第1話 ティオ、旅立ちの日
遠くでオオカミの遠吠えが聞こえ、生ぬるい風がさわさわと黒い木々を揺らし、目を光らせた夜行性の生き物たちが獲物を求めてさ迷い歩く。
そこは深い森の奥、太陽も月も星も寝静まる真夜中。
そんな夜の闇の中に、一軒の小さな可愛い小さい家が建っていた。
その小さな窓からは、不気味な世界とはかけ離れた、ホンワリとした暖かい灯りがもれている。
中を覗くと、部屋の真ん中には丸いちゃぶ台、その上には卓上コンロ、そこに置かれた土鍋がコンロの火に煽られグツグツとおいしそうな音を立てて煮えており、少年と爺さんが向かい合ってその鍋の中身をつついて、幸せそうな顔でハフハフしている。
少年の名前はティオ、ふんわりとした赤くて長い髪を後ろで束ね、青いまん丸な瞳はまるでラピスラズリのよう、赤みを帯びた頬は一見女の子と間違えられそうな幼い顔立ちで可愛らしい。
向かいに座っているのは、白髪だがまだまだ現役フサフサの髪をオールバックにして後ろで束ねている小柄な爺さん。
ティオはさっきから野菜には手を付けず 肉ばかり食っているので、向かいに座ってネギだの白菜だのばかりを食うハメになっている爺さんが、そんなティオに向かってボソリと言った。
「なぁ、ティオよ」
「はひ?」
まん丸な目だけを爺さんに向け、間抜けな返事をするティオに、爺さんが言った。
「お前は、今年でいくつになった?」
「おや、可愛い弟子の年を忘れちゃうなんて、師匠もいよいよボケが始まっ」
ごつん!「あだっ!」
そばにあったおタマがひとりでに動いて、ティオの頭に直撃した。
「痛―っ――もぉーっ、師匠ったらひどいですぅ、ボクはもう十才ですよぉ」
頭のたんこぶをさすりながら涙目のティオに師匠と呼ばれた爺さんは、それでも箸ととんすいを離さないまま何かを考えこむように目を閉じた。
「――そうか、ならワシの元に来てから七年たつというのか」
「それがどうかしたんですかー?」
「七年も修行したというのに、なぜお前の魔法はいっこうに上達せんのじゃ」
そう言われてティオは、鍋の中の肉を取ろうと伸ばしたお箸を師匠の方に向けて。
「自分の教え方が悪いのを、弟子のせいにするんですかぁ?」
すると今度は、師匠の背後のキッチンにあった大量の野菜たちがティオに襲いかかった。
「人のせいにするな馬鹿者‼わしは世界でも有名な大魔法使いなのだぞ‼」
とんすいとお箸を握りしめたまま仁王立ちになる師匠に、やっとのことで野菜の山から這い出たティオ、最後に頭をガジガジしている白菜を振り払って。
「そんなこと言ったって、ボクだって一生懸命ガンバって修行してるじゃないですかー」
それを聞いて師匠はドッカと座り直すと、鍋に手を伸ばしひときわ大きな肉をつかみ上げた。
「あ、それボクの―」
と言いかけるティオを無視して自分のとんすいに入れ、ポン酢にくぐらせて口いっぱいに頬張った、ティオの「あ、あぁぁ~」という悲鳴にも似た声も無視して。
「確かにお前は、頭の悪い処以外は修行もちゃんとやっておる、しかし七年じゃぞ七年!どんな奴でもニ年もたてばそれなりに立派になれるハズなのに、お前の使える魔法と言えば物をあらぬ方向に飛ばしてみたり、全く無意味なものを出してみたりと、そんな事ばかりではないか、せめてほうきで空を飛んで見せろ」
「ううぅー、そこまで言われれば さすがのボクも落ち込んでしまいますー」
言葉だけは落ち込んでいるようだが、そう言いながらもしっかり鍋の肉を食っているティオ、さっきの大きなお肉美味しそうに煮えていたのになー、とブツブツ言いながら。
