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2/10

彼と彼女の事情~そうして二人は再び出会った Aパート

都市名の変更とちょっと戦闘シーンを書き加えました。

実はヒロインはなんだかんだと脱がされます。

目指せ、一戦闘シーンで一脱ぎw!


8/4 主人公をはじめとするキャラクター名を変更しました。

   合わせて文章を一部修正

12/30 誤字脱字修正。一部表現を修正

 既に日が落ち、薄暮となりつつある都市の一角に立つビル。

 風の舞うビルの屋上で、緊急車両に取り囲まれた建物を見下ろす、影。

『催眠波照射は続行中。浸透率は予測で40%です。現状プランAのまま変更はありません。カウントダウン続行中』

「パクス0了解。引き続き待機する」

 耳元の骨伝導式無線通信機にフードを深くかぶった影が返答する。

 影が見下ろす建物は、住宅街にほど近い金融機関。現在進行形で、強盗犯の立てこもり中である。

 職員や利用者の大半は脱出に成功したが、五人ほどが人質になっていた。

 強盗犯は三名。

 武装は銃身をカットオフした猟銃と大型ナイフ。重厚な警備体制が引かれているこの都市に持ち込まれた武装の搬入経路については、後日への課題だ。

 すぐさま出動した警察が銀行周辺部を封鎖して包囲はしたものの、犯人たちが人質を盾にしたため、事態はこう着状態に陥っていた。

 犯人狙撃も検討されたのだが、同時に三人の射殺が困難な位置取りであったのに加え、人質の中に子供連れの妊娠した母子がいたため、射殺時の精神的影響を考慮すると得策ではなく、上層部は許可を保留した。

 同様の理由で特殊部隊強行突入による制圧も一時保留された。

 選択されたのは先端装備の実証試験部隊による非殺傷制圧である。

 実証試験部隊作戦立案班は催眠波による思考の低下、最新光学迷彩装備の部隊員による隠蔽制圧を立案した。

 最新の光学迷彩は、いまだ可視光領域では完全迷彩とはいえないレベルであった。移動時に映像演算のタイムラグにより、「そこに何かがある」ような揺れが見えるのだ。

それを補うのが、催眠波による思考力低下装置である。

 それはあるリズムをもった複数波長の音波と不可視光を照射することにより、脳の思考力を低下させる技術だった。これはいまだ開発中の技術で効果は個人差が大きく、催眠音波だけでは効果は低い。そのため催眠誘導光照射が必須だった。

 その欠点を補うプランと実証試験中の最先進装備を試験運用する錬度の高い特殊部隊。

通常の作戦よりも成功率は高いと判断された。


 犯人の一名は金融機関の入り口近くで子供を人質に、警察に身の安全と逃走手段を要求している。他の二名も、屋内の防犯カメラおよび事件対処用偽装カメラで、位置は完全に把握されている。位置情報と金融機関の屋内図から算出された三カ所からの突入制圧に必要な時間は約10秒と算出されていた。

 だが、正面入り口に陣取った犯人への対処が非常に厳しい。

 犯人は子供に猟銃を突きつけていた。

 人質を傷つける前に制圧できればいいのだが、距離がある上に、狙撃では子供を傷つける可能性もある。子供への精神的影響を考えると射殺は躊躇われた。

 犯人の注意をひき、その間に光学迷彩装備の部隊員が制圧する。

 注意をひきつける、そのための要員がビルの上にいる『彼女』だった。


『催眠波の予測浸透率が80%を超えました。パクス0、パクス2からパクス7まで予定位置にて待機中』

『パクス・リーダーより各位。これからカウントダウン0とともに作戦を開始する。作戦失敗時は、即座にプランB犯人射殺に移行する。各位、ミスをするな。母子ともに健康なまま家に帰すことが最終目標だ』

女性の声に部隊員が各自応答する。

『パクス・リーダーより各位。カウントダウン5…3…1…0。 状況開始』

「パクス0より各位。状況を開始します」

 通信無線で報告をした後、『彼女』はすくっと立ち上がり、フード付きの光学迷彩コートを脱いだ。

 ばさりとはらったフードからは、ぴょこんと純白のうさみみが立ち上がり、白銀のポニーテールが露わになる。コートの下からは艶やかな紺色の長袖ブラウスに、たっぷりのフリルが施された白いエプロン。いわゆるメイド服のそれだった。

