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終末の血族  作者: 天津千里
2章:エルズリウムの銀光
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第15話 エルズリウムの銀光V

【帝国紀元1799年3月30日 午後】

【コラサン・町外れ兵舎】


 ユリアたち三人は、兵舎に割り当てられた簡素な部屋で旅装を解いていた。四日間の行軍で疲労はあるものの、三日目あたりから既に「慣れ」が芽生えていた。石造りの質素な部屋だが、屋根があるだけでも野営に比べればずいぶんと楽だった。

 瑞希は鎧を脱いで大きく伸びをし、安堵の溜息をついている。その動作には初日のぎこちなさは既になく、装備の着脱も手慣れたものになっている。ルシアは剣を抜き、布で丁寧に刃を拭いていた。行軍中に付いた細かな汚れを、慣れた手つきで取り除いている。

 控えめなノックが響いた。


「どうぞ」


 ユリアが声をかけると、扉が静かに開かれ、リディアが姿を現した。


「みんな、お疲れのところ悪いんだけど......少し時間もらえる?」


 いつもより真剣な色が、その表情に浮かんでいた。


「どうしました?」


 ルシアが剣の手入れを止めて振り返る。


「これから軍議があるんだけど、よければ参加してもらいたいの。客将扱いだから、名目は問題ないし......父上たちにも、あなたたちのことを紹介しておきたいのよ」


 軍議への参加――これは予想していなかった展開だった。ユリアは軽く眉を上げる。


「私たちは......部外者では?」

「状況が状況だからね。戦力的な意味でも、父上たちに情報を共有しておきたいの」


 リディアの声は、切迫した響きを帯びていた。事態がただならぬ方向に進んでいるようだ。


「そういうことね。わかったわ。着替えはこのままでいいのかしら?」


 ルシアが立ち上がりながら尋ねると、リディアは頷いた。


「ええ、あまり形式張った場ではないから大丈夫。すぐそこよ」


 三人はリディアに伴われ、兵舎を出て町の中心部へと向かった。夕暮れが近づく中、コラサンの街には軍の活気が満ちている。兵士たちが慌ただしく往来し、馬や荷車が頻繁に行き交っていた。

 一行は町の中心にある大きな宿屋の前に到着した。三階建ての立派な建物で、軍旗が掲げられ、衛兵が警備に当たっている。


「ここが軍議場よ」


 リディアが扉を押し開いた。広間は臨時の軍議場として設営されており、中央には大きな地図が広げられ、周囲には複数の士官が鎧に身を包んで立ち並んでいる。皆が険しい表情で地図を見つめ、低い声で議論を交わしていた。時折聞こえる金属音や、紙を広げる音が、場の緊張感を一層高めている。


 この人たちが、カラディン辺境伯家の中心なのね。


 士官たちの装備や立ち位置、発言の頻度から、それぞれの序列や影響力を推し量る。身につけている鎧は実戦仕様で、装飾よりも機能性を重視したものだ。歴戦の将校たちだろう。

 隣では瑞希が緊張で身を固くしており、ルシアは周囲を一通り見回した後、落ち着いた様子を保っていた。

 広間の奥には、二人の男性が並んで立っていた。


 辺境伯とその息子だろう。たしか……当主がガリウス・カラディン辺境伯で、嫡男がユリウス・カラディンだったはず。


 一人は五十代半ばと思われる男性だった。グレーの髭を整え、鋭い眼光を持つ。もう一人は二十代後半だろうか、精悍な顔立ちで引き締まった体つきをしている。どちらも威厳があり、顔立ちはどことなく似通っていた。


「ようやく来たか、リディア。報告を聞かせてくれ」


 ガリウスの声は低く、落ち着いていたが、その奥には微かな緊張が滲んでいる。


「ハッ。ですが......父上と兄上がここにいらっしゃるのは......何か問題が?」


 リディアの声にはわずかな疑問があった。予定では先遣隊と本隊はエルズリウムに向かっているはずだったのだ。


「少し状況が変わってな。一旦ここで軍を合流させることにした」

「私から簡単に状況を説明しよう」


 ユリウスが前に出ると、指揮棒を手に取り、地図を指し示し始めた。無駄のない動作だった。


「三日前、先遣隊がこの先三十ケイミル付近の街道で、数百名規模の民間人らしき集団に遭遇した。誰何を試みたが、突如襲撃を受け、交戦状態になった」


 民間人による襲撃――それだけでも異常な事態だが、ユリウスの表情はさらに深刻さを増していく。


「戦闘自体はこちらの勝利に終わったが......敵は致命傷を負っても動き続けた。中には喉を裂かれたまま剣を振るう者もおり、さらにこちらの負傷兵も突如暴れ出すなど、異常な行動が相次いだ。趨勢が決しても、恐怖や混乱の兆しすら見せず、最後の一兵まで突撃を止めなかった」


 ユリアの背筋に冷たいものが走った。致命傷を負っても戦い続ける、負傷兵が暴れ出す――これは明らかに、先日カラディン城館で起きた異常事態と同じパターンだった。


「恐らくは、薬物や術式によって感情を抑制し、狂戦士化させていた可能性がある」


 薬物や術式による狂戦士化......。しかし、訓練されていない上に統制も取れない民間人を利用するのは非効率的すぎる。一体何者が、どんな目的でこのようなことをしているのか?

