第6話 ティオ、ラブピーチを見つける
さて、神の力を取り戻し、山へと帰って行った竜はそうして――山の精霊たちに見守られながら誰も知らない場所で静かに眠りにつくのでありました。
神が戻りその息吹を取り戻した山は、やがて太陽の恵みを一身に受け、川にせせらぎが戻り、土は肥え、生き物は目覚め、新たな命が芽吹いていくのにそう時間はかからないでしょう。
かの騒動から間もなくして、その村を訪れる男女二人の旅人がいました。
その村はとても活気付いて、家は派手な色に塗られ、花が咲き、楽しそうな雰囲気でありました。
そんな村の奥、ひときわ大きくて派手な家の周りには、幾重ものロープが張り巡らされ、そこに長細い白い布がたくさん掛けられて、気持ちよさそうに風に揺れている。
「何、これ?」
女性が、はためいている白い布を手に取ると、一緒にいた男性が後ろからそっと。
「おしめ、のようですね」
「ひぃっ!」
女性が慌てて手をひっこめると、家の中から一人の老人が現れた。
「おや、誰かと思えば、誰じゃったかのう」
フサフサ眉毛でお髭を蓄えたおじいさんだった。
「あ、あら、突然すみませんわ、わたくし旅の途中でこの村を通りかかったもので……」
「ふぉっほっほっほ」
じいさんは、眉毛で隠れた目を旅人二人に向けて。
「で、誰じゃったかのう」
お約束通りのじいさん、すると奥からもう一人女の人が現れた。
「どうしたの、お客様?」
黒髪を後ろで束ねた、まだ幼さが残る若い女性、かっぽう着姿で、その背中には小さな可愛い赤ちゃんを背負っていた。
「あら、もしかして、旅のお方?」
「え、えぇ、まぁ」
するとその女性、建物の中にいる人たちに声をかけた。
「あんた達、旅の人が見えたよ‼」
すると、中から何人もの村人たちが現れて二人を取り囲む。
「ようこそいらっしゃいました」「お疲れでしょうどうぞ中へ」「ゆっくりしていって下さい」
村人たちに押されるままに建物の奥へ半ば強引に通された。
そのままテーブルに着くと、いきなり豪華な料理が次々と運ばれてきた。
「これは一体……?」
香ばしく焼けた骨付き肉、ホクホク煮えた芋、プリプリの魚に新鮮な野菜、濃厚な色艶のスープ、そんな料理を前にして大変驚いた様子の旅人二人。
するとかっぽう着の女性が来て。
「驚かれたでしょう、実はこの村はこの間まで、男ばっかりの寂しい村だったのよね、でも通りかかった旅の人たちがこの村を救ってくれたんだよ、おかげで私もまたこの村で暮らす事も出来るようになったの、そんな感謝の意味も込めて、それ以来こうして旅の人が来たら手厚くもてなしてやろうって事になってね」
「そうでしたか」 と旅の女の人。
その時背中に負ぶわれていた赤ちゃんが泣きだした。
「よしよし、そうかミルクの時間だねぇ」
女性は、赤ちゃんを降ろして哺乳瓶を取り出し、部屋の隅に座りミルクを飲ませている、コクコクと元気よく飲み続ける赤ちゃんが可愛い、旅の女の人は思わず。
「若いお母さんで、大変ですね」
「いえ、この子は私の赤ちゃんじゃないんですけどね」
「あ、あら……?」
いけないことを聞いたかしら?と戸惑ってる旅の女の人に、最初のじいさんが杖をつきながら近づいて、話をしてくれた。
「この間までこの村は、到底許されるはずもない沢山の罪を重ねてきたのじゃが、この村を救ってくれた旅の者から託されたのじゃ、この子を優しくて思いやりのある素敵な子に育て上げろと、それが今のワシらにできる唯一の罪滅ぼしになるのじゃと」
「ふぅ~ん……」
旅の二人にはなんだかよく分からない話だけれど、これはこれでいい話なのか、いい話みたいにまとめられたからいい話なんだろう。
