君らが中3の時にね 3
「あ~大丈夫だから」と急に言ったのはヤグチだ。
そこで私はハッとする。私はヤグチに手を握られたままだった。それをサクラちゃんとミノリちゃんに見られてたのが恥ずかしい。
「オレらさ」とヤグチはあごで桜井をくいっと指し示しながら言った。「桜井に仕事頼まれてて。でもオレがちゃんと一緒にいるから、大丈夫だから。
アライ達は先に帰っといて。さっさと終わらせて、帰りもオレがこいつの事ちゃんと家まで送り届けるから」
2人は顔を見合わせてニッコリとした後、それはもう可愛い笑顔を私に向けてくれた。
「「薫ちゃん~やっぱり…」」
いや、ヤグチとは何でもないから。
…何でもない事はないな。
私もぎこちなくにっこりと2人に笑ってみせた。
「あ、そうだ」とサクラちゃんが言った。「心配でちょっと図書室とかまで見に行ったらね、図書の先生がこれ渡してって言って私本を3冊預かってるんだよ。桜井先生が薫ちゃんに渡しおいてって頼んでたんですよね?ねえ先生?」
サクラちゃんの問いに桜井は「ふんふん」と笑顔で答えている。
この3冊の本を私が受け取っても特に何の意味もないって言ってたくせに。
「貸出カードは図書の先生が書いてくれたって」ミノリちゃんが言う。「それであの先生、高森先生の双子のお姉さんなんだって!ビックリだよね?私今日印鑑押すとこで気付いたよ」
そうそう、私もそれで気付いたよミノリちゃん。
「ロッカーに入れとくよ」とサクラちゃんが言ってくれた。「私達帰るけど、それじゃあちゃんとヤグチ君に送ってもらうんだよ?私達も手伝った方が良かったら…」
そこまで言ってミノリちゃんが「ふふっ」と可愛く笑った。
「やっぱ手伝わない方がいいよね~ヤグチ君、薫ちゃんをよろしくね?」
「おぉ」と言ってヤグチは私と繋いでいない方の手を軽く上げる。
2人は桜井に「「さようなら」」と声を揃えると、私とヤグチに「「じゃあね!お先」」と言って手を振ってくれた。
なんだか別世界みたいだ。ほんわかして幸せな女の子の世界。
桜井も優しい笑顔で2人を見送っている。普通に生徒思いの優しい年寄りの先生に見えるんだけどな。フクロウが肩に乗っていなければ。
私も2人と帰りたいな。こんなところに残りたくない。ほんわかした女の子の世界に入りたい。それでも2人が普通に渡り廊下を元に戻り、階段の方へ向かうのが見えて安心する。
「あの2人は選ばんのだな」桜井が言った。
「へ?」
「山根が選ばなきゃいけない誰かの夢に出る3,4人の事だよ。結局ヤグチと誰を選ぶって言ってたっけ?」
全くもってなんで私の世界はこんなにほんわかしてないんだ?
それで、なぜヤグチを選ぶ事は決まってるんだ?
「まぁそれがいい」桜井が言った。「あの2人には山根は、まだよそゆきの感じだな。2人はそれでも山根に仲良くしてくれてる。それで山根は余計に2人にどこか引け目を感じてる。全く山根は人見知りが過ぎるな」
「まあな」とヤグチが相槌を打つ。
ヤグチはどうして私をかまうんだろう。サクラちゃんやミノリちゃんの方がよっぽど、断然、可愛いのに。
だからゴトウハルカだってサクラちゃんの事を…
「それでうちのクラスの美術の時のキタだけが、なぜキタであってキタでないかというと…」
桜井がもう足田先生というのは止めたようでキタと呼びつつ話を戻す。
いったい何に乗り移られてるんだろうか。
桜井の話ではキタはどこかの空間からここへやって来たという。キタを追って田代姉妹もやって来たのだ。
すごい話だな。
私は宇宙を恐ろしい速度で飛ぶ5人の田代姉妹を想像する。
実際飛びそうだ。私が思っているよりすごい速さで飛びそうだ。宇宙人という話はうやむやにされたが、じゃあ何に乗り移られてるんだろう。
キタめ。私をみんなの前に腰かけさせて、私の夢の絵なんて、無理矢理クラスみんなに描かせやがって。
「まぁな」と桜井が私を見て言う。「そんな感じだ」
「いえ、私何も言ってないですけど!わかんないし!何にも!」
「だいたいわかっとるくせに」
いやいやいやいや…
「乗り移られるっていうと語弊があるんだけどな」と桜井は言った。
私は口に出ださなかったのに。
桜井は続ける。「今山根がうっすら思ったようにな」
ヤグチがイラ付いている。「何かお前の喋り、超イライラする」
「コラコラ、ヤグチ~仮にも担任に向かって」
「もう黙れ。いや肝心なことだけ喋れ」
ホントだよ。仮にも担任、仮にも担任てしつこいな…
…仮なのか!
