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見えるもの消えるもの 3

「お前すげぇな」とヤグチはもう一度言った。

いや、私はすごくないよ。だから首を振って見せる。

「いや、すげぇって。あの藻を見つけてすぐにここを水槽だと思うあたり、半端ねぇな」

やっぱバカにしてんのか。

「何かわかる気がしてきた」

「何がよ?」私は聞く。

「桜井がお前を選んだ意味が」

 私をバカにしてるんじゃなくてヤグチがバカだった。

 私が桜井に選ばれたのは出席番号が一番最後だからだ。


 そしてさらに私は怖くなる。

 この固まった水槽スケートリンクの中に、ハヅキモエノ達が凍らされて固められている絵が浮かんだのだ。

 嫌だ…ブンブンと私は大きく頭を振った。

 考え過ぎ。考え過ぎっていうか、私頭イカれ過ぎ。ていうかこれ全部、夢なんじゃないかな。



 夕べも私は夢の中で、ヤグチに手をひかれて校舎中を走り回った。出口を見つけれないまま。

 …もしかして今もないってことかな。この校舎に出口が。

 これは夕べからずっと続いている夢の中なんだ…そうじゃなきゃ何もかも説明つかないよ。

またヤグチが言った。「お前すげぇな」

 もうわかったって!



 今すぐあの藻の所まで行って、あれが本当に藻なのかどうか確かめたい。

でも行けないな。怖いもん。

 今自分が夢の中にいるとしか思えなくても、それでも今私のいるここがちゃんと現実なんだっていうはっきりとした感覚が私の中にある。


 確かめたくても確かめたくないものがあの氷の下にあるとしたら、私はそんなの絶対に見たくはない。

 それに私達がこのリンクに上がり、あの藻の所へ向かったらこのドアが閉まるのだ。バタンと。永久に。

「ヤグチ君…私さ、無責任なんだと思うけど…もううちに帰りたい。ごめん、帰るから」



 手に負えないのだ。

 今私の目の前にある光景は到底私の手に負えるものではない。

 だいたい私の「仕事」はクラス全員の話を聞くって事だったじゃないか。

それで「誰かの夢に出る3,4人を選ぶ」って。

 そもそもそれがおかしな話のはじまりなんだけどね!

 やっぱり夢だよね?今私がいる「ここ」は、私が夕べから見ているやたらリアルな長くて無駄な夢だ。



「お前バカじゃん、もったいねぇって」とヤグチが言った。

何言ってんのこいつ…何が何にたいしてもったいねぇんだよ?

「全部確かめよぉぜ、どうせなら」

だから何にたいして、どうせなんだよ?



「取りあえず落ち着きたい」私は言った。

「よし、落ち着こう」ヤグチが答える。

はぁぁぁ、と私はため息をついてしまったのに、ヤグチは私ににっこりと笑う。

 ずいぶん優しい顔して笑うんだなヤグチ。

 全然そんな状況じゃないのに。


「こういう状況だから聞くけどさ」ヤグチが優しい顔のまま言った。

「いや、本当は聞かないつもりだったし、聞きたくねぇっつうか、聞かないまま何となくこっちに持って来れたらいいって思ってたけど、お前さ、オオツブの事がやっぱ好きなの?」

ヤグチの言うとおり本当に全然そんな状況じゃないのに、私はぶわっと頬が紅くなるのがわかった。

「どっち?」ヤグチが答えをせかす。

「…」

私は答えないままただ首を振った。

「ちっ!」とヤグチは舌打ちをする。「わかった。まぁいいや。取りあえず隣確かめよ?」



 隣の物理室は普通だったように思う。

 走って来る途中でちらりと見えた。

「まずこのスケートリンクをじっくりと確かめたいけど、これ絶対、あの藻のとこまで行ったらドアが閉まって、オレら閉じ込められるパターンのような気がする」

うんうん、と私は力強くうなずいた。私もまさにそう思ってたよ。

「それに…、な?」ヤグチが結構真剣な顔で言う。

「こういう感じの流れだとハヅキ達は氷の下だろ?」

ヤグチ…

 気持ち悪っ!



 物理室はやはり普通だった。何の変哲もない、私達の学校の、私達の物理室。みたいに見える。

 まぁ私もヤグチも物理をとってはいないから1年の時に入ったきりだけど。間違い探しをしたらいろんな所が本当の物理室とは違っているのかも…

 いや…、いやいやいやいや…そんな事を考えるのは止めよう。

「まぁな」とヤグチが言う。「ここはまぁOKって事で」

 うんうん、と私はうなずいて、どうしようかちょっと迷ってから、「ヤグチ君聞いて」と話し始めた。夕べの夢の話だ。

「オレも見たの言ったよな?美術の時。学校じゃなかったけど、迷路をお前と一緒に迷ってたって」



 私達は2年4組に戻る事にする。

 そしてその後は2年担任の控室と、そこに桜井も高森もいなかったら職員室へ。

 校舎の中に全く人の気配を感じないけど…

「もう、誰もいないような気がするよ」ヤグチに言うとヤグチもうなずいて「だろうな」と言った。

「その夢ね、嘘みたいだけど本当に今みたいな感じ…スケートリンクも出てきた」

「へ~そりゃ…」

「ヤグチ君も出てきた」

ツブツブも出て来たけどそれを言わない私はずるいな。

「桜井に話をしようと思って学校に早く来たら誰もいなくて、怖くていったん校舎を出ようとしたら出口が見つかんないんだけど、ヤグチ君が出てきて一緒に出口を探してくれる夢だった。今みたいに」

「それで?」

「出口が見つかんない夢」

「あ~~~…まぁお前はネガティブだからな」

そうか。私がネガティブゆえのあの夢か。

「でも描かされたじゃん美術の時間。お前の絵ってそんな感じじゃなかったけど?」

あれはその時繋いでいた私とヤグチの手だとはとても言いにくい。



「なぁその夢オレ以外に誰が出てきた?」

「え?…え~と、クラスの人たち?」

「なんで疑問形なんだよ?」

「…夢だから。そこまではっきりは…」

「覚えてんの言ってみ?誰が出てきた?」

「…田代ミカと高森」

「田代ミカ?…へ~…え、もしかしてオオツブとかは?」

「…」

「出てきたの?」

「…ちょっとだけ」

「お前…」

今日もツブツブと速攻で帰っていたら

こんな事にはならなかっただろうに。


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