師匠は、そんな反省のかけらなどみじんも見せないティオに、意を決したように大きく息を吐くと。
「よし解った、今からお前に試練を与えようではないか」
「はふぃ?」
「今から一人、修行の旅へ出ろ」
「やだ」
「やだとか言うな馬鹿者!」
いつもの修行では上達しないのであれば、少々の荒療治も致し方ない、自身の力で乗り越えてこそ手に入るものも見えてくるものもあるであろう、これもすべてお前の為なのだよティオ、と、力説している師匠をよそにただ肉を口に運び、話を聞いていないティオ、今度はどこからともなく現れたピコピコハンマーに襲われる事に。
「あだだだっ、師匠はボクの事が可愛くないんだー!」
「何を言うか、可愛い弟子だからこそ こうして辛い修行の旅に出そうとしているのだ、そんな親心がわからんのか!」
ティオを襲っていたピコピピコハンマーを魔法で一旦消した師匠。
「よいかティオ、ここから遥か西にある伝説の森へ行き、そこに実っているという伝説の果実、ラブ・ピーチを採って来るのじゃ、採るまで帰って来るでないぞ」
「師匠」
「何じゃ」
「言ってて恥ずかしくないですか?」
「やかましいわ!」
「なんですか、そのラブ・ピーチって、ベタな名前すぎて言うのも恥ずかしいですー」
「そういう名前なのだから、仕方ないであろう、つべこべ言わずにさっさと行くのじゃ!」
「でもぉー、西の森なんて行った事ないのに、途中で迷子になったら どうしたらいいんですかぁ」」
「それが修業なのじゃ、精進できるぞ」
「途中で変な化け物とか悪いやつとかいっぱいいそうじゃないですかー、か弱いボクに何かあったらどうするんですかぁ!」
「それも修行なのじゃ、魔法の鍛錬にもなるじゃろう」
「途中でお腹すいちゃうじゃないですかー 変なもの食べてお腹壊したらどうするんですかぁ!」
「それも修行なのじゃ、自分で何とかしろ」
「ボクが可愛いから誘拐されたらどうするんですかぁ、身代金払って下さいねぇ!」
「誰が払うかぁ!」
そんな訳で、ダメダメ魔法使いティオの修行の旅が始まったのである。
街はとっても活気強くにぎわっていた、露店が道端にずらりと並び、新鮮な野菜や果物、お皿やお鍋、派手な装飾品や日用品、カラフルな服の生地などがたくさん売られている。
そんな露店に集まってきた人たちにもまれながら、小さいティオは一人立っていた。
これまで師匠と一緒に暮らしていたのは人々の住む町から遠く離れた山の中、たまーに買出しにと師匠と一緒に小さな村に来ることはあったが、こんなにぎやかな場所に、しかも一人で来るのは初めてだった。
どっちに行けばいいのか、とりあえず、美味しそうなにおいのする方へ行ってみた。
そこは、肉を串に刺して焼いてくれるお店だった、お店の中ではたくさんの客がいて、何人もの店員が忙しそうに働いているのが見える、とりあえずティオは店の前で立っていると、客寄せの為に通りに向けて香ばしい香りを漂わせながら串を焼いている若い男性と目が合った。
「おや、見かけない顔だね、一人なのかい?」
その店員は網の上で串をひっくり返しながらティオに話しかけてくる。
「うん、ボクはいじわるな師匠に追い出された、可愛くて可哀そうな魔法使いなのです」
「何だそれ」
店の兄ちゃんは、改めてティオを見た。
おしゃれな模様の入った青い三角帽子、お揃いの柄の青いスモック、丸い大きなポシェットを肩から掛け、胸元には赤い大きなリボン、止めているのは太陽と羽をモチーフにした大きな丸いバックル、手に持っている背より高い魔法の杖の先と同じデザインだ。
