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超科学守護少女パクス・バニー ~神への階梯~  作者: 森河尚武
第二章 日常あるいは平穏な日々
4/10

日常あるいは平穏な日々 Aパート

待っていた方が居るのかよく判りませんが、第二話Aパートです。


12/30 誤字脱字、一部文章を修正

 夜空を切り裂くように跳ぶ白銀の影。

「こちらパクス0。目標の現在位置を教えてください」

 大脚力で強引に電柱間を跳び越え、白いうさみみをなびかせて翔る。

『こちら第三区管制室。パクス0お待ちしておりました。現在目標は中町中央通りより東一本入った街路を西に向かって逃走中。緊急配備が間に合っておりません。足止めをお願いします』

「こちらパクス0。了解しました。こちらの現在位置から、あと二分以内に到達します。相手の装備と注意事項を教えてください」

 それは定期パトロール中に出動要請を受けたパクス・バニーであった。

 中央管制室より強盗団の緊急配備までの足止めを指令されて、現場へ移動していた。

目標は宝石店の壁を爆破して侵入し、わずか数分で貴金属類をかき集めて車で逃走、しかし数分後に運転を誤ったのか、対向車と正面衝突し徒歩で逃走を開始していた。

 緊急配備が間に合わず、かつ強武装が予想されたため、通常警官隊の包囲より前に最低限の武装確認のため、パクス・バニーの出動を要請された。

 最先端の先進装備に身を固める彼女は、並みの装甲車よりも強固な防御力があり、しかも常時夜間パトロールを行っているので、要請しやすい雰囲気がある。一着数十億円とも噂される特殊パワードスーツについて、予算を食いすぎる等の多少のやっかみがなくもないが、こうやって危険にも投入されるし、見た目も少女であったりするので意外と大きな声にはなっていない。

 その代り、特殊部隊よりも気軽に使える駒として便利屋扱いされているのが現状である。


 さて彼女の場合、移動はビルや電柱の上などを跳ぶことが多い。普通に移動していると、交通法規を十分に守らねばならないというのもある。(空中移動に関する法規はないので、実はグレーゾーンな移動法ではあったりする)

 しかし一番の理由は、市民からの話しかけや問い合わせなどの任務外対応が極端に増える傾向があるためだ。

 特に幼児たちに囲まれたりしたら、一歩も動けなくなる。

 そしてもう一つ切実な問題があった。玲がこの格好が恥ずかしいのである。

 なにせ肩と背中は丸出し・ハイレグ・絶対領域装備で、かつ身体にぴったりフィットしているので身体のラインが丸見えなのだ。

 かわいがってくれる隊員たちはともかく、変装しているから市民からの視線に耐えられている面がある。

 でも、そういう衣装を素直に着る彼女もどこかずれているが。


『こちら第三区管制室。目標は三人。武装については不明です。また該当区画にて原因不明の小規模停電が起きている関係で、監視カメラ稼働状態に異常が見られます。よって目視による確認をお願いします。データを転送します』

 網膜投影モニタに監視カメラの画像データなどが透過表示される。

「こちらパクス0。データ受領しました。引き続きこちらのIDマーカーの追跡をお願いします」

『第三区管制室。了解です。IDマーカー追跡良好です』

 たんっと軽やかな音を発てて、白銀のバニーガールが跳ぶ。

 うさみみとポニーテールを風になびかせて、二本先の電柱上に着地する。

「あ、あれかな……。こちらパクス0。目標らしき人物を目視しました。画像データを転送します」

 映像データを管制室と同時に二課のほうにも転送する。現在の彼女の指揮権は第三区管制室にあるため、原則として二課からはなにも言ってこない。

 例外はただひとつ。撤退命令のみである。

1秒でデータ解析が終了し、結果が転送されてきた。95%の確率で該当。

彼らが目標と断定された。

「こちらパクス0。これより作戦行動を開始します」

『こちら管制室。あと5分で緊急配備が完了します。それまでお願いします』

「パクス0了解」

 了解の返答をして、いやいやながらもいつものシステムを立ちあげる。

 彼らの逃走ルートを行動ベクトル解析により先回りして、周囲の状況はすでに確認済み。

(今回は変身がないだけマシ。だと思いたい思おう思えれば……)

 そんなふうに自分をむりやり納得させる。


(自動台詞発声ソフトウェア 動作開始)

 電柱の上でまっすぐに立っている彼女の耳元で、骨伝導イヤホンが動作状態を告げる。

「そこまでよ!」

(リモート照明操作ソフトウェア 動作良好)

 逆光のシルエットになるように三キロ背後のビルから照射されたサーチライトで背後から照らし出される。

長い銀髪を風になびかして。

(表情およびポージングの自動制御を並行動作します)

「この街で悪いことはするのは許さないっ! 国家権力に代わって逮捕しちゃいますっ!」

 ああ、今日はこういうキャラなんだ。諦観とともに涙を流す。

 表情が自動コントロールされているので、とってもこんぱくとな胸の中だけで。


 頭には白いうさみみヘアバンドがぴょこんと立ち上がる。


「最先端医療都市に潜む闇を照らす光っ! そう、わたしは」


 ハイレグな白銀レオタード姿の少女が髪に入れた手をさらりとなびかせて、登場ポーズをとる。

 

