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薬づくりと、トリアージ

(騎士の礼を受けた令嬢は――どう返すのが正しい所作だったっけ……)


 リリアンは必死に7年前の記憶をたどるが、全く出て来ずに、固まる。そもそもアッシュが、正しい所作での返しを望んでいるのかも不明だ。


「——なんて、ね」


 ふわり、と。


 張り詰めた糸を自分の手で切るように、アッシュは軽い声で笑った。立ち上がりながら後頭部を掻く。


「昔、本で読んだ騎士の真似事。ちょっと恰好つけたくなっただけ」


 てへ、と。そんな擬音が聞こえてきそうな、あどけない笑顔。


 けれど、アッシュの顔が——うなじのあたりまで、赤く染まっている。


「……ごめん、悪戯で時間無駄にしちゃったね。急ごう、姉さん」


 アッシュの所作は、悪戯などでは無いと、リリアンは思った。リリアンは、何か言わなくてはと思うのに――何も言えずにいた。



 *

 リリアンは即刻、アークライト全域に布告を出した。


「熱を下げる効果や、膿の出る病気に効果のある、薬草や治療法を知る者は、自由区舎に来てください」


 集まったのは、薬草を煎じてきた老婆、家畜を民間療法で治してきた牧夫、薬草の売買で生計を立てていた流浪の女など。


 マアサと名乗った老婆が口を開いた。


「砂漠に『林檎冠』という花がある。知っとるかね」


 リリアンは首を振った。


「紫と白の、王冠みたいな形をした花を咲かせる草だ。……見た目は綺麗だがね、茎を折ると白い乳が溢れ出る。素手で触ると肌が焼けただれる毒草だよ」


 マアサは自分の手を見せた。古い火傷のような跡が、幾筋も走っていた。


「熱冷ましにもなるんじゃが……火加減が難しくてな。強すぎると薬が死に、弱すぎると毒が残る」


 ——毒を薬に変える工程。それを、毎回同じ品質で再現する仕組みが必要だ。


 リリアンの頭の中で、歯車が噛み合った。薬を発明する力はリリアンにはない。だが、不安定な技術を安定した工程に変える力ならある。


「その煎じ薬を、毎回同じ品質で作れるようにしたいの。マアサだけでなく、作り方を知っている人なら誰にでも作れるようにしたい。対価は払うわ。……そのために、力を貸してほしい人たちがいる」


 リリアンは三人の名前を呼んだ。


 ハンス。スキル:液体の温度を皮膚で感知する。精度は約一度。


 ミーナ。スキル:微細な匂いの違いを嗅ぎ分ける。


 ダミアン。スキル:手元の物質を微細に振動させる。


 三人とも「外れスキル」で社会から弾かれ、アークライトに流れ着いた難民だった。


 アッシュが、砂漠で林檎冠を採取してきた。


 五弁の花びらが外側に反り返り、中央に紫の副花冠が突き立つ。確かに、小さな王冠だった。


 マアサが、乳液を水で薄め、鍋にかける。火加減を調整しながら、指先を鍋の縁にかざし、液面の揺れを見る。立ち上る蒸気の匂いを嗅ぎ、色の変化を目で追う。


 マアサの作業は熟練していたが、全ての判断基準が「長年の勘」だった。温度は「このくらい」。時間は「頃合い」。


 リリアンは横で観察しながら、三人に指示を出した。


「ハンスさん。マアサの手が『このくらい』と言った瞬間の温度を、数字で記録して」


「ミーナ。匂いが変わった瞬間の、加温時間を記録して」


「ダミアン、振動の強度を教えて」


 マアサの「勘」を、三人のスキルで測定可能な指標に分解する。温度。匂い。振動の強度。それを記録係が帳簿に書き留め、再現可能な手順に変える。


 一回目——失敗。温度が高すぎ、毒が残った。


 二回目——失敗。温度を下げすぎ、薬も抜けた。


 三回目。


「——変わった。甘い香り。9分23秒」


「ダミアン、振動を止めて。ハンスさん、今の温度は」


「78度だ」


 マアサが、上澄みを掬った。琥珀色の、透き通った液体だった。


 マアサがひと匙、口に含んだ。目を閉じ、舌の上で転がし、飲み込んだ。


 長い沈黙の後、皺だらけの顔が、ゆっくりとほころんだ。


「……これだよ。これを大瓶1本、飲ませれば良い」


 最初の患者への投与から三時間後、ハンスが患者の額に触れて言った。


「——熱が下がっとる。確かに、下がった」


 ダミアンが、ミーナが、ハンスが、快哉を叫ぶ。


「でも……大瓶1本って大量よね。弱った胃や腎臓には負担が大きいんじゃないかしら。搬送も大変だし」


 リリアンの問いに答えを見つけたのは、ミーナだった。


「日干し煉瓦みたいに、日に当てたらどうでしょう? 水だけ飛んで、濃くなるんじゃないかな」


 砂漠の太陽という、この土地にしかない道具。前世の技術に囚われていたリリアンには、思いつかなかった。


 リリアンは工房に戻り、黒板に製造手順を書き出した。


 花の採取、乳液の抽出、煮出し、振動精製、温度管理、匂い判定、天日濃縮。それぞれ工程に担当者を割り当て、一日の生産スケジュールを組んだ。


 一本の製造ラインでは、一日二十人分。しかし患者は、百五十名を超えていた。


「薬無しで、自然軽快する人も……若い人なら……いるけど」

 

 患者数の増加に、製造が追いつかないかもしれない。そう懸念し、リリアンは製造ラインを増やすよう、薬の製造チームに指示した。  


 治療開始から七日後、ラインは五本に増えた。一日百人分。


 だが感染は止まらない。患者は二百を超えた。リリアンは三日、眠っていなかった。


 治療開始から、九日目の朝。


 カイがリリアンの執務室に現れ、温かい蒸し鶏と蒸し野菜を差し出した。


「作ってくれたの? ありが」


「――希望者全員に、薬を渡しているそうだな」


 カイの声に、どこか咎めるような響き。


「全員っていうか……。発症5日目が一番高熱が出て、後遺症……熱が引いてもぼうっとする感じが長引くの。だから発症して5日以内の患者に絞って、薬は渡してる。明らかに体力がある若者とか、すでに自然に解熱している患者には渡していないし」


「甘い。薬を渡す人間に、基準を設けたほうがいい。アークライトへの貢献度が高い人間に優先的に回せ。あきらかに酒や博打におぼれている人間もいるだろう、彼らに薬を渡したところで」


 カイの声に感情はなかった。


「見捨てろと言うの」


 カイから差し出された料理を、リリアンは受け取らない。


「一部を切り捨て、核を守る。合理的だ。……例えばギデオンが感染して、後遺症が残ればどうなる? アークライトへの損失は多大だろう。君も為政者なら」


「たしかに、合理的かもしれない。でも、ここにいる全員が『自分は切り捨てられない』と信じているから、アークライトのシステムは回っている。一度でも切り捨てを選べば、信頼は二度と戻らない。ギデオンだって、絶対に分かってくれる。むしろ、自分には絶対薬は投与するなって言う。あの人はそういう人よ」


「非合理的な空論だ」


「空論かどうかは、私が証明する」

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