私の告白 2
言おうか言うまいか迷って言う事にする。今一緒にいてくれている事に対するお礼の気持ちだ。こんな状況だ。きちんとお礼を言っておこう。
「夢の中で一人で校舎から出られなく怖かった時、ヤグチ君が夢に出てきてくれて…」
…あの時も、なんでツブツブじゃなくてヤグチなんだろうと思ったんけど本当は。
でも…
「一人じゃなくて本当に良かったと思ったよ。一緒にいてくれる人がいて良かったと私は夢の中でも思ってた」
それは本当の事だ。
あの時ヤグチが出て来てくれなかったらたぶん私は、あの灰色の屋上にも出られなかった。
「今日の廊下で助けてくれた時も、今も一人じゃなくて本当に良かったと思うよ。だからね…ありがとう」
ヤグチは笑いをかみしめるようなちょっと変な顔をして、無言で下を向いた。
恥ずかしいが私は続ける。「そりゃ私はヘタレだから、本当のところやっぱ授業終わったら速攻帰ってたら良かったってすごく思ってるんだけど、結局はこんな事になっちゃったし…今私ひとりだったらとか考えるともう怖くてたまんないもん。一緒に来てくれてありがとう。本当の本当は帰っとけば良かったんだけど」
ヤグチがゆっくりと顔を上げて「わかった」と静かに言った。
今度はちょっとムッとした顔をしている。
「わかったからもう言うな。くそ、せっかく喜んだのに。本当に帰っとけば良かったとか2回も言うし。お前ホントに中学の時から全然変わってねえな」
「中学の時なんか一緒のクラスになった事なかったじゃん!」
「でもお前オレの事結構睨んで来てた」
「睨んでないよ!ちっとも睨んでない!だって怖い感じだったじゃんヤグチ君」
「怖くはねえよ。ちょっとやさぐれてただけで。それでオレの事睨んでくるから…」
だから睨んでないって言うのに。
ヤグチが少し下を向いて言った。「オレの事好きなのかと思ってた」
「なんで!!」
びっくりして出した大声が、果てしなく見える渡り廊下の向こうの方へ渡りながらかき消えていった。
何でそんな風に思う!
「オレが結構な感じで女子から声がかかってたから、それが気に入らなくて睨んでんのかと…そう思ってるとこに聞いた。人づてに。なんであんな風になっちゃたんだろうって、お前がオレの事をそう言ってたって。それでオレはお前の事が結構気になってきて…」
ふるふると首を振って言う。「…それ、私じゃないと思うよ」
「…。いや、お前だって。でもお前は直接オレに話しかけてこねぇし。オレもなかなか話しかけられねぇし、それでオレはお前の進路をお前と同クラの友達からに聞いてオレも同じ高校選んで、1年の時にはクラス別になったけど。覚えてねぇ?オレ1年の時にお前に話しかけた事があったんだけど」
「え…」
「『お前もここ?』って聞いたらお前『へ?』てだけ答えて、目もほんの少ししか合わなくてそんだけだった。次話しかけようにも目も合わなかったらと思うとなんか話しかけづらくて。やっと今回同じクラスになったけどな」
それ絶対私じゃない。
『お前もここ?』とか聞かれた記憶が一切ないんだけど。中学のときだって、やさぐれたヤグチに対してやさぐれない方が良かったなんて言ってない。
…と思うけど…そんな風に思ってはいたけど、口に出して誰かに言った事はないと思う。言うはずがない。ヤグチ本人とも喋った事がなかったはずんだから。
というか、ヤグチも私もこんな状況でこんな感じってずいぶん余裕があるな…
「ねぇヤグチ君、もんのすごい大声出して叫びに叫びまくったら、全部目が覚めて元に戻るかな」
ハハ、とヤグチは笑った。「急に話を現実に戻したな」
まぁその現実が現実的では全くないわけなんだけどね。
