君らが中3の時にね 2
「美術の足田先生だけどね、」桜井が言った。「いくつのクラスを受け持ってるか知ってるか?」
うちの学校の美術の教師は一人だ。
うちのクラスはどういうわけか全員美術を取っているけれど、芸術科目は選択だから他のクラスは音楽を取る子が多かったりする。後は書道。書道を取る子は全体的に少ない。
だから例えば美術選択の多いクラスと音楽選択の多いクラスを合わせて、それぞれの選択科目にわかれて授業をする場合だってある。
全校の美術の授業をみていると言っても教師は一人で十分なのだ。キタは全校の美術選択の生徒を一人で見ていると言う事になる。
「校内全ての美術を選択している子を全部受け持ってるん…ですよね?」
「いや、…それがうちのクラスだけなんだよ」
どう言う事か全く良く分からなかった。
何何何…何?私はヤグチを見て、ヤグチも私を見た。
「桜井」ヤグチが静かに言う。
そしてその後は続かず首を振った。
「私もまぁな、説明がなかなかにうまく出来ないような気もするが、この学校の美術の先生は別にいる」
2人いるって事?でも私はキタ以外の美術の教師を知らない。去年も今年も、私はキタ以外の美術教師を見た事がない。
桜井はうっすら笑って言った。「いや、別な先生も足田先生なんだけどね」
「おい!」とヤグチが言う。
私も力が抜けて呆れた声を出してしまった。
「先生、もう本当にさっぱりわけがわかんない」
まず桜井の喋り方にイライラしているのだ。私達をこんなわけのわからない目に合わせた挙句人を食ったような喋り方しやがって。
桜井が嬉しそうに笑って言った。「イライラするか?山根」
「足田先生は」と桜井が説明を続けた。「うちの学校の美術の先生だよ、ちゃんと存在している。それで君たちの美術の先生も足田先生なんだけど、
君たちの美術を教えている足田先生は足田先生であって足田先生ではない」
そこまで言って桜井は私とヤグチを交互にじっと見ると、分かるか?的な顔をした。
分かる、と私は思った。
それでも心なしか、さっきやっと元に戻った渡り廊下が、若干また伸びたような気がするのは桜井の話のせいであってほしい。
桜井の言っている事はわかった。
何と言うか…キタは何かに乗り移られているのだ。あり得ないなとは思うけど。が、何でそんな事になっているのか、何のために私達のクラスがその標的になっているのかが全くわからない。
だいたいその悪い方のキタが何なのかもはっきりとはわかっていないのだ。
…何だろう…この先この世界にえらく重要な役目を果たすような人が、うちのクラスの中にいるって事?それでキタはそれを阻止するために私達のクラスを狙って…って、でも私達はキタに何をされているんだろう。
もうすでに誰か何かされているいるんだろうか…それも何だろう…脳を操作されたりとか?
いったい何をされてるって言うんだろう…
ピロロロン!と電子音が鳴ってビクリとする。
「あ、」と桜井がさらに抜けた声を出した。「ライン来たからちょっと待って」
ぐぐっとヤグチの手に力がこもって、私は思わず「痛っ」と声に出してしまった。
見るとヤグチは呆れた顔で私を見ている。
「お前…そう簡単に信じんなよバカじゃねえの」
「っ…」
そうか!そうだよね。
こんなわけわからない話、何ですぐ受け入れようとしてんだろ…
すぐに信じてしまった自分の愚かさを挽回するために、毅然とした風を装ってスマホを操作する桜井を睨みつけて見ると、私よりも格段に毅然としたフクロウにゲキ見されてひるんでしまう。
フクロウは桜井を守るように少し身をかがめて、威嚇するような感じで私を見ているような気がする。
今にも飛びかかってきそう。
「ヤグチ~」スマホをいじる手を止めずに桜井がヤグチをなじった。「まぁな、ヤグチは信じないと思ったんだよね。山根は?山根はヤグチに今言われたから信じかけてたのに信じるの、止める?」
やっとスマホをポケットに仕舞ってから私を見てそう言った。
「わかりません」私は正直に答える。「まだちゃんといろんな事聞いてないから」
「そうだね。山根は偉いね」
私はぶんぶんと首を振った。別に謙遜しての事じゃない。桜井にバカにされているのを振り払おうとしているのだ。
とにかく余計な事を言わずに、さっさと出来るだけ多くの事を話して欲しい。
「桜井、オレらをあんまバカにすんなって」ヤグチが言った。
「オレが信じる信じないは別にしてさっさと話を進めろよ。じゃねぇとホント、今すぐ帰るぞ。だから実際キタは何なんだって!」
「キタね…君らが足田先生の事を去年の結構早い段階からキタって呼んでんのも知ってるけど、まぁ似てるよね。私も陰ではキタって呼んでるよ。まぁそのキタなんだけど…」
「「薫ちゃん!!」」
桜井の話しの途中で急に呼ばれて驚く。
アライサクラちゃんとクリハラミノリちゃんだ!サクラちゃんとミノリちゃんが目の前にいる!
