5.沈黙は金
※注意書き※
・この話には痛々しいシーンが出てきます。
軽度の拷問描写(子供の人質/宙づり/くすぐり責め/ウォーターボーディングなど)
「いっ、いっでえ! だっ、」
舌噛んだ! と叫んだマディに、淡々とした様子で器具の準備をしていたクレマが「舐めてやろうか」と声を掛ける。
いらねえよ気持ち悪ぃと叫ぶマディの横に回った男が片足を抱えてこようとしたので慌てて魔獣に拘束させる。だが、床に手を突いた男はぐっと肘を沈めて跳ね上がってハイエナ形態の魔獣の顎を蹴り飛ばした。
そのまま後転した男に、クレマが雷魔法を落とすと膝をつく。はーー、はあと胸を掴んで苦しむ男に、クレマは「しぶといな」と呟いてもう一撃入れた。
「なんでコイツは元気に動いてんだよ! 王子には効いたって話だったろォが」
魔力封じの血を飲ませたのになと、クレマがひひ……と笑い声を立てる。
体を跳ねさせた後うつ伏せで倒れ込んだのを見て、マディはふーっと息を吐きながら顎に伝う汗を拭う。
「あんな奴、あのクソ女装神官でもいないと押さえられるかよ……」
どこにこんな馬鹿強い領主がいんだよと怒鳴るマディに、クレマは準備ができたから連れてこいと手招く。うつ伏せに倒れた男のベルトを掴んで引きずっていく。
「でもコイツをどうするんだよ。吊っても声一つ上げなかったじゃねえか」
「マディ、あれ以上やったら関節が外れていたかもしれない」
元より目立たないように行動していたハイデは宿を取らず、訓練用に使う武器や器具の倉庫を根城にしていた。
ここへ来てたった一日とはいえ、大事に育てられた王子様にはさぞかし屈辱的だろうと思っていた。だが、暗くて湿った場所にも関わらずハイデは落ち着いている。
「後で拷問の痕が見つかって、ドーリーやアンビトン・ネージュに追われると厄介だ。存在ごと抹消してしまってもいいと思うんだけど……」
「それは最終手段にした方がいい。どうにも危うい気がするんでな」
クレマに首を振られると、ハイデは慎重にと言って視線を真っ直ぐに向ける。
(あーあー……やだねェ、あの陰湿な目。不気味ったらありゃしねえ)
人が甚振られる様を見て喜んでいる。そう直感せざるをえない興奮の仕方だ。
「マディ、お前が捕らえたのを見せてやればいい」
命じられたマディは部屋を二つに分けている緞帳を引いていく。領主の前髪を引っ張って顎を上げさせ、ガラス張りの室内に吊り下げられたものを見させる。
「どういうことだ、お前は王子じゃないのか……それとも、ボステルクの生徒は民ではないと!?」
愕然とした様子の領主の非難を、怒る目を受け止めたハイデは「王の為にあるのが民だ」と答える。
「そんな馬鹿げたことが通用するわけがない」
床に拳を突いてほふく前進をしようとする領主の胴に座ったマディが指笛を吹くと、向こう側に魔物が雪崩打って入ってきた。磔になった齢八歳から十五程の子どもの足下を流れ歩く魔物の姿に、男はマディを振り返って叫ぶ。
「止めろ! 生徒は関係ないだろう!?」
「関係あるだろォ、アンタの口が滑りやすくなる道具だ」
言わなきゃあの子たちはどうなるんだろうなァと言うと、お優しい領主様の瞳が揺れた。これで抵抗はなくなったなと細く息を吐き出し、蹴られた顎を撫でる。
「まあ、安心しな。ぐっすり寝れる薬を充満させておいたからよ。自分が死んだことにも気が付かねえよ」
そうなる前にアンタの口から聞きたいもんだが、と後頭部を軽く殴ってみても手も足も出てこない。
「全裸にして台に寝かせろ」
「はァ? あー……そういう感じな」
お高そうなジャケットを脱がせて放り、キッチリ着込んでるベストを投げてシャツに取り掛かる。こんな面倒な格好しやがってと文句を言いながらボタンを外していると、クレマが投げ出されている脚を掴んだ。ベルトに手を掛けた奴が眉を目から離して妙だと言ったのでなにかと訊くと、今度は口ごもる。カチャカチャと音を立ててベルトをバックルから抜いてチャックを下げーーずらしたズボンから見えた物に、その場の全員が注目した。
「は……? チンコがねえぞコイツ」
「随分と破廉恥な下着だな」
どうなっているんだとクレマが片方の膝を内側に倒して尻を見るが、覆う布がなくて丸見えだ。肉厚で丸くてハリがあるーーマディはいい尻だと思った自分を嫌悪した。
