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終末の血族  作者: 天津千里
3章:黎明の銀星
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第21話 黎明の銀星IV

【帝国紀元1799年4月4日 2:00】

【エルズリウム東方・野戦陣地西側斜面】(セリーヌ視点)


 雲の隙間から現れた月が、荒野を蒼白く照らし出していた。地平線から湧き上がるように、無数の人影が蠢いていた。ぎこちない歩調で、しかし確実にこちらに向かってくる黒い波――


(また来る......)


 それは、昼に見た悪夢と同じ光景だった。

 夜風に混じって、遠くから異様な匂いが漂ってくる。周囲では兵士たちの荒い息遣いが聞こえる。


「きたぞ......!」

「畜生、あんなにいるのか!」


 陣地のあちこちで兵士たちの動揺した声が上がる。セリーヌは魔導銃を握る手に力を込めながら、月光に照らされた敵の群れを見つめた。


(あの動いているもの全部が敵......)


 胸の奥で恐怖が渦巻く。昼の戦闘で見た光景が脳裏に蘇り、手の震えが止まらない。

 だが、今は違う。隣にはルシアがいて、前方にはあの圧倒的な隊長がいる。


「魔導部隊、射撃準備!」


 後方からリディアの凛とした声が響いた。セリーヌは魔導銃を構える。いつものように暴れる魔導銃を必死に抑えながら、訓練通りの手順で回路に魔力を充填していく。


(くっ......いつもこう!)


 魔導銃の回路が反発するように震え、魔力が上手く通らない。

 心の奥で苛立ちが湧く。昔なら声に出して悪態をついていただろうが、今はそんな気力も残っていない。

 隣から小さく呟く声が聞こえた。


「......ポテンティア、フルエ......」


 現代帝国語に似ているが微妙に違う響きを持った言葉。心の奥底に直接染み入ってくる、不思議な美しさを秘めた音律だった。


(あの声......)


 視界の端に、淡い蒼い光が揺らめいた。ルシアを見ると、彼女の指にはめられた指輪が光を放っている。そこから薄い光の帯が、意思を持つようにこちらへと伸びてきた。


(魔力の帯......?)


 光の帯が魔導銃に触れた瞬間、あれほど暴れていた魔導銃が嘘のように落ち着いた。回路に道ができ、魔力が滑らかに通っていく。驚くほどすんなりと充填が完了する。


(何これ......私だってできるじゃない)


 呆然とする。いつもなら魔導銃に振り回されっぱなしなのに、今日は完璧に制御できている。これが本当の魔導銃の性能なのか。それとも――


「目標800ミル先、敵先頭集団......構え!」


 リディアの号令が響く。セリーヌは慌てて魔導銃を構え、射撃合図を待った。魔導銃は異常なほど安定しており、照準が正確に定まっている。


「......撃て!」


 回路をなぞった指先から魔力が抜ける感覚とともに、回路が淡く光る。引き金を引くと、軽い反動とともに魔導弾が綺麗な弾道を描いて飛んだ。敵の集団のど真ん中に着弾し、激しい火柱が上がった。爆発の轟音が戦場を揺らし、熱風が頬を撫でていく。


(この精度......訓練でも出せなかった......)


 初めて感じる達成感。胸の奥で何かが疼く。昔の自分なら、これくらいはできて当然だと思っていた。今では奇跡のように感じてしまう自分が情けない。セリーヌは魔導銃に触れている蒼い光の帯を無意識に辿るように、隣のルシアへ視線を向けた。

 ルシアを見ると、彼女もこちらを見て穏やかに微笑んでいた。その表情には、どこか嬉しそうな色が浮かんでいる。

 魔導銃の回路が冷却に入り、次弾装填の間に、ルシアが口を開いた。


「あら......セリーヌ。もしかして、あなた――"見える"のね?」


 その言葉は確認するように、静かに発せられた。セリーヌの思考が停止し、血が凍りついた。ルシアは興味深そうにこちらを見つめている。何かを見定めようとしている眼差しだった。


「えっ」

(見てしまった......!)


 胸が騒ぐ。あの光の帯を見てしまった。それを追ってルシアに視線を向けたことまで、気付かれてしまった。こんな相手に興味を持たれるなんて。


「機械で魔力を測っているから、見えないのだと思っていたのに......」


 ルシアの声には探るような響きがある。遠くから敵の群れがこちらに向かってくる足音が聞こえた。


「み、見えてません!」


 声が上ずってしまう。必死の否定だったが、自分でも嘘だと分かる。


「あら、そう?」


 ルシアの声が聞こえた。まだ見られている気がして落ち着かない。


(なんで私なんかに......)


 敵の群れは確実に距離を縮めている。周囲では他の魔導銃兵たちが次弾の装填を急いでいる。セリーヌも慌てて魔導銃の回路に魔力を通し始めるが、手が震えて上手くいかない。金属の擦れる音、魔力を込める時の低い唸り、そして遠くから響いてくる敵の群れの不気味な足音――それらが夜の戦場を満たしている。

 視線を魔導銃に落とすと、その上には先ほどと同じ光の帯がゆらりと靡いていた。それは彼女の集中と感情に呼応しているように穏やかで――それでいて、不気味なほど静かな力だった。


(一体、ルシアは何者なの......?)