まだいたんだ、良かった本当に普通の世界に戻れた事にやっと安心する。
…いや、普通の世界じゃないよね、こんなの普通の世界じゃない。桜井の肩には白くてまるまるとしたフクロウが乗ってるんだ。2人にはこれが見えていないのかな。見えてて違和感ないの?
どうしてまだ学校に残ってるんだろう。早く帰った方がいいのに!
「何してるの!」私は2人にキツい口調で言ってしまってハッとする。
急いでつけ加えた。「ごめん、大きい声出して」
「「ううん」」と2人は声を揃えて言ってくれた。
「薫ちゃんこそ大丈夫?」
それでも2人の顔は少し強張っていて、私はそれだけでとてつもなく不安になる。
2人の事が大好きだからだ。2人に嫌われたくない。2人の心配に対して私は良い顔では答えられなかった。私の顔だって強張っている。
「大丈夫だよ、ありがとう」とだけ私が言うと
2人が急に大声を出したので本気で驚いた。
「「ありがとうじゃないよ!!」」2人はそう言ったのだ。
サクラちゃんが言った。「今日ずっと、何か変だったじゃん。何かずっと落ち着かない感じ」
心配して怒ってくれているサクラちゃんを見ながら、私はゴトウハルカのメモを思い出した。
…サクラちゃんゴトウハルカに連絡するのかな。
今日の放課後以前の事がどれもこれも遠い昔のような気がする。
「でも何も言ってくんないから」ミノリちゃんが言った。「私達余計に心配しなきゃいけなくなっちゃうよ、薫ちゃん。話聞こうと思って待ってたら、生物室から帰って来ないし」
本当に嬉しい。心配してもらえてすごく嬉しい。
本当にこの2人は良い子なんだな、と私は改めて思う。私だったら逆の立場だっとしてこんな事を言って上げられただろうか。私は2人の事が大好きなのに、どこかで、…というか全てでまだ一線を引いているのだ。
どうしよう。私は2人を早くこの学校から帰したい。
この2人はこんなつまんない、わけのわかんない事に巻き込まれたらいけないのだ。
なぜならそれは、私の大事な友達だから。
けれど、と思う。2人がこのフクロウを何とも思ってないのなら、ここにいる2人はサクラちゃんとミノリちゃんじゃないかもしれない…
そんなに簡単に元の世界に戻れるわけがない。
「先生」とサクラちゃんが言った。「もう~いつまでそのフクロウ乗せてんですか?」
「えっ」と私は驚く。
「なかなかな」と桜井が微笑んで答える。「降りんのんだ、ここから」
サクラちゃんとミノリちゃんにもフクロウは普通に見えてるんだな…と安心する。
「先生はいつからフクロウ乗せてるの?」
どうでもいい質問を私はミノリちゃんとサクラちゃんにしてしまう。
「放課後私達が薫ちゃん待って、教室に残っている時に先生が入ってきて
その時にはもう乗ってたよ」とミノリちゃん。
「高森先生が手品で出したんだって」サクラちゃんが笑いながら言う。「何かちょっと…ウソっぽいよね?」
「私は普通にオウムとかが良かったんだがな」と桜井。「喋りを教えたりしてな」
何か、ほのぼのしてるな。普通の放課後にありそうな会話だ。
まぁフクロウを肩に乗せた担任なんてどこにもいないだろうけど。




