奔放な少女と優しくて強い人
コード学園に向かう途中、私と真澄は拉致られた。
バラを連想させる真っ赤な髪の小さな少女とゲームに出てくるようなゴーレムみたいに巨体のロボットに。
何か煙を吸わされたせいで、意識はあるのに力が入らない。
私がそれほど焦っていないのはこの少女の制服がコード学園の生徒だと示しているからだった。
赤髪の少女がゴーレムロボットの首に乗っかるとゴーレムロボットは跳躍した。背中が開き、収納されていた羽が伸びる。さらに両足が燃え上がり、加速する。コード学園の方向に高速で飛んだ。
生徒達は注目してはいるものの赤髪の少女を見ると納得した様子で校舎に入っていく。
この子は何者なの?
「にしし、いきなり運んでごめんね。にいさん」
体に力が入るようになった。私が声を出そうとするよりも早くそのことに気がついた真澄が銃口を向ける。
「お前は敵か?」
「にしし、もしそうだと言った……」
バン、バン、乾いた銃声が二発鳴る。
赤髪の少女が目を見開いて、そして地面に倒れる。
「真澄!」
私は赤髪の少女に駆け寄る。
血は出てない……
真澄の方を見ると困惑している。すると、赤髪の少女は起き上がった。
「びっくりした⁉」
「体は大丈夫なの?」
「にいさん、私のこれはモデルガンだぜ。仮にもし、本物の銃でも女学生は死なねえよ。そもそも私が本物持ってるわけねえじゃん。師匠は持ってたけど」
「真澄!そういう問題じゃない。いきなり撃ったらダメだ」
私が怒ると真澄は肩を竦めた。近衛として張り切ってくれたのかもしれないけど、同じ学園の生徒にいきなりぶっ放しちゃいけない。
「にしし、気にしないでよ。にいさん。私が何も言わずに誘拐したのが悪いから」
「ごめんね。ところで、君の名前は?」
「あ、忘れてた。ごめん、ごめん。私は浦和キリコ。この子はゴルちゃん」
浦和キリコ……彼女が学園総管理局に推薦されうる人物。しかし、そんなことよりも屈託のない笑みを浮かべる少女にどことなく違和感を感じた。
晴れた空のように澄んでいて、太陽のように明るく、海のように掴みきれない。
それは影1つない夜のよう───
「おーい、大丈夫?」
「うん、平気だよ。それで、私達をどうして連れて来たの」
「にしし、それはね、面白そうだったからだ」
「え?」
冗談を言っているようには見えない。
ナオミの言っていた通りキリコは奔放な性格らしい。
困ったな。変に注目だけ浴びてしまった。
生徒からは好奇の目で、その近くを通ったナツからは知らんぷりされる始末。
「ねえ、にいさんは私のにいさんにもなってくれるの?」
キリコの声が耳を刺す。注目されていた視線が崩れ、2人だけの世界に錯覚する。
私はこの子を見ていないといけない。直感でそう思った。
「もちろんだよ」
「にしし、お願い、ね!」
キリコはゴルちゃんと共に校舎に入って行った。
「なんだったんだ?」
「わからないけど、仲良くしてね」
「?わかった」
真澄は今日から授業を受ける。昨日のうちにクラスの挨拶はすませている。
私はどうしようかな。スラング学園と違って、生徒会室に行くわけにもいかないからなあ。真澄の授業を見学するのは邪魔かな。
それなら……
「げっ、なんでここに」
教室に入るとナツはあからさまに嫌な顔をしていた。
それに構わず、手を振る。ナツには無視をされたけど、ナツの斜め後ろに座るナオミは笑顔で手を振ってくれた。優しい。
昼休みになると、廊下を駆ける音が聞こえた。
「にしし、にいさん。ご飯だべよー!」
「キリコは元気だね」
「うん!そっちの方が楽しいよ」
「ゴルちゃんはどうしたの?」
キリコは水を得た魚のようにゴルちゃんの自慢しだした。
どうやら普段はスカートのベルトにキーホルダーのようにくくりつけているらしい。