 疑問は深まるばかりだった。しかし、今はそれを考えている余裕はない。戦場の向こうから、再び敵の群れが蠢く音が聞こえてくる。セリーヌは銃を握り直し、前方に視線を向けた。


(でも......初めて、ちゃんと戦えてる)


 心の奥で、ほんの少しだけ誇らしさが芽生える。これが本来あるべきだった自分の姿なのかもしれない。


【同日 2:20】

【エルズリウム東方・野戦陣地西側斜面最前線】


 後衛の魔導部隊による攻撃で動く死者たちが炎に包まれている中、ユリアは前線の銃兵たちの前に立っていた。遠くで爆発の閃光が断続的に戦場を照らし出し、焼け焦げた肉の匂いが夜風に混じって漂ってくる。

 しかし、燃え上がる炎の向こうから、新たな死者の群れが絶え間なく現れ続けていた。焼け焦げた肉体を引きずりながら、痛みも恐怖もないかのように、ただひたすら前進してきた。


「始まったわね......」


 ユリアは振り向いて、中衛の銃兵たちの顔を見回した。どの顔にも緊張の色が浮かんでいる。

 遠くに見える死者たちの影が徐々に大きくなり、不安を覚えているようだった。拳を握りしめる者、唾を飲み込む音を立てる者、猟銃を握り直す者――皆がそれぞれの方法で恐怖と戦っている。


「中衛、前へ」


 ユリアの号令と共に、彼女を先頭に銃兵たちが前進を開始した。重い足音が石混じりの地面を踏みしめ、猟銃と装備の金属音が規則正しく響く。遠くから死者たちの不規則な足音が近づいてくる。

 前線で敵を防ぐ近接兵の背中が徐々に大きくなり、盾や剣を構える彼らの緊張が、手に取るように伝わってきた。

 周囲の他部隊では魔導銃の轟音と硝煙が夜の戦場を震わせていた。爆発の余波で地面が微かに振動し、白い煙が風に流されて視界を霞ませる。

 横目で銃兵たちの様子を見ると、先ほどよりも恐怖の色が濃くなっているが、それでも歯を食いしばってついてきている。猟銃を抱える手が震えている兵もいたが、誰一人として列を乱すことはない。


(しっかりついてきてるわね......優秀ね)


 他の部隊では既に第二射、第三射が始まっていた。乾いた銃声が連続して響き、硝煙が白い雲となって風に流される。同時に魔導弾が弧を描いて敵陣に降り注ぎ、新たな火柱が立ち上がる。だが敵の数は減る気配を見せない。むしろ、炎を潜り抜けて確実にこちらに迫ってきている。

 近接兵の列と一体化する距離まで、ユリアは前進を続けた。


「止まれ」


 死者の顔が識別できる距離。前列の近接兵たちの緊張が空気を通して肌に伝わってきた。盾を構える手に力が入り、剣を握る指が白くなっている。


「射撃準備......構え」


 銃兵たちが一斉に猟銃を肩に当て、照準を定める。金属音が小さく響き、引き金に指がかかる音が聞こえた。

 前列の兵士たちが剣を交えようかという瞬間――


「撃て!」


 ユリアの号令と共に、銃兵たちが一斉に散弾を放った。轟音が夜の戦場を叩き、散弾の嵐が先頭の死者たちを肉塊に変え、血と骨の霧を撒き散らしながら後続をも巻き込んだ。一発で複数体を同時に撃破する光景に、近接兵たちから驚きの声が上がった。

 後ろから新たな敵が隙間を埋めるように入ってくるが、崩れた陣形のまま近づいてきた先頭集団は、待ち構えていた近接兵に瞬く間に仕留められた。剣が肉を裂き、盾が骨を砕く。致命傷を負ってなお動き続ける者もおり、その異常な執念に近接兵たちが身震いした。


「第二射構え」


 突出した死者が切り捨てられ、後方からまた新たな壁のような群れが迫ってくる。銃兵たちは手慣れた動作で次弾を装填し、再び照準を定めた。


「撃て!」


 再び放たれた散弾は、次の波も容赦なく引き裂いた。轟音と血煙が立ち上り、敵の前進が明らかに鈍った。


「以降、各班で適宜斉射せよ!」

「応!」


 銃兵たちの力強い返事が響いた。その声には、先ほどまでの不安はもうなかった。自分たちの戦術が確実に効果を上げていることを実感し、自信を取り戻したのだろう。


(自信を持ったみたいね。さて、私は前を支えましょうか)


 ユリアは無言で一歩踏み出し、近接兵たちの盾の列にその身を滑り込ませた。彼女の姿を見た兵士たちは一瞬たじろいだが、すぐに畏敬の念を込めた視線を向けてきた。


「ユリア隊長!?」


 レオニダスが驚いた声を上げる。戦槌を構えたまま、困惑した表情でユリアを見つめていた。


「私も前にいるわ」

「危険です!」


 レオニダスの声は切迫感に満ちている。異界人という貴重な存在を危険に晒すことへの懸念が、その声に滲んでいた。


「私の技量は体感したでしょう」


 ユリアは静かに微笑んだ。


「そ、それはそうですが......」


 レオニダスが言い淀む。眉をひそめ、何か反論を考えているようだが、結局言葉にならずにいる。


「大丈夫よ、死ぬ気はないわ」


 ユリアの声には絶対的な自信があった。レオニダスは反論の言葉を失う。


「は、はぁ......」


 黒く爛れた死者の腕が掴みかかろうとする刹那、ユリアの剣が閃いた。次の瞬間、胴体だけが数歩よろめき、頭部は宙を舞った。まるで空気を切るかのような軽やかさで、全く抵抗を感じさせない斬撃だった。返り血一つ浴びることなく、ユリアは次の敵に向き直る。


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