やっぱり担任て仮なのか!?こいつもやっぱり普通の人間じゃなくて…
そう思いながら私は、キタが今日の美術の時間に言っていた事をうっすらと思い出していた。
キタは言っていたのだ。目の前に存在しているものが実際に目に映っているものと本当に同じわけじゃない。
…そんな感じの事を言ってたような気がする。そう言いながらみんなに私を見ながら私の夢の絵を描かせた。
自分の目に映るものを信じられなければ、いったい何を信じればいいんだろう。
「良くないモノ、だよ」と桜井が静かに言った。
「へ?」間抜けに私が言い、ヤグチは「はぁ?」とけんか腰だ。
「キタの心には暗くて大きい、深い穴がある」
「もうホントにオレら帰るぞ」
「いや実際穴があるんだよ。私にもよくわからないが田代先生が言っていた。君たちの美術を担当しているキタは君たちの中の誰かの…ていうかそれはまぁ山根なんだけど、山根の気持ちの中に大きな穴を作ろうとしているんだよ。自分と同じくらいの」
「私!?」私が素っ頓狂な声を上げるのは仕方ない。
「帰るぞ」ヤグチがぐいっと私の手を引いた。
「穴はな、ちょっとした作用で広がるんだよ」
私達を引きとめるように桜井が言った。
「穴って何ですか?作用て何ですか?ていうか何で私なんですか?」
「そりゃあ出席番号が一番最後だから。他に考えられん。山根の人見知りで意固地な性格が災いしてるのかもしれんな。1年以上弁当を一緒に食べている友達にも、今一つ心を開かん所とか、女子にえげつなく点数を付けてるとことかな」
「…」
「選びやすかったんだろう、キタも」
「そういうのって普通一番の人が当たるでしょ?」
「いや前から順番なんて当たり前過ぎて、一番の子がいつも当たるから可哀想だな、とか思ってこざかしい教師は後ろからあてるんだよ。後その日の日付で選んだりとかな、よくある、よくある。私は当てんがな。そんな風にしては」
桜井の生徒の当て方なんてどうでもいいよ。
「穴の説明は難しいんだがな」桜井が少し首をかしげる。
「…こう、SF映画とかでよくある手と手を重ねて君らと意思を交換する、みたいな事が出来たらな、めんどくさくなくていいんだけど」
「…先生は出来るんでしょう?そういう事。ちょいちょい私の心読んでますよね?…ちょいちょいっていうか!本当は全部私の心の中の事わかってるんじゃ…」
「バカか山根、それは私が担任だから。うっすらわかるだけだよ」
絶対違うと思うけど。
「穴はな、誰の心にもある」
桜井はフクロウを乗せていない方の手の指を使って小さな丸を作った。人に寄ってそれは色も違うらしい。大きさもまちまち。が、逆に無いなら無いでまずいらしい。その人は何かが足りない人になってしまう。例えば物凄く勉強が出来ても普段の生活がつるつるな感じ。いるだろう、そういう子がたまに。例えば物凄く絵がうまくても全く人の心に残らない絵しか描けない子とか…」
絵の賞をとった人の事をキタが何か言ってたな…
「お前は誰にそれを聞いたんだよ?田代たち?」ヤグチが聞く。
「お前とはなんだ、ヤグチ」
「気持ちわりぃからだよ」
「キタがか?」
「お前の話も、お前の存在もだよ!めんどくせぇな、わかってて言うなって」
「いや、あらかじめっていうか改めて言っておくけど私は君らの担任だから。確実に今年いっぱいは担任だし、下手したら来年も受け持つかもしれん。2,3年は続けて担任が変わらないパターンが結構多いからな。しかもキタと田代先生たちも次の移動があるまではこの学校にいる」
きょとん、とする私とヤグチ。
「君たちはいい感じだよ。…いや、君らの仲がとかそういうんじゃなくて
たぶん来年私が受け持っても、キタがこの先ずっと美術を受け持っても、山根とヤグチなら普通に今までと同じようにできるだろう。何事もなかったように。な?」
「できませんて!」
私は声に出して否定したがヤグチはもう返事すらしない。