ゴルちゃんは研究の末小型化に成功したもので、地面に叩きつけることで巨体となる。自立思考で頑丈、防衛能力に優れた発明品とのこと。
「すごいね。私も欲しいよ」
「欲しい!やっぱり!うーん、でもごめんね。まだ量産はできてなくて……」
「気にしないで、それに量産するのは危険も伴うでしょ」
「にしし、そうなの!色々大変なの!」
キリコは何が大変なのか語り出したけど、専門用語ばかりで私にはよくわからなかった。キリコが嬉しそうなので私はただ傾聴している。
「そうだ!にいさんって普段学園総管理局にいるんだよね」
「うーん、私はこうやって色んな学園に行くことが仕事だからね。あんまりいないかな。キリコは学園総管理局に興味があるの?」
「担任の先生はね、絶対行った方がいいって言うんだ。学園総管理局には天才がたくさんいるって」
「キリコはどうしたいの?」
キリコは下を向いて指先をもじもじとさせている。
「私はね、みんなで楽しく過ごしたい。学園総管理局でもっと楽しく過ごせるなら行ってもいいかな」
「ここは楽しくない?」
キリコは頬を掻いた。最初の奔放な印象は既に失われている。キリコの唇が微かに震えた。
「私は……」
チャイムが鳴る。キリコの言葉を奪うかのように。
「にしし、時間だ!またね、にいさん!」
満面の笑顔で、手を振りながらキリコは去って行った。
放課後、私はナオミとナツと共に部活に向かった。
「キリコさんと楽しそうでしたね」
ナオミの声が不満そうに聞こえるのは気のせいだろうか。
トトに頼まれた依頼を考えるとキリコと知り合えたのは良かった。少なくとも彼女は裏切り者にはならないと思う。
「生徒と仲良くなれるのは嬉しいよ。ナオミもナツも私を受け入れてくれて、ありがとう」
「なんかずるい言い方です」
「私の素直な気持ちなんだけどなあ」
「だからです」
「2人ともさっさと行こ」
私は2人が着替え終わるのを外で待っていると生徒に声を掛けられた。
長い黒髪を後ろで束ねた精悍な顔立ちの少女が白い手袋をつけた右手をさしだす。
「初めまして、私は女覚部の村雨モコというものです」
「君が学園総管理局推薦候補の?」
「はい。志音さんに折り入ってご相談があります」
彼女の目が私を射抜く。黒い瞳が私を映す。
「私を学園総管理局に推薦していだだけませんか」
そうくるか。
私は少し考えた。彼女を推薦するかはひとまず保留にして、私の推薦でモコが学園総管理局に行くのなら依頼は終了となる。1つの学園につき推薦できるのは3人までだ。これならエキスポも滞りなく終えられるだろう。それにモコが行きたいと考えているなら応援してあげたいと思う。とはいえ、推薦するのなら責任を持つために聞くことがいくつかある。そして、私はもう1人の少女から回答をもらっていない。
「ごめんね。すぐには頷けない。モコが学園総管理局に行きたい理由を教えてくれないかな」
「もちろんです。色々ありますが、一番はフレイヤ隕石の研究がしたいからです。これはあなたにもメリットがあるかもしれません。私は雨宮花音が失踪した理由にフレイヤ隕石が関わっていると考えています」
フレイヤ隕石の研究か。レイカもしたいといっていたもの。ただ、学園総管理局の女学生は危険視して、触れないようにしていると聞いた。それと花音の失踪がどう関わっているのか私にはわからない。モコは私の表情を見て、話を加える。
「私は雨宮花音を高く評価しています。超人と言って差し支えない。そんな彼女が失踪するほどのものはこの世界にフレイヤ隕石しかない。彼女の発見の手助けになるかもしれないです。しかし、この研究をしたいと考えている女学生は少数です。まして、学園総管理局に推薦される人材ともなれば。どうでしょう、私を推薦しませんか?」