「単なるジョックストラップだろ。運動する奴は使うって……コイツ揺れるモンねえからなんの意味があるのか分かんねェけどよ」
どうなってんだとシャツを脱がせるが上半身は鍛えている男の胸筋で、あの王子のように揉んでみようという気にすらならない。クレマの隣に行くと、かぱりと膝を割り開いたところだった。
「うお……ッ」
下着の前掛け部を横にズラすと女性器が現れて、思わずクレマと顔を見合わせる。
「女……じゃねえよな」
「特別な体か、これは実に神秘的だな」
クレマの口からチロリと蛇のように先が二股に裂けている舌が出てきて、なにかを舐るように動く。背に悪寒が走ったマディは体ごと背け、どうするんだと訊ねた。
「身体的なことは関係ない、続けて」
後方から声が聞こえてきて、マディはその無味乾燥とした声色に人をゴミだとしか思っていない女の血筋を感じ取る。
身に着けているものを全て剥ぎ取って簡素な台に仰向けに寝かせ、指示通りに布を噛ませて四肢を拘束する。暴れるといけないからと言いながらクレマが紐を確認した。
マディに、クレマは起こすから水を掛けろと言う。大量に用意された水をバケツで汲み上げ、顔にぶちまけると男は咳き込みながらも目を覚ました。
「お前の名前は」
髪を引っ張ったクレマが問うと、男は咳き込みながら領主だと返す。
「俺の名前なんかボステルクには残してもいないし、残りもしないさ」
クレマは覚えてくれなくて結構と言う男の胸筋を舐めた。チロチロと舌が乳首を行き交うのを見ていた男の顔に、初めて焦りや恐怖という感情が僅かにだが浮かぶ。
「……趣味が悪いね」
顎が動いたのを見たクレマが奥歯がある方に指を押し当てて「歯に仕掛けていた毒薬は取り除いておいたぞ」と言うと、男はそうかいと片目を眇めた。
骨ばった手が男の体を這い、脇をくすぐる。そんなの感じる奴と感じない奴とがいるだろと思いながら、ようやく休めるとマディは椅子に腰かけた。
思っていたとおり、男はなにも感じない風だったーー始まったばかりの頃は。
「ぁ……っ? ふ、ふふっ」
だが、クレマの手が体中をまさぐって十分が経つと、男の首がかくんと動いた。そこから突然、男の口からとめどなく声が上がった。クレマの手が動く度に体が跳ね、くねらせる。がむしゃらに手足を動かすせいで寝台がガタガタと音を立てて激しく揺れた。
「おいおい、どうなってんだよ」
脇から腰に向かって百足のような気持ちの悪い動作でクレマの手が下りていくと、また逃げようと膝を立てようと、背を曲げようと体が動く。
「はははははっ、ヒッ、ふはっぃひひひひ……ッ」
なのに紐でがんじがらめにされているせいで逃げることができない。
「へー、意外。そんなんでも効くもんなんだな」
流石は拷問官と言うと、男が愕然とした顔でこちらを見てきた。
「あ゛? クレマのこと知ってたんじゃねェのかよ」
「は、ぁ゛……ッ、そ、な゛ぁは、ふ、ふっ……」
クレマ・ラウヴェルーー偽王子か母親が選んだ賢人は、中央では西部の魔物討伐に貢献して貴族の位を与えられた男として伝わっているんだろう。
だが、事実その正体は拷問官だ。キシウと繋がっており、随分残忍なこともしているということがマディの耳には入っていた。だからハイデが領主にアンビトン・ネージュの禁書の在り処を吐かせろと言った時、この男がどうなるか察していた。性器を見て哀れにすら感じたーーと同時に、興奮も覚えた。
「だから早めに吐いた方が身のためだぞ」
「い゛、うか……ッ」
マディが忠告したにも関わらず、その男はなに一つ口を割らなかった。過呼吸で失神しては水を掛け、くすぐる指の動作を見せただけで悲鳴を上げるようになってもだ。それでも懇願ひとつ、泣き言ひとつ漏らさない。
部屋の隅で興味なさそうに見ていたハイデの頭がかくんと下がる。足の裏をくすぐっていたクレマが手を離して立つ。
「なんだ、止めんのか」
「いいや、方法を変える」
飽きてきたマディの前を通って袋を手にしたクレマは、男の顔に被せた。首のところを麻縄で絞めてから口元にナイフで切れ込みを入れる。また吊り上げるのかと訊くと、このままでいいと言って水を垂らした。気管に入った水を排出する為に喉ががぽっと鳴り、口から溢れようとする。
少量ずつ流し込んでいくクレマに、跳ねる体を見ていたマディは俺まで吐きそうだと口を手で覆って胃のむかつきを押さえた。