 胸元にはいくつかの大きめの宝石をあしらった大きめのブローチ。

エプロンドレスをまとった少女は、そのままビルの手すりの上に立ち手を腰に当てた。

(周囲八カ所の照明およびレーザー広告表示装置の制御を確保、制御を開始しています。自動台詞発声および表情制御を開始します)

耳元の通信機から身体制御状態の報告が入る。網膜投影されている身体状態確認もすべてグリーン、問題はない。……これから発生する精神ストレス以外は。

「そこまでよっ!」

 彼女の背後からのスポットライトで照らし出される。犯人側からは完全にシルエットになっているはずだ。

「社会のルールを破って、他人さまに迷惑をかけちゃダメっ! 大人になって、そんなこともわからないなんてダメじゃないっ!」

「だ、だれだ、てめーはっ!」

 犯人がお約束の台詞を吐いた。

そう、誰でも知っている様式(お約束)を発するということは催眠波の浸透率が高い証拠。

 これで彼はこちらに注意が向いた。

(E1に催眠誘導光を照射中。照準良好)

 胸元のブローチから不可視光を照射し、E1に認定された犯人をさらに高い催眠状態にする。ここまでで約一秒。もう少し注意を引きつける必要がある。

「最先端医療都市『瑞穂』の平穏をまもる超科学の守護天使『パクス・バニー』! 今日はメイドで「瑞穂」の皆様にご奉仕ですっ!」

 胸元に当てていた手を大きく広げると、大量のピンクのハート型のエフェクトが発生する。もちろん広告用のレーザー立体投影だ。

なんて技術の無駄遣い……。いつものことながら少女は嘆息する。無い胸の中だけで。

もちろん表情には出ない。いまも放映用録画カメラに満開の笑顔が写っていることだろう。

「とうっ!」

 自動決めポージングが終了すると身体操作権が彼女に返されてきたため、なるべくかわいくつぶやいて手すりを蹴って飛び降りる。

 ちゃんとスカートの裾を押さえて、かわいらしく、優雅に、しかし迅速に。

 網膜投影の視線入力インターフェースで飛行装置作動をトリガーし、着地点をポイント、出力調整を10%に指定。

レーザー投影の光翼エフェクトとともに推進飛行用ナノマシン・クラフトが展開、自由落下速度より明らかに速い速度で滑空して、地面の寸前で大減速、包囲網と犯人との間にふわりと舞い降りる。

 スカートの縁を少しつまみあげ、すっと頭を下げて優雅に挨拶。非日常の演出。

「はしたないところをお見せいたしました」

ここまでで約5秒。すでに店内の犯人二名確保の連絡は入ってきていた。

 犯人はぽかんと口を開けている。思考能力低下の上に非日常の演出により、思考停止状態に陥っている。

「では、失礼をいたします」

 ふわりと犯人の目の前まで移動、手を押さえて、泣き顔のままきょとんとしている子供を優しく抱き込む。


「て、てめぇ!!」

 ようやく我に返った犯人が猟銃を向けて発砲しようとした。

が、その手にはなにもない。

「他の方に武器を向けるなとお習いになりませんでしたか?」

 取り上げていた猟銃の撃鉄を指でひねりつぶして無力化し、路上を滑らして警官隊に確保させる。

あとは犯人確保だが、激しく泣いている子供を抱えているためそれが出来ない。

が、なにも心配していない。

なぜならば両脇に、たのもしい気配が来ていたからだ。

 犯人が突如がつんと地面に引き倒され、後ろ手に押さえ込まれた。

「E1確保」

 光学迷彩が解除され、フルフェイスマスクをした簡易装甲服の男たちが現れた。



「はい、大丈夫ですよ。もう怖いことはないですからね」

 再び泣き始めた子供を優しく抱きしめ、手でゆっくりと背中をなで下ろしながら優しくあやす。

 少しづつ泣き止んでいく子供の横を、確保された犯人たちが護送されていく


「ぎゃははっははははぅ! 神に逆らう奴らはみんな死んで詫びやがれっ!」

 突如笑い始めた犯人の一人。思いっきり口を開けて、かみしめようとした。


ああ、またかと彼女は思った。


彼女にとってすでに世界はスローモーションである。超反応による瞬時思考加速により、誰も反応の出来ない世界。

 さぁ、動こうとしたとき状況を分析した思考が割り込む。


あ、だめだ。

服を握りしめて放さない子供がいる。

動いたら、この子まで引きずっちゃう。


戦闘思考は一瞬も躊躇せずに決断。専用防護服の強制除装を視線入力IFでトリガー、服を構成するナノマシンマテリアルに形態解除指令を送る。

瞬時に結束が解除された防護服をそのままに身体を振り回し、ただの一足で3mを踏破。

腕を伸ばし、指を犯人の口に突き込む。

「っ!」

 玲は痛みに顔をわずかにしかめる。思ったより強い力でかみしめられたのだ。

指先には、なにかの起動スイッチのような突起物。おそらく遠隔操作の爆弾のスイッチと判断。

(ま、間に合った)

