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終末の血族  作者: 天津千里
3章:黎明の銀星
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第25話 黎明の銀星VIII

 燭台の炎が静かに揺れる中、ガリウスが改めて口を開いた。


「それで、だ。動く死者について分かったことをまとめておこう」


 リディアは背筋を伸ばした。戦術的な分析――この未知の敵と今後も戦い続けることを前提とした議論が始まる。


「そうですね」


 ユリウスが首を傾げながら応じた。


「では呼称から。"ゾンビ"でどうでしょうか?」


 意外にも、ドミティウスの提案だった。現場での実効性を何より重視する彼が、名称に関する話題を持ってくるとはどういう風の吹き回しだろうか。将校たちの顔つきが変わった。


「異界の言葉らしいのですが、兵士たちには浸透しつつあります」

「異界の言葉?」


 ユリウスが眉を上げて問い返す。


「ええ。帰還中、ミズキ殿にお聞きしました」


 名称の話題だけでも似合わないのに、それについて調査までしているというのか。


「異界では死者が動き出し、生者に食らいつく。噛まれて死んだ者も同じように動き出す......そういった伝承があるそうです」


 将校たちが身を乗り出した。偶然の一致にしては、あまりにも症状が酷似している。


「たしかにうちの部隊の兵たちもよく口にしていたわね」


 撤退中、兵士たちの間で「ゾンビ」という言葉が頻繁に使われていた。


「それがどうして兵士に浸透しているんだ」


 レオナルドが首を傾げて尋ねる。ドミティウスの表情がわずかに変わった。


「銀の......いえ、ユリア殿が指揮を執った際の檄を多くの者が聞いておりまして......それからです」


 リディアは軽く首を傾げた。ユリアの檄から言葉が広まったという事実の方が気になる。一度聞いただけで、ここまで浸透するものなのだろうか。


「だから私の部隊で......」


 呟いた時、胸の奥に複雑な感情が湧き上がる。


(ある意味恐るべきカリスマね......)


 一度の戦闘で、ここまで浸透するとは。


「戦闘情報のまとめ中もかなりの兵が口にしておりましたな」


 エステヴァンが冷静に分析を加えた。


「音も短く、兵にも浸透している。使用するのも手でしょう。なにより人は分からないことを怖がります。異界にそういう概念があるというだけでも落ち着くかもしれません」


 ユリウスも首を縦に振る。


「真偽を調べようがないのもかえって好都合かもしれません」

「実際似ているのだろう?」


 ガリウスがドミティウスに確認を求める。中隊長は力強く首肯した。


「はい。聞く限り、症例などは一致しております」

「いいだろう、それを採用しよう」


 ドミティウスの顔が明るくなった。


「おお、ありがとうございます」


 まるでユリア自身が認められたかのような喜びよう。アクィラが呆れたような声で突っ込みを入れる。


「お前が礼を言うのはおかしくないか......?」


 普段なら反論するところだが、ドミティウスは横目でちらっと見るだけで反応しない。


(彼の中で、ユリアという存在がどれほど特別なものになっているのかしら......まるで崇拝しているみたい)


 現場主義......言い換えれば信仰とは無縁そうな中隊長の変化に軽い驚きを覚える。


「ゾンビの症例については異界人の3人にも協力を願っていくのがいいでしょう」


 ユリウスの提案は現実的だった。未知の敵と戦うには、あらゆる情報が必要になる。


「そうだな。エステヴァン、頼めるか?」

「承知しました」


 老執事が一礼した。別の懸案を持ち出す。


「その3人......特にユリアですが。実験小隊はいかがしますか?臨時編成という扱いではありましたが」


 あれだけの功績を上げた部隊を臨時編成のまま放置するわけにはいかない。


「解散という手はないだろう。功績には報いねばなるまい」


 ガリウスの言葉は当然のものだった。


「では中隊長として正式に中隊を編制させますか」


 ティトゥスが実務的な提案をする。


「それがいいのではないか」


 アクィラも賛成する。

 ドミティウスは更に踏み込んだ提案をした。


「功績に合わせて指揮能力とカリスマを考えると大隊長にしてもおかしくないと思いますが」


 レオナルドが慎重論を唱える。


「さすがにそれは急すぎるでしょう。要らぬ反発を招きかねない」


 レナータは長期的な視点からの支持。


「将来的にはその方向も悪くないのでは?兵たちの沈んだ士気を高められるでしょう」

「まさに"勇者"にするのか?」


 アクィラの問いに、胸が痛む。


「彼女―15歳ですよ。さすがに重圧が過ぎるのでは」

(軍事的な重責だけでなく、"勇者"という期待まで背負わせるなんて)


 ユリウスが現実的な判断を下す。


「そこは我々が支えようじゃないか。利用させてもらうのだ。手助けくらいはせねば」


 兄らしい、冷徹な計算だった。


「そうだな。この状況では利用できるものは利用するべきだろう」


 ガリウスの最終判断が下された。リディアの胸に複雑な思いが交錯する。


(利用......冷徹だけれど、それが政治の現実。でも、ユリアにはまだ言えない)


