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終末の血族  作者: 天津千里
2章:エルズリウムの銀光
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第11話 エルズリウムの銀光I

【帝国紀元1799年3月25日 7:00】

【カラディン辺境伯領・カラディン城館客間寝室】(瑞希視点)


 眩しさで瞼が開く。朝陽が頬に触れている。見慣れない天井。


「まぶし......朝......?」


 頭の奥がふわふわしている。ぐらぐらする。ここは......どこ?

 昨日は確か――学校で皆とお別れして......天使?  記憶がバラバラで、断片が浮かんでは消える。つながらない。


「あれ、昨日はどうしたんだっけ......」


 瑞希の目の前に、金髪の美しい女性が現れる。


「あら、目が覚めた?  洗面所はあっちよ。顔を洗ってらっしゃい」

「は、はい」


 瑞希は慌てて返事をする。誰だっけ、この人。昨日会ったような気がするけれど、すごく綺麗だったということしか覚えていない。

 洗面台の前に立った瑞希は、鏡に映る自分の顔を見つめる。

 ここはどこなんだろう。思い出せない。何か大切なことがあったような......記憶がぼんやりとしている。

 瑞希は鏡に映った自分の顔から一瞬視線を逸らした。なんだか顔色が悪い気がする。青白い。風邪でもひいたのかな。他人を見るような感覚で自分の顔を見つめ返し、ふと不安がよぎる。

 客間に戻ると、先ほどの金髪の女性と、銀髪の少女が席に座っている。

 改めて見ると、二人とも驚くほど端整な顔立ちをしている。

 金髪の女性は見た目十八歳くらいで、蒼い瞳が優しげだ。どこか温和で落ち着いた美しさがある。

 対照的に、銀髪の少女は十五歳ほどに見える。紅い瞳が印象的で、無表情な顔立ちが冷たげな美貌を際立たせている。

 テーブルには朝食が並んでおり、給仕の女性たちが食事の準備をしている。焼きたてのパンの香ばしい匂いと、淹れたての紅茶の香りが部屋に漂う。

 え?  メイドさん?  映画の世界みたい......。

 瑞希は目を丸くする。これって夢?


「さ、座って」


 金髪の女性が優しく声をかける。瑞希は恐る恐る尋ねる。


「あの、ここはどこで、あなたたちは?」

「自己紹介がまだだったわね。私は古西ルシア、こっちが妹のユリアよ」

「ユリアよ。よろしく」


 銀髪の少女――ユリアが簡潔に挨拶する。瑞希は慌てて名乗る。


「あ、私、雨宮瑞希といいます......」

「瑞希さん、昨日のこと、どれくらい覚えている?」


 ルシアの問いに、瑞希は困惑した表情を浮かべる。


「それが、あまり覚えてなくて......なんでここにいるのかも......ここはホテル?」

「......そう......」


 ルシアが少し困ったような表情を見せる。代わりにユリアが口を開く。


「あなたが倒れていたから介抱してたのだけど、その後、神隠しみたいなのにあってね。色々あって、ここのお屋敷でとりあえずお世話になっているわ」


 ユリアは淡々とした口調で、簡潔に状況を説明し終えた。


「もう、ユリア、端折りすぎよ」


 ルシアは困ったように笑いながら、妹の肩を軽く叩いた。


「でもそうね、私たちはよくわからない事態に巻き込まれている。今はなんとか安全そうな場所に来れた......と覚えていて。ここがどこかもよくわからないし、元の場所に帰る方法もまだ分からないの」


 どこかわからない場所?

 メイドがいて、お城の部屋で、こんなに美人な二人がいる。これって本当に現実なんだろうか。確かに、この部屋はヨーロッパのお城みたいな雰囲気だけれど......