安堵している彼女の背後で、はらりとエプロンドレスのリボンが落ちた。


 突如ふいた風に目をつぶっていた子供が、目を開けてびっくりしていた。

「お姉ちゃん、なんで裸なの?」

(ああ、けっきょくこうなるのか……)

 小さな胸の中だけでさめざめ泣いた。下着だけでも残っていたのは不幸中の幸いと自分を慰めるしかなかった。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★


 夜空は星で満開だ。

 星のきらめきだけではなくて、様々な色にゆらめくほしのくも。

 やわらかく輝く星々の空は、真昼のように明るくて。

そのきれいさに惹かれて一生懸命に手を伸ばして。

あそこに行きたい、行きたいと父親にわがまま言って困らせたこともある。

でも、長じてその頃に思ったことはあきらめるしかなかった。

 僕がそこに行くのはとても不可能だと知ってしまったからだ。



 中島隼の朝はごく普通で、いつも変わり映えしない。

 今は親元を離れて一人ぐらしなので、朝食を自分でつくり(せいぜいパンとジャム、紅茶などの飲み物くらい)、空中投影式モニタでTVやネットをみながら食べる。

時間になったら着替えて、通勤電車と徒歩で学校まで登校する。


 最先端医療都市『瑞穂』

 この街は、官民一体の超巨大プロジェクトで設計建設された都市だ。

 過疎化などで住民のほとんどいなくなった町や村を買い上げて都市計画された人工都市。さらなる医療技術を開発・治療するために、沖合に軌道エレベータと付随する衛生軌道入院施設まである。

 生活の質を豊かにすることも医療の一環である。

 そのための暮らしや通勤通学を快適にするにはどうすればよいか。建築設計家たちは職場・学校・住居などを積層することを回答の一つとした。

そのため、都市の中心部では積層された様々な建物が有機的に結合して、SF的な近未来都市の光景が遠望できた。

 その一方で、昔ながらの生活住居も用意された。上空から見ると、規格統一された家々が整然とならぶ様は、なかなか壮観な風景で有名だった。


 学生専用アパートの鍵を閉め、歩いて駅まで行く。

 各駅停車の低速リニアモーター線で乗換駅まで約15分、第四環状線で5分かかって瑞穂第四高校駅前である。

駅の至近にある校門をくぐれば、すぐに校舎の昇降口。そこで上履きに代えて、階段を上ると所属する2年A組の教室はすぐそこである。

 昨日の出会いのような劇的な出来事もないまま、教室に到着した。

がらりと戸を開けて――――学校には自動ドアは一部を除いて設置されていない。ドアの開閉手順は礼儀作法との意見があるからだ―――教室に入りながら朝の挨拶をした。

「おはよう」「おはようございます」「うぃーす」

 クラスメイトのさまざまな挨拶を受けて、教室の中央付近の自分の席に鞄を置く。

 窓際の少し前方の席に目をやる。

 黒髪の少女がそこにいた。

 艶やかな黒い長髪を一本の三つ編みにして、黒縁のメガネをかけている。

 彼女はいつものように自分の席で静かに文庫本――を読んでいた。

 彼女の名は結城玲――――『文学少女』というあだ名があるクラス一物静かな女生徒だった。

(そういえば、彼女はたまに休むし、体育も見学していることが多いって聞いた気がする)

 休む人間はそう珍しくない。平日治療に行くのはこの街ではごく普通の光景だし、体育見学だって身体が弱いとか、特殊な治療を受けているなどといった事情があれば見学が認められる。

 なにもおかしくはない。

(でもほんとよく似ていたよな、特にあのうなじのあたりなんてそっくりだ)