 カラディン城館でも、ここでも同様の異常事態が起きている。偶然にしては出来すぎている。けれど、カラディンから先遣隊が交戦した場所まで徒歩で数日行軍する距離があるのに、どれだけ広範囲で発生しているのだろうか......。


「これを受け、先遣隊は一時撤退。私の本隊と合流し、コラサンにて後詰を待った次第だ」

「異常行動......。先日の城館襲撃とも共通点がありますね」


 リディアの指摘に、辺境伯が重々しく頷いた。


「その通りだ。同様の現象が複数の場所で発生している。単発の事件ではなく、影響範囲を考えると相当大規模な組織による動きと見るべきだろう」

「調査を進めましょうか?」


 ユリウスの提案に対し、ガリウスは首を振る。


「一領地で扱える規模ではない可能性がある。帝国軍に動いてもらうべきだろう。まずは救援が最優先だ」


 軍人らしい堅実な判断だ。


「後詰はどれほど集まったのだ?」

「およそ1500名ほどを率いて参りました」

「本隊と合わせて4500か。およそ三大隊強といったところだな......」


 ユリウスが地図上で部隊配置を確認しながら呟いた。わずか数日で4500もの兵を動かすとは、相当な組織力だ。


「状況は不透明だが、救援の必要は変わらん。部隊を再編し、エルズリウムに向かう」

「ハッ!」


 士官たちの声が一斉に響いた。

 ガリウスの視線がユリアたちに向けられた。鋭い眼差しで、品定めをするように三人を見据える。


「......それで、この三人が"異界人"か?」

「はい。先日、郊外の旧神殿にて発見し、保護いたしました」


 リディアが説明すると、ユリウスが確認するように言った。


「民間人と聞いていたが?」

「ええ。ですが、城館での襲撃を経て、一定の戦闘力があると判断し、客将待遇として同行を願っております」

「危険に巻き込んでしまったことは遺憾だ。申し訳ない」


 ユリウスの謝罪に、ユリアはそっと辺境伯とその息子を見比べた。

 辺境伯自身は謝らず、代わりに嫡男が責任を負う仕組みか。貴族家らしい動きで、権威と責任の所在を両立させている。


「いえ、保護していただき感謝しております」


 ルシアがやや緊張しつつも微笑みながら応じると、ユリウスの表情に疑問の色が浮かんだ。


「エステヴァンに勝ったという話は本当か?」

「はい。少なくとも、ユリア殿は極めて高い戦闘力を有しています。エステヴァンを含む複数の近接兵と同時に対戦し、圧勝しました」


 ユリウスの目が見開かれた。


「エステヴァンに勝った?  本当にか?」


 エステヴァン......単なる執事ではなく、剣の腕前でも一目も二目もおかれているのね。それほどの実力者に勝ったと聞けば、驚くのも当然だろう。


「あいつがユリア殿に負けたというのか?」


 ガリウスの声にも、明らかな驚きがあった。低く唸るような口調で、ユリアを改めて見直している。


「他にも、瑞希殿は魔力量が測定限界を超えており、身体能力も並の兵士以上。ルシア殿も熟練の剣士で、貴族家でも通用する水準の戦技を備えています」


 リディアの説明に、室内の空気が変わった。士官たちの視線も、好奇心から敬意へと変わりつつある。測定限界を超える魔力量という言葉に、明らかな驚きの色が浮かんでいる。


「ふむ......それならば、軍の一翼として扱うに足る。異界人という事情もあるが、実力での証明は十分だ」


 ガリウスが全体に向き直った。


「よし、これよりこの三名を、カラディン家の客将として正式に迎える。異議はあるまいな?」

「ハッ!」


 士官たちの力強い返事が響いた。


「光栄に存じます」


 ルシアが丁寧に一礼する。ユリアも続いて頭を下げた。

 客将......つまり"働ける異邦人"ってことね。でも、訓練場で見せた程度の実力で、この地位を与えるのは不自然ね。実戦経験もないのだから、本当の戦場に出すわけにはいかないでしょうし。それなら客将という扱いは......象徴としての役割なのか?  異界人がいるというだけで兵士たちの士気が上がるなら、それも戦力のうちに入る。この国では、異界人という存在にそれほどの価値があるということね。

