第1話 新しい町
「僕が巧と出会った日」の続編です。一日一話投稿。よろしくお願いします。
僕は、小学校一年の夏休みに神村さんという遠い親戚のおばさんに養子として引き取られた。遠い町に引っ越すときいていた通り、それまで住んでいた町からかなり遠いところに引っ越した。電車で一日かかる道のりだった。
引っ越し先の町は鹿鳴市といって、海の傍にあった。前に住んでいたのも海の傍だったけど、海の色が違った。前に住んでいた町から見えた海は明るい色で、同じ海でも随分違うんだなあと、電車の中から見た海の色に僕は随分驚いたものだった。
「車で来れば良かったのに」
電車の僕の隣の席にいるのは巧だ。その向かいには久山のおじさんが座っている。
「車は一台は修理中で、もう一台はうちの奥さんが仕事で使ってて。持ってこれなかったんだよ」
みかんを食べながらおじさんが言う。その手元から当たり前に巧はみかんを一房取る。
「修理中って、どうせあのおばさんがこすったとかぶつけたとかだろ。何でおっさんが我慢するんだよ」
「仕方ないよ。あっちの方が車が必要だしね」
「わかんねえなあ」
巧は当たり前のような顔をして僕の隣に座り、久山のおじさんと喋っているが、わかんないのは僕の方だ。
「何?」
僕の疑問は顔に出ていたらしい。僕はこれまで訊けなかったことを訊いた。
「ううん、何で巧まで一緒に来るのかなって」
「それは、お前」
「私が巧くんのお母さんと話をして、こちらでお世話をすることになったんだよ」
久山のおじさんが言った。
「巧くんのお母さんは病院に入院することになったからね」
「あ、そうなんですか」
なるほど。
駅からはバスで移動だった。僕はそれまでほとんど電車にもバスにも乗ったことがなかったから、とっても楽しかった。それまではお父さんが運転する車で出かけてばかりだったから。……もう僕のお父さんじゃないんだけど。
バスは黄色の、かわいらしい感じのバスだった。お客さんはお年寄りがほとんどで、久山のおじさんが僕らを連れて乗ると、いろんな人が声を掛けてきた。
「あら、久山先生。そっちの子たちは?」
「親戚の子たちです」
「そう言えば、奥さんが言ってたねえ。近々親戚の子が来るって。でも、久山先生のところでは世話をしないんでしょ?奥さん、仕事が忙しくて子どもの世話なんてできないって言ってるのをきいたよ」
お年寄りたちは僕らがどんな気持ちになるか考えずに大きな声で話をしていた。うん、こういうお年寄りに出会うのは初めてじゃない。
海の色は変わっても、人間って変わらないんだなあ。
久山のおじさんは苦笑しながら、
「まあ、うちで世話をするんじゃないんですけど。引き取られる先は別で」
言いながら、おじさんは僕に言った。
「縁くん、その壁のボタンを押していいよ」
次のバス停で降りるところまで来たときに押していいボタンだ。他の人が押すのを見て、やってみたいと思っていたんだ。
でも、僕が手を伸ばすより先に、巧がさっと横から手を伸ばしてボタンを押してしまった。
「これでバス、止まるんだよな?」
「そうだよ。もうバス停が見えてきた。……ああ、迎えが来てるな」
おじさんの視線を追ってバスの行く方向を見る。
行く手のバス停に、一人の女性が日傘を差して立っていた。年齢は、おばあさんとおばさんの間くらいの年の人だった。着物を着ている。……僕、テレビ以外で着物を着ている人を見たのは初めてかも。
お年寄りの一人が言った。
「ああ、神村先生のところにもらわれる子ですか。どっちの子ですか」
「ええっと、こっちの子ですね」
おじさんは僕を見る。お年寄りたちの視線を受けて、僕はぺこりと頭を下げる。お年寄りたちは口々に、
「お行儀のいい子で良かった」
「お稽古頑張ってね」
というようなことを言っていた。お稽古って何?
バスを降りて、待っていた女性と対面する。少しふっくらとした、優しそうな人だった。
久山のおじさんが僕に言う。
「縁くん、こちら、神村さん。君の新しいお母さんだよ」
「こんにちは、縁くん。はじめまして。これからゆっくりとやっていきましょう」
「はい。よろしくお願いします」
僕は丁寧にお辞儀をした。頭を上げると、神村のおばさんはにっこりと笑った。
バス停から歩いて五分のところに、神村さんの家はあった。表玄関から入ってすぐのところに、結構広い板の間があった。部屋の中には何も置かれていなくて、神棚だけがあるのが目立つ。
「ここはお稽古場よ。うちは踊りを教えているの」
……さっきバスの中で言われたお稽古って、このこと?僕、踊りを習わないといけないの?
なおこの話は、「僕が巧と出会った日」と共に「男性Vtuber四人の担当になったが、全員普通ではなかった話」の過去編になります。本編「男性Vtuber四人の担当になったが、全員普通ではなかった話」もよろしければどうぞ。成長した巧と司が出てきます。