 だが彼女は普通の黒髪で、<パクス・バニー>は眼鏡越しでは銀髪だった。

 染色や脱色ではない、彼女の潤んだ艶やかな黒髪で、そんなのはありえない。

 だから普通に考えれば、せいぜい姉妹か双子といった血縁関係だろう。


 でも、あれは彼女だ。


 隼はほとんど確信していた。

「おはよー中島。昨日の『パクス・バニー』みたか?」

隼の友人の川崎が話しかける。すると隣の席のミリオタな岡村も話に乗ってくる。

「オレみたぜー。昨日はばかでっかいガトリング砲をバカスカ撃ちまくるのやってたぜ。国防軍の20ミリ対空機関砲を改造したやつ。すげーよな、あのパワードスーツ。反動を完全に押さえてしかも空中投射体にあててんだぜ!」 

 隼は半分くらい意味がわからなかったが、とりあえずすごいことらしいのは、彼らの態度で判った。


“その街には<スーパーヒロイン>がいる。”

 都市伝説のように、ネットに広がったその噂は、しばらくすると事実として報道された。

 一年ほど前のことだ。

 最先端医療都市『瑞穂』市の平穏をまもるかわいいマスコットガール。

 従来の警察では対処しきれない軽犯罪を主に解決するうさみみをつけたかわいい少女は、週に何度かお茶の間のテレビに放映されるようになり、人気を得るようになった。


 正式には瑞穂警察の警備部特別機動二課に所属する少女のプライベートプロフィールは一切非公開だったが、いくつかの情報は公開された。

・公式愛称は「パクス・バニー」

 (バニー=因幡の白ウサギ。転じて『医療の神に使える使者による平穏』の意)

・彼女は先端科学技術による実証試験装備を運用すること。

・瑞穂市限定で警察官相当の権限を持ち、警察活動をすること。

・いくつかの形態(服装)を持ち、変身すること。

・原則として夜間のパトロールを行い、軽犯罪などを解決すること。

・未成年ではないこと。(年齢は非公開)

・活動の一部を活動報告として、放映する。それにともないスポンサーを募集し、活動経費に充てること。


 たわいもない話を続けていたなかで、先ほどと全く変わらない姿勢の彼女が視界に入った。こちらを気にしている様子は見えないけど、ちょっと試してみようといたずら心を起こした。

「そういえば、昨日の夜に<パクス・バニー>に遭ったよ」

「え、まじで!? 本当に放映みたいにかわいかったか!?」

「いや、それよりもあのきわどい格好マジでしてんの?」

 うん、放映とおなじだった。服装もほとんど一緒などとそれぞれ答えながら、彼女がぴくりと動いたのを見逃さなかった。

 やっぱり彼女がそうだ。隼は確信して、それで満足した。

 隠す必要があるということなんだろう、あの姿になっている理由はわからないが、それは別に首を突っ込むほどではない。

 なにせ情報収集のプロである芸能レポーターですら、公式発表以上は報道しないのだから、なにかよほど強力な圧力がかかっていることなんて、一介の高校生にだってわかる。

 いくら相手がかわいい女の子だからって、身が危険になりそうなことに関わる気はしない。別に主人公じゃないしね。何かに巻き込まれたら一瞬で死ねるし、だいたいライトノベルでいったら名もなきモブか、描写もされないクラスメイトぐらいの立場だ。


「で、あのきわどいハイレグっ! あれで大開脚して回転ハイキックしたときなんかぜったい見えると思ったのに見えないんだぜ、きっと生えていないんだよ!

高画質二十倍拡大して情報処理して一コマ一コマ確認したんだから間違いないって!」

うんそろそろやめた方がいいと思うな、他のクラスメイト、特に女子の視線が痛すぎると隼は肌にぴしぴしと感じていた。

(こいつにこの手の話題を振るとこうなるのを失念していた。しかも人の話なんて聞いていないし……)


 隼が、もう知らんぷりして端末で教科書を見ているのにそれに気がつきもしていないでひたすら自分の考察をしゃべっている。活動放送のきわどいシーンについて熱く語るに女子たちの軽蔑しきった冷たい視線が注がれているけど全く気づきもせずにスルーしている。空気が読めないのはある意味最強だよなー。


 がらりと戸が開き担任が入ってくる。

「ほらー席に着け、HR始めるぞ-」

 ぺたぺたと音がする万年サンダル履きの中年教師は電子黒板前の教卓パネルの前まで行く。

「出席とるぞー」


 彼女の耳がほんのりと紅潮しているのは、気のせいじゃないと彼は思った。


★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★



 それからの一週間は特別に何かが起きたわけでもなかった。

 報道によれば<パクス・バニー>はけっこう活躍している。

 第六区で発生した銀行強盗立てこもり事件で突入したと報道された日、結城玲は自己都合による早退で六時限の授業に出席していなかったとか、早朝に事件が発生して解決している時にやはり授業を欠席して午後から来たりして眠そうであったりと。

