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 これはたぶん話全体が嘘で、やっぱり私達は桜井の暇つぶしに付き合わされているんじゃないだろうか。

 そしてこの、非常に現実味のある幻影はやっぱり魔法使いの高森のせいだ。

「だから」と桜井は困った風に首を振った。私が口に出していなかったのにだ。

「高森先生はとても腕のあるマジシャンなだけなんだって。夢見る小学生か、山根。魔法使いとか。そんなんだからキタに目を付けられるんだよ。きちんと現実を見据えなさい」

「…」

 フクロウまでもが桜井と同じように私を冷めた目で見つめている。

「山根の穴は少しずつ、本来なら山根が気付かないうちに少しずつ大きくなっていくはずだったと思う。山根がそれまでいた場所と歪みが出てきとったろう?私が放課後山根を呼んで話をして帰る時もそうだった」

気分が悪くなって階段が歪んだように思えて私がしゃがみ込んだ時の事?

「あれは高森先生のお茶のせいでしょう?」

「本当に君はわかっていないな」

 桜井は仕方ないなという感じで微笑んで見せた。



「じゃあキタはどうしてそういう風になったんですか?でも…宇宙人じゃなかったら普通の人?」

「いや、普通じゃねぇだろ」

私の、桜井への質問にヤグチが突っ込む。

「それはキタの穴が大きくなったからだろう。もうどうしようもないくらいに。キタはその穴に落ちたんだよ」

 自分の心の中にある穴に落ちる…

 シュールだな。早く帰りたい。


 「穴は繋がっているんだよ。深い深い所でね。全ての穴は繋がっているらしい。穴の深い所からは他の人の穴が良く見える。キタは穴の中の暗くて冷たくて嫌なモノにつかまってしまったんだよ」

ヤグチは真っ直ぐに桜井の目を見ている。

 この2人は本当にここにいるのかな。あのフクロウも。


 いや!止めよう、そんな事思うの。

 頭をブンブンと振る。

 こんな話を聞かされて、こんな目にあって、しかも目の前の人たちが本当は「いない」なんて、それはもう完全に私がおかしくなってるって事だ。



 「うちのクラスを受け持っている時だけ、キタはその嫌なモノにつかまってる人、って事ですか?」

 ずっと夢の中にいるようだと思うのは、夢であって欲しいと思う私の願いだ。荒唐無稽ってきっとこういう事をいうんだな。

 桜井が私を見てにっこりと笑った。

「私もそう思うよ。全部が全部夢なんじゃないかってな。それで本当にただの夢だったら良かったのにって事も、この世には嫌と言うほどあるからね。

私は世界史の先生だから、何かの歴史的な出来事について毎日教えるごとにそう思うよ。たくさんの戦争、災害…辛くて苦しくて哀しい思いをして死んでいった人たち…。毎日そう思う。うまくいかない事がある時や、何かがうまくいき過ぎる時とかな、あるいはあまりにも不条理なモノを目の当たりにした時とかにもそう思う。そうじゃない、と思う時もあるけどね。それはより良い先に進むために仕方なく起こった事なんだって、ありとあらゆる事を全て素直に受け止められる時もある」

「私、どうなるんですか?私も穴の中の冷たくて暗いモノにつかまって

おかしくなってしまうんですか?」

「う~ん。まぁ山根はがんばるだろうな」

私が首を振ると、「がんばらんのか!?」と桜井が大きな声を出して、私はビクッとしたがフクロウが全く動かずに目をゆっくりと閉じた。



「本当にわけわかんなくて…それじゃあ校舎のあちこちがおかしくなってるのは、高森のせいじゃなくてキタのせいだって事ですよね」

ハヅキモエノ達を助けないと…

「だからキタのせいっていうか、直接的にそれを見せているのは山根の穴のせいだな」

「…じゃあ、おかしなものが見えているのは私だけって事?でも私だけじゃなくてヤグチ君だって同じように見えてました!ねぇ?」

ヤグチに聞いたが答えたのは桜井だった。

「それはヤグチが山根の事を好きだからだよ。同調したんだ。他の者には見えていない。他の者には見えていない、っていうか、他の者は他の者で、別のモノが見えていているんだと私は思うよ」

「そんな…あっ!じゃあ!田代先生たちはどこから来たんですか?」

「田代先生たちは…はっきり私にも答えてくれんかったんだが、穴の中に住む者、なんじゃないかと思う」

宇宙をすごい速さで飛んできたんじゃなくて?

