下校 1
でもヤグチがすぐに追いかけて来て、しかも肩を掴んできた。
ヤグチの後ろに目をやるとやっぱりまだエダノノカが見ている。さっきより嫌な顔をして。
「取りあえずケイタイ出して」ヤグチが言った。「ケー番交換しとこう」
「…」
「嫌がんなよ。連絡取らなきゃいけない時が確実に来るんだって。ていうか今日メールするから。ほら!」
「今?」と不機嫌に言ってしまう。
「お前露骨だな。オオツブに話しかけられた時はにやにやしてたくせに」
黙れ!
「山根さん!」結構大きな声で呼ばれてハッとする。
スズキナツミだ。私に向かって手招きをしているがもう無理だよ。今日話聞いたじゃん。私はツブツブの所に行きたい。
エダノノカが私の事をまだ睨んでいる。
「ケイタイ今日持ってない!ごめん!急ぐから」
私は校門へ走った。
校門へ急ぎながら結構ドキドキする。ツブツブはあんな風に言ってくれたけど、本当に待っていてくれるのかな。
恐る恐る校門を出ると左手の方、バス停のある方へ10メートルくらい行ったところに、学校を囲む壁に寄り掛かってツブツブが待っていてくれた