 軍議場の重厚な空気の中で、ユリアは新たな段階の始まりを感じていた。


【同日 夕方】

【コラサン・町外れ兵舎私室】


 軍議を終えて部屋に戻った三人は、それぞれ旅装を解いて汲んできた井戸の水で顔を洗い、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。石造りの質素な部屋だが、窓の外では夕焼けが空を染めており、ほんのり赤く色づいた光が室内に差し込んでいる。


「うわー、緊張しました......!  なんか、大人たちの中に混じって、私たちだけ浮いてたような......」


 瑞希がどさっと腰を下ろしながら言った。その表情には安堵が浮かんでいた。


「瑞希の顔、ほとんど真っ白だったわね」


 ユリアが口元を緩めて言うと、瑞希が即座に反応した。


「そりゃそうですよ!  あんないかにも"作戦会議"って感じの場所、初めてでしたもん!」


 その純粋な驚きの反応に、ルシアがくすっと小さく笑った。


「瑞希さん、今日はお疲れさま。ああいう場所は慣れないでしょうけど、よく頑張ったわね」


 ルシアが優しく声をかける。その言葉に、瑞希の表情がさらに和らいだ。


「それにしても......"客将待遇"をあそこまで名目通りに使うとは、ちょっと意外だったわ」


 ルシアが振り返りながら言った。


「あの......客将って何なんですか?」


 瑞希が首をかしげて尋ねた。


「客将というのは、軍に所属しない外部の人を、部隊長と同等の地位で迎える制度よ。正式な指揮権はないけれど、作戦会議に参加できるし、部隊長と同じ待遇を受けられるの」


 ルシアが丁寧に説明すると、ユリアが肩をすくめて付け加えた。


「要は隊長と同じご飯が食べられるってことよ」

「そうなんですね!  隊長と同じご飯が食べられるなら、それは嬉しいですね!」


 瑞希が明るい表情を浮かべる。ルシアが小さく苦笑した。


「そうね。それに、根拠のひとつが"異界人"ってことだったのも気になる」


 ユリアも頷きながら応じた。あの軍議での辺境伯の言葉――「異界人という事情もあるが」――が頭から離れない。単なる戦力評価以上の何かを感じた。


「"異界人"って......地球の人、って意味ですか?」


 瑞希が首をかしげて尋ねた。


「そういうことね。そういえばあの時は瑞希さんは寝ていたわね。この世界には、たまに地球からいろんなものが流れ着くことがあるらしいのよ」


 ルシアが柔らかく説明する。


「で、その"流れ着いた何か"の中に......今回は私たちがいたってわけ」

「えっ、じゃあ、他にも......私たちみたいな人がいたりするんでしょうか?」


 瑞希が目を丸くして尋ねる。


「どうかしらね......リディアの話では、かなり昔の話らしいし。伝説とか、記録に近い扱いだったみたい」


 ユリアは少し考えてから答えた。数百年ぶりの異界人――それほど稀な存在だというのが、リディアの説明だった。


「あの様子だと、"異界人"っていうだけで、何かしらの政治的な価値がありそうだったわね」


 ルシアの言う通りだ。辺境伯の態度や、周囲の士官たちの反応を見る限り、異界人という存在には軍事的価値以上の何かがありそうだった。


「思っていた以上の"価値"を見出された結果、足元を掬われる......なんてこともあるかもね」


 ユリアは目を細めて言った。好待遇には必ず裏がある――これまでの経験がそう教えている。


「でも......大切にはしてくれそうですけど?」


 瑞希が眉をひそめて言った。


「"大切にする"って、時には思わぬ重荷になるのよ。とくに、価値が理由ならね」


 ユリアは表情を和らげながら、真剣な声で答えた。


「......そうなんですね......」


 瑞希が小さく頷きながら呟いた。この世界の複雑さを少しずつ理解し始めているようだ。

 静かな余韻が、三人の間に流れた。夕陽の光が次第に弱くなり、室内には薄い影が差し始めている。

 軍事行動では実際にどんな役割を期待されているのか。客将という地位は名目だけなのか、それとも実際の義務が伴うのか。断る権利はあるのか――そうした具体的な疑問が、ユリアの頭の中で次々と浮かんでは消えていった。すべてが不透明なまま、三人は新たな段階へと足を踏み入れようとしていた。

 窓の外で、コラサンの町に夜の帳が降り始めている。兵士たちが明日への準備を進める声や、炊事場から立ち上る煙、馬の世話をする音などが聞こえてくる。遠くで響く馬の嘶きが、明日からの本格的な軍事行動の始まりを予感させていた。

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