「今どき、子供の魔法使いなんて珍しいな」
ティオに興味でも持ったのか、串屋の兄ちゃんは更に話しかけてくる。
「ボクがそんなに珍しいの?」
「ちょっと前までは、この辺りの山にもモンスターがたくさんいたから、いろんな奴らが狩りに来たもんさ、魔法使いの他にもハンターやら勇者やら戦士やら」
「今はいないの?」
「うーんそうだなぁ、最近はモンスター自体減っちまったからなぁ、狩りを生業にしてた奴らも少なくなっちまったな」
「ふぅーん」
ティオは小さい頃から人里離れた山の中でほとんど師匠と二人で生活してきたのだ、世間の事など知ったこっちゃないのである。
「そんなことよりどうだい一本?」
そう言って串屋の兄ちゃんは焼きたての串焼きを一本差し出してくれた。
「わぁ、美味しそうー頂くのだー」
ティオはカウンター越しに受け取りフーフーしてから、三口くらいで頬張った、ジューシーな肉汁と、こってりまろやかで濃厚なタレの旨みとからまって とっても美味。
「おいひー」
「だろ、うちは創業以来一子相伝の秘伝のタレを使ってんだぜ」
そう言って、今度は何も持っていない手を差し出してきた。
「――?」
ティオは意味がわからず、満面の笑顔でとりあえず美味しかったありがとうと感謝の握手。
「……じゃなくてお金、一本二十パーレ、さぁ払っておくれよ」
お金、そう言われてティオはすごく焦ってしまった、師匠の元を追い出された時、そんなもの持たずに来たのだ、今まで師匠の元でお金なんか無くてもやっていけたから そこまで深く考えていなかったのだよ。
ティオは考えた、こういう時はどうするんだっけ。
ティオ式ピンチを切り抜ける方法、今すごく必要なものを持っていないとわかった時編。
まず、持っているポシェットを探すフリをする。
次に、ポケットの中も探すフリをする。
次に帽子をぬいで探すフリをして、再びかぶり直す瞬間とびっきりの可愛い笑顔を見せる。
「にっこり」
「?」
すると、相手もつられて、引きつった笑顔を見せる。
そして走る!
「あーっ、こら、待てー」
追いかけてくる人がいる場合は、とにかく捕まらないようにひたすら走る。
ティオは走った、周りにたくさんの人がいたが押しのけて走った、中にはティオに驚いて軽く悲鳴を上げる人もいたがそんなのに構っている暇はない、子供なうえに元々チビなティオなので人の間をするりと抜けることも容易だった。
「誰か―、そいつを捕まえてくれー」
さっきの兄ちゃんが大声で叫びながら人々の間を掻き分けるように追いかけてくる。
「しつこいなぁ、たかが串焼き一本じゃないかー」
追ってくる奴らを何とか振り切ろうと、人通りのない裏路地へと入ってみた、建物の隙間をくぐり、細い通路を抜けると、そこは行き止まりだった。
「げ!」
引き返そうとしたら、後ろにはもう串屋の兄ちゃんが恐ろしい顔で立っていた、兄ちゃんだけでなく一緒になって追いかけてきた大人たちもいつの間にか増えてるし。
「げげっ!」
「もう逃げられねぇぞ、覚悟しやがれ小僧」
絶体絶命のピンチ。
――師匠のバカぁーっ、だから、修行の旅なんて嫌だって言ったんだよぉ、死んだら取り憑いてやるぅ、一生恨んでやるぅー。
怖い顔の大人たちに取り囲まれ、串屋の兄ちゃんの伸ばした手が今まさにティオの体を抑えようとしたその時。
「うわぁっ!」
大人たちの悲鳴が聞こえ、見ると全員顔面から血を流している。
「大の大人が寄ってたかって弱い者いじめとは、感心しないねぇ!」
天から声がした。
「つっー、何だこれトマトじゃねーか、誰だこんなことをする奴は!」