 瑞希の困惑は深まるばかりだ。なぜこの二人が自分の保護者に? 瑞希の頭は整理がつかなかった。


「そんな夢みたいな......あれ、でも天使さん?  ......夢じゃない?」

「天使ではないけれど、紛れもない現実よ。信じがたいことにね」


 ユリアの言葉は冷静だ。


「さあ、冷める前にいただきましょ」


 ルシアが食事を勧めるが、瑞希は躊躇する。

 これ食べて大丈夫なのかな? 食べたら帰れなくなったりして......そんな不安が頭をよぎる。


「食べるのが怖い?」


 ユリアが問いかける。


「えっ」

「しっかり食べたほうがいいわ」

「もう......。瑞希さん、色々心配になるとは思うけど、あなた、だいぶやつれているのよ。少しでも食べて回復したほうがいいわ」


 ルシアの優しい言葉に、瑞希は素直に頷く。


「あ、はい」


 そして、タイミング悪く、グーッと大きな音が客間に響く。


「うっ......」


 瑞希は顔を赤らめる。


「うふふ、さ、食べましょ」


 ルシアの微笑みに安心して、瑞希は小さく手を合わせる。


「い、いただきます」


 最初に口にしたパンは、ふわりと柔らかく、ほんのりとした甘みが広がる。紅茶は香り高く、温かさが体の芯まで染み渡る。

 朝の光が差し込む客間で、三人の朝食が始まる。


【同日 9:30】

【カラディン辺境伯領・領都カラディン】


 護衛の兵士に連れられて、ユリアたち三人は街の様子を見て回ることになった。

 城館を出ると、中央の大広場が賑わっている。

 商人や市民たちが行き交い、周囲の商店では呼び込みをしている店員が威勢よく声を張り上げている。大きな街路には馬車や荷車がゆっくりと進んでおり、街全体から活気が感じられる。


「すご......映画みたい......馬車なんて初めて見た......」


 瑞希の感嘆の声を聞きながら、ユリアは思考を巡らせる。

 時代は18世紀から19世紀くらいだろうか。馬車が主流だが、建物の建築様式や街並みの整備具合を見ると------辺境伯領と言っていたから、中央が進んでいるとしたら19世紀後半から20世紀初頭かもしれない。


