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第10話 座学タイム

 昼食をとってから、あたしとリールはハルヒの部屋にお邪魔した。

 魔法を使うのは休憩するが、この異世界について覚えることはまだまだたくさんあるため、午後からは座学タイムである。


「本当はこれも、リズエラちゃんの方が詳しいんだろうけどね。分かるところは解説するけど、教えるっていうより一緒に本を読んで学ぶって感じになっちゃうと思う」

「先生、真剣な顔で勉強してたもんね。まだ学校始まる前なのに真面目だなあ」


 寮には自習室が備え付けられていた。そこに入門的な本があったので借りにいった際に、リズエラの姿を見かけたが声を掛けられなかったのだ。

 試験間近の受験生みたいな真剣な表情で勉強していた。近くで物音をたてることすら躊躇われた。


「11歳から親元を離れるって寂しかったりしないのかね、あたし達誰もそういうのは分からないけど」

「そうだね……この世界では四神日を迎えたら一人前の扱いだから、勉強や出稼ぎで離れたところに行く子は多いみたい」

「小学5年生の時なんて、新作ゲームがいつ発売になるかってことしか気にしてなかったよ。ここの子たちは立派だなあ」


 この学校は4年制なので、現役生なら全員年下ということになる。でも精神的には、もしかすると年上ばかりかも知れない。

 魔法の練習をしてた時に周りにいた子供たちもそうなんだよな、と回想しかけたところで、ある疑問が思い浮かんだ。


「呪文が無いのもそうだけど、結構ここの魔法って感覚によるところが大きいよね。そんなことで技術って発展するの?」

「あるにはあるんだよ、呪文も魔法陣も、その他いろんな道具も。でも、それらは補助的なものでしかなくて、一番重要なのが何をしたいか強く想像することなんだよね」


 例えば星一個分の魔力を集めたとしても、イメージが追いつかないとうまく魔法にはならない。

 ここでは親兄弟や隣人も日常的に魔法を使うので、言葉と同じように気が付いたら魔力を集める感覚は身についているらしい。しかし、イメージするものも周りに依存してしまうので、育った地域によって覚えている魔法には差があるようだ。


「想像できないものは魔法にできない。だから才能のある子はここで色んなイメージを身に付けて、更に想像を膨らませて立派な魔法使いになっていくんだって」

「新しい物を思いつけばすぐ形になるから、それで発展していくのか」

「そういうこと」


 アイデアがすぐに形になるなんて凄い。そして万が一悪用されたら、すぐ神様からのお咎めがくるのでそれ以上被害は広がらない。

 良く出来た世界だなあ。


「さて、そういうのは学校が始まったら嫌でもやるから、まずはこの世界の常識を覚えましょう」

「そうだった、お願いします」

「します!」

「まずは四神の名前からかな」


 ハルヒは借りてきた本の一冊を開いた。

 フィルゼイトの四つの大陸をそれぞれ治めている四人の神様。おとぎ話にもよく出てくる名前と特徴は、この世界では必須の知識だ。ハルヒはあたし達に読み聞かせをするように、それぞれの名前と特徴を読み上げた。


 春の大陸、今あたし達がいるこの大地に命の芽吹きをもたらす、慈悲深い女神様『トゥーリーン』。

 この人はお馴染みだ。お世話になってるし、サプライズもされたし。


 夏の大陸、海も山も一番活気に満ちた環境にいて、その自然の力強さを体現している男前の神様『ディザンマ』。

 本にある挿絵を見る限り、日に焼けたヤンキーサーファーにしか見えなかった。確かに夏らしい。


 秋の大陸、命の成長が実を結び、溢れる喜びを静かに見守る女神様『ヘラビス』。

 紅葉色の着物を着ている。黒髪の日本美人、いやハロウィーンの魔女のイメージが近いだろうか。


 冬の大陸、氷に閉ざされた過酷な大地で生き物を試し続ける冷酷な神様『ディヴォン』。

 夏の神様と双子らしいが、フードを被っていて鋭い目つきをしていることしか分からない。神様と言われなかったら悪い魔法使いに見える。


「この4人がやってきたことで、フィルゼイトに四季が生まれて命が溢れるようになったと言われているよ」

「やってきた……そうか、四季がある所じゃないとそういう概念は生まれないもんね、地球から来たのかな、それとも更に別の異世界から来たのかなあ」


 リールは話に興味が無くなったのか、机の隅で早くもうたた寝を始めていた。

 頭を撫でると、ザラザラしていて気持ちいい。あたしも少しだけ眠たかったが、この刺激でなんとか我慢した。


「神様が実在するから、王様とか町の代表とかよりも、神官の方が強い権限を持ってるみたい。いつでも直接神様と話ができるのは神官だけだからね」

「何っ、じゃあ先生は将来王様よりも偉い人になるの!? あの態度もちょっと納得したかも……」


リズエラの態度は偉そう、どころではなかったのだ。媚びを売るとかは面倒だけれど、仲良くなれるように頑張らなきゃなと、つい現金なことを考えてしまった。


「四神が色んな生物を作って、魔力に適応して生き残ったのが今いる人や魔物。だからここにいる生き物は漏れなく魔法が使えるんだって」

「虫とか植物とかも!?」

「見た目に派手なのを使わなくても、魔力を栄養にしたりするみたいだね」

「ほう……それなら討伐依頼、もといそういうのをまとめるギルドとかもある?」

「そっちに話が飛んでいくの、むーちゃんらしいよ……。あるけど、そこまで活発じゃないみたい。狩りすぎて絶滅しそうになると神様が怒るからって、必要な分だけ。四神のモットーが『命は平等に』だからね。後は街の何でも屋みたいな活動をしてるよ」