「なるほど、フレイヤ隕石の研究が私にとってメリットになることはわかったよ。でも、君がどうして研究したいのかその動機がわからない。それに花音が意図して失踪したのなら、花音が私に託したのは君たち女学生のことだから。私はそっちを優先したいかな」
「申し訳ございません。《《にいさん》》、私は打算的過ぎましたね」
モコが笑みを向ける。私はさぞ困り顔になっていることだろう。含みを持った口調は私という個人の価値を測定しているかのよう。
「なんで、お前がいるんだよ!」
私の後ろからナツの叫びが聞こえた。モコは冷静な表情でその叫びを聞いた。
「どの面下げて!この場所に踏み入れてんだ!」
「ナツ落ち着いて」
ナオミの静止を聞いて、ナツはモコのことをただ睨んでいた。何がどうなっているのか。
「その節は申し訳なかった。去年はああすることが、ナオミにとって利益になり、私にとっての利益になる最善の行動だと考えていたんだ」
モコは頭を下げて、謝った。私だけがその状況を理解できずにいた。
「すまない、にいさんが1人になるタイミングを見計らっていたから今しかなかったんだ。今日は失礼する。にいさん、これは私の連絡先です。後で連絡してくれると助かります」
モコはすぐに去って行った。
ナツの表情には未だ怒りの色が消えていない。ナオミは気まずそうな顔をしている。
「えっと、その話聞かせてもらってもいいかな?」
「私はナオミに任せる」
「ナツ、にいさんと2人にしてもらえる?」
「わかった。私は真澄連れて走ってくるから」
ナツは真澄を見つけて声をかけて、トラックを走りだした。
私はナオミに連れられて、人気の少ない所に行った。
「私、実は去年まで陸上部の選手だったんです。結構いい成績でナツのライバルとして去年はエキスポでの代表選手に選ばれて、レースに出ました。でも、その直前にモコさんから疲労回復剤だと言われてある物を飲んだんです。モコさんにはエキスポの代表に私が選ばれる前から優しくしていただいていたので、感謝して飲んでしまったんです。実はそれモコさんが研究していた女覚発現剤でした。どうやら私には適正があったみたいで、効果は抜群、レースは圧勝でした」
自嘲するような声でナオミは言った。
「その瞬間に私がそれまで積み重ねた研鑽の日々とか、賭けてきた想いとか全部壊れてしまいました。それだけじゃありません。私はみんなの大切な場を壊したんです。あの時一緒に走ったナツや他の選手の顔が忘れられないです。それで私はマネージャーに転向したんです。女覚発現剤は徐々に効果を弱めましたが、一度発現した力は完全に消えません。それはドーピングしているのと何ら変わりがないですから。悲しいじゃないですか、1年も走っていない私が、毎日必死に走るナツより速いなんて」
ナオミは平静に努めて話そうとしていたが、やるせなさや悔しさを完全には隠しきれていなかった。
私はそれでも前を向いて、自分にできることをしているナオミをかっこよく思った。
「ナオミは強いよ。この場所を離れずにナツ達を応援している」
「そうですかね」
「ナオミはすごいよ。私はきっと耐えられない」
「私はみんなの迷惑になっていないでしょうか……」
ナオミは弱音を吐いた。我慢し続けていたのかもしれない。自分が壊してしまったと思うほど、自責の念が強く、優しいから。
「迷惑なわけがないよ。きっとナオミの存在に助けられている人はたくさんいる。ナツだって、ナオミがこの場所に残っているからより頑張れていると思う。そんなに悲観的にならなくていいだ。君は優しくて、とても強い。でも、無敵の人なんていないから誰かに寄り掛かってもいいだよ。言葉に出してみてすっきりすることもたくさんあるから。私もきっとナツだって君のことを拒んだりしない」
「ほんとに……優しくて、強いのはにいさんの方ですよ。まったく……」
ナオミは私から顔を背けて、その代わりに寄り掛かった。
