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終末の血族  作者: 天津千里
3章:黎明の銀星
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第20話 黎明の銀星III

【帝国紀元1799年4月4日 1:00】

【 エルズリウム東方・野戦陣地】


 ユリアは緊張に包まれた陣地を見回した。

 丘陵地に設けられた野戦陣地は、雲が厚く垂れ込めた空に月も星も隠れ、松明の明かりだけが点々と闇を照らしている。オレンジ色の炎が夜風に揺らめき、長い影を地面に踊らせていた。

 見張りの兵士たちが緊張した面持ちで周囲を警戒し、草木のざわめきや遠くの獣の鳴き声に身を強張らせる。

 触れれば切れそうなほど張り詰めた空気だった。

 陣地の各所では、いつ来るかわからない敵の追撃に備えた準備が続いていた。

 武器の最終点検、魔導具の調整、そして暗闇での戦闘に慣れるための訓練。

 石を並べた簡易な防壁の陰から、兵士たちの小声が断続的に届く。湿った土と松明の煙が混ざった臭いが鼻をつく。

 兵士たちの顔には、疲労と不安が色濃く刻まれていた。

 そんな中、ユリアは静かな足取りで陣地を巡回していた。眠れない兵士たちの様子を確認し、士気を保つ------指揮官として当然の責務だった。

 陣地の一角では、レオニダスを中心とした近接兵たちが、剣の素振りや柔軟体操に励んでいる。

 炎の明かりの下で、汗を流しながら真剣に体を動かす彼らの瞳には、疲労と同時に抑えきれない戦いの熱が宿っていた。

 刃が空を切る音と、足音が地面を踏みしめる音が規則正しく響く。


「準備運動?」


 ユリアの声に、レオニダスが振り返った。


「隊長。いつでも動けるよう、体を慣らしています」

「それは大事ね。士気はどう?」


 ユリアが周囲の兵士たちを見回すと、疲労は見えるものの、表情に諦めはない。先ほどの絶望的な雰囲気とは明らかに違っていた。


「ええ、だいぶ回復したようです」


 レオニダスが答えた。確かに、皆の表情は和らいでいる。


「ミズキ殿のおかげで、皆だいぶやる気を出していますよ」

「それはよかったわ」


 そのとき、水筒を手にした瑞希が近づいてきた。


「あ、ユリアさん。見回りですか?」


 表情は明るいが、目の下にはわずかに疲れの色。手にした水筒は既に半分ほど空になっており、これまでにどれだけの兵士に水を配って回ったのかが窺えた。


「そんなところよ。瑞希はなぜここに? 眠れないの?」

「はい......どうも頭が冴えてしまって」


 瑞希が苦笑いを浮かべながら答える。水筒を握る彼女の手が、わずかに震えていた。


「こうやって体を動かしていた方が、じっとしているより落ち着くので。それに、皆さん喉が渇いてるみたいですし」

「でも、無理しちゃダメよ。明日も------いえ、いつ戦いが始まるかわからないんだから」

「大丈夫です。むしろ、お役に立てているなら嬉しいです」


 瑞希の声には、不安を打ち消そうとする懸命な意志が感じられた。人の世話を焼くことで気持ちを整理しようとしているのだろう。


「無理は禁物よ。きつくなったらすぐ休むこと」

「は、はい」


 瑞希が頷くと、ユリアは微笑んだ。


「じゃあ私は他も見てくるから、ここはお願いね」

「ハッ、お任せください」


 レオニダスが力強く頷く。ユリアが歩き去ると、後ろから兵士たちの小声が風に乗って聞こえてきた。


「あのレオニダスが『ハッ』だってよ......」

「素直に従ってやがる......」

「今まで見たことねぇ光景だ......」

「やかましい!」


 レオニダスの返答が闇に広がる。ユリアは振り返ることなく歩を進めた。レオニダスの声には、以前のような苛立ちは感じられず、どこか照れ隠しのような響きさえあった。


「筋を通してるだけだ。強い者に従うのは当然だろう」


 その言葉が風に乗って届いてきた。たしかに最初は反抗的だったが、今はしっかりした部下になっている。


 (前はそんなにひどかったのかしら?)


 ユリアは斜面を登り、後方の魔法兵たちが陣取る場所へ向かった。見晴らしが良く、敵の動向を監視するのに適している。

 数名の魔法兵が魔導銃の手入れをしており、金属を磨く音が小さく聞こえていた。その中央で、ルシアがセリーヌから魔導銃の扱いを教わっている。

 近くでは他の魔法兵たちが暗闇での照準訓練に励んでいた。夜戦では視界が限られるため、音と感覚を頼りにした射撃技術が重要になる。


「姉さん、こんなところで何をしているの?」

「あらユリア。ちょうどセリーヌに魔導銃の扱いを教わっていたの。この子、とても丁寧に指導してくれるのよ」


 ルシアが振り返って微笑む。その手には見慣れない魔導銃が握られていた。


「た、隊長!」


 セリーヌが慌てて振り返り、敬礼しようとする。


「そんなに緊張しなくていいわよ」


 ユリアが穏やかに制すると、セリーヌは小さく頷いたが、依然として背筋を伸ばしたままだった。


(私を怖がっているのかしら......?)