「超科学守護少女パクス・バニーっ! 今日は第3区に登場ですっ!」

 ピースサインの指をまぶたにあてて、ぱちんとウィンクする。ついでにちょっと舌をだして媚び媚びの笑顔。


 (もういろいろいっぱいです。主に羞恥心的に。

 でも今日は変身シーンがないからまだいい。それがあったらもうもたない。なにをするかじぶんでもわからない――)


  下で犯罪者たちが何か喚いて、逃走を再開した。どうやら誘導暗示にかからないタイプの犯罪者だったらしい。

 登場シーンがまるっと大損である。主に中の人の羞恥心的に。

 行動ベクトル予測によるとバラバラに逃げ出そうとしているらしい。


(じゃぁ、早く降りて捕まえないと。)

「とぅっ!」

 脚に力を込めて空中に身を投じ、自由落下を開始する。自動セリフ発生装置は絶賛稼働中らしい。

「華麗に超科学的・大・変・身っ! 大空を自由に舞うパクス・バニー・エンジェルウィング!」

え゛!?

 聞いてはならないボイスが自分の口から聞こえた。頭の中が真っ白になる。

(防護服変形プログラムを開始します。電柱広告用レーザーエフェクト連動開始。防護服形態一時解除)


 (よせなにをするやめ(ry!!!!!!)


 無情にもばしゅんというかすかな音ともに、防護服がずるりと剥けた。映像的にはするりと優雅にほどけているように見えるが、ナノマシン・マテリアルは基本的に粘着質な肌触りだった。


(んぎゃぁぁぁぁっぁぁああああああっ!)


 乙女があげてはならない悲鳴を(フラットな胸の中だけで)あげる中、きらきらした変身エフェクトと共に問答無用に全裸になる。

もちろん女の子の大切なところはカメラに映らないようにきらきらと発光エフェクトが発生している。

いわゆる光学迷彩である。

 大きいお友達も大事だが、お子様も視聴するので教育的配慮というやつである。

 報道番組に教育委員会審査通貨済の太鼓判が押されていることに気が付いたときは監督省庁に殴り込みをかけそうになった。

そういう配慮するならそもそも全裸にしないでっ!

 現場の判断として何度も上申書を提出するが通ったことがない。

 変身の唯一の利点は破損した私服は公費で落とせるくらい。もっとも最近は私服なんてほとんど着れないけど。

 そして制服は予算削減で防水紙製の超簡易量産品にされてしまった。前の制服一着分で100着が準備できるといわれたら備品部のやつら小躍りしながら喜んで契約しやがった。

 ことあるごとに制服が破損するのはボクのせいじゃないのに、目の敵にして。

 このまえ保管期限切れの防災品用使い捨て紙下着を渡されたときは、さすがに床に手をついた。緊急用だからごわごわしていろいろと痛いというのに。

正直言って下着くらいはちゃんとしたものを履きたい。替え下着の少なさは切実とはいえ、こんななりでもいちおう乙女なのに……。

 はっ、もしかして女性というか人間扱いされてないの!?

 と、思考が現実逃避している間も自動制御で決めポーズと防護服の形態変形が終了し、巨大な翼が展開している。

 マテリアルの不足分を他のところから確保して対応するため、いまの彼女は、両手両足がむき出しの露出気味な恰好だ。レオタードもさらにハイレグになって食い込みがちょっと気になる。

 でもうさみみとしっぽは標準装備。

 これは魂の象徴だからだそうだ。主に番組スポンサー的な意味で。


 天使の翼をばさりと無駄にはためかせて、犯人追跡を開始する。散布ナノマシン同士の反発効果を利用して飛んでいるので、別に翼は動かす必要はない。というか、そもそもナノマシン・クラフトは目に見えるサイズの構造物がない仮想展開システムなので、翼すらいらない。

 さらにいうと、今回は監視カメラ群が動作していないので、この映像は録画されていない。あるのは彼女自身の視界映像のみである。


(また裸にされたされたされたっ!! ああああ、このいかりをどこにもっていくべきか。とりあえずあのバカどもをっ!)

 

 完全な八つ当たりで網膜投影された武装一覧からアイコンタクトで選択し、出力を麻痺レベルに、マニュアルで照準をつける。

 自動射撃にしたら、どういった変態的ポーズをとらされるかわからないからだ。というか、出動のたびに武装が違うのはどうにかならないのか。

 事前説明もないし。


 武装が仮想搭載されている右腕を伸ばし、目標物にポイントすると射撃演算予測結果を網膜視界上に投影。

 射撃感覚との一致を持って、発射承認の意思をトリガーする。

 ここまでおよそ0.3秒。思考加速されている彼女にとって外側はスローモーションの世界だ。

(自動セリフおよび自動姿勢制御を開始)

「見よっ、これが超科学の力です! スタンレーザー・イン・ヘル&ヘブン!」

(どこまでセリフを想定してんのよ、あのマッド兄貴! 帰ったらぜーったいはったおす!)

