第11話 杖を求めて街へ
7話のリズエラのセリフに出てきた夢心の年齢を修正しました。高校二年生で誕生日を迎えていなので16歳です。
異世界『フィルゼイト』にきて三日目。
午前中は、昨日と同じように限界まで製氷しまくった。途中趣向を凝らして形をまんまるや立方体にしたり、一度に10個に氷を作り出したりして、結果的には100個以上作ることが出来た。
「一日で倍に!? 使い始めは確かに伸びが良いですが、やっぱり規格外なのです」
「昨日より作るスピードもだいぶ上がったし、凄いよむーちゃん!」
「まだまだだよ、それなら私の成果を一瞬で無に帰すリールの方が凄いし」
「ぼくすごい? でもこおりはできない……」
山のように積まれた氷の山は、最後にリールがまとめて処理した。
途中、リールはあたしを見ながら唸り声をあげていたのだが、どうやら魔法で氷を作ろうとして失敗していたらしい。まだ『虚無』の力以外はうまく使えないようだ。
落ち込んでしぼんでいるリールの羽を、慰めるように優しく撫でた。
「それだけ出来るならいらないかもしれないですが、杖は買わないのですか?」
「えっ欲しい」
「杖には魔力収集や調律を補助する効果があって、って今何も聞かずに答えましたね」
「いやいやいや欲しいに決まってるよ魔法使いのマストアイテムじゃん!?」
魔法使いになったというのに、杖とか魔導書とかを手に入れるのをすっかり忘れていた。要らない訳がない、憧れのアイテムじゃないか。
「そんなに欲しいならなぜ……もしかして入学要綱見ていないのですか?」
「なんだそれ、そんなの貰った?」
「トゥーリーン様なら用意して下さっているはず……荷ほどきしていないのですね?」
痛いところを突かれて、あたしはリズエラから目を逸らした。
昨日の夜はこっそり魔法の練習をしたり、またしても日記に書くことが多かったりで、荷物を整理しようという気にならなかったのだ。学校が始まるまでには片付けようと思っていたのだが、これは今日中にやらないといけないようだ。
「教科書はトゥーリーン様が揃えてくださったでしょうが、杖は自分に合ったものを選ばなくてはなりません。必ず要るというわけではないですが、早めに買いに行ったほうがいいのですよ」
「教えてくれてありがとう先生、あたしだけだったら絶対忘れてたよ。そうだ、午後から一緒に選びに行ってくれる?」
お礼ついでに軽く誘ったつもりだったのだが、リズエラは固まって長考してしまった。
「私はもう自分の杖がありますし、遠慮するのです……」
消え入りそうな声で呟いて、リズエラはそのまま寮へ戻ってしまった。
「ありゃ、緊張させちゃったかな」
「魔法の練習は付き合ってくれるけれど、他はまだ難しいね」
だが初対面が最悪だったので、二日でここまで話せるようになったのは進歩だろう。
体力にはまだ余裕があったのだが、リズエラが帰ってしまい荷解きのタスクも発生したので、魔法の練習はここで切り上げることになった。
寮へ戻ってきて部屋のドアを開けた途端、後ろに付いてきていたハルヒが声を上げた。
「むーちゃん、全然整理してないじゃん!」
どうやらハルヒの想像よりも酷い状態だったらしく、背中をバンと叩かれてしまった。
頬をかきながらあたしは弁明した。
「着替え出すだけならこのキャリーケース漁れば足りるからいいかなって……」
「それでキャリーケース開けっ放しにしてたら余計に散らかるでしょう、杖を買いに行く前に片付けるよ!」
しまった、逆効果だった。
ハルヒお母様のお叱りを受けながら、あたしは小一時間ほど荷物の整理に追われることになった。
◇◇◇◇◇◇◇◇
片付けが終わり、無事に入学要綱も発掘したところで、あたし達は街へ繰り出した。
要綱を見たところ、用意するものはほとんどトゥーリーンが用意してくれていたので、買いに行くのは杖だけで良さそうだった。
寮には門限があり、特別な事情がなければ日が暮れるまでに帰ってくる決まりになっている。
外出届、と寮の管理人から出された紙に3人分の名前を書いて、ついでに買い物の為の店の場所も教えてもらい、ここまでやってきた。
「おととい食べられなかった屋台、巡るぞー!」
「ぞー!」
「巡れるほどお金貰ってないでしょ? お昼ご飯に一つだけだよ」
『……はーい』
街の入り口に立ち並ぶ屋台で、まずは昼食をとる。本当は一昨日の無念を晴らすべくたくさん食べたかったのだが、ハルヒに言われた通りそこまでお金に余裕はなかったので、目についた野菜の肉巻きだけを頂いた。