あまりにもぴったり符合するのはいろいろ問題じゃないのだろうかと彼は思う。

 ただ少なくともクラスメイトはその符号に誰一人気がついていない。

 クラス委員長の川西かすみも「結城さん、けっこう身体が弱いらしいから仕方ないんじゃない? 毎週定期検診を受けているそうだし」と彼に云う。


 中島隼と結城玲との接点はクラスメイトの他には図書館がある。

 玲は放課後によく図書館に行って本を読んでいる。定位置があるらしくて、いつも同じ六人掛けテーブルの真ん中の席に座って本を読んでいる。

隼も図書館にはよく行くから、そこに座っていることは知っていた。


 彼が部活帰りに図書館に寄ったその日も彼女は定位置に座っていた。

机についた手を頬にあて、目を閉じて。

 しずかに胸を上下させながら、よく寝ていた。

 もうすぐ閉館だし、いちおうクラスメイトだから起こした方が良いだろうか、とちょっとだけ迷っていると、司書さんの「閉館でーす」と云う言葉がちょうど聞こえた。

と、ぱちりと目を開いた彼女。

 たまたま対面にいた彼の姿を認めたのか、軽く目をみはった。


「こんばんは、結城さん」

「……こんばんは」

 彼が夜の挨拶をすると、彼女もすこしためらったが挨拶してくる。

「よく寝てたね。疲れてたの?」

それには答えず、玲は隼を非難した。

「女の子の寝顔を見ているなんて、セクハラです」

「公共の場所で寝ちゃっている女の子の寝顔もみちゃだめなの?」

「だめです」

 にべもない。

 でも、ちょっとぷくっとふくれた感じが、ちょっとかわいいかも……などと彼は思った。

 文学少女なんてあだ名だから地味でおとなしくて、容姿はぱっとしない普通の女の子だと思っていたのだが、かなりかわいいことに彼は気が付いた。

 もしかしてクラスメイトでも一番じゃないだろうか? そのわりには非公認校内美少女ランキングトップ10にはかすりもしていないことにちょっとだけ疑問を覚えた。

「なにか、やらしい気配が漏れてきているような気がしますが……」

 目つきが気持ちキツイ感じで隼を見やる。

「健全な男子高校生が考える程度のことデスよ」

「なら、やっぱりやらしいことを考えていたんですね」

「お父さんとお母さんがやらしいことしたから、僕らが生まれてきたんだよ」

 玲はきょとんとした表情になった。

 隼がこの考えを云うと、聞いた直後の反応はだいたい三通り。

それはそうだという人。

怒り出す人。

ほうける人。

 彼女は三番目だったらしい。

「そんなふうに考えている人、初めて知りました」

 でも、やっぱりやらしい人はちょっとイヤと云うが、嫌悪しているほどではないみたいだ。

「とりあえず出ようよ、閉館だから」

「そうですね」

 彼女が三つ編みのお下げを後ろに流したときに、耳元から何かが落ちた。

 それが骨伝導イヤホンだとすぐにわかった。髪か指先に引っかけてしまったのだろう。

 耳かけ型のそれは、ものすごく小さく、かつ色も肌色で、耳にかけていたらほとんどわからない。

市販品はかなり大きく、色は白や青などでカラフルなのが一般的だ。

 どうみても何らかの特殊用途向けに作られたモノで、しかも彼女がそれを持っていることは普通ではない。

(意外とうかつというか……ドジっ娘なのかな?)

 玲はそれが見られたことを気にした風もなく、床から拾い上げてまた左耳にかけ直す。

 それは<パクス・バニー>がつけていた位置と同じで、しかも形も同じ。

でも、それはそれだけの話。

 ここから先は別にたいした会話もなく、駅の改札で反対方向の彼女と別れた。


(青春にならないなぁ……まぁ、別にいいけど。危険は回避した方がいいしね。

 君子は危うきに近寄らずと云うだろう!?)