そんな事より、ミルクを飲んでいる赤ちゃんは本当に可愛い、後でゆっくり抱っこさせてもらおう。
そう思いながらも、何なんだこの村は、と改めて思う。
実は、ここへ来る途中の山の中で、ネズミモンスターの群れにいきなり取り囲まれたかと思うと、お鍋を差し出されて、いっせいにウルウルした可愛いお目目で見つめられたものだから、つい持ってきた食料全部あげちゃって困っていたのだ。
いい事をすれば、いいことが帰って来る、まさに捨てる神あれば拾う神ありって事だ。
「あら、リリーちゃん、今日もたくさん飲んだわねぇ、えらいえらい」
ミルクを飲み終えた赤ん坊は愛おしそうに抱きかかえ、ゆったりとダンスを踊っているかのように揺れながら背中をトントンされてゲップを一つ、赤ちゃんは本当に可愛くてとっても幸せそうだった。
なだらかな時間を楽しむかのように吹く柔らかい風、村の誰もが優しそうな顔で行き交う、花を愛で、美味しい食事を作り、赤子を育しむ。
「なんて素敵でいい村なの……」
そんな事を考えながら目の前のご馳走を美味しくいただくシャロルお嬢様と彼女に付いてきた執事のグランディスであった。
『あなたの目指すラブ・ピーチは こ・ち・ら ↑』
そんなこんなで、ティオたち一行はついに西の森にやって来た、みんなの目指すラブピーチのありかは、矢印の描かれた看板が教えてくれた。
道は二つに分かれている、その中央に看板が立てられていたのだ。
「何だこれ」
「へぇー、親切な人がいるんだねぇ」
感心するティオにセロがあきれた表情で。
「いや、これはどう見てもワナだろう」
矢印の先は道いっぱいにいかにも大きな穴を掘り返した後を草で隠してますどうぞ渡って下さい落ちますけどね、とわかるような状態になっている。
「でも、矢印がこっちだから、こっちに行けばいいんだよ」
ティオは、ためらわずに落とし穴のある方に行こうとする。
「こら、見りゃわかるだろ、そこは落とし穴だっつーの!」
セロがティオの首根っこをつまみあげて止めると、リケも。
「そうだよ、こんな単純なワナに引っかかるバカがどこにいるんだよ!」
「えー、でも、大丈夫だと思うよ」
掴んでいるセロをふり払って、ティオは落とし穴らしき草の上に立つ。
「バカっ、落ち――!」
草の上に立つティオ――しかし落ちていない。
「ホラ、大丈夫だよ」
更に足でドンドンと踏んでも、落とし穴はびくともしない、どうやら落とし穴と見せかけるために、わざと草を積み上げていただけのようだった。
「なるほど、反対の道を行かせるためのワナか」
そうだと解れば恐れることはない、草の上をズンズンと歩いてゆく一行。
「あ、でもこの後、何も無い道のように見えて、実は落とし穴になっているかもしれないから、気を付けてね」
と言った時にはもう前を行く二人と一匹の姿は消えていた。
「大丈夫~~?」
落とし穴を覗きこむティオとグレ子に
「そう言う事は早く言え~バカティオ~‼」
穴の底から罵倒する声が聞こえたのは言うまでもない。
「それにしても何だここは、こんなトラップがまだあちこちにあるってのか?」
矢印の看板があること自体胡散臭いのだが。
「うん、あるかもしれないね」
平然と言ってのけ、でも臆することなく進んでゆくティオ、そんなアホの子の落ち着きぶりが逆に怖いと思うセロとリケであった。
平気な顔で進むティオを先頭に、辺りを警戒しながら恐る恐る進むセロとリケ、やがて、ティオの足が止まった。
目の前にはごうごうと激しく流れる川、その上には石でできたドーム状の橋が掛けられている、しかも向こう岸にはまたもや、ラブ・ピーチはこちら、との看板が。