 周囲に設置された電柱広告用レーザー投影装置によりエフェクトが発生し、リング状の魔法陣模様が腕の周りに浮かび上がる。

 そのリングが高速で互い違いに回転しながら収束すると、彼女の腕よりも太い黄金色の光がエフェクトで発射され、犯人の男を飲み込む。

「犯人そのいち確保! バニー・ウィップっ!」

 おしりのしっぽを握りしめて、決められたコマンド・ワードを叫ぶと、するりと抵抗感なく抜けて細いベルト状のウィップになる。

 そのまま揮うと、気を失っている男をくるくると縛り上げて路上に転がす。

 ウィップからロック信号返信を確認しつつ、次の相手を探す。

「さぁ、次のお相手はどちらかしら? こないならわたしからいきますよっ!」

 (あ、セリフもーどまだつづいているんだ……)

 戦闘思考とはまったく別の人格思考はもういっぱいいっぱいで平板な感じになっている。

 網膜投影上のマップでは一人が適当に曲がって逃走、もう一人はあきらかに道を知った感じでまっすぐに逃走を続けている。

 まっすぐに逃走しているほうが、強奪貴金属を確保しているという未確定情報がある。

 ならばこいつが先ね。そう判断すると身体制御を取り戻した足先にぐっと力を入れて、大跳躍。

実に15メートル強の最大高度を出して一軒家を飛び越え、男の前に着地しようとする。

(ファンブルモードが発動しました。着地に強制失敗します)

「きゃぁっああああああ!」

 勢い余ってごろごろ転がって、どごんっ!と壁に激突する。

 放送録画中に一度だけ行動がランダムに強制失敗するという、通称ドジッ娘モードである。

 戦う少女は包装時間枠中に一度はピンチに陥らなければいけないという番組制作側の強い意向により実装されたモードである。

 いったいどういう嫌がらせだっ!と玲は怒ったが、これがあると動画の販売数に明確に差がでるそうだ。

 配備指令などでは通常起動させない機能だが、設定から外していなかったために動作してしまったようだ。

 目を回しているパクス・バニーに、男が懐から拳銃を抜き出して喜んだ。

「へへ、大金が飛び込んで来やがった! ここで死ねやぁっ!」

三発の射撃音。発射煙が立ち上る拳銃。

「なーにが変態バニーガールだ。聞いた話ほどじゃねぇし、これならちょろいもんだぜ」

「超科学守護少女パクス・バニーです、間違えないでください」

「なっ」

 ありえない声に唖然とした男の目の前、平然と立ち上がる少女の手からぽろぽろっとこぼれおちる何か。

 それが、つぶれた拳銃の弾丸だと気が付いて男の顔が青ざめた。

「と、ゆーわけでおじさま? カ・ク・ホされてね(はあと)」

天使の翼が巻き付いてからめて、そのまま分離して犯人を確保した。

(さいきん奇妙なのが多いな……)

 交通手段の限られているこの街に、爆発物や拳銃を持ち込むのは非常に難しいことを彼女は知っていた。

 そしてさらに疑問点が一つ。

(この人たちもボクのことを知っていて、あわよくば狙おうとしていた)

アラートが鳴り、最後の一人が索敵範囲内に入ってきたことを告げる。指示方向をみると先ほどとりあえずおいておいた若い男だった

「そこの犯人のひとさん~。 いま投降すれば、痛くないですよー」

「うわぁあああああっ!」一目散に逃げる貴金属強盗犯の若い男。

「逃げると痛いだけですよー」

 右腕を上げて、再びスタンレーザーを選択しようとするとエラーが発生。

 違う武装またはモードを使うようにとの指示が表示される。新装備の実戦試験も兼ねているので珍しいことではなく、玲は疑問にも思わない。

「むぅ、じゃぁ、これを使おうかな?」

 武装一覧から、拘束用広範囲投射ウェブというものを選択する。

 必死に逃げる犯人をぴょんっと追いかけながら、網膜投影内で効果範囲および拘束目標をアイポイント。

 使用方法がわからないから、自動操作にした。そしてそれが本日最後の大失敗だった。

使用許可を承認する。

(セリフ・ポージング・防護服形態操作の全自動操作を開始します)

(ん? 防護服形態操作って、まさか!? キャンセルキャンセルキャンセル、操作キャンセルはどこだっ! ――って、キャンセルないじゃない、これ致命的欠陥じゃないのっ!? なんでそんな仕様っ!)

必死に脳内だけで焦る少女の身体は無情にも表情からポージングまで自動実行する。

「もう逃がしませんっ! いっぱいのリボンでコーディネイトしてあげる! シルクリボンシャワー!」

腰に手をやり、飾りリボンを握りしめ、まっすぐ前に引き出す。

腰の周りに魔法陣リング回転型エフェクトが高速回転し、構えた両手の指先から、無数の細いリボンが射出された。

(ぎゃあああああ、服が、ふくがほどける、ほどけてく!

 やめてもうやめてゆるしてごめんなさい、ボクの羞恥心ポイントはとっくにゼロなの、マイナスになんてなりたくないっ! 

なにかに目覚めちゃうじゃないっ!)