顔面を噴き出した血のようになった、つぶれたトマトの汁を振り払いながら天を見上げる大人たち、ティオも同じように見上げると、屋根の上に太陽を背に受けて立つ人影があった。
「何者だ‼」
その影は「とう!」とジャンプすると、ティオと大人たちの間に飛び降りてきた。
茶色いフード付きのポンチョに身を包んで、顔はよく見えないが、立ち上がった姿は、大人ほど背は高くなく、まだ子供のようだ。
「何だ、ガキじゃねーか」
「ガキで悪かったわね、オッサン!」
ポンチョの子は、串屋の兄ちゃんがオッサンと言われてショックを受けている隙に、丸い玉を取り出して大人たちの足元に投げつけると、辺り一面白い煙におおわれた。
「ぶはぁっ‼」
「特製のコショウ爆弾くらいやがれ!」
攻撃を受けた大人たちは目から鼻からコショウにまみれて、ゲホゲホになっている。
「さぁ、こっちだ!」
突然の事にビックリしているティオは、いきなりポンチョの子に手を引かれて、大人たちの横をすり抜けて逃げ去る。
「こ、こらっ、待て……」
戦闘不能になった串屋の兄ちゃんも、これ以上は追いかけるのは無理っぽいと諦めてゲホゲホしながらも、そっと指を振って合図を送ると、建物の隅に隠れていた小さい影が、シュルリと飛び出していった。
二人は、小高い丘の上に逃げて来た。
「ここまで来れば、もう大丈夫だろう」
ポンチョの子は遠くに見える町を見下ろしながらそう言うが、引っ張られて一緒に走ってきたティオは、ヘロヘロになってその場にへたり込んでしまった。
「どーした、あれくらい走っただけで だらしないなぁ!」
「だ、だってぇ……こんなに走った事……今まで、無かったん、だもぉ……」
かなり走って来たはずなのにポンチョの子は平気な様子、息も荒くグダグダになって座り込んでいたティオは、そのまま突然体を丸めてちじこまって固くなり、フルフルと小さく震えだした。
「?」
そんなティオにポンチョの子は、表情こそは見えないものの、どうしたのかと心配して覗きこんだ瞬間、ティオは一気に体と両手両足を伸ばし。
「あーっ、怖かったぁー‼」
最悪の事態から解放されたと、大の字になって寝っ転がりながら大声で叫ぶティオにびっくりした、びっくりしたけどそんなティオを見て急に可笑しくなって、ポンチョの子もその場でおなかを抱えて笑い出した。
自分だって怖かったのだ。
二人で思いっきり笑いあった後、頭を覆っていたフードを外して顔を見せてくれた。
「あたしの名前はリケ、よろしく」
金色のショートヘアのせいか、一見男の子と見間違えそうなボーイッシュな顔立ちだ、そんなリケがポンチョの隙間から手を伸ばしてきた、この手はさっきの店員の手とは違う、握手しようの手だ。
「ボクはティオ、赤い髪がチャームポイントの可愛い魔法使いだよ!」
リケの差し出した手とがっちり握手した。
その時、ポンチョの隙間から、腰に差している剣が見えた。
「うわぁ、リケったら剣持ってるの?それ本物?すっごーい‼」
「え?あ、あぁ、これね……」
腰の剣を指摘されて、リケは一瞬困ったような顔をしたが、すぐにちょっと恥ずかしそうにして、ゆっくりと抜いて見せた、ちょっと小ぶりだが立派なグラディウス剣だ。
「すごーい、本物の戦士だ、かっこいいなー」
ティオはすごく感動した様子でリケとその剣を見ている。
「いやぁ、これくらい大した事じゃないよ、あはは」
そう言ってすぐに剣をしまうリケだったが、ティオは丸い目をウルウルさせ、尊敬するようにリケを見上げた。
「リケって強いんだね、助けてくれてありがとう!」
背はリケの方が高い、リケの方がお姉さんだろう。
