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大丈夫な事なんて少しも 1

「大丈夫」とヤグチが言った。「山根、大丈夫だから」

「…」

「山根?」

「…何が?」

「ふん?」

「何が大丈夫なの?大丈夫も何も…わからないよ全部。気持ち悪い。…私、もっと最初から気持ち悪がれば良かったな」

ふっとヤグチが優しい顔で笑った。

「なんかお前のしゃべりってそんな感じだよな、いつも。お前すげぇ面白いよな…。けど大丈夫だから、あんま深く考えんな。深く考えても考えなくも変わんなさそうだから。そいでやっぱ今日はいっしょに帰るぞ」

 私は…うなずいてしまった。



 クロッキー帳は前に集められ教卓に重ねられるが、キタがいない。

 また準備室に引っ込んだんだろうか。キタはずっと準備室と美術室を出たり入ったり。

 クロッキー帳はクラス全員分積み重ねられ、結構な高さになった。その積み重ねられたクロッキー帳を見ながらため息をつく。

 …偶然だよね?全部偶然。描こうとした絵が被る事なんて、ある。

 …いや、偶然なんて、本当は私には少しも思えない。



 次の6時限目は桜井の世界史だ。

 私は次も絶対に桜井から「山根?」と呼ばれるはずだ。今日一日ずっとそうだったんだから。

 呼ばれないわけがない。


 そしてそれきりキタは教室に戻って来なかった。

 ざわざわだらだら私語が続いたまま美術の時間は終わり、日直が準備室を覗きに行ったがキタはいなかった。

 教卓にはクロッキー帳が重ねられたまま。みんなはぞろぞろと美術室を出る。

 それを目で追いながら、ヤグチとハヅキモエノの絵を思い出してぼんやりとしてしまう。



 「ほら、帰るぞ教室」とヤグチに腕を掴まれた。

 残っているのは私とヤグチだけだ。

 掴んできたヤグチの手が温かい。

「ヤグチくん…私…」

自分がどこにいて何をしてんのか、ちょっとわからなくなってきてるような気がするんだけど、と言いそうになって止める。

 自分がどこにいるかわからないのは今日からか?昨日からか?桜井の話を聞いた時からか?

 その前からもしかしたら…


 このクラスになった時から、この高校に入った時から…

 私は頭を振った。「やっぱ何でもない」とヤグチに言う。

 だって私はちゃんとここにいる。私の腕を掴んでいるヤグチの手のぬくもりをちゃんと感じている。



「ほら」とヤグチが腕を引いてくれる。「ハヅキモエノの事は後で考えよう」

「…」


 遊びだ。誰かがどこかでやっている、どうでもいい遊びに私は無理矢理関わらされてる。

 たぶんそれは…私を不思議な気持ちにさせようとして?

 何の意味があるんだろう?…意味なんかないか?遊びなんだから。



 「薫ちゃん!」と呼ばれて声のした方を見ると

ツブツブが美術室の入り口で私を手招きしている。

 今までここに残っているのはヤグチと私だけだった。私を迎えに来てくれたのかな。

 それとも待っていてくれた?

 でもツブツブの顔は笑っていない。ヤグチが腕を掴んでいるからだ。どうしよう…

 どうしようという目でヤグチを見てしまいヤグチが笑ったので、私は慌ててツブツブの方へ向かう。

 ヤグチが後ろからついてくる。

 私は一人で帰りたい。



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