「野菜甘っ! 肉も甘っ! 甘みの暴力!!」
思い切りかぶりつくと、口の中に食べ慣れない甘い味が広がった。しょっぱい味付けの方が好みなのだが、これはこれでおいしい。ハルヒも驚いたのか、目をぱちくりさせていた。
「ムウのごはんのほうがおいしい」
「それはありがたいけれど、好き嫌いは駄目だよ」
「んー、たべるー」
リールはあまりお気に召さなかったようだが、きちんと食べ切った。偉い。このあと滅茶苦茶よしよしした。
その後は食べ物への未練を振り払うように、すぐに歩き出した。杖を扱う店まで少し距離があり、その途中にも気になる店は沢山あったので、なんとか屋台の事を引きずらずに済んだ。
例えば花屋。売っている花は見たことないものばかりで、春の大陸らしく種類も豊富だ。うねうねと動いているのもあるが、それよりも目を引くものが、店の至る所にぶら下がっていた。
「あの籠に入ってるの、スライムだよね?」
店の天井に吊るされた籠には水色のスライムが入っていて、スプリンクラーのように水をまき散らしていたのだ。
「だね、あれも契約魔法で繋がってる魔物だよ。水色のスライムは呼吸するように水を作れるから、身の安全と引き換えに花の水やりをしてもらってるんだよ」
スライムから発生しているミストなのでべたつかないか気になったが、普通の水のようで気持ちいい。全身しっとり潤う……はずなのだが、頭の上だけちっとも濡れないことに違和感を抱いた。リールが乗っているにしても濡れなさすぎる。
頭上を確認すると、リールは困った顔で縮こまっていて、あたしの頭頂と同じように全く濡れていなかった。リールの更に頭上には、もやもやした流れが見て取れた。
二日間の魔法の練習で、あたしは魔力の流れがなんとなく見えるようになっていた。なんとリールは、『虚無』の力を傘代わりに使っていたのだ。
「リール、それそんな使い方も出来たんだ」
「あ! ムウにいいよってきいてなかった……ごめんなさい」
「いいのいいの、良く分からないものが降ってきたら嫌だもんね。でも気持ちいいから浴びてみな?」
リールは恐る恐る傘を閉じた。リールの体がじんわり濡れて、鱗がきらきら輝いた。
「つめたい」
「まだミストの良さは分からないか」
リールが何とも言えない表情になってしまったので、ここで花屋を後にした。
10分ほど歩いたところで、目的の店『スタープ魔法用具店』に到着した。
看板には杖や本、宝石などの絵が描いてある。
この奥に潜む魔法のアイテムに胸を高鳴らせながらドアを開き、そして目に飛び込んできた光景に絶句した。
「いらっしゃい! 何をお探しで?」
入口近くで棚の整理をしていた店員さんに目を合わせるために、あたしは顔を思いきりあげないといけなかった。
その店員さんは、二メートル近い身長と、そのインパクトに負けない屈強な体幹を持った、ムキムキの大男だったのだ。鍛冶屋とか、もっと力が必要な場所で働いていそうなイメージだ。魔法の道具を扱うお店といえば、ヨボヨボだけど魔法は現役のおじいちゃんが出てくると疑っていなかったので店を間違えたかと思った。
「おっと、びっくりさせちまったかな。大丈夫、この体は半分は皆を守るため、半分は趣味で鍛えたものだ、君たちを傷つけたりしないよ」
「ボディビルディングが趣味のおじさんってことですか……」
ますますイメージから離れるが、とりあえず要件を伝えた。
「お、学園で使う杖か。お嬢ちゃんなら必要なさそうだけど、いろいろ触ってみるべきだよな。こっち来な!」
ムキムキ店員さんは、あたし達をテーブルへ案内し、そのまま店の奥へ引っ込んだ。
しばらく待つと、沢山の細長い箱を持って戻ってきた。ドンと目の前に箱の山を置いて、順番に紹介し始めた。
「アインホルンの角、砂漠に住むドラゴンの牙、同じくドラゴンの骨……氷の特級とはまた凄いものがきたな。並の杖じゃ能力が劣りすぎて使う意味がなくなっちまうから、値は張るが効果のあるやつを持ってきたぜ」
自分の魔法の種を見せていないのになんで分かったんだ、と驚いた顔をすると、店員さんはニヤリとして答えた。
「何年もこの商売やってるしな、そういうのは分かるんだよ。お嬢ちゃんが噂の異世界人かい?」
「はい、仲河夢心といいます」
門の前で兵士に言われたあれだろう。噂は確実に流れているようだ。
「俺はスタープ、この店の店主だ。贔屓にしてくれよ」