「え、あぁ、困っている人を助けるのは、当然の事だしぃ」
「でもでも、あんな強そうな大人たちに立ち向かって、ババーンって一気にやっつけちゃうんだもんな、すごいなー」
「いやいや、そこまでやってないし――そんな事より、ティオは何であいつらに追いかけられていたのさ?」
そう言われてティオは、大きな瞳をウルウルさせてリケを見た。
「よくぞ聞いて下さった戦士様よ、これには海よりも深いわけがあったのだよぉ」
そうして、リケに語り始めた。
「ボクは、三つの時に世界一の魔法使いである師匠の弟子になったんだけど、その師匠はむちゃくちゃな人で、ボクの魔法が優秀なものだからヤキモチやいていつもボクの事をいじめるんだ、でも師匠がある日病気になって、死ぬ前に一度でいいから、西の森にある魔法の桃を食べたいって言うんだよ、だからボクは今からその実を採りに行くんだよ」
「偉いっ‼」
リケは瞳をウルウルさせすごく感動してくれた、作り話なのに。
「ええ話やぁー、何て師匠想いの弟子なんだー、で、その弟子が何で大人たちに追いかけられていたのさ?」
「え、そっ、それはそのー、お腹がすいてー、でもお金持ってなくってー」
「――それって、ただの食い逃げ?」
テヘペロ。
「テヘペロじゃねーよ、食い逃げはいかんだろー食い逃げは‼」
「だーってぇ、無理やり追い出され……じゃなかった、一刻も早く師匠に美味しい桃を食べさせたいって思ったからぁ何も持ってこなくて……」
それにもうここまで逃げてきちゃったんだし、今更戻れないよ、と言い訳するティオに、リケは大きくため息をついて。
「まぁ、過ぎた事は仕方ないけどさ、今度あの店に行ったら、ちゃんと謝るんだぞ」
「……うん」
小さくうなずいたティオを見てリケは。
「で、あんたこれからどうすんのさ、西の森にはこの先の山を越えなきゃいけないけど」
「それって遠いの?」
「そうだなー、子供の足で一週間、いや十日はかかるかもな、それにこの先には恐いモンスターだって、まだまだいるかもだし」
「えー⁉」
視線の先にはこれから向かおうとする山が見えている、木々はオドロオドロしくそびえ立っていて化け物のような形相で来るものを拒んでいるように見え、空にはドンヨリとした雲がいつでも雷を落とそうと待ち構えている、かのように見えた。
「ふぇぇぇぇ~」
行く先を想像して、がっくしと肩を落とすティオだったが。
「でも行かなきゃ、このまま帰ったら、また師匠にシバかれる」
何とか気を取り直して、それでも仕方なさそうに山に向かって歩き出していた。
「おいおい、師匠にシバかれるって、死にそうじゃなかったのかよ」
「うん、死にそうだけど、シバくんだ」
リケのさり気ないツッコミにも悪びれる様子もなく、トボトボと行きかけて、思い出したように振り返ると。
「助けてくれて、ホントにありがとう、じゃぁ、元気でね」
そう言って手を振るティオにつられて 「あ、あぁ」 と手を振り返すリケだった。
「……――」
ティオの後ろ姿を見送りながら、リケはしばし考えて、そして。
「な、なぁ」 と声をかけた。
「うん?」 振り返るティオに駆け寄って。
「お前さぁ、本当に大丈夫か?」
「何が?」
「な、何がって、ホラ、この先は何が起こるか解んないじゃん、だからさ、もし、その、よかったらでいいんだけどさ……」
モジモジするリケだったが、やがて決心がついたように顔を上げた。
「あ、あたしも付いて行ってやろうか?」
「え⁉」
「あ、ほらさぁ、旅をするなら一人より二人の方がよくね?」
「でも、この先はきっと辛い旅だよ」
