第9話 初めての魔法
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翌日、あたしたちは寮の敷地内にある運動場にやってきた。
学校のグラウンドの倍くらいの広さはある。寮生であろう子供たちが、運動をしたり魔法の練習をしたりしていた。
事前にハルヒに翻訳魔法はかけて貰っていた。耳を澄ませてみるが、魔法を飛ばしている子供は呪文を唱えていないようで、気合を入れるための掛け声しか聞こえない。
呪文系だったら覚えるのが人よりだいぶ大変なので、無詠唱系なのは助かった。
「さあ、始めるのですよ!」
リズエラはあたしたちの前に立ち、声を上げた。
その手には昨日は持っていなかった、短い杖があった。
「学園には、魔法の才能があると認められた子供達が集まってくるのです。今まで魔法のまの字も知らなかったようなよそ者が追いつくのは、とても大変なのですよ」
「そこを先生がなんとかしてくれると。よろしくお願いします」
「ま、任せるのです! わたしにかかれば一週間もかからず学年二番の実力に仕上げてやるのです!」
魔法のまの字、どころかファンタジー知識にはかなり自信があるのだが、ここの魔法のことはまだ知らないので反論は我慢した。
そのせいでちょっと適当になったが、あたしのお膳立てにリズエラは気分を良くしてくれたようだ。
学年一番にしてくれないのは、自分が一番になりたいからだろう。年下の女の子にわざわざ突っ込むようなことはしない。
「でも、ハイルン様はわざわざ練習しなくてもいいのでは?」
「ハルヒでいいよ。あのね、私リズエラちゃんと一緒になってからずっと気になってたんだけど」
あたしの隣に立っているハルヒがおずおずと声を上げた。
「私、むーちゃんの案内役としてついてきたんだけど、リズエラちゃんの方がここの事知ってるし、魔法の使い方だってちゃんと教わってきた人から教えて貰う方がいいじゃない? そうしたら私、居る意味あるのかなって……」
「そんなことないよ! 言ったじゃん、あたしがこっちに来るのに一番の心残りだったのはハルヒの事だって。それに一人じゃ心細いし……」
リズエラの相手も務まるか怪しいし、というのは心の声。これは本当についでだ。ハルヒは大切な友達なのだ。
「ハイルン様には、私が間違っていたことをしていたら教えてほしいのです! そんなことを頼むのも失礼かもしれませんが、お願いします!」
「呼び方は直りそうにないのね……。人間と概念の化身では魔法の使い方が違うし、参考程度でよければ」
ハルヒは少し残念そうに呟き、それでも安心した顔になった。
「では改めて、授業を始めるのです! まずは魔法を使うために大事な、魔力の流れを感じるところからです」
リズエラが杖をくるくると振り回し始めた。
「魔力とは、この世界のどこにでも存在する、見えない力の事なのです。人間はそれを魔法の種に溜めて、『こうなって欲しい』というイメージを込めて形を変え、魔法として世界に解き放っているのです」
あたしは慌ててメモ帳を取り出し、リズエラの言葉をメモした。いつ何を忘れるか分からないので、出来る限りの対策をしなければならないのだ。
「見えないですが、魔力の流れは訓練すれば感じることができるようになるのです。見本に私が魔法を使ってみせるので、集中して感じ取るのですよ」
リズエラが杖の握り方を、拳の形からペンを持つようにつまむ形へ変えた。指の隙間から、杖に緑色の宝石がはまっているのが見えた。
杖の先は振り回し続けている。4、5回転したところで、杖の先に氷が出現した。
「おおー、すごい。でも全然分からない」
新しい魔法を見るとやはり感嘆の声がもれてしまう。
杖の先を凝視していたが、突然氷が現れたようにしか見えないし、特に流れの様なものも感じ取ることは出来なかった。
「目覚めの儀式で、一度魔力の流れは感じているはずなので、それを探すのです。あと、魔力を溜めて変換するのは魔法の種なので、ここを見るのです」
リズエラは杖にはまった宝石を指し示した。あたしのと色が違うので、そうだと思わなかった。
目覚めの儀式の時には確か、熱が体の中を通り抜けていくのを感じた。あれを探せばいいのか。
「ぼくわかった! こうでしょ!」
リールが突然あたしの頭から飛び立ち、リズエラが出現させて宙に浮いていた氷に触れた。
あっという間に氷が消えてしまう。溶けた訳ではないだろう。『虚無』の力だ。
リールが褒めて欲しそうに尻尾を振りながら、あたしの足元に戻ってきた。
「な、こんな一瞬で消してしまうなんて……こ、怖いのです」
「リール、分かったのは偉いけど、やっていいかあたしに聞くようにしよう」
「うん、わかった!」
元気なのは良いことだが、この調子で誰かの大事なものを消したりしてしまっては大変だ。
リズエラも怖がってしまったので、リールには勝手に力を使わないように言い聞かせないと。
「ごめんね先生、リールも悪気はないし、もう勝手に消したりしないから」
「……分かりました、ではもう一度やってみせるのです」
リズエラはまだリールを警戒しているようだったが、授業を続けてくれた。
3回目で、杖に集まった後氷を形作る何かを感じた。
「あ、なんか分かったかも」
「では、今感じた魔力に呼びかけてみるのです。『魔法の種に集まり、氷を作り出せ』と」
あたしは頷いて、手のひらに魔法の種を出現させ、感じ取った流れに呼びかけてみた。
集まってこい、集まってこい――――
眉間にしわを寄せ、手の関節にも自然に力がこもってしまう。体をこわばらせながらも念じると、先程も感じた暖かい流れが、じわじわと手のひらに向かって集まってくるのが分かった。
氷になれ、氷になれ――――
すると、魔法の種に集まった魔力の流れが渦巻き、隣に小さな氷が一つ出現した。
「冷たい! できた! こ、これが魔法……」
初めて成功した魔法に喜びを隠せなかった。心なしか魔法の種も喜んでいるように見える。太陽の光を反射させて、氷よりもキラキラ輝いていた。
やっぱり魔法は凄い。もっといろんな魔法にチャレンジしてみたい!
