くぞ!」

「女神様に恥は見せられねぇ!」

(よし、立ち直ったみたいね)


 ユリアの周囲で足音が重く響き始める。恐れではなく、奮い立った気勢が戦場に満ちていた。

 横目で見ると、両側に控えていたティトゥス、ドミティウスの中隊も敵に接近し、一斉射撃を開始している。銃口から火花が散り、硝煙が立ち上る中、連続する銃声が激しく轟いた。鉛弾が飛び交い、敵の身体を次々と貫いていく。


(上手く火力も集中できている。魔法で敵陣を乱し、銃撃で前線を粉砕し、そこに近接攻撃で止めを刺す......教科書通りの連携ね)


 次の獲物が来るまでの僅かな隙に遠くを見やると、市街地からまばらに出てきているゾンビを、先ほどの軽騎兵部隊が見事に各個撃破しているのが見えた。


(なかなかよく働く騎兵ね。あとで隊長の名前を聞いておきましょう)

(っと、次のお客さんね)


 戦線の穴を埋めようと迫ってくるゾンビだったが、ユリアの間合いに入るや否や、上段からの一閃で真っ二つに斬り伏せられた。隣ではレオニダスが敵の動きを読み、攻撃してくる瞬間を狙って戦槌を振り下ろす。重い鉄塊が敵の頭部を捉えた時、相手の爪がレオニダスに届くことはなかった。鈍い打撃音と共に骨が砕ける音が響いた。

 今度は周囲から、剣と盾が敵を打ち据える音が響いてくる。盾で敵を押し込む音、剣で急所を貫く音、槍でゾンビを突く音------先ほどまでとは打って変わって、統制の取れた戦闘音がユリアの耳に届いていた。


(味方も順調......っと、また後ろから弾が飛んでくるわね......)


 展開していたシールドが青白い光の波紋を描きながら薄く光り、味方からの流れ弾の衝撃を拡散させる。魔法的な障壁に弾丸が当たる瞬間、小さな火花が散った。


(シールドがあるから味方の後ろから射撃っていうのは慣れないわね......)


 次から次へと敵が押し寄せてくるが、もはや周囲から聞こえる戦闘音に恐れはなかった。剣がゾンビの爪を切り払い、盾が噛みつきを弾く金属音がユリアの周囲で鳴る。重傷者を出すことなく、ほぼ陣形を保ったまま敵を殲滅していく。

 やがて敵の数が目に見えて減り始めた。午後の陽射しが戦場に差し込み、舞い上がった土埃と硝煙を金色に染めている。血と腐肉の匂いが鼻を突くが、それも勝利の証だった。

 戦の熱気が冷め始めた頃には、周囲の影が地面に大きく伸びていた。戦闘開始からすでに一刻が過ぎていた。市街地から出てくるゾンビの姿も見当たらなくなり、かつて蠢いていたものは全て静寂の中に沈んだ。


「終わったわね。勝利よ!」


 ユリアの勝利宣言に、兵士たちから大きな勝鬨の声が上がる。その声は、オルトゥスの空に響いた。


(エルズリウムの恐怖はこれで払拭されたかしらね)


【同日 16:00】


 午後の陽射しが傾きかけ、戦場に長い影を落としている。まだ血と硝煙の匂いが漂い、所々に倒れたゾンビの亡骸が散らばっていた。オルトゥスの市街地では、ユリアの視界の中でカラディン軍の兵士たちが建物から建物へと移動し、残敵の掃討と安全確認を行っている。陥落していた新市街の石造りの建物には戦闘の痕跡が生々しく残り、旧市街の城壁に囲まれた区域での籠城戦がいかに激しいものだったかを物語っていた。


 戦場の硝煙がようやく薄れた頃、旧市街の城門が開き、騎士たちが姿を現した。鎧を身に纏った一団が、救援軍を迎えに出てきたのだろう。先頭に立つ豪華な装いの人物は、その立ち振る舞いから貴族だと分かる。

 リディアが数名の中隊長たちを引き連れて歩み出す。ユリアもその一人として列に加わりながら、前を行くリディアと、迎える相手の姿を静かに見つめていた。


「救援ありがとうございます、リディア様」


 その貴族が馬から降りると、深々と頭を下げた。年齢は三十代前半といったところで、疲労の色は濃いものの、礼儀正しい立ち振る舞いを崩していない。しかし、よく見ると頬はこけ、目の下には深いクマができていた。長期間の籠城戦が彼に与えた負担は想像以上のものらしい。手にも細かい傷があり、武器を握り続けていたことが窺える。


「当然のことです、カッシウス殿」


 リディアが簡潔に応じる。どうやらこの人物がオルトゥス子爵らしい。


「物資が尽きかけておりましたので、本当によかったです」


 カッシウスの言葉には心からの安堵がにじむ。籠城戦の厳しさが、その表情からも見て取れる。


「軍の物資を融通しましょうか?」

「いえ、それはリディア様の軍でお使いください」


 カッシウスが丁重に辞退すると、リディアが眉をひそめた。


「物資の当てはあるんですか?」

「ええ、近隣の諸侯と約定がありまして。それに、アルトゥイン伯爵領まで急がねばならないでしょう?」


 その瞬間、ユリアの胸に嫌な予感が走った。


(急ぐ......? まさか......)