「どうぞこちらへ。街の治安は良い方ですが、くれぐれも離れませんよう」


 護衛の兵士が注意を促す。


「ええ、ありがとうございます」


 ルシアが丁寧に応じると、一行は街の商店街を歩き始める。


「あれ? あの小さい人は......猫の耳?」


 瑞希が指差した先には、間違いなく獣の耳を持つ小柄な人影がある。


「ああ、東のパルサ連邦の獣人たちですね。小競り合いも多いのですが、部族によっては交易に来たりもするんですよ」

「へー......ほんとに異世界なんだ......」


 瑞希の純粋な驚きを横目に、ユリアは護衛の言葉を注意深く聞く。

 小競り合い、か。平和な関係ではないのね。

 広場の横道の先には神殿が見える。


「あれは教会?」

「十字架はないわね。どういう宗教なのかしら」

「あそこは建国神ソリス、秩序神ゼルオス、戦神ボレモスの3柱を祀ってある神殿ですね」

「巡礼者がたくさんいるわね」


 神殿の周りには多くの人々が集まっている。


「いろんな神様がいるんですね」

「ええ。この三柱の信者が多いですが、他の神を信仰している人も珍しくないですよ」

「へー」


 ユリアは考える。多神教で、様式はギリシア建築に近い。この世界の宗教観は寛容なようで、一神教的な排他性は感じられない。


「あそこで人が集まっているのは?」


 神殿横の広場に人だかりができているのを瑞希が見つける。


「あれは炊き出しですね。神殿が共同で貧しい人々に粥を提供しています」

「そうなんだ......」

「あっちの奥の建物は? 豪華ね」


 ルシアが指差した方向には、豪華な装飾を施した立派な建物が見えている。


「あちらは貴族の方たちのお屋敷になります」

「そうなの......」


 その時、巡回兵が通りかかる。護衛兵と巡回兵が互いに敬礼を交わす。


「巡回もされてるのね」


 ユリアの問いに、護衛は頷く。


「ええ。昨夜のこともありますから、警備は厳重にされています」


 昨夜の事件──あの城館内での暴動のことだろう。


「昨夜のことはなにか進展が?」

「いえ、まだ調査中のようです」

「そう......」


 やはり、あの異常事態の原因は掴めていないらしい。


「あの兵隊さんが持ってる銃だけ違うような?」


 瑞希の鋭い観察に、護衛が答える。


「よくお気づきで。あれは魔法兵用の魔導銃です」

「魔法?」

「はい。熱属性の魔導銃ですね。俺も持ちたかったなあ」


 護衛の羨ましそうな声に、瑞希は目を丸くする。


「あの銃で魔法を撃つんだ......」


 魔法と兵器が融合している。魔導銃が特別扱いということは、製造コストや習得難易度に問題があるのだろう。全員が使えるものではないのかもしれない。

 その時、大通りのほうで歓声が上がる。


「なにかしら?」


 ルシアが首を伸ばす。


「軍の行進?」


 ユリアの推測に、護衛が答える。


「ユリウス様が出陣なさるそうです」

「出陣とは穏やかじゃないわね」

「現在は戦況は小康状態なので、やや珍しいですが、たまにありますよ」

「そうなのね」


 戦争が日常的に起きている。小康状態は完全な平和ではない。戦火に巻き込まれる可能性も念頭に置かねばならない。


「そろそろ、戻らねばなりません。お昼をお召し上がりいただいた後、リディア様がお待ちかと......」


 護衛の言葉に、ルシアが尋ねる。


「なにかあるの?」


「はい。ユリア様の......その、ご武力の確認をさせていただきたいとのことで」


 やはり、昨夜の城館での件で、自分の戦闘能力に興味を持ったのだろう。


「そう。ありがとう、案内助かったわ」


 ユリアは冷静に応じる。


【同日 13:00】

【カラディン辺境伯領・カラディン城館訓練場】(リディア視点)


 昼食を終え、リディアは訓練場へと向かった。目的は、昨夜助けた異界人たちの戦力を実際に見定めること──彼女自身が主導しての提案だった。

 訓練場は広く、城館の裏手に位置する。兵士たちが日常的に使用する場所であり、土と砂利で覆われている。

 訓練場に入ると、すでに三人は動きやすい服装で待機している。

 瑞希はまだ緊張した面持ちだが、ユリアとルシアの表情には余裕がある。黒茶の髪を後ろで束ねたリディアは、その落ち着きぶりに軽い違和感を覚える。

 普通なら、異世界に飛ばされた直後にもっと動揺するはずなのに......特にあの銀髪の少女は妙に冷静すぎる。


「午前中は街を見に行ったんだったわね。街はどうだった?」

「とても活気があって、いい街でした」


 ルシアが微笑みながら答える。その返答にリディアも自然と口元を緩める。


「そう言ってもらえて嬉しいわ」


 だが、すぐに本題に入る。表情を引き締め、三人に向き直る。


「ここに来てもらったのは、みんながどれだけ動けるのか、それを知りたいからなの。本来ならお客様にこんなお願いはしないんだけど......昨夜のことがあるから」

「そういうことでしたら」


 ルシアが静かに頷く。場の空気は引き締まり、兵たちも自然と距離を取る。


「ありがとう。早速だけど、三人とも武器の取り扱いから、簡単な打ち込み、魔力測定などを行って、必要に応じて模擬戦も行っていこうと思うわ」


 訓練用の武器が並べられた棚に視線が集まる。それぞれが、自分に合いそうな武器を見定めている。

 リディアはその様子を観察する。


「私はこれでいいわ」


 真っ先に動いたのはユリアだった。無造作に手に取ったのは、試合用の重たい両手剣。

 兵士たちが驚きの目を向ける中、ユリアはそれを軽々と構え、振り下ろして見せる。動きにまったく無駄がない。


「それでいいの? 重いわよ」

「大丈夫よ」


 軽く答える彼女の目は澄んでいる。

 鉄の塊のような剣が、軽い木剣のように扱われている光景に、リディアの思考が一瞬止まる。

 なんてこと......私は何を見せられているのかしら......あの細い腕でどうして......