 ギルドがあまり活発ではないと聞いて残念に思った。魔法がうまくなると約束されているのだから、どうせならたくさん使えそうな職業に就きたいのに。研究とかはガラじゃないけど、そっちも考えないと駄目か。とにかく魔法が使いたい。


「社会の中で一緒に暮らしてる魔物もいるね、ここまで運んでくれたアインホルンとか、昨日の男の子が連れていた狼とか。逆に街に魔物除けの壁が張り巡らされていることから、人間を襲う魔物も多い。立ち位置としては地球の動物と似てるところが多いね」

「ほうほう」


 段々興味が薄れてきて返事が適当になってきた。やっぱり魔法の練習がしたいので、うまく誘導できないか考えていると、閃きが舞い降りてきた。


「翻訳魔法、文字まで読めるようにできるの凄いよね。ぼんやり見てると意味の分からない絵の羅列にしか見えないのに、読もうと思うとすっと頭に内容が入ってくるの、不思議」

「分かりやすいように認識を変えてるだけなんだよね。そういえばまだやり方教えてなかったっけ……うーん、これは必要だし今日覚えちゃうべきかな、体は大丈夫?」

「うん、ハルヒのおかげでばっちり!」


 よし、うまく魔法の練習まで漕ぎつけた。あたしは心の中で小さくガッツポーズをした。


「それなら一つ、実験もかねてやってみようか。一度魔法を解くね」


 ハルヒが右手を一振り。やっぱり感覚は無いが、これで翻訳魔法は解けたようだ。いくら本を凝視してもさっぱり読めなくなっている。


「必要な魔力は氷10個……あ、得意属性じゃないからプラス3個分くらいかな? この文字を読めるようにしてくれって念じてみて」


 言われた通りに魔法を練り上げる。午前中さんざん製氷したおかげか、魔力を集めるのはだいぶスムーズになってきた。

 この異世界の文字を読めるように――――

 頭が少し熱くなるのを感じた。これで出来たはずだ。


「よし、本見せて! ……やった、読める!」

「やっぱり飲み込み早いね。じゃあこれ、分かる?」


 ハルヒは突然、意味の分からない単語を呟いた。


「え、なんて?」

「あ、うまくいった、というかなんというか。外の声も聞いてみてごらん」


 良く分からないまま、窓の近くへ行き耳を澄ませる。角度的に見えないが、運動場で活動している子供たちの喧騒が聞こえてくる。

 すると、午前中には「おりゃー」とか「えい!」とか、馴染みのある掛け声が聞こえていたのが今は理解できない言葉になっていた。


「なんでだ、声は翻訳されてない……?」

「魔法はちゃんと効いてるんだよ。念じた通り、『文字を読めるように』って」

「だ、だまされた!?」

 つまり、文字の翻訳は出来ているが、異世界の『言葉』を訳して欲しいとまで頼まなかったので、話し言葉は翻訳されていない状態になったのだ。


「不器用だなー、そこは空気読んでくれればいいのに」


 八つ当たりのように魔法の種ケルンをぐりぐりと押した。

 そんなこと言われても、自分は言われた仕事はやりましたよ!……とでも言っているかのように、魔法の種ケルンは手の中でキラキラ輝いた。


「何でもできるけど、しっかりお願いして必要な魔力を用意しないといけないのが魔法の難しい所なんだよ」

「だから勉強するのか、これは使いこなせるまで暫くかかりそうだなあ」


 何でもできる魔法を勉強する、という意味を改めて感じたところで、翻訳魔法をきちんとかけなおした。中途半端な魔法を使うとこうして二度手間になってしまい、体力切れが早まってしまうのもデメリットだ。


「このくらいの魔力量で、大体一日持つかな。もちろん魔力を増やせば期限を延ばせるけど、かけなおすのを忘れて突然意思疎通が出来なくなるって事態になりかねないから、これがベストだと思うよ」

「流石ハルヒ、完璧に計算されている!」


 親友の配慮に感謝してもしきれない。


「そういう事態に備えて、こっちの言葉を勉強するっていう方法もあるけど」

「絶対忘れない。これ以上覚えること増やしたくない」


 あたしは身を震わせた。便利なものがあるのに、無い脳みそに負担をかけるわけにはいかないのだ。


「じゃあ常識の勉強の続きをしよう。お金の話はまだだったよね」


 しかしこの親友、容赦無くたたみかけてきた。

 もうしばらく勉強しなければならないらしい。寝息をたて始めたリールを羨ましく見つめながら、諦めて机に戻った。


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