「にいさん、ありがとうございました。やっと少し、楽になりました。それと、もし、モコさんを学園総管理局に推薦したいと思ったら私のことは気にしなくて大丈夫です。モコさんは多くの人を助けていますし、打算的ですけど、どれも善意なんです」
「うん、わかった」
やっぱりナオミは優しくて強い少女だと思った。
部活が終わり、私はナオミを家に送り、ナツと真澄の3人で歩いていた。
2人とも今日もたくさん走っていたはずなのに疲れた様子を感じられない。
ナツは何でもないような風を装って暗い夜に顔を隠しながら言う。
「ナオミから聞いたんでしょ。去年何があったか?」
「うん、聞いたよ」
そう、ナツは私達よりも数歩分先を歩いた。
「ナオミはモコのこと許してる……でも、私は許せない」
ナツは振り返って、私の顔を見た。街灯の光が丁度、ナツだけを照らす。
無表情だった。鎮座した静かな怒りが今にも爆発しそうな、そんな顔。
「ナオミは一番の被害者だよ、だけど、私達も被害者。大切な|親友《ライバル
》も年に1回の大切な機会も失った。天才は勝手だよ」
ナツは私の返答を求めていない。家に着くまで、ナツは一度も振り返らずに歩いていた。
真澄と私も学園総管理局へと向かった。
「ナツは誰よりも本気だ」
真澄はナツの家が見えなくなってから真剣に告げた。
「知ってるよ。見て、聞いたから」
学園総管理局の自室で日誌を書き終え、テレビをつける。ニュース番組が流れた。その瞬間に私の目はある一点にくぎ付けになった。
天女がおりる。美しい着物を装束し、簪を差し、白粉を塗った天女が遊郭のような街を優雅に歩く。幼げな少女たちが天女につづく。映像には鈴の音だけが乗っている。特別なことは何もないのに息をのむほど美しく、絵が持つ。レポーターすらも役割を忘れて、言葉を失った。
「天女ですか……」
後ろから声が聞こえて振り返る。茜が部屋に入っていたことにも気がつかなかったなんて。茜の表情は浮かばれない。
「これはですね。何年かに一度、遊郭学園で行われる。天女の降臨です。今日は一日通して、特集や報道がなされていました」
そういえば朝の報道で天女の降臨というワードを耳にした気がする。
「ちょっと待って、てことはあの子は学生なの⁉」
「浮世離れするほどの美人ですよね。天女は学園で最も美しく聡明な方が選ばれるそうですよ」
「いや、そういう事じゃなくて」
「わかっています。なぜ、女学生がこのようなことをしているのかですよね」
私は頷いた。
銃火器を見た時も別世界だと感じたけど、このテレビに映る光景はそれ以上だ。
「遊郭学園は学園総管理局が手を出せない学園なんです。歴史は古く、まだ戦争中だった時に国家と企業が作りました。当時は色んな事に手が回らず、最終防衛地点のような形で誕生した遊郭学園をどうにかすることができませんでした。世の中はインフラも整わず、苦しい生活を送る人々が多い中でも新しい命は誕生します。遊郭学園はそうして、首が回らなくなった家を狙い、娘を身売りさせ女学生を確保していきました。時代を重ねる事に巨大化し、こちらがある程度安定するころには遊郭学園は今の形に完成していました。女学生が多いあの場所に攻め入ることは叶わず、学園総管理局として大きな課題となっているのが現状です。普段は閉鎖的で富を持つ大人しか立ち入れない場所です。商品として育てられる女学生にとって遊郭学園は地獄でしょう」
茜は悔しさを込めて地獄と言った。
私も全ては知らない。ただ、一部を聞いただけで、不快だった。どれほどの子供の希望を奪い、搾取しているのか。考えただけで、今にも無策で飛び出しそうになる。
無意識に握りしめた手の爪が食い込むの感じた。
テレビを切って茜に誓うように言った。
「私がいつか必ず、どうにかするよ。大人として、君たちのにいさんとして」
茜ははにかんだ。
「そんなこと言える大人は志音さんだけですよ」