「夢落ちは無しだな」ヤグチが言うが意味がわからない。
先を促すために「ふん?」という顔をして見せたらヤグチが続ける。
「目が覚めるって夢だとしてって事だろ?」
ううん、と私は首を振る。「夢だと思いたいけど夢じゃないってちゃんと分かってるよ、だって超リアルだもん。て、あれ?ヤグチ君もそう感じてるよね?」
「こういう流れだと、何かのきっかけとか、どっかに現実に戻れる場所があってそこから元に戻ったり、全然別の場所で覚醒して現実に戻ったりするとかな。お前どうだと思う?」
「ヤグチ君は怖くないの?」
「怖いっちゃあ怖いけど…まぁ…運命だよな」
言ったヤグチが赤くなったので思わずガン見してしまう。
「そんなに見んな」
「あ、うん、ごめん」何言ってんだと思ったから。
「オレも話戻すけど、それでやっと同じクラスになれて、うまい具合に出席番号前後ろだったから、席も前後ろで、オレは頑張ってお前に話しかけてたところに2人で桜井に呼ばれた。運命だよな?」
またガン見してしまう。
そして、いや…と私は首を振る。私はヤグチが呼ばれてたのは知らなかったもん。
「首を振んな」とヤグチがムッとした。
「だってそれは桜井が無理からに私を呼んで、さらに無理に話を押しつけてきたんだもん。それに今こんな状況なんだよ?私は怖くてたまらない。最後には私達も消えて、後にはこの校舎だけが残りそうな気がする」
「ネガティブ極まったな!」
「だって…」
「だってじゃねぇよ」珍しくヤグチの声が気弱だ。
不安が倍増する。急にヤグチまでもが消えてしまいそうな気がしてくる。
「ごめん!!」慌てて言った。「ごめん!消えないで!」
「…何が?」
「消えそうとかもう言わないからヤグチ君消えないで」
ヤグチが驚いている。消えないで、なんて私が急に言ったせいだ。
「ごめんネガティブで。でも頑張るから消えないで」
「消えねぇよ。そんな事言うなよ怖ぇじゃん」
「うん言わない」
「でもすげぇ嬉しかったかも」
ヤグチがにっこりと笑ってくれた。
…良かった。ありがとうヤグチ。
結局私達は恐ろしく伸びきった渡り廊下を渡ってみる事にした。
恐ろしく胃が痛いし、心臓はずっとバクバク言ったままだ。一応もう一度階段を降りてみたがやっぱり同じ階で、そのまた階段を降りてみたが同じ階だったし、教室の窓から降りて外壁のでっぱりをどうにか伝って下に降りる事も考えたが、無理そうなので取りあえず渡り廊下だ。
この長い長い渡り廊下を渡りきったら2年4組の教室に戻って、私達のかばんを取って普通に下校できる、かもしれない。出来なさそうな感じが90パー超えているが、そこは賭けにでなければいけないのだ。
…取りあえず教室にたどり着けばかばんの中にケイタイがあるし、ヤグチだってスマホがあるはずだからきっとどこかに連絡が…
…取れないんだろうな、やっぱ。だってこんな感じだもん。電波もつながるわけがない。
それどころかこの渡り廊下を半分くらいも渡らないうちに、私達はしゅうううっと消滅しそうな気がしてならない。
どんなにポジティブな願いを無理矢理持とうとしてもやっぱり駄目だ。
あんまり怖いから、ヤグチの手をぎゅっと握ってしまうとヤグチも握り返してくれた。
「手ぇ繋いどけば消える時にも一緒に消えられるんじゃねぇ?」
「え~ヤダよ~助かろうよ、家に帰ろ?」
ヤグチはケラケラと笑って、その笑い声が私達より先に渡り廊下を渡っていく。
足が震える。足の裏がヘナヘナだ。
そう言えば桜井が世界史の時に言ってたな。実際何も信じていないんだって。
自分の目で見た事しか信じないし、自分の目で見た事だって信じられない事はたくさんあるって。




