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【全年齢版】悪役王女の跡継ぎはバッドエンドですか?  作者: 結月てでぃ
聖女編

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5.「会えて嬉しい。そう言っているのだがね」

※注意書き※

・この話には痛々しいシーンが出てきます。


 強い力で腕を掴まれた。


「なんだ……?」


「あなたと会えて嬉しいんですよ」


 怖々訊くと、レウは胸に手を当てて嘘臭く微笑む。口づけてこようとしてきたので手で押さえて、顔をそむけて避ける。


 ――《《これ》》はレウではない。


 振り払おうとするが、もう片方の手まで掴まれて、乱暴に揺さぶられた。

 壁に押さえつけられ、後頭部をぶつける。

 そろそろと目を開けて顔を背けると、廊下の先に人影が見えた。


 トリエランディア大将。いるはずがない!

 偽物だと考える隙に、レウが横から顔を出してきてそっくりそのまま同じ顔の、首が真っ逆さまに落ちていく。


 足になにかが当たって、転がっていく音が廊下に響いた。


「……ぅ、ぁ……」


 偽物だ。頭ではそう理解しているのに、理解がついていかない。

 震える口で「悪趣味だ」と吐き捨て、腕にへばりつく手を振り払う。


 トリエランディア大将がいない方へと向きを変えようとする。

 すると、バシャンという水音が廊下の先から聞こえてきて、足が止まる。


 だが、力を振り絞って足を前に出す。

 この悍ましい屋敷から出なくては。それだけがエディスを突き動かしていた。


 《《ソレ》》は何度も現れた。


 レウの姿で何度も再現される、人が考えうる限りの凄惨なシーン。

 弾け飛んだレウに、エディスは駆け寄りたい気持ちを抑えて走る。歪む廊下を曲がって階段を二段飛ばしに下りていき、踊り場に差し掛かった。


「うわあっ!?」


 手すりを掴んでぐるりと曲がろうとしたエディスの目の前に足が垂れ下がる。白い軍服に押し黙って俯く。確かめる気になれず、踵を返した。

 だが、廊下に戻ればまた"いる"のではないかという恐怖がじわじわと足元から上ってくる。


(こわい……)


 躊躇いに足を取られてしまう。

 慣れたと思っていた、慣れざるをえなかった。けれど実際はこんなにもエディスの心を苛んでいたのだ。


 自分を置いて走っていくドゥルースの後ろ姿、彼を嘲る言葉――なにより、手に握りこんだ柔い感触に、宝石の粒。


 シルクの笑顔が脳裏を過ぎる。

 兄と慕った人は戻ってきたものの敵となり、なによりも大切な妹は今は安らかな眠りについている。


 太陽のように感じていた、光さす人たち。


 今は思い出すなと自分を奮い立たせ、目を閉じながら廊下へ出ると温かな体に包まれる。

 それは彼と信じられる熱だった。


「レウ……っ」


 緊張を解きかけたエディスが顔を上げた途端に体は冷たくなり、美しい相貌が溶け崩れていく。


「ぃ、……ぁ、んぇ……っ」


 吐き気を抑えて階段を駆け下りる。

 足に背中を強く蹴られて階下に落ちるが、すぐに立ち上がって走った。


 けれどどれだけ走っても、階段を上り下がりしても結局は同じ廊下に辿りつく。

 なんらかの幻覚を起こす空間魔法が掛けられているか、薬で認知力が麻痺してしまっているか。


 ついにエディスは壁にもたれかかって足を止めてしまう。

 血の気が引いたまま戻ってこず、虚ろな目で廊下を見る。


 魔力の気配を辿ろうと目を閉じると、微かに聞こえてくるものがあった。


(子どもの声?)