 回転しているエフェクトの位置からNMマテリアルの防護服形態が解除されてリボン状に再構成されて腕に送られていく。

ほどけた部分は肌が露出し、見えないのが不思議なレベルのとてもきわどいところからへそをだし、腹筋をだし、さらに胸の下部まで来たところで、ようやっと射出が止まった。

 犯人が完全に絡まって確保されたとのメッセージが表示された。

しかし彼女の損害は大きかった。超ろーれぐ&下乳丸出し状態。

しかし下乳のはずなのに哀しいほど平らで影すらもない。


 (ああ…つきがきれいだな……)

思考が真っ白になりながらも身体自動操作により、決めポーズをとりながら本日の総括をする。

「悪いことをしたらかならず捕まる、捕まえますっ! よいこのみんなは悪いことをしちゃだめだよ!」

ぴしっとウィンクを決めと、放送用素材の録画終了のメッセージ。ああ、これが動いていたからこうなったのねとぼんやりと思考する。もっとも映像は彼女の視界モニタのみのはずなので、全く意味がない。

 表示と同時に自動身体操作プログラムが終了し、身体操作権が彼女に戻される。

へなへなペタンと座り込む。


――どうしてこうなった。


遠くから緊急車両のサイレンの音が聞こえる。管制室から搬送用車両を現在地に移動中とのメッセージログが網膜投影に流れるが、ほとんど意識にも上らない

彼女の統合管制システムが、身体の状況をまとめてサーバーに自動送信していることが表示される。

身体損傷:軽微(※自己修復の範囲内)という文字が見えて、ああ、わたしの精神的ストレスはカウントされないんだなといつもの諦観。


――どうしてこうなったんだろう。ボク、わるい子なのかなぁ……。


 虚ろな笑い声を漏らしながら上を見上げると、雲一つない空には綺麗な弧を描く新月。

――ああ……ほんとうにつきがきれい……だな



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



「そういうわけで、諸君、宇宙に往きたいかねっ!」

「……」

「なんだい、ノリが悪いなぁっ! もういっちょ! 宇宙に往きたいかね!」

「……ドクター。僕以外だれもいませんが」

いやいやながら隼はつっこんだ。

 小会議室にホワイトボードを持ち込み、ノリノリで説明する気満々の白衣の青年。

 学校帰りの学生服姿で、部活の後におもいっきり特別機動二課の本部まで拉致されてきたのだった。

 ちなみに連れてきた張本人である玲は……今日はうさみみ・メイド服を着ていた。

 濃紺の長袖・ロングスカートに白いフリルエプロンのエプロンドレス姿で、うさみみ(フリルカチューシャ付き)としっぽはいつも通り。これは契約上、デザインから外せないとのこと。

 ちょっと小柄なためか『不思議な国のアリス』風の姿で、実際に髪色を金にして、後ろに流していた。

 今週はメイド週間だそうで、原則この服で業務遂行しているらしい。

 金髪の少女はさっきから無表情に黙っていて、あからさまに不機嫌なので、触れないようにしている隼である。触らぬ神(女の子)に祟りない。きっと。

そして、そういう空気を読まないドクター。

「こういうのは雰囲気だよ、雰囲気! 空気読みたまへ!」

「はぁ」

「まぁ、いい。来てもらったのは他でもない。中島くんの治療計画だよ。My妹よ、ホワイトボードを」

 それまで黙って立っていたヒロイン(たぶん)が、ホワイトボードを押してきた。そうすると無言で一礼して、まだ元の位置に戻って手を前にした待機姿勢に戻る。すっごく機嫌が悪そうで空気がキシキシしているのだが、ドクターはまるで気がつかない。しゅぱぱぱとホワイトボードに治療計画を書いていく。

「簡単に説明しよう。まず一週間かけて君の体内調整用ナノマシンのローカライズをおこなう。別段危険なことはないし、細かいリスク説明はあとでする。ここまではいいかね?」

「はい」

「第二段階は、ローカライズ・ナノマシンの負荷試験だ。汎用ナノマシンを入れて、抗ナノマシン性が十分であるかという点の確認とともに、遺伝子調整用ナノマシン用のデータ取得。これにおおよそ二週間」

 これ自体はかなりのマージンをとってある。急ぐ必要もないしな、とドクター。

「最後が遺伝子調整用ナノマシンの投入なのだが、すこし時間のかかるところがある。なにせ、目の機能を扱うところだ、眼球の他にも脳部分にも細胞の再構成が行われるだろう。睡眠状態で、最低でも12時間かかる。再構成には無用な外乱力を受けない方が良いので上質な無重力場で再構成化するのがもっともリスク回避できる」