「穴の治安を守るっていうか、困った穴を持つものが別の人間の穴を広げるのを防ぐっていうかな、…怖くてな、聞けんかったんだ本当は。去年の秋、ある日世界史の授業を終わらせて控室に戻ったら、いきなり5人の田代先生に囲まれたんだ。怖いだろう?私もホラ、いい歳だから、びくびくしてるのがバレたらダサいと思って平静を装っていたんだけどな、あそこで高森先生が入って来てくれんかったらもう…。高森先生と私は2人手を繋がされてな、5人の田代先生に囲まれて思念を送られたんだ。私もアレが君らに出来たらね、こんなクソ面倒な説明をせんでもすむんだけどな」

 私とヤグチはうなずく事ももうしない。



 暗くて大きな穴から、スーパーマンのように地上に飛び出してくる5人の田代姉妹を想像する。

「思うんだけど」と桜井が少し笑う。「たぶん5人じゃないんだろうな。

田代先生たちの事なんだけど。たぶん、もっとたくさんの田代先生がいて、いろんな人を守るために戦っているんだと思うよ」

 5人じゃないのか…私は広くて深い穴の中にうじゃうじゃいる田代姉妹を想像する。穴の中にぎゅうぎゅうに詰め込まれた数えきれない田代姉妹…

「あ~~」と私は声を出していた。「あ~~!もうっ!…ああああ、もう何か嫌だ!!」

 私はヤグチの手を振り切った。そして走った。



 向かうのは理科準備室と生物室だ。後ろからヤグチが追って来ている。

 ヤグチは絶対に私に追いつくはずなのに、私はそれより早く走る。

 私はもう…何だろう…野良犬のように早く走る。そして生物室の扉を開ける。

 普通だ。普通の生物室。

 化学室の扉を開ける。

 普通。普通の化学室。

 理科準備室の扉を開ける…



 「ぅあっ!!」

そこには高森とハヅキモエノがいた。

「あっ!!」とハヅキモエノも言った。「やっと帰ってきた~」

 2人は水槽…高森の魔術のかかった呪われた水槽の前に立ち、高森が両手に捧げ持った黒い牛ガエルの頭をハヅキモエノが撫でていた。

 気持ち悪っ!

 …でもどうしてだろう…一見黒魔術的な雰囲気なのに、どこかエロい感じもするのは…私の頭がおかしくなってきているからだろうか…

 今目の前にいる高森とハヅキモエノは、元からいた2人なんだろうか。

 それとも今私の目の前に見えているだけなんだろうか。



 ハヅキモエノが私に近寄って来て「本借りれた~?」

 言いながら手を差し伸べてくる。今までカエルを撫でていた手でだ。

 避けてしまう私だ。「何でカエル触ってんの!」

 ハハハ、とハヅキモエノは笑った。「あの後やっぱりビイを触りたくて、

他の子たちと一緒にここを出た後帰ってきて、高森先生に触らせてもらってたんだよ」

ハヅキモエノの目はキラキラしている。

そして付け加えた。「でも水槽混ぜるのはダメなんだって」

「…」

 どうでもいい。

 スケートリンクに閉じ込められてるんじゃないかと思ってあんなに心配したのに。



「おい!」ヤグチもやって来た。

私を呼んでいるのだと思うが、私はヤグチに返事をしない。

「ずっとここにいたの?」私はハヅキモエノに聞く。

 そうだよね。スケートリンクなんてありえない。

 そしてその氷の下にクラスメートが固められるなんてありえなかった。バカだった私。超バカだった。

「なんかすごいオシャレさんだよね?」

そう言ったハヅキモエノの目はキラキラしている。

「へ?」おしゃれって何?

 私、すごく心配してたのに。氷の下だと思って心配してたのに。

 ハヅキモエノはニッコリ笑って言った。「背中に黄色い点々でBって、それで名前がビイとか、もう超かっこ良過ぎ」

 …あぁ…カエルの事ね?



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