表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/20

自由の旗を、高らかに掲げよ!


リリアンは、『井戸端の広間』と呼ばれる場所に出た。


乾いた空気と、痛いほどの陽光。じわりと汗が滲む。


古びた井戸が、目に留まる。7年前、10歳のリリアンが、たどりついた集落に受け入れられたくて、自分の有用性を示したくて、掘り始めた井戸。


はじめは、たった一人だった。アッシュが最初の仲間になってくれて、その兄のギデオンも来てくれて......最後は、たくさんの仲間たちと一緒に掘った井戸。


広間の壇上にリリアンが登ると、嵐のような歓声が巻き起こった。


最初に井戸から水が出た時の歓声と似ているけれど、あの時より遥かに多くの人に囲まれている。


リリアンは、ゆっくりと広場を見渡した。みんな、いい笑顔をしている。この顔を守るためなら、何でもできる。


増幅のスキルを持つ者がかけてくれた声が、広場の隅々まで届く。


「アークライトの同志たちよ!」


リリアンの声に、広場が静まり返った。


「7年前、最弱スキルと判定され、家族に見放され、この地に一人でやってきました。そこにあったのは、絶望と、乾ききった大地だけ。多くの者が、ここを『神に見放された土地』だと、そう言いました」


あの時の絶望感が脳裏に蘇る。前世の記憶がなければ、きっと耐えきれない日々だった。『スキル』の代わりに科学があり、個々人が力を活かして生きていける、日本という世界。そこで研究者をしていた記憶は年々ぼんやりとしてきてはいるものの、リリアンの確かな道標だった。


リリアンは、一度言葉を切り、集まった人々の顔を一人一人見つめるようにして、続けた。


「ですが、本当にそうだったのでしょうか? 私たちは、神に、スキルに選ばれなかった、出来損ないだったのでしょうか?」


いいや! と誰かが叫んだ。その声に呼応するように、あちこちから声が上がる。


「私たちは、諦めなかった!」


「俺は、落ちこぼれじゃない!」


リリアンは、力強く頷いた。


「私たちは、示しました。『スキル』が全てとされるこの世界において、たとえ生まれ持った才に恵まれなくても、一人ひとりの力は小さくても......その手を重ねれば、偉業を成し遂げられると。......乾季でも枯れぬ、この井戸が証です! かつての荒れ地に芽吹く、黄金の麦畑が証です! ......私たちは、私たち自身で、生きる場所を創り上げた!」


熱が、会場全体に伝播していく。



「--あたしにも言わせておくれ!」


興奮した、しわがれた声が、広場の端から響いた。


人々の視線が動く。杖をついた小さな老婆――マアサが、人垣をかき分けるようにして、前へ出てきた。


広場が、水を打ったように静まり返った。


「あたしのスキルはね、『草の元気が分かる』ってだけのもんだよ」


老婆の声は、震えていた。けれど、静まった広場の空気を、確かに震わせた。


「六十年間、役立たずだって笑われてきた」


旗が風にはためく音だけが、遠くに聞こえた。


「でもあの子が来てから--」


老婆の皺だらけの指が、壇上のリリアンを指した。


「あたしのスキルじゃなく、あたしの知識が、役に立つって言うんだよ。あたしがいないと、人が死ぬって言うんだよ」


老婆の目から、涙がこぼれ落ちた。


「六十年だよ。六十年待って......やっと、あたしの手が、誰かの役に立った」


広場を、沈黙が包んだ。


笑われてきたのは、マアサだけではない。ここにいる誰もが、「お前は要らない」と言われた痛みを知っていた。


リリアンは壇上を降りた。マアサの前に歩み寄り、その皺だらけの手を、両手でそっと包んだ。


「--あなたの手が、たくさんの命を救ってくださった」


リリアンの声も、震えていた。


「ここでは、要らない手なんてない。......それが、アークライトです」


マアサが、くしゃりと顔を歪めて--声を上げて、泣いた。


リリアンは、マアサの手を包んだまま、顔を上げた。涙の滲む緑の瞳で、広場を見渡した。



「この旗は......生まれながらに与えられた力に、決して屈することのなかった......自由と尊厳の証です!」


ギデオンが、空高く旗を掲げるためのロープを引いた。


緑の旗が、青空へと昇っていく。風を孕んで、大きく、力強く、はためいた。


「胸を張りなさい! 我々は、アークライトの民だ!」


その瞬間、地響きのような歓声が天を衝いた。


人々は旗を見上げ、拳を突き上げた。泣きながら叫ぶ者がいた。笑いながら隣の人を抱きしめる者がいた。フェイまでが興奮して、大きく前足とコートを広げる。


「アークライト!」


「アークライト!」


「アークライト!」


リリアンも、湧いてくる涙をこらえることができなかった。


7年前、全てを失った少女が、たくさんの仲間と、豊かな大地と、そして......新しい故郷を得たのだから。



しかし、喜びの絶頂は、長くは続かなかった。


空を切り裂く鋭い鳴き声と共に、一羽の鷲が広間に舞い降りた。


(帝国の通信用の、スキルで強化された軍鷲......?)


アッシュも鷲に近づき、ハッとした顔になってリリアンに目配せをした。


リリアンは何とか笑顔で演説を終えた。足早に広間を後にする。


広間の興奮は覚めやらず、代わる代わる、アークライトの民が壇上に登り、自分がアークライトで何を得たかを叫んでいた。


「リリィ姉さんだけが注目を浴びるような組織じゃなかったのが、幸運だったね」


「っていうか、私がいなくなっても、誰も気にしてない......」


「......その封書、何?」


鷲の脚に結び付けられていたのは、皇帝の紋章である『双頭の鷲』が刻印された、蝋で封をされた一通の勅書。


嫌な予感が、リリアンの背筋を駆け上った。


(よりにもよって、記念祭の大事な日に......いや、あえて、狙ったのか)


リリアンは、執務室に駆け込むと、震える指で封を切った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