 燭台の炎が微かに揺れ、会議室に長い影を落とす。カラディン家の命運を左右する決断が、静かに下されていた。

 燭台の炎が再び安定した光を放つ中、ガリウスが改めて指示を出す。


「新設のユリア中隊についてはリディアを中心に支援をしろ。他も協力するように」


 リディアは背筋を伸ばした。


「ハッ」


 父の指示は表向きは優秀な新設中隊への支援だが、その実はユリアという異界人への配慮。


「さて、話を戻すぞ。連絡がとれない諸侯への強行偵察と救援についてだ」


 ガリウスが地図に視線を落としながら続ける。戦略的な判断を下す時の、鋭い眼差しが燭台の光に映える。


「損害を見る限り、リディアの大隊を再編して各地に派遣しようと思うが?」


 ユリウスが地図から顔を上げて即座に同意する。


「それがいいでしょう」


 リディアは内心で安堵しながら、手元の資料に目を落として答える。


「承知しました。私、ティトゥス、ドミティウスの三中隊を中心に編成します」

「では私とドミティウスの中隊は引き続き指揮下に入ります。他はどうされますか?」


 ティトゥスが実務的な確認を求める。アクィラが困ったような顔になった。


「俺の騎兵を出したいところなんだが......」

「さすがに四割離脱では厳しいでしょう」


 レオナルドの現実的な判断にアクィラも渋々承知する。


「だな。新設のユリア中隊はどうだ? 実地訓練になるんじゃないか」


 レオナルドが即座に支持する。


「動ける兵士を城内での訓練で遊ばせる余裕はないですね」


 レナータが実用的な懸念を口にする。


「ユリア殿はまだ現地の情報に詳しくないでしょう。補佐官が必要では?」


 ガリウスも肯く。


「エステヴァンを教官につけたいところだが......」

「戦時体制の準備中に家宰が抜けるのは......」


 ユリウスの懸念ももっとも。エステヴァンの手腕は貴重すぎる。


「そうだな。エルズリウム方面に詳しいやつを見繕っておこう」


 父の判断には一切の迷いがなかった。数多くの戦場を経験し、無数の人事を手がけてきた経験が、最適解を瞬時に導き出す。


(ユリアには異界人という特殊性に加えて高い戦闘能力もある。補佐官が余計な野心を抱かないよう目を光らせる必要があるわね)

(再編時の本陣要員には手の者を入れておきましょうか......)


 エステヴァンが静かに口を開いた。


「後ほど、再編に間に合いそうな方々のお名前を記したリストをお持ちいたします」

(エステヴァンの審査を経た人選ということね。なら少し安心だわ)


 老執事の人を見る目は、長年の宮仕えで培われた確かなもの。彼が選んだ人材なら、少なくとも政治的な野心で動くことはないだろう。


「ああ。そうしてくれ」


 ガリウスが承諾した。


「救援の可能性を考えるともう少し戦力を補強しておきたいですね」


 ユリウスの言葉に、レナータが提案する。


「うちの大隊から臨時編成で出しますか?」

「そうしよう。レナータ、編成を頼むよ」

「承知しました」


 力強い返事が会議室に響く。


「あとは支援火力あたりが必要ですか」


 ユリウスの問いに、レオナルドは手元の戦力表を確認してから答えた。


「そこはうちから出しましょう」

「ああ、そうしてもらえると助かるな」


 各部隊からの戦力提供が決まった。ユリウスは疲れた表情ながらも全体を見回している。その疲労の重さが、リディアの肩にも伝わってくる。


「父上、このような編成でどうでしょう?」

「いいだろう。偵察ルートは再編の間に情報をまとめさせておこう」


 エステヴァンが深く首を下げる。正確性を期す慎重さが滲む。


「承知しました。到着された諸侯の方や偵察情報をまとめておきます」

「うむ。では早速動くとしよう」


 ガリウスの最終決定は、長年の軍歴が培った確固たる意志に裏打ちされていた。カラディン辺境伯として、そして一軍の総司令官として、部下たちを導く重責を一身に背負った声。

 会議室の全員が一斉に立ち上がる。椅子の軋む音が石造りの部屋に響く。


「ハッ」


 力強い返事が石造りの会議室に響き渡る。燭台の炎が微かに揺れ、将校たちの影が壁に踊った。

 声の奥には戦場から戻ったばかりの疲労と、これから始まる新たな困難への不安が潜む。

 将校たちが順次退室していく中、リディアは内心で複雑な思いを抱く。

 戦場で自分を救ってくれたユリアへの恩義と感謝がある一方で、その恩人を政治的な象徴として利用することへの後ろめたさも感じていた。


(事情が事情とはいえ、忙しくなるわね......ユリアたちにも説明しないと)


 何より気にかかるのは、まだ15歳の少女に、これほどの重責を背負わせること。

 異界人としての特殊性、戦場での功績、そして兵士たちからの期待――それらすべてが、一人の少女の肩にのしかかろうとしている。

 軍事的には理に適った判断だと理解している。絶望的な戦況下で、兵士たちの士気を高める効果は計り知れない。他の貴族に対しても、異界人という特殊なカードを持つことの優位性は明らか。

 本当に「勇者」の場合の政治的価値は......想像するだけで目眩がしそうになる。

 同時に、リスクも軽視できない。他の勢力――皇帝や有力貴族、神殿――との利害対立は避けられないだろう。

 さらに、ユリアは異界の出身者。価値観や考え方が根本的に違う可能性がある。期待が大きすぎて、些細な失敗も許されない状況になってしまうかもしれない。

 ユリアという異界人を英雄として前面に出し、兵士たちの士気向上に期待するという決定は、カラディン家の命運を左右する可能性がある。

 重厚な扉が閉ざされると、会議室には再び静寂が戻る。静寂の奥には、これから始まる新たな戦いへの予感が潜む。

 気がつけば夕暮れの光が窓から差し込み、燭台の炎と混じり合って複雑な陰影を作り出している。

 長時間に及んだ軍議の疲労が、リディアの肩に重くのしかかる。

 窓の外に広がるカラディンの街並みを見つめながら、これから自分たちが歩むことになる道の険しさを思い、静かに拳を握りしめた。


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