ムキムキ店主のスタープさんはそう答え、杖の説明に戻った。
「んでな、普通は得意な属性を伸ばす様な素材を選ぶんだが、特級の得意属性なんて限界を超えてるようなものなんだ。だから使うなら、反対の属性を補うものが良いんだよ」
そう言いながら持ち上げたのは、砂漠に住むドラゴンの牙と説明された杖だ。つるっとした琥珀色の杖は、それ自体から魔力が感じられる。氷があるわけがない砂漠の産物……ふと、魔法の種と反発しないのかと気になった。
「反対の属性を使ったら、喧嘩して威力が減っちゃうみたいなことはないんですか?」
「そういうことはないんだが、直感でこれが良いと思わないならこの素材は合わないだろう」
自分に合うものは見たら分かると言われ、それから次々と杖を見せてもらったのだが、どれもピンとくるものは無かった。
「うーんこれもダメか、どーしよっか」
スタープさんはお手上げという様に遠くを見つめ、ふと視線を戻して……ハルヒとリールを交互に見やり、はっとした顔になった。
「そうだ、あんたら概念の化身じゃねえか! それも二人ともドラゴンときた、これならいける!」
「えっと、つまり」
「あんたらお嬢ちゃんの友達だろ? それから素材を頂戴できれば、これらよりよっぽど馴染む杖が作れるぜ! それもドラゴンなら最高ランクだ! いやあ腕が鳴るね!」
興奮したスタープがあたし達の方へぐっと顔を寄せた。巨体が目の前に迫ってきて流石に暑苦しい。
「素材って、まさか殺したりしませんよね!?」
「おっと、お友達にそんなことはしないぜ。痛みなく一部を頂戴するのは素材回収ではよくやる技だ、とはいえ今回はちゃんと了承を得ないとな……どうだい?」
突然の提案にハルヒは戸惑っていた(リールは自分のことを言われていると思っていないのか、杖を突いて遊んでいる)。いきなり体の一部をくれなんて言われたら混乱もするだろう。
しかしハルヒは、あまり考え込むことなく口を開いた。
「恥ずかしいけれど、それがむーちゃんの役に立つなら……」
そして両手を広げ、光の粒を集め始めた。どんどん光が集まって形になったそれは、広げられた両手からはみ出すくらい大きな、一本の歯だった。
「これなら杖になる長さかな。うう、しばらく歯抜けだから絶対ドラゴンの姿にはなりたくないよ」
「ちょ、それ今抜いたの!? ハルヒ、使ってもいいの?」
「大丈夫、また生えてくるし、これで良ければ」
「もちろん、これがいい! ありがとう」
親友の好意に感謝して、歯を受け取った。ふわりと温かな魔力の流れを感じる。これが『ピンときた』状態だろう。スタープさんに「決まりだな」と肩を叩かれたので、あたしは深く頷いて歯を渡した。
「こりゃ、魔力量が半端じゃねえ。杖にした後の余った素材を貰えるならお代はいらないくらいだぜ」
「欠けた歯なんて持っててもしょうがないから、使ってください」
歯をじっくり眺められて、ハルヒは真っ赤になりながらそう呟いた。
「これだけで十分すぎるんだが、どうだ坊主、お前も嬢ちゃんの杖になってみないか?」
「ぼく?」
ようやく話題になっていることを理解したリールは首をかしげた。
「そうだな、握りに巻き付けるような形にすれば鱗が二枚もあれば足りるだろう。坊主もかなり力があるみたいだしな、きっと嬢ちゃんの力になれるぞ」
「ぼくのちからがムウのちから……うん! なる!」
ちゃんと理解したのかは怪しかったが、ハルヒが先ほどしたように魔法で鱗をはがしてみせた。剥がれた部分はあっという間に再生した。
「あ、スタープさん、この子の概念『虚無』なんで乱暴に扱うとまずいかも」
不用意に鱗に触ろうとしたスタープさんに警告すると、「おっといけねえ」と手を引っ込めてポケットから年季の入った杖を取り出し、魔法で鱗をゆっくり浮かせた。
「いけねえ、昔こうやって素材を触って爆発させたのを忘れるなんて、俺もボケてきたか……ありがとよ」
更に店の奥に向かって杖を振り、飛んできた布に歯と鱗を包んでまた店の奥へ飛ばした。
「最後に魔法の種の形だけ確認させてくれないか? どれくらいの穴を開ければいいかはちゃんと測らないとな」
と言いながら、見せて数秒で採寸が終わったあたり、腕は確かなのだろう。
「よし! 一日待ってくれ、明日の昼には立派な杖にして見せるぜ」
「ありがとうございます、よろしくお願いします!」
どんな杖になるのかわくわくしながら、あたし達は店を後にした。