「そそそんなこと気にしてないって、むしろ辛い旅なのに、子供のあんたを一人行かせる訳にはいかないよ」
(それに、その方があたしも都合いいし)
リケがそう考えていることも知らずに、ティオは大きな目をまたウルウルさせていた。
「なんていい人なんだー、流石は戦士様ですー!」
「いや、そこまで感動しなくても」
「でもでもー、困っている人を助ける、勇敢な戦士様じゃなきゃ出来ないことですー!」
両手を握って感涙しているティオに、つい、もらい感動してしまうリケだった。
(やったー、これで面倒な事は全部リケに任せちゃおう)
なんてことを考えているとも知らずに。
「よしー、そうと決まれば一緒に西の森に出発だぁ!」
ティオが元気に西の空に向かって人差し指を突き上げた途端。
「ぐぅ~~」
お腹の虫もそれに合わせるように、元気に鳴きだした。
「――出発の前にまずは腹ごしらえ、だね」
とはいうものの、ティオもリケも食べるものは何も持っていない、町へ戻ろうにも、あんな騒動を起こした後だし。
「ねぇリケ、さっきのトマトはもう無いの?」
ティオがリケを覗き込むように尋ねて来た、小首をかしげて純真な表情だ。
「ゔ……」
その真っ直ぐな曇りのない瞳に少々たじろくリケであった。
「あ、あれ、もう全部使っちゃった……」
バツが悪そうに目線をそらして頭の後ろを搔いている。
「えぇ、使っちゃったって、食べ物を粗末にしちゃ駄目だよぉ?」
「だって仕方ないだろ、悪い奴らに追われてるお前を見て咄嗟に八百屋にあったトマトを――」
「盗っちゃったの?」
「わ、悪かったな、でもこれはお前を助けるためにだなぁ‼」
「でも泥棒さんは駄目だよぉ、今度あのお店に行ったらきちんと謝るんだよ?」
「……はぁぃ……」
何でお前に言われなきゃいけない、とブツブツと文句を垂れるリケだった、でももうトマトが無いなら仕方ない。
「よし、ここはボクの魔法で!」
そう力強く言って、ティオは魔法の杖を両手で振りしめ、強く念じるように目を閉じた。
「ヘリオガルパス・ヴィスヴィトールー‼」
ティオが魔法の呪文を唱えると、足元から小さく風が巻き起こり 杖が赤く輝きだす。
「えいっ、食べ物出てこいっ‼」
杖を大きく振り回すと、ポムンという可愛い音がして、煙の中から飛び出してきたのは……丸い大きな黒いお鍋だった。
ガコンと音を立てて地面に落ちる。
「あ、あれれ~?」
鍋だけど、肝心の中身が入っていない。
「おかしいなー、じゃぁ、もう一回」
再び呪文を唱えると今度は、面白い顔の仮面が出てきた。
「――お鍋は、なんとなく分かるけど、何でお面が?」
「なんでだろう――これをかぶって食べると ご飯がおいしくなるとか?」
「いや、かぶったら食えないだろ!」
「あはは、それもそうだねー」
ティオはとりあえず仮面をかぶってごまかしてみた、それを見てリケは小さくため息をついて。
「仕方ない、山に行けば何か食べる物もあるだろう」
「そうだよねー、お鍋もあるし、何とかなるだろうって、あははは~」
そう言って面白仮面のティオは、お鍋の取っ手にひもをかけ背中に背負うと、呆れた顔の戦士とともに山の中に入って行ったのであった。
山の中は大きな木々が生い茂り、昼間なのにうっそうとして薄暗い。
時折、ダミ声な鳥の鳴き声が聞こえてきたり、草むらがガサゴソと揺れたりするので気味が悪い。
「とりあえず、食べられそうな木の実を探そう」
そう言うものの、木の実をたたえた木などなかなか見つからない、リケは上を見ながら、ティオは下を見ながら、食べ物を探すことになった。




