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今 1

 光の向こうにヤグチの顔があった。

 ヤグチが私に向かって手を伸ばしてくれている。光に当たったヤグチの手が綺麗な青に染まっている。

 私もその手に向かって手を伸ばすと、光の当たった私の手がオレンジに染まった。そしてヤグチの青い手と私のオレンジの手が触れたその瞬間、はっきりと目を開けた私の前に光の柱は一瞬で消えていた。



 私たちがいる所は校舎の中なのだ。頭上には普通に天井があった。

「薫」ヤグチに静かに呼ばれ、私はゆっくりと視線をヤグチに合わせた。

 同じものを見てたかな。ヤグチとハヅキモエノも私と同じモノを見ていたんだろうか。



 私たちは自然と繋いでいた手をほどく。

 1,2,3,4,5、と田代姉妹の数を確認してしまう。

 やっぱ5人いるよね。


 ヤグチもハヅキモエノも私と同じモノを見て、同じように感じていたんだろうか。

 二人を交互に怪訝な目で見つめてしまうと、ハヅキモエノがこちらにすぅっと両手を伸ばしてきた。あ、と思った時にはハヅキモエノに抱きしめられていて、驚いたが、私はなんだか安心する。

 今自分がここにいる、という事がはっきりと認識できた。

 安心して私もハヅキモエノを抱きしめたら、もっとぎゅうっとハヅキモエノに抱きしめられたがヤグチに引き離された。



 「な?」と桜井が言った。

 桜井の肩にはまたフクロウが乗っていた。

 フクロウは体を少し膨らませ、相変わらずのびっくり顔で、それでもキョロキョロともせずに、自分は全く関係ない、と言った感じの素っ気ない態度でこちらをじっと見ていた。

 膨らんだフクロウの灰色の羽を見ながら、私は暗闇の中で聞いた羽音を思い出す。

 このフクロウが私を助けてくれたのだとしたら今の態度は本当に素っ気なさ過ぎる。

「そんな感じ」と桜井は続けた。

 田代姉妹は5人で一斉に体のあちこちを伸ばしたり脚の屈伸運動をしたりし始めた。



 そんな感じ、とか言われても、だから?って感じだ。

 もう本当に疲れた。早く家に帰りたい。

「ああ、」と桜井が言う。「もう帰ってもいいぞ」

「「「え?」」」私とヤグチとハヅキモエノは聞き返す。

「そうだ、山根、高森先生が…」

桜井がそう言いかけると高森が私に近づいてきた。

 高森は今日の授業の時にも、放課後水槽を運ぶ時にも着ていなかった白衣を今になって羽織っている。その白衣のポケットから、黒い小さな箱を取り出した。3センチ四方くらいの立方体の黒い箱だ。

 今、高森の白衣のポケットは全くのペタンコだったはずなのに…

 高森は箱を左の手のひらに乗せ、それを私たちの顔の高さまで持ち上げて見せた。

 そしてそのまま桜井に近付き、桜井の肩に乗っているフクロウの体の前に右手をかざして、かざした手をさっと横に振り、左の手のひらに乗せていた箱を包み込むように右手をその上にかぶせた。



 フクロウが消えた。

 箱の中に?

「山根」

そう言って高森が被せていた右手をのけ、黒い小さな箱が乗ったままの左手を私の前に差し出した。

 箱がカタカタっと動いた。

「山根に上げるよ。じゃあ気を付けて頑張って」

 私はぶんぶんと首を振る。いやいやいやいや…こんな箱貰ってどうするんだ?

「開けたら…出てくるんですか?…さっきのフクロウが?」

「出てくるかな~」高森は言って笑った。

「いりません私」

「え~~」と言ったのはハヅキモエノだ。「じゃあ私がもらう」

一瞬眉をひそめてしまったが私はうんうんとハヅキモエノにうなずく。上げる上げる。

「山根~」桜井がなじるように言った。

「横から人にそんな風に言われたら普通はやるのが惜しくなるだろう?」

 ならないよ。この箱に関しては。


 

 …でもどうなのかな。やっぱりもらっといた方がいいの?

何かがあった時にまた私を助けてくれるのかな?

でもこの箱から私はどうやってフクロウを出すんだろう。

「どうやって…」と私が言いかけた時に

ハヅキモエノが私の声に被せるように聞いた。「餌は?」

 餌か、そうか餌がいるな。

 というかまず飼う前提で餌の心配をするハヅキモエノがすごい。ハヅキモエノの点数を94点に上げよう。

「自分で獲るでしょ」軽い感じで高森が答える。

 そして、ほら、ともう一度私の目の前に箱を乗せた手のひらを突き出して言った。

「山根が持っておいた方がいいよ」

カタッともう一度箱が揺れた。

「…」どうしたらいい?

 躊躇していると横からヤグチが手を出した。

「オレが持っといてやるよ。落ち着いたら渡してやるから」



 田代姉妹たちが手足の先をぶらぶらさせ、首を左右に振ってクキクキいわせる。

 この後どうするんだろう。帰っていいと言われたが、その後私はどうするんだ。

 私が声に出していないのに、田代姉妹が5人、声を合わせて答えた。

「「「「「何も変わんないよ。山根~~~。いろんな事を気にすんな。山根はいろんな事気にし過ぎだな」」」」」

「所詮」と桜井が言った。「あるのは今だけだからね」

「…」

「私は世界史を教えながらいつもそう思っているよ。

今日授業でも山根にそう言ったんだけど覚えてないのか?」

私は桜井が6時限目の世界史の時に言った事を思い出す。

 覚えている。何かもう、ずっと前の事のように思えるけれど。

 桜井は、何も信じていない、と言ったのだ。自分の目で見た事しか信じないって。それで自分の目で見た事でも信じられない事はたくさんあるって。


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