「無重力状態ですか。それは無理なのでは……」

 現在の技術で地上に無重力状態を造ることなど出来ない。航空機の急降下による無重力状態の維持はせいぜい10分程度。あとは……

「そこで、これを用意した! 軌道エレベータ『IWATO』上の医療施設『TAKAMAGAHARA2』での施設利用権利チケット!」

 ドクターが懐から取り出したのは、いまどき稀な紙製のチケット。偽造防止技術の粋をつくして作られたそれは、すべて一品モノの工芸品、オンリーワンの商品である。

 『IWATO』は瑞穂市の沖合いに建設された軌道エレベータ塔で、最新の宇宙往還施設である。

 商業施設ではなく、無重力環境下で治療を行う実験医療関連施設で、医療研究目的でなければ高額な料金を払ってしかも何か月も待たされることが普通として有名だった。

 医療研究が優先なので、治療というよりは医療実験施設と関係者からは云われているのだが、むろん隼は知らない。

「それは、ものすごく高額な上に、スーパーレアチケットなのでは?」

「そりゃ、私はあそこの設計関与者兼最大出資者だからね。これくらい簡単に手に入るさ」

 そういえばニュースで堀越博士が出資して事業を開始したと言っていたなぁ、と隼はいまさらながら思い出した。

八年ほど前の話だ。そして四年前に大規模テロが発生して、商業施設が壊滅し、新たに軌道上医療研究施設として再開業したのは一年前だった。

それは有名な話で、特に彼はよく覚えている。

 考えてみれば、この人は現代の偉人にも数えられる超VIPである。

 普段の言動を見ていると、とてもそうとも思えないが。

 内心つらつらと余計なことを考えている隼が、心底から喜んでいた。 


「――宇宙か。まさか生きている間に行けるとは思ってなかったなぁ」

 宇宙旅行なんて、自分が行くことなんてないだろうと思っていただけに感慨深かった。

 赤外線視症というのは、ようは可視光範囲よりも少しだけ拡張された光波長範囲が見えるだけの遺伝子病である。

 それだけに宇宙を見上げると、人より壮大な光のページェントが見られる。その美しさにずっと惹かれていた。

 昔は、空の上(宇宙)に連れてってと父親を困らせ、将来の夢には宇宙飛行士と書き、そしてこの病気によって、その夢は断たれた。

 身も心も健康であること。それが宇宙飛行士の第一条件なのだから。

 星空の絵を描くのも代償行為みたいなものだという自覚はある。

 四週間後がかなり楽しみなのはいうまでもない。

 夢を絶った病気が、その夢を紡いだというのだから皮肉なモノである。

 うれしそうにしている隼を、玲は少し意外そうに見つめていた。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



その騒動は、この一言からはじまった。

「ねぇ、玲って中島くんとつきあってるの?」

 ぶふぅぐふぅっ!

 飲んでいたイチゴ牛乳を吹き出す寸前でなんとか抑えた。ちょっと乙女にあるまじき音がしたが、とりあえず気にしない。なんどかえづいた後に、玲はなんとか普通の声で聞き返す。

「えっと、なんでそういう話が急にでてくるんですか?」

いまは昼休みで仲の良い友達と机を並べてランチの最中。男子の多くは学食と購買に爆走していってほとんどおらず、残り少ない男子も端っこの方でバカ話に講じている。

 聞いてきたのはクラス委員長と呼ばれる川西かすみ。短いポニーテールの運動神経抜群の子である。

「あ、それわたしも聞きたかったのー」

「わたしもわたしもー」

 周りの女の子も同意する。

 え、なんで? 困惑する玲。

「だって、先週二回ほど一緒に帰ってたでしょ? あとここ二日ほど一緒に朝来てるでしょ?」

「あと、先々週かな-、中島くんが何度かちらちら玲ちんのこと見てたよ―」

「玲ちゃんも、なんどか中島くんのこと見てたでしょ-。これは気になっているのかなぁって」

 女子高生恐るべし。どこまで見ているのだろうか、と玲はちょっと冷や汗を流す。

 もしかしていろいろバレてるんじゃないかな?

「帰りも朝もたまたま一緒になっただけですし……」

「あれ、気になってないの? 悪くないじゃん、彼」

「顔は平凡だけど、優しそうだよね―」

「うん、頭も悪くないみたいだし-。けっこう将来有望かも」

 それは知っている。なにせあの兄さんですら将来有望と認めたくらいだ。でも優しい?

「さりげなく気を遣っているのはポイントだよね―。あまりしゃべらないから気がついている人少ないけど」

「そうね、バケツの水くみとかゴミ捨てとか先にぱぱっとやったりとかね。あの辺の気遣いはホント助かってる。バカ男子が多いから、目立たないだけで」

「ただ周りの友達がダメよね-。あれマイナス。このまえの<パクス・バニー>の話題はひいちゃう。あんなこと大声でしゃべるのが信じられない」

 あれはちょっと自分もひいたというか、恥ずかしかった。

「あれはいつか女子みんなで制裁するとして、玲? 答えを聞いていないんだけど?」

「そうそう」「聞きたい、聞きたい」

 みな目をきらきらさせて答えを待っている。女の子は恋バナが大好きとはいえ、こうまで一致団結されるとちょっとひく。

「付き合っていないですよ。わたしそういうのあんまりよくわからなくて……」

「あ、そうなんだ。じゃあ、わたし告白してみようかな?」

「え……?」

 意識しないまま、玲はつぶやいた。

 それを聞きとると、かすみはにんまりとした。

「やっぱり気になってるんじゃない。これは脈ありとみたっ!」

「よし、ならば告白大作戦だよ!」

「まずは外堀埋めからね~」

 一気に盛り上がって三人で勝手に告白のための作戦を練り始める。

「え? え?」

 なに、いったいなにがどうなっているの?


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆


 時と場所は移って放課後の中庭。

 女の子同士の秘密なお話は教室でしないのが乙女のたしなみ。

 男の子に知られてはならない秘密の花園……。


「まずは勝負下着が必要だと思うわけよっ!」

 中庭のテーブルベンチで委員長が力説した。

(あれぇ、川西さんってこういう人だったけ? あと告白になんで勝負下着?)

「うん、それは必要ねー」

「そうだね、それは必須」

(あれ、おかしいのはボクなの? ねぇ?)

「え、っと告白に勝負下着がいるんですか?」

「なにをいうのかね、玲君っ!」きゅぴーんと目を光らせてメガネを押し上げる仕草をするクラス委員長さん。メガネかけていないけど。

「古来より、告白は乙女の一大イベントですぞ! そこに最高の装備で挑まないでどうするというのカー! まさかスーパーでひとやま500円で売ってそうなもので挑むなど、竹槍で要塞に挑むようなモノだわっ!」

(あれぇ、なんかキャラ変わった!?)