 レオニダスとの模擬戦を見て、自分を恐ろしい存在だと思っているのだろう。まあ、指揮官として畏怖を抱かれるのは悪いことではないが。


「どう? 使えそう?」

「機構はとても精密で扱いやすいわ。ただ、設計思想が興味深いわね------武器の安定性と汎用性を重視して、魔力レベルの低い兵士でも確実に扱えるよう調整されているみたい。でも私には少し出力が物足りないかしら」


 ルシアの言葉に、魔法兵の一人が口を挟んだ。


「出力Cランクですよね? この魔導銃なら十分そ------いてっ」


 セリーヌが素早く魔法兵の脇腹を小突いた。


「黙ってて」


 セリーヌに真剣な表情で睨まれた魔法兵は、「何だっていうんだ......」と呟きながらも口を閉じた。


(ルシアにも妙に気を遣っているような......なぜかしら?)


 ユリアは首を傾げた。単純な恐怖心だけでは説明がつかない。まるで二人とも何か特別な存在だと認識しているかのような態度だった。


「そう......使えそうなら良かったわ。魔導班に参加してもらってもいいかしら?」

「もちろん参加するわ。セリーヌと一緒なら心強いもの」


 ルシアが頷くと、ユリアはセリーヌに向き直った。


「セリーヌ、よろしくね」

「ハッ!」


 セリーヌがびしっと敬礼する。教本通りの完璧な動作で、戦場にしては過剰なほど気合の入った敬礼だった。


「......怖がらせちゃったかしらね?」


 ユリアが呟くと、セリーヌが慌てて首を振った。


「とんでもないです! 頼りにしています!」


 その声には確信が込められていた。数時間前とは明らかに違う、信頼の響き。


「......そう。ならいいのだけど」


 ユリアは微笑むと、再び陣地の巡回に戻った。夜はまだ長い。そして、いつ敵の追撃が始まるかわからない状況が続いている。

 魔法兵の陣地を離れ、斜面を下って別の区画へ向かうと、銃兵たちが装備の確認をしていた。

 手慣れた手つきで弾薬の装填を確認する者もいれば、冷たい金属を握る指先が緊張で震えている者もいる。

 猟銃は通常の魔導銃より重く、扱いも異なるため、皆が真剣な表情で操作を練習していた。


「準備は順調そうね」


 ユリアの声に、銃兵の一人が振り返った。


「はっ......なんとか。猟銃は使ったことありますが......戦場は初めてで」

「狩りとは勝手が違いますからね」


 別の銃兵が装填動作を確認しながら付け加える。


「散弾の威力は申し分ないんですが、射程が短いのが不安で......」

「こればっかりは使ってみないことには」


 年配の銃兵が苦笑いを浮かべながら言った。


「そうね。でも近距離なら確実に敵を仕留められる。あなたたちが戦場の要よ。頼りにしているわ」


 ユリアの言葉に、銃兵たちが背筋を伸ばして返事をした。


「ハッ!」


 その声には、緊張と決意が入り混じっていた。そのとき------


「西方2ケイミルにて敵発見ッ! 戦闘態勢をとれ!」


 その叫びは、雷鳴のように夜の陣地を切り裂いた。

 ユリアは戦場を見据えた。


(2ケイミル......たしか2キロだったわね。すぐそこね......!)


 目の前で銃兵が弾を落とし、慌てて拾い上げる。別の兵がベルトを締め直し、魔導具を掴み直す。一瞬の静寂。次の瞬間、あちこちから武器を取る音、足音、怒号が響き、陣地全体が動き出した。


「聞いたわね! ただちに配置につけ!」


 ユリアの号令に、銃兵たちが一斉に立ち上がった。

 ユリアは陣地を満たす緊張を肌で感じ取った。

 灯りの炎が風に激しく揺れ、兵士たちの影が地面で踊るように動き回る。夜気が急に冷たく感じられ、火薬の臭いが風に乗って流れてくる。

 誰もが息を白く吐きながら持ち場へと急いでいく。


(夜明けまで約5時間......猟銃は射程で不利だけど、どのみち夜戦では遠距離は見えない。松明で照らした近距離なら、散弾の面制圧力が活きる。効果はある。あとはこの数で......いえ、やってみせるしかないわ)


 ユリアは深く息を吸い込んだ。いよいよ本格的な夜戦の始まりだった。


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