 次にルシアが細剣を手に取る。


「私はこれね。剣はあまり使ったことないのだけど......」


 そう言いつつも、ルシアの所作には明確な型がある。細剣を構える姿には品があり、鋭さと美しさを併せ持つ。

 リディアの目が鋭くなる。背筋がぞくりとする。

 そう言うわりには......様になっているわね。素人ではないわ。あの構えは修練を積んだ者のそれよ。

 最後に瑞希が、やや戸惑いながら片刃の剣を選ぶ。


「わ、私はこれ......かな?」

「それでいい?」

「はい、見たことある剣に近いので......」


 武器を握る手がややぎこちない。だが、その目は真剣だ。

 三人の中では、確実に瑞希だけが本当の素人のようね。だが......見たことある剣? 異界でも剣があるということかしら。


「じゃあ、それぞれ訓練かかし相手に剣を振ってもらいましょうか」

「わかったわ」


 最初にルシアが前へ出る。

 軽く呼吸を整え、細剣を構えると、そのまま突きを放つ。鋭く、迷いのない一撃。かかしの胴が軽く揺れ、兵たちの間にどよめきが走る。

 ......明らかに剣技を習っているわね。それも相当、使い込んでる......

 あの技術は一朝一夕で身につくものではない。

 次に瑞希が剣を構える。


「あれ、なんか軽い......」


 不安げに上段に振りかぶる。動きそのものは明らかに素人のそれだった。しかし──

 ガンッ!

 剣がかかしの胸部に当たった瞬間、鎧がへこむほどの衝撃音が響く。

 訓練用の鎧とはいえ、あれを打ち抜く力は常識外だった。リディアの血の気が引く。


「なんだあれ......」


 兵士の一人が思わず呟く。


「あっ、ご、ごめんなさい! なんか力が入っちゃって......」


 慌てて謝る瑞希の声に、リディアは小さく首を振る。


「いえ、いいのよ......」


 動きは素人なのに......あの腕力はなに? ちょっと異常よ......

 あの子は技術はないが、身体能力が人間の域を超えている。一体、異界ではどんな環境で育ったのだろうか。

 そして最後に、ユリアが進み出る。

 リディアは息を詰めて、その瞬間を見守る。手の平に汗がにじむ。


「ユリアさん、全力を出してね?」

「......善処するわ」


 言葉の意味を測りかねるまま、リディアは見守るしかない。

 なぜ「善処」なのか。全力を出すことに、何か問題でもあるのだろうか。

 ユリアが構えたその姿は美しくさえある。訓練場に一瞬の静寂が落ちる。そして──

 ズバンッ!

 空気を引き裂く轟音。大地が震える。刃が訓練用かかしの兜を真っ二つに叩き割り、そのまま胴体の鎧をも断ち切って、かかしを両断する。砂埃が舞い上がり、金属片がキンキンと音を立てて地面に落ちる。

 訓練場が静まり返る。

 リディアの全身に鳥肌が立った。


「な......」


 リディアは思わず声を漏らす。誰もが呆然とし、息をすることさえ忘れている。

 かかしを両断? 刃を潰した訓練剣で?


「ごめんなさい、剣をダメにしてしまったわ」


 ユリアが申し訳なさそうに言ったが、冗談のように聞こえる。 その平然とした様子に、リディアの膝が震えた。


「......大丈夫よ。ケガはない?」

「ええ」


 剣を見ると、刃の中央が明らかに歪んでいる。

 剣が歪んでる......どんな力でぶつけたの......しかも──手加減したわね、あれ......

 これが異界人の力......父が重要視していた理由が分かったわ。

 リディアはゾクリと背筋に冷たいものを感じる。

 周囲を見回すと、兵士たちも皆、同様に呆然としている。彼らの顔には困惑が浮かんでいる。 あの一撃は、まだ"本気"ではなかった。

 剣技だけでこれほどとは。リディアの中で、衝撃が好奇心に変わっていく。

 魔力測定では──一体どんな数値が出るのだろうか。

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