「うん、せめていつものやつよりかわいいものじゃないと」

「かわいいものよりは、清純そうなモノのほうがいいんじゃない? ほら、中島くんって、なんかまじめそうだし……」

(いえ、あの人はおっぱい好きです。まちがいなく。ちくせう……)

「というか、結城の下着ってなんか使い捨てのヤツに見えるんだけど」

 ちょっとひやりとする。最近の使い捨て下着は良くできているので、触ったりしないとまず判らないはずなのだが。期限切れの防災用品をもらっているなど口が裂けても言えない。

「ただの安物ですよ。あまりお小遣いもらっていませんし……」

 それは事実だ。というか、彼女は原則無給である。お小遣いと称しているモノは交際費なので、申請して使用用途などの報告書を提出しなければならない。そこに下着とか書くのはなかなか勇気がいる。そうでなければ兄に頼み込んでアルバイトとして、装備試験(という名の羞恥プレイ)に耐えなければならない。それはそれでストレスがたまる。かのドクターはヘンなところで常識人で「働かざる者喰うべからず」を実践する人であった。

「そうか。お小遣いか……。それは痛いなぁ」

「あら、でしたらうちの母に頼んでみますから、ちょっと着用モニタをしてみませんか? 下着会社に勤めている母が一般の方のモニターをいつも探していますので」

「おー、それはいいですね。私たちでもOKなの?」

「ええ、聞いてみます。でも結城さんならまず大丈夫です」

「え、なぜですか?」

 なぜか太鼓判を押された玲は首をかしげる。そうするとなぜか木村さんは焦ったように言いよどんだ。

「え?あ、いや、それはその……今どき珍しい和服の似合いそうな方ですから、玲さんは!」

「それはつまりひ…ひぃっ!」

「あら、なんですか、本多さん。お続けになってくださいな?」

 玲がにっこり笑いながら丁寧語で言うと、なぜか本多女史はひきつった悲鳴を飲み込んだ。やさしく促してもあははと笑うだけで何も言わない。

その後は日程などの必要事項を確認し、雑談を楽しむ四人組であった。

 玲はいつも思う。こういう日がいつまでも続けばいいなと。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆




「ふぅ……」

隼が首を回して軽くため息をつく。

さすがに二時間の講義はきつかった。機動二課オフィスの小会議室で隼はそんなことを思う。

 意外なことにドクターの講義はまともだった。常時質疑応答を繰り返す対話式講義で、それをほとんど休みなく二時間だ。頭も身体も疲労の限界に近い。

「ああ、中島くん。兄さんの講義終わってるんだ」

ノックをしてドアを開けて入ってきたのは玲――いや、パクス・バニーであった。うさみみヘアバンドは外してトレイと一緒に持っている。

 髪は銀色に変えており、いつもの白銀のバニースーツである。

「ああ、結城さん。もうすぐ出動なんだ」

「ええ、あと十分ほどで定期パトロールに出ます。その前にコーヒーとドーナツの差し入れを持ってきました」

そういってトレイを机の上に置く。

「それで、調子はどうですか?」

「いや、やっぱりすごいね、結城さんのお兄さんは。教育者としても一流じゃないかな?」

一介の高校生である自分に対して、行われた講義は豊富な資料と理解しやすい例を駆使しており、非常に理解しやすいモノであった。

「ええ、間違いなく天才でしょうね。……性格はともかく」

どこかどんよりした目で玲が天を仰ぐ。

「ああ……」

 答えようもないので頷くしかなかった。話題を変える必要を感じて、この前からちょっと疑問に感じていることを聞いてみる。

「ところで、結城さん」

「はい? なんですか?」

「その作っている口調はなんでのなの?」

「え……?」

 不思議そうに小首をかしげる。

「この前は自分のことを『ボク』といってたし、口調も違っていたよね?」

「えっ……あっ! そ、そういえば中島くんには知られてたんだったっ!」

 この前の騒動時に素の自分を知られていたことを玲はようやく思い出した。

顔をはおろか耳まで真っ赤になる。

 彼女の普段の口調や態度はパクス・バニー姿の恥ずかしさを隠すために作り上げているキャラクターである。

 しかし素を知られている人物を前にすると、いまさらなのだが意識してしまえば、とたんに羞恥心が芽生える。

特に今の格好。絶対領域にハイレグに肩・背中丸出しの露出度の高いバニーガールな格好。

――や、やだ! クラスメイトに、こんな格好見られてるなんてっ!

素の性格に戻されて、急に恥ずかしくなって、おもわず手でハイレグなところなどを隠してもじもじしてしまう。

「あ、ああのその……ああ、そうだ! ボクそろそろ時間だからいくね!」

「あ、ああ。気をつけて、結城さん」

 そのまま飛び出していく玲の背中に、彼はそう声をかけるしかなかった。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「さて、それでは『玲ちゃんラブLOVE告白大作戦』作戦会議を始める」

 両手を鼻の下で組み合わせた某無能司令のような姿勢で重々しく告げる。

 目がきらきらとひかり、明らかに楽しんでいる。

放課後の多目的会議室。わざわざこの部屋を申請してまで借りたのは、クラス委員長の川西かすみだった。

『こういうものはやっぱり雰囲気よ、雰囲気!』とは彼女の弁である。ただし、なんの雰囲気なのかはよくわからない。やたら大きなテーブルがあり、会議には向いているのだが。

「まずは決戦場所の策定ね」

「必勝のためには場所が重要。なにせ最高のエンタメ――もとい一生もののイベントよ」

(な、なんでこんなに軍事的なの? おかしくない? それともボクがおかしいの?)