 すすり泣く声が聞こえて、エディスは振り向く。長い廊下、この中にあるどこかの部屋からだ。


「どこだ……?」


 罠の可能性が高い。

 だが、子どもの声のように聞こえた。放っておくわけにはいかない。


 意を決して全てのドアを開けて回る。

 恐る恐る最後に開けた部屋は草木で溢れていた。こんな屋敷の上階に温室があるとは、どういうことか。

 毒々しい色の花や木々の間を歩いていく。


 そして――エディスはついに彼を見つけた。


「大丈夫か? ……お前、」


 声を掛けると、その少年は泣き濡れた顔で見あげてくる。

 淡くピンクがかった薄い金の髪、大きな澄んだグレーの瞳。身に着けているのは黒い神官服だ。

 年の頃は、十四・五といったところだろうか。


「サミュエル・アマリアか?」


「……お兄さん、僕を知っているんですか」


 涙が零れ落ち、頬を滑っていく。涙が落ちた土から芽が生え、茎が伸びる。

 咲いた花にエディスは目を丸くさせた。先程まで少年が座っていた所は緑が溢れている。


「爺さん同士が友だちなんじゃねえかな」


 ほら、と結わえた左髪を体の前に持ってきて見せる。

 すると、その子どもは床に突いた手をぺたぺたと鳴らして近づいてきてきた。


「わぁ……っ、アドルフ様と同じ、キラキラな御髪だ!」


 顔の前で手を握って、目を輝かせて見ていた少年がエディスの胸元にころんと入り込んでくる。

 そして腕を伸ばして抱き付いてきた。


「アドルフ様の魔力と似てます」


 うぅと肩を震わせる少年を抱き締め返し、柔らかな毛質の髪を撫でる。

 すると嗚咽を堪えながら泣く少年に、エディスはまだ幼いのにと不憫に思った。


 西部で祖父と離ればなれになってから、この屋敷に閉じこめられてきたのだろう。怪我は、栄養状態はと気が急く。

 自分ではなく医療の知識があるジェネアスならば、子どもと接することの多いレイケネスであればと口惜しく感じた。


「逃げられては困るな、王子」


 床から生えてきた腕にエディスは少年を抱いたまま後退する。


【護り神 前へ】


 張った防御壁が即座に解かれる。

 ぽたぽたと足に滴が垂れ、なにかと見ると血が散っていた。

 鼻の奥が熱くなるのを感じ取り、指で拭うと赤くなる。

 体内の魔力構造が異常をきたしているのかと、エディスは片手で鼻を塞いだ。


 お前だけでも逃げろと口で言うのは容易い。

 だがこのクレマという男、奇妙な魔法を使う。奴にとっては壁も床もないも等しいのだ。地の利も奴の方にある。


 そこに魔法が使えないとなると、圧倒的不利な状況だ。


(エクセ、よくこんな奴を一人で相手にしたな)


 もう一人魔獣使いもいたという。

 アンビトン・ネージュの手も借りずに善戦した友人を頼もしく思う反面、ならば自分はどう戦うかと思考を巡らせる。


「マディめの言う通りであったな」と笑うクレマを訝しげに睨む。


 だが、近づいてきた奴は少年の後頭部を掴んでエディスの動きを止めると、その体を撫で回し始めた。

 なにすんだと声を荒げて引き腰になったエディスの臀部をやわやわと揉みこみ、尾てい骨を押して背中を辿る。


 肩を撫で回して首筋に手を流して「美しい」と顔の輪郭を辿る。


「この小さな唇。汚れさせたいものだな」


 触れてきた指を口に入れてきたら噛みちぎってやる、とエディスは苛立ちを露わにさせた。


「私にとってはこの体、一刻もあれば十分だ。恥じらいながら股を開く、淫靡な男娼へ育ててやろう」


 く、っと笑うクレマに、エディスは顔を怒りで赤くさせながら子どもの前でなにをと肩を殴る。だが、その手を掴まれ、子どもと引き離された。


「いやあっ、エドワード様ぁ!」


 少年の喉が裂けんばかりの悲鳴に、エディスは振り向いた。

 壁を破壊して、せめて彼だけでも救わねばと鋭く視線を巡らせる。


 だが、抱き付いてきたクレマが粘性のある液体へと変わっていく。

 体の動きを抑えられる前にと、エディスは口を開いた。


【極東の主よ、我が身に宿れ!】


 魔法を、クレマの体を切り裂いて捕縛から逃れようとする。

 そのエディスの目の前で、クレマは少年の髪を掴んで引きずった。やめろと叫んでクレマに肘鉄を叩きこみ、少年の上に覆いかぶさる。


(この子が本当にサミュエル・アマリアなら――……!)


 王家にとって、アマリア家は特別な意味を持つ。


 キシウやハイデがこれを容認していたとすれば、大きな問題となる。

 それに、この怯えようは尋常ではない。服の上から見える部分に外傷はなさそうだが、この年頃の子どもにとって心の傷は深刻な問題だ。


 上に乗ってこようとするクレマに泡を食って横に転ぶ。

 巻き込んで引き剥がそうとしたのに、クレマは股ぐらの間に膝を入れてぐりぐりと刺激してきた。

 なにがしたいんだコイツは! と怒るエディスは腕を掴まれたかと思うと即座に手錠が掛けられる。鮮やかな手並みだった。


 魔法で練り上げた鎖と天井に繋げたクレマに、エディスは吊り上げられた。

 床から浮いた足をバタバタと動かすと腕の関節が軋んで、エディスは「ぃた……っ」と顔を顰める。


 それを見た少年が悲鳴を上げた。


「やめっ、やめてください!」


「私とて、あまり手荒なことはしたくないのでな。抵抗はやめていただきたい」


 暴れられると脱臼してしまうと言うクレマに、取り付いた少年が涙ながらに訴える。


「やめてください、エドワード様を離して……あっ」


 だが、クレマに振り払われて倒れても少年は起き上がり、再度体当たりをした。


「お願いですからっ、僕、ぼく……っ、言うこと聞きます。なんでもしますから……だから」


 やめてほしいです、とか細い声を出した少年に、エディスは「そんなことしなくていい!」と叫ぶ。


 脱臼しようがしまいが、この際構わない。そう覚悟したエディスの前で、クレマが少年の頬を殴った。


「お前……ッ!」


 この少年は軍属でもない、尊ばれるべき神官だ。

 それも、己が主である王子の最も親愛なる癒し手であるはずの。


 自分を吊り上げている縄を掴んで体を固定させたエディスがクレマの顔を蹴り飛ばすと、床に倒れ伏した。

 クレマが床に手を突き、低く滴るように笑い声を雫す。


「よい気概だ。挫く楽しみが出るなあ」


 上半身を起こし、首を伸ばしたクレマが足の指に噛み付いてきて、首を捻る。


「ぃぎ……っ!?」


 ポキリと足元から音が鳴り、息を止める。


「ぁ、は……ぅっ、おまえ」


「邪魔立てする者のいない所へお連れしましょう、王子」


 足を強ばらせたエディスから目の前の景色が、精一杯こちらに手を伸ばす少年が遠ざかっていく。

 後ろに意識ごと引っ張られていくような感覚が続いた後、急に冷たい石の床に放り出される。


「今一度挨拶をしようか。我が屋敷へようこそ」


 クレマは大仰に片手を振りかぶって一礼すると、こちらを嘗め回すような目を向けてきた。

 その背後にある壁には拷問器具が並んでいる。


 歯を噛み締めて尻を擦って後退したエディスの背に、なにかが当たった。

 壁かと思って目の端で確認したそれは、奇怪な形をした椅子だった。

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