 彼は負け惜しみではなく、本心からそう思っている。


 彼女を行動を見ていると、かなりうっかりさんと云うか、ドジっ娘らしいということがわかる。

別にいつも見ているわけではないのだが、彼が見ていると様々な証拠というかボロをそれこそぼろぼろと出してくる。

 たとえば彼女の携帯。

 色は白くてコンパクトだけど、頑丈きわまりない軍用品だったり(鞄から落としたのを見てしまった。ちなみにそのゴツさを誰も突っ込まないのはなぜだ)

 たとえば、たまに白いぽんぽん(バニースーツのしっぽ。パクス・バニーのそれはウィップになることで有名)がポケットとか鞄の端から垂れ下がっていたり。

(まぁ、あれはキーホルダーなのかもしれないけど、いつもつけているわけでもないから、お気に入りの飾りではないと思う)

 メガネもよく落とす。

 ただ行動を見てると目が悪いわけでもないらしい。なにかのフィルターでも入っているのかと彼は想像していた。


あと鞄が異様に重いことにも気が付いていた。

紙の辞書とかがはいっているのかと思ったが、間違って蹴飛ばしたバカがいうにはどうもそういうレベルでもないらしい。おそらく鉄板とかそういうものが入っているんじゃないのか? 倒れもしなかったそうだから。


 とにかく危険アラームが鳴りっぱなしになりそうなほど彼女の実態はおかしかった。

関わったら間違いなく死ねる――そう思っていた。

なので全力で見ないことにしていたのだが、とうとう極めつけのアクシデントが発生した。


 それは放課後のことだった。

 隼は画材屋に行きたくなって、正門とは反対側の裏門から出ようとして校舎の角を曲がったときだ。

 風を切る音がしてなにかが目の前にずだんと落ちてきたのだ。

 ふわりと舞いおちてくるスカートとセーラー服の裾から見えた中身は、白銀のボディースーツ。

――完璧に<パクス・バニー>のあれじゃねぇか!?

 もう思考停止して逃げ出すことすら出来なかった。

「――中島く、ん?」

 あれっ?とした顔で結城玲は戸惑ったように名前を確認してきた。

 隼が反射的にこくりとうなずくと、彼女はさらに聞いてきた。

「み、みました?」

玲の血の気が引いて顔色が真っ青になっている。

「なにを?」

 隼は努めて普通な声で問い返す。

(せめて飛び降りる先くらいは確認して欲しかったよ!!)

 愚痴を頭の中で言いながら、頭をフル回転させて危険回避を謀る。

 見ていないといったら、嘘をつくことになる。それは後で自分も彼女も立場がまずくなる可能性がある。

 ならば、ここは彼女のゴマカシの言葉を肯定すれば、とりあえず僕の逃げ道は確保されるはずだ。

 ここが分水嶺。ゲームで云ったらストーリー分岐点、ライトノベルなら非日常への誘い。

 主人公なら、ここからがメインストーリーだ。しかし、僕は平凡な普通の高校生。

平穏生活こそ、わが人生。

平穏サイコー! キャッホー! 


 だがしかし、それは結城玲のドジっ娘属性を思いっきり甘く見積もりすぎた判断だった。

「ボ、ボクのこれですっ!」

 そういって、いきなりセーラー服の裾をめくり上げて白銀のボディースーツを見せたのだ。


 ――人生おわたーーーー!!!!!! 


 隼はパニックになった。


 ――だって、これってトップシークレットてヤツじゃないの?

 そんなの知ったら、死ぬか殺されるか幽閉されるか、あるいは組織に無理矢理所属させられて捨て駒人生一直線。

僕ぜったいに主人公補正なんてねーよっ!


「て、ああーっ! みせちゃいけないんだった! っどどどどどうしよう!? どうすればいい中島くん!?」

 彼女は完全にパニックになっている。

 彼はそこに一筋の光明を見いだした。

――よし、これならごまかせるかもっ!

「まずは落ち着いて。とりあえず深呼吸だ。はい、息吸ってー」

「すー」

「はい、吸ってー」

「すぅー」

「はい、もっと吸ってー」

「すぅううー、うー、うー」

「もっともっともっと!」

「すううううううっって、そんなに吸えません!」

「そうか、吸えないか。ではもう教えることはない。さらばだ」

 くるりと踵を返して校舎の角を曲がり、そのままダッシュ――――

しようとしたら、ぐわしと肩をつかまれた。

「オフィスから迎えが来るので、同行してください」

「はい」

 ――やっぱりごまかしきれなかった。

 涙目でにらまれてるし。

 ああ、人生終わったよなー、これぜったい死亡フラグだ。

第一話Aパートです。主人公がなんか鋭いのですが、危機は全力で回避しようとします。

そして、ヒロインはドジっ娘というか、けっこうパニック体質。

そして実はボクっ娘。属性多いな……

そしてちょこちょこ修正。

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