「この橋を渡れってのか?」
川の流れは随分と激しい、この橋を渡るしか道は無い、見たところ頑丈そうな石の橋だ。
「うん、でもこんなのに乗ったらすぐに落ちちゃうよ」
ティオは、橋の先を杖でツンと強く突くと、橋はすぐにゴロゴロと崩れ落ちてしまった、そんなにまでもろい橋、なにも知らずにここを渡ろうとしていれば、橋もろとも流されていただろう。
「まじかー」
「見た目に騙されちゃいけないんだよ」
「でもなんでお前はこんなトラップを見破れるんだ?」
どう見ても崩れそうになかった石の橋を見破ったティオ、今日のこいつはいつもと違う。
「あのね、ボクは師匠から修行だと言われて、ボクをこんなトラップだらけの場所に置いてきぼりにしたりしたんだ、だからこういうのには慣れてる、だからここはボクの魔法で何とかしてみよう」
そう言いながら魔法の杖をふるい呪文を唱えるティオ。
「おお、これは何か期待できそう」
今日のティオはいつもと違う、まぶしいほどの光の中に立つその姿は、どこか神々しさすら感じて、本格的な魔法使いのようだ。
光が治まり、そこに現れたのは。立派な橋――ではなくて、一匹のビーバーだった。
「あれれ~、橋を出すつもりだったのにぃ~」
「さっきの神々しさは何だったんだよぉ‼」
心配ない、いつものティオだった。
ビーバーは驚いて辺りを見回してから、ものすごく不機嫌な表情になりティオをしばき倒すと、引きずって近くの森の中に入って行った。
しばらくすると、木の枝を抱えたティオを従えて戻って来た。
ダムを作ろうとしているらしい、ここに。
そしてビーバーは集めた木の枝でせっせとダムを作る、枝がなくなるとまたティオをしばき倒すので、ティオはせっせと木の枝を運ぶ、後ろから健気なグレ子もお手伝い。
ビーバーはせっせとダムを作る、ティオとグレ子はせっせと木の枝を運ぶ。
セロとリケとロズが木陰で休みながら見守る中、立派なダムが出来上がった。
激しい流れはせき止められた、さすがはビーバー、これならここを渡れる。
ダムのそばの川底を走り抜け、川を渡りきり、振り返ってビーバーにお礼を言うと、相変わらず不機嫌な表情でダムの手入れをしているだけだった。
「あはは、おちゃめなビーバーさん」
「どこがだよ‼」
不機嫌なおちゃめビーバーさんを後にして、更に森の中へと進む。
足元のロープに引っかかり大量の槍が降ってきたり、食べ物につられて大きな檻の中に閉じ込められたり(ティオが)、巨大なキノコが地面から飛び出して襲いかかってきたり、池から現れた美しい人魚に連れて行かれたり(セロが)、原始人に追いかけられたり、UFOにさらわれたり。
などのトラップをようやく潜り抜け、とある城の前にやって来た。
ここにも看板がある、どうやらこの城の中にラブ・ピーチがあるらしい。
誰も住んでいない廃墟の城のようだ、すっかり草や木が生い茂り、かつては白くて綺麗だったであろう外壁は薄黒く汚れ、ツタが絡みつき人を寄せ付けない雰囲気だ。
入口の重いドアを開け、中へと入ってみると、奥は湿っぽくて薄暗く何も無い、ただ白い石壁の空間が続く、さらに奥へと進むとその先は細長い廊下が続いていた、辺りを警戒しながら、そんな長い廊下を進む。
カチャリ
嫌な予感がする音がして先頭を歩いていたティオの足が止まった、何かを踏んだらしい。
「これたぶん、足を離したら何かが起きちゃうボタンかも」
「げ、何踏んでんだよお前は‼」
後ろを歩いていたリケが怒鳴る。
「何がおこるのか逆に見てみたい気もするけどな」
セロが言うと。