 アルトゥイン伯爵領。伯爵領といえば、カラディン辺境伯ほどではないにしても、それなりの軍事力を持つはずだ。そのような領地が救援要請を出すということは、ただ事ではない。エルズリウムでの異常事態といい、今度はアルトゥインといい、この地域で何かが起こっている。


「アルトゥイン伯爵領......ですか?」


 リディアの声に緊張が混じる。予期していなかった様子だ。周囲の中隊長たちも表情を強張らせ、互いに視線を交わした。


「そちらに救援要請は届いていませんか? こちらを暴徒が取り囲む直前に届いたのですが......」


 リディアの表情に困惑が浮かんだ。ユリアにも、これが単なる連絡の遅れではないことが分かった。


「それはいつですか?」

「たしか......10日程前です。その時点で領地の町や村が陥落して、領地全体が臨戦態勢になっていたはずです」


 ユリアが見ると、中隊長たちの表情が険しくなっていた。町や村が陥落してから10日。伯爵領ほどの軍事力があれば、通常なら独力で対処できるはずだ。それが10日前の時点で救援要請を出していたということは、相当な危機に直面していたに違いない。


「......情報ありがとうございます。ただちに向かいましょう」


 リディアの決断は早かった。軍人としての責任感が、即座の行動を促している。


「まさか、救援要請が届いていないのですか!?」


 カッシウスの驚愕の声に、ユリアの周囲で中隊長たちがざわめき始めた。通信途絶という事態の深刻さが、その場の全員に理解された。


「ええ。オルトゥスからの救援要請しか......」

「では物資も?」


 物資の問題が急浮上した。予定外の長距離行軍となれば、補給は死活問題だ。

 ドミティウスが地図を確認しながら口を開く。


「オルトゥスからアルトゥインまで130ケイミル......そんな遠方まで? 途中山道もあるので7日といったところですか」


 130ケイミル。7日間の山道行軍となれば、補給線の確保は極めて困難になる。


「弾薬は潤沢にありますが、食料が心もとないです。7日も山道とは......厳しいですね」


 ティトゥスの懸念は当然だった。戦闘状態の領地で補給が期待できるかは分からない。万が一、現地で補給できなければ、帰路の物資すら不足する。それは軍全体の壊滅を意味していた。ユリアにも、一同の緊張が伝わってくる。


「......私が提供しましょう」


 カッシウスの申し出に、その場の緊張が一瞬和らいだ。しかし、リディアは眉をひそめて考え込むような表情を見せた。ユリアにも理由は分かった。長期間の籠城戦で消耗したオルトゥスの備蓄状況、住民への配給、そして自軍への物資提供。全てを両立させるには相当な無理が生じるはずだ。


「ここも厳しいはずでは? 籠城戦の直後で、備蓄もかなり減っているでしょう」

「切り詰めて配給すればなんとか。包囲も解けましたし、近隣からの物資も届く予定です。アルトゥイン伯爵には若い頃、帝都の大学へ進むための奨学金をいただいたのです。お世話になったのでなにとぞ......」

「分かりました。最善を尽くしましょう」

「ありがとうございます! 明日朝までに準備させます!」


 カッシウスの表情に希望の光が灯る。


「ご協力感謝致します」

「では、急ぎますので失礼致します!」


 カッシウスが慌ただしく立ち去った後、リディアは中隊長たちを見回した。その表情には、指揮官としての重圧が浮かんでいた。

 連続する救援作戦、物資の不安、そして今度は未知の危険地域への進軍。一つ一つが軍の存続に関わる重要な決断だった。


「......聞いたわね? オルトゥス郊外で野営、明日早朝に物資を受けとり次第、アルトゥインに向かうわよ!」


 その決断の重さを理解した中隊長たちの表情は、これまで以上に引き締まっていた。


「ハッ」


 中隊長たちの力強い返事が返る。だが、その声の奥には新たな困難への不安も潜んでいた。

 命令は部隊全体に伝達され、ユリアの周囲で兵士たちが野営の準備を開始した。天幕の設営、歩哨の配置、武器の点検。戦場の喧騒から一転して、規律正しい軍の動きが始まる。

 ユリアは遠くからその様子を見ながら、事態の深刻さを考えていた。エルズリウムでの異常事態、オルトゥスへの攻撃、そして今度はアルトゥイン伯爵領での危機。リディアによると帝都とも連絡が取れないらしい。一体どれだけ広範囲に異変が及んでいるのだろうか。

 夕陽が地平線に沈み始める中、ユリアの胸には言いようのない不安が広がっていた。



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