「さすが特級、よそ者でもあっという間に出来てしまうとは……でも、まだまだムラがあるのです。もっと素早く、流れるように氷を作れるようになるまで反復するのです」
「ええ、地味な作業……まあ、力に自惚れて自滅っていうのも漫画にありがちなパターンだから回避しなきゃね、頑張りますよー」
本当はもっと派手なことに挑戦してみたかったのだが残念だ。基本をおろそかにしてはいけないのは分かっているんだけれど。
そう思いながら、あたしはもう一度魔力の流れに呼びかけ始めた。
「成程、そうやって使うんだね……やっぱり私達とは違うなあ」
ハルヒがうんうんと頷いた。
「それに、最初に見せてあげるのが氷の魔法なあたり、リズエラちゃん優しいんだね」
「そ、それは効率の問題なのです! さっさと出来るようにならないとトゥーリーン様に示しがつかないのです!」
そういえばリズエラの魔法の種は緑色、得意な属性は氷ではないはずだ。やっぱり根は優しいのだ。
何かきっかけがあれば打ち解けられるのかもしれないな。
「杖を振り回してたのも、わざと魔力の流れを大きくするため?」
「あれは、確かにそういう意味もありましたが、私が魔法を使うときの癖なのです。流れを掴みやすくするために独特の構えを持つ人は一定数いるのです」
ハルヒに次々と図星をくらい、顔を赤くしながらリズエラは説明した。
構え……かっこいいよね、必殺技を打つ時には大事だよね。何か考えておいた方がいいのかな?
と、思考がそれてしまったせいで集まりかけてた魔力が散り散りになってしまった。
「余計なことを考えないで集中するのです!」
「ごめんなさい~」
リズエラにバレて怒られてしまったので、妄想は中断して練習に励むことにした。
◇◇◇◇◇◇◇◇
しばらく魔法を使っていると、突然体に疲れが襲ってきた。
立っていられなくなり、あたしは地面に座り込んでしまった。
「なんだこれ、急にだるくなった」
「ここが今の限界のようですね。氷50個分といったところでしょうか」
神殿で聞かされていた、魔法の使い過ぎの状態になったらしい。
特級、と大層な名前がついてるにしては早すぎないだろうか。もっと最初から大層な魔法がたくさん使えると思っていたので肩透かしを食らってしまった。
「初日にしてはかなり上出来なのです。目覚めの儀式のあと、夕ご飯の火おこしや水くみを魔法でしただけで倒れてしまった、なんていうのはよくある話なのですよ」
あたしの心を知ってか知らずか、リズエラはフォローしてくれた。
「でも、これではまだ宝の持ち腐れなのです。理論上は、特級にはこの星にある魔力をいっぺんに使うことができる能力があるのですから」
「はい!? 星一個分!?」
「練習あるのみなのです。鍛えるだけどんどん限界値は伸びていくはずですから」
「凄いなこれ……あたしに扱いきれるんだろうか」
こんなものを持っていたんなら、代償に記憶が失われると言われても理解できる。
でも普通は使うたびに削られていくイメージだけれど、皆が言うには使えば治るんだよな……魔法って複雑だ。
「ムウ、これいらない?」
あたしが製氷機になっている間黙って見ていたリールが、氷を指して聞いてきた。
最初に作った分は溶けてしまったが、魔法で出来た氷は持ちがいいのかまだ半分以上が転がっていた。
「いいよ、もしかしていっぺんに消せたりする?」
「できるよ!」
一飛びで氷の上まで飛んでいったリールは、そこで尻尾をぐるんと大きく振り回した。
すると、その範囲にあった氷は即座に消滅した。
魔法で出来た存在とはいえ、赤ん坊にここまで実力差を見せつけられると少し悔しい気持ちになった。でもリールのことは褒めてやる。頑張ってる姿が可愛いし。
「あたしも早く上手になりたいなあ」
「平均よりは十分うまいのですから、文句言わないのです」
「納得いかないけど分かりました……」
「一日休めば回復しますから、今日の練習はここまでにして休むのです。私は寮に戻りますね」
未だに起き上がれないあたしを置いて、リズエラはさっさと立ち去ってしまった。
「優しいのかそっけないのか、よくわかんないなあ先生ってば」
「私たちが年上だから、きっとどうやって接したらいいのか分からないんじゃないかな?」
「恥ずかしがり屋さんってこと? どうしたら仲良くなれるかねえ」
「あんまり焦らない方がいいよ。ほら、掴まって」
ハルヒが差し出した手に掴まって、あたしはよろよろと立ち上がった。
「ひええ、体育の授業より体がへろへろだ」
「流石に全体重かけられると私も動けない……ちょっと待ってね」
ハルヒは翻訳魔法の様な光の粉をあたしにかけた。すると体のだるさが嘘のように無くなった。
「およ、元気になった! これも魔法?」
「うん、私は『治癒』だから、治したり元気にするのは得意だよ」
「最強ヒーラーじゃん、これならもう1ラウンドいけるんじゃね?」
「無理は禁物! 今日はもうおしまい」
「はーい」
ハルヒに母親のように窘められて、あたし達も寮へ戻った。