「じゃぁ、離してみるね」
と言った時にはもうはもう足を離していた。
「っておい、ちょっと待てコラ‼」
ここまで来たら、次はどんなトラップがあるのか興味はあるが、足を離していいぞとは言ってない、という前にもう後ろからゴゴゴゴという地響きにも似た嫌な音がする。
恐る恐る振り返ると、向こうから赤い大きな玉が転がり迫って来るのが見えた。
「⁉」
これはまた、走って逃げろと言う事か。
とにかく走った、廊下の幅いっぱいにゴロゴロと迫って来る赤い大きな丸い玉。
やがて、幅の細い廊下に出た、大玉はそこでガツンと止まった、助かったらしい。
かと思ったら、赤い玉がパックリ割れて、中から今度は一回り小さい、青い玉が出てきて、再び転がって来る。
また走って逃げる、廊下の幅いっぱいにゴロゴロと迫って来る青い大きな玉。
その先にはまたまた幅の細い廊下になっている、青い玉はそれ以上進めずにガツンと止まる、するとまたまた、玉が割れ中から小さい玉が出てきそうになったのを見てセロが。
「ったく、ざけんじゃねぇ‼」
銃を一発ブチ込んだ。
撃たれた玉は爆発し白い煙を吐いて、握りこぶしほどの小さな黒い玉が転がり出て来た。
「今度は何だ?」
黒い小さい玉はみんなの足元にコロコロと転がると、突然ウニのようなトゲトゲを沢山突き出した、そのトゲの一つ一つは小さいけど、よく見ると銃口のようだ。
「げ‼」
シュボボボン‼
お約束通り、すべての銃口が攻撃して暴走して追いかけて来た。
またまた、走って逃げる。
この後は、針山地獄の落とし穴があったり、天井が落ちてくる部屋に閉じ込められたり、甲冑の騎士が襲いかかってきたり。
などのトラップをようやく潜り抜けて、広間らしき場所に出た。
天井がドーム型になっている丸い部屋、高い位置にあるいくつもの窓から明るい光が差し込んでいて明るい、壁に沿うように何本もの柱が並んでいる石造りの、でも他には何もない広い空間だった。
そして、その一番奥に大きな矢印を背に、ひときわ明るい光に照らされた場所に、探していたものがあった。
「ラブ・ピーチだぁ~」
思わず駆け出すティオ。
「こら、まだトラップがあるかも知れないんだぞ‼」
そんなセロの声も気にせず、走ってゆくティオ、無事辿り着いたそこに咲いていたものは、ティオの膝あたりまでしかない一本の小さな木、木は小さいが、丸い葉が何枚かついているその木の真ん中に、特別一つだけ大きな実がなっている、キラキラと光輝くその実はティオの小さな可愛い手でも包み込めないような大きな桃。
「へぇー、これが魔法の果実なのか」
「普通の桃とはずいぶん違うね」
近付いてきたセロとリケも、後ろからのぞき込んできた。
「やったー、これで師匠のもとに帰れる~」
ティオが手を伸ばしてその実を採ろうとした瞬間、足元に突然網が現れてティオたち全員を包み込んで袋にとじ込められ、ロープで吊るされてしまった。
「また――最後までお約束通りだな」
窮屈な状態で閉じ込められているので、身動きが取れない。
と、その時。
「わ、わたくしのラブ・ピーチを狙う不届き者がいると聞いていたから、どんな奴かと思えば、ただのイケメンとガキじゃないの!」
後ろから女の人の声がした、そっちを見ると今まさにここまで走ってきたような、息を切らせてゼーゼーと肩で息をしているお嬢様風の女性と、その後ろに平然とした表情のタキシード姿の男性が立っていた。
シャロルとその執事のグランディスだ。
シャロルは呼吸を落ち着かせて、乱れた髪と服をパパッと整えると、網につるされたままのみんなに向かって、高飛車なお嬢様ポーズを決めて言った。
「オッホッホッホッホ‼待ちかねたわよ、イケメン男とゆかいな仲間たちー」
「お言葉ですがお嬢様、私たちは今到着したばかりです、待ちかねたと言うのはどうかと思います」
「べ、別にいいじゃないのよそんな事!かっこよく登場した方が勝ちなの!」
執事に揚げ足を取られながらも、何とか立ち直って、唖然としているセロたちに向かって。
「オホホホ、とにかくわたくしの名前はシャロル、覚えておくといいわ」
そう言いながら皆が吊るされている横を悠々と通ってゆく。
「この桃はわたくしが頂いて行きますわよ」
するとモゾモゾと這い出してきたティオが。
「ちょっと、オバサン!」
「な、オバサンって何よ、オバサンって‼」
「主役はこのボクなんだから、ここでは〝可愛い魔法使いとゆかいな仲間たち〟って言わなきゃダメじゃないか!」
「突っ込むとこ、そこじゃないでしょ!」
横からリケに怒られたが、ティオはそんな事気にしていない。
「わ、わたくしの事をよくもオバサンって言ったわね、もう許さないわ、この桃はわたくしが頂いて行きますからね!」
そう言いながら、小さい桃の木の前にしゃがみ込む。
「あぁ、何て神々しい色艶、まさに願いが叶う奇跡の桃だわ、さぁ、わたくしの願いをかなえてもらいましょうか」
「え、願いがかなう桃なの?」
ティオがびっくりしている、そんなティオにシャロルはバカにしたような目を向けて。
「あーら、何も知らずにここへ来たの、バッカじゃない?」
「だって、師匠はそんな事一言も……」
「オホホホ、まさにこれはわたくしの為の桃ですわね」
そう言ってもぎ採ろうと手を伸ばしたシャロルに。
「採っちゃだめだよ、それはボクのなんだから、オバサン!」
ティオはまた、言ってはいけないことを言ってしまった。
「お黙り小僧!シャロルお嬢様とお呼び‼」
そう言うと、シャロルは、桃の実をもぎ採ってしまった。
「とにかくここから出よう」
セロは、埋もれていたロズを拾い上げ、その鋭い爪で目の前のロープを切り裂いた。
縄の隙間から大きな穴が開いて、どさりと落ちて解放されるティオたち。
「返して、それボクのぉ‼」
シャロルを追いかけて奪い返そうとするティオに、シャロルは。
「いやよ、これはもうわたくしのなのよ、グランディス、やっておしまい‼」
シャロルは、桃をかばうように両手で持ちながら、グランディスの後ろにさがる。
「えー、やるんですかー?」
気のない返事をして、嫌々そうなグランディスだったが、これもシャロルお嬢様の命令とあらば仕方ないと、指先から軽く光を放つとティオに向けて攻撃した。
ティオの足元で光がポシュンと破裂する。
「うわわっ‼」
しかし、そんなグランディスにセロの銃が応戦する。
「ティオ、こいつは俺に任せて、お前はあの女を追え!」
「うん、わかった」
桃を抱えたシャロルは、とにかく逃げようと出口に向かって走っていたが、先回りしていたリケとロズに行く手を阻まれた。
「ここから先には通さないから」
「な、何よ生意気な!」
「ボクの桃を返せー」
ひるむシャロルに、後ろから走って来たグレ子が勢いよく体当たり。
勢いで弾き飛ばされたシャロルは、はずみで思わず桃を離してしまった。
コロコロと転がってゆく桃。
「わたくしの桃がぁ」何とか立ち上がって桃に手を伸ばそうとするシャロル。
「お嬢様‼」そんなシャロルを庇おうと向かうグランディス。
「願いがかなう桃!」セロも取られまいと行く。
「あたしだって‼」リケも走る。
桃を巡って、醜い争奪戦が勃発してしまった、セロが掴んだと思えば、グランディスに取られ、それをまたリケが奪う、かと思えばシャロルが奪い返し、今度はロズに取られる、まるで桃に操られるようにあっちにこっちに翻弄されているようだった。
その様子を、ただ見つめるティオ。
「なんだよみんなして、これはボクの、師匠に持って帰るって約束した桃なのにー!」
みんなの間を行ったり来たりしていた桃が、とうとうティオの足元に転がって来た、ティオは黙って、それをゆっくり拾い上げた。
「ティオ‼」
「その桃を渡してちょうだい」
「ティオっ‼」
みんなはティオの持っている桃しか見えていないようだ、桃を奪おうとティオに迫って来る。
「願い事が叶うとか、そんな事ボクには関係ない、これは師匠の桃なんだから‼」
ティオは力まかせに持っていた魔法の杖の端を地面に打ち付けると、ドーンという大きな音が地面から伝わって来た、一瞬ビクッとなってみんなの動きが止まる。
「こんな醜い争いなんかしちゃダメだ、これは師匠の為の特別な桃なんだからぁぁぁ――皆の者、頭が高い、控えおろぉぉ‼」
桃を持った方の手を高く掲げて叫んでいた、それは普段、師匠がよく見るテレビの影響が強い。
その瞬間、桃はピンク色の眩しい光を放ち、そこにいるみんなまで包み込まれてしまった。
眩しい光も治まったかとティオが再び目を開けた時、そこにはみんなが一斉に『ははぁー』と言いながら、ティオに向かって土下座している姿が。
――何が起こったのか、理解に苦しむ……。
「あ、あれ?」
「あれ?……じゃねぇよ‼」
「何が起こったんだ、今?」
「今、一瞬体が勝手に……それも、すごく理不尽な行為を……」
「何でこのわたくしがこんな子供相手に土下座しなくてはいけないのよ‼」
土下座から解放され、口々に文句を言いながら起き上がる、もしかしなくても今のは、願いが叶うという魔法の桃に願いをかけてしまい、それが叶ってしまったって事なのか、そうなのか?
みんなは阿呆な事をしでかしたティオをにらみ付ける、が、その前にティオの悲鳴に似た悲惨な叫びが辺りに響いた。
「うわぁぁ、桃がー、ボクの桃がぁぁ‼」
さっきまで、ティオの手にあった魔法の桃は、眩しい光を放った後、桃色の丸い小さな石に姿を変えていたのだ。
「ちっちゃくなっちゃったよぉ、石になっちゃったよぉーこれじゃぁ、食べられないよぉー師匠の元に帰れないよぉ~‼」
大きな目を思いっきりウルウルさせて泣いているティオに、自業自得だと言いたいところだが、こうなったのは、大人げない奪い合いをしてしまった自分たちにも原因があるかもと、ティオに同情してしまった。
「そう気を落とすな、な?」
「そうだよ、こんな姿になっても、桃は桃だしさぁ……」
セロとリケが、そんなティオを慰めようとしているが、どうしていいか解らない。
「――わたくしは何も悪くはなくってよ、あんた達が邪魔しなければ、赤いバラの君との約束通り今頃はわたくしの願いが……」
どうしていいか解らない大人がここにもいた、そんなシャロルを睨み付けるセロとリケに少したじろいて。
「な、何よ、で、出て行けばいいんでしょ出て行けば、あぁっもう気分が悪いわ、帰るわよグランディス、あなたたちも二度とわたくしの前に現れないで頂戴ね‼」
バツの悪い空気にたまらずその場を離れようとするシャロルだった。
「もう、何なのよ一体―、ひどいわ、わたくしの桃なのに……」
ブチブチと文句を言いながら、ズンズンと進むシャロルの後を付いて行く執事のグランディスは、「おかげでしばらくは、お嬢様の愚痴に付き合うことになるのか」と、大きなため息を一つついて、独り言ちた。
「しかし、一体私は、何しに来たんだろう……」