「しかし、われらが学舎には伝説の樹も鐘も坂も教会もないっ!」

「体育館の裏はさいきん立ち入り禁止になっちゃったしねぇ」

「桜は季節ではないですし……やはり伝統と信頼の校舎屋上でしょうか?」

(伝説の樹ってなに?)

 いっている単語の半分以上が玲には判らないまま、会議は勝手に進む。

「では、決戦場は校舎屋上ということで」

「異議なし」

「やはり伝統は無視できません」

「あ、あの~わたしの意見は?」

「なにか問題あるのかね? 結城くん」

 相変わらず意味がわからない両手を組んだ姿勢で聞いてくる川西にちょっとびびる玲。

「そもそも場所なんてどこでもいいというか……そもそも告白すること前提――」

「何を言っている、結城くん。いまさらこんなおもし――もとい後に引ける状況だとでも思っているのかね!?」

「いま、おもしろそうっていいそうになってなかった!?」

「自分に有利な位置に獲物を落とし込むのは当然でしょ」

「狩りに情けと容赦は無用。確実に追い込んでヤるのよ」

(え、なにそれ? いつから狩りになってるのぉー!?)

もう部屋に帰りたくなってきた玲であった。というか、女子高生怖い。

「さて、決戦場も決まったところでその準備段階だな」

「呼び出しの仕方ね」

「ここはやはり、これしかないわ」

(な、なんで、こんなにぴったり息が合うのかしら?)

 ふわふわ髪の順子が取り出したのは、白い封筒に赤いハート型のシール。

古典的ともいえるが、もっとも正統な形式であるラブレター。

 メールとケータイ、はては統合ID端末も普及している現代では、告白などもそれですましてしまう者も多い。

しかし、やはりそこはエンタメ――もとい乙女な思考で行きたい。

古典・正統にこだわる女・木村順子(17歳)だった。

「さぁ、文面を考えましょう」

「ここはやはりインパクトが欲しいよね」

「そうですね、力強さはシンプルなものほど力強くインパクトがあります。ここはただ一行だけ『好きです。付き合ってください』というのが一番じゃないかしら?」

「『ずっとあなたが好きでした』というのもインパクトがあっていいんじゃない?」

「ダメだダメだぜんぜーんダメだっ! なってない! 乙女の一大闘争にして決戦、獲物が狼なら乙女は罠で対抗だ! 返り討ちにしないでどうする!」 

 拳を握りしめて川西さんが断言する背後で、男はオオカミ―、不埒なオオカミ~などと背景音楽で歌う本多さん。

なにこのカオス。

「ここは一撃で男の心を打ち砕くような言葉を詰め込まねば」

砕いてどうする。

「そういうことなら『好きです。抱いてください』なんてどうかしら?」

「甘いですわね。それだと本当に抱きしめられておしまいになる可能性が。そうですわね、確実に責任をとらせるように誘導しないと。ヤるのも効果的ですわね。あとでもし否定されても、そこは乙女の涙の出番ですわよ。セリフとしては『身体が目当てだったのね、ヒドい。鬼畜よ』ぐらいまで入れればモア・ベター」

 だんだん告白からいかに男を嵌めて自分のモノにするかに議論が変わっていっているが、もう玲は話についていけていない。

「あ、あのーこれって、わたしの告白というかラブレターの話ですよね? なんで事後の話に……へ?」

 三人が何を言っているという顔になる。

「乙女の一大決戦なんだ、一心不乱にやらないでどうする! レッツ・ハンティング!」

「負けちゃいけない戦いなんだよ? なら当然あらゆる手段で首輪をつけないと」

「告白するならとうぜん成功させなければなりませんわよ。確実に男を追い詰めてがんじがらめにして絶対にモノにしませんと。あと浮気防止のためにも最初が肝心です。モノにしてしまえばあとは徹底的に調き―もとい教育すれば万事OKですわ」

ああ、木村さんまで壊れてる。え、なにこのひとたちこわい。

 内心びびっている玲を置いて、うふふふふふっとにこやかに笑う三人組。

 正直どんびきである。

そうして三人はまた議論を始めて、細部を詰めていく。

 玲を置き去りにして。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆


「というわけでお願いします」

「は?」

 唐突に云われて、困惑する隼。今日も今日とてドクターの講義を受けるべく、機動二課へ来ていた。

 講義の前の腹ごしらえに大食堂で日替わり定食「鶏の変わり揚げ」をいただいていたところへ唐突に前述の少女の言葉である。

 あまりの脈絡のなさにまたテンパっているんだろうなーと思ったので、おもむろにお味噌汁をずずーといただく。今日は赤出汁で、そのしょっぱさが甘めの味付けな変わり揚げとよく合う。

「中島くん、聞いてる?」

「聞いてるよ。まずは水でも飲んで落ち着いたら?」

 メインの鶏をひとついただく。今度はピーナッツ衣だった。カリカリの食感と甘めなピーナッツがおろしのたれと合わさって甘じょっぱくておいしい。

「うぅ……。まじめに聞いてくれてない……」

 ちょっと涙目になっているバニーガールの少女。

「ごめんっ! 落ち着いたなら事情を説明してよ!?」

 しまった、やりすぎたかと慌ててフォローに入る。

「だから、ボクと付き合ってくださいっ!」

 ばんっと机を叩いて大きく声を張り上げる女。とたんに喧噪が静まる大食堂。

 隼は頭を抱えたくなる。いや、ほんとうにこの子、大丈夫なんだろか?


 急に静まりかえった食堂に違和感を感じて、玲が周囲を見渡すと実働隊員や職員たちが彼女たちのほうに向けて皆ぐっと親指を挙げていた。

 すごくいい笑顔で。

「あ……」

 自分がトンデモない場所でとんでもなく恥ずかしいセリフを云ったことに気がついて、ばぼんっと顔が真っ赤になる少女。

「×○▽~っ!!」

 理解不能な言葉をあげて、ばびゅんっと食堂から消える白銀のバニーガール。

「……だれか事情説明してよ」

 ちょっと顔を赤らめて、つぶやく隼であった。


 けっきょく事情説明を受けたのは、それから三時間後のことだった。

 第一定期パトロールが終了して、小会議室にとびこんできた玲が説明したのだ。

「だから、そのつまり、そういうことなのっ!」

「まーよーわからんのだけど……つまるところ、『告白しなければいけなくなっちゃったから、彼氏のふりをしてくれ』と、そういうことでいいの?」

「うんっ!」

 ようやく判ってもらえてうれしそうにうなずく玲をみて、隼はそれがどういうことだかわかってないんだなぁと思う。

 彼女の事情は判ったが、それは隼の事情をまったく考慮していない。

 前にもいったように玲は彼の恋人というわけではない。

 彼女に話を合わせる理由はない。特に危険に近寄りたくない彼としては、むしろ離れておきたいくらいだ。

「いじわるなことを聞くけど……僕にとってのメリットはなに?」

「え……?」

 玲のきょとんとした表情で、考えてもいないことが判った。ため息をつく隼。

「それって僕にはデメリットしかないよね? まず危険にさらされる可能性、それと少なくとも在学中は彼女を作れない、それから…」

(まぁ、彼女が出来る可能性はゼロじゃないからなぁ……あ、涙でそう)

 まぁ、意地悪はこれくらいにしようかと思ったところで、玲が閃いたとばかしに云った。

「え、と、えと……そ、そうだっ! 身体で払いますっ!」


 ごがんっ!

 机から快音がする。隼が頭を打ち付けた音だった。


「え、あれ? だ、大丈夫っ!」

 慌てる玲を放っておきながら彼はそのままだ。。


――ぜったい考えなしで云ってるよ、このドジっ娘っ!

 というか、それ、メリットじゃないからっ! むしろトラップだからっ!

 そんなことしたら樫宮さんとか絶対に許してくれなさそうな気がする。むしろ軽蔑されるっ! あ、それいいかも……。

 

 さりげなく変態志向を脳内暴露する隼だが、表面はいたってまじめである。

顔を机の上に打ち付けたまま問い返す。 

「身体で払うって、なにするの?」

「えっ、えっ? えと、メイド服でご奉仕とか! 男子ってそういうの好きなんですよねっ!」

 ああ、そっちかと隼はちょっと安心する。

 ほんのちょっとだけドキドキ期待したのは健全な男子高校生だからであって、けっして変態紳士だからではない。

「あ、でも肉体関係はダメだからねっ! そ、そういうのはちゃんと恋人とじゃないとイヤだからねっ!」

 唐突に爆弾発言をかます玲。


 どがんっ!


 隼はテーブルに頭を再度打ちつける。

(ダメだ、コレ。僕の手にはおえないですよ、ドクター、樫宮さん……)

「ど、どうしたの? 急に机につっぷして……痛くない?」

「気にしないでくれ。事態がもとから手に負えないことを自覚しただけだけだから」

「えと、よくわからないんだけど……」

「ああ、うん。そう、別に結城さんが悪い訳じゃないんだ。単に普通の男子高校生の能力の限界を超えているということが判っただけなんだ……」

(でも、契約は契約だからなぁ……。というか、いまさら気がついたけど、この契約、上限が決まっていねぇ。これじゃ、ぜんぶ押しつけられても文句が言えないじゃないかっ!)

「中島君、ほ、ほんとうに大丈夫!? すごく、こわいんだけどっ!」

 がんっがんっと無言で机に頭を打ちつける隼に玲はちょっとおびえて涙目になる。

 隼は十回ほど打ちつけたところで止める。打ち付けたところがじんじんと痛いが、幸いにも流血はしていない。

 机につっぷした姿勢のまま、隼は覚悟を決めて顔を上げる。

「うん、いいよ。結城さん」

「え?」

「これは契約……いや、約束だ。恋人の代わりをするよ。でも、それは結城さんが本当に好きな人が出来るまでだ。それだけは守って欲しい」

「――あ、ありがとうっ!」

 満面の笑みで迫って感謝してくる玲に隼はちょっと息をのんで赤くなる。

 ――かわいい、と思ってしまったのだ。






1/4歩ぐらい前進。しかし、こいつらホントにカップルになるんか?

作者的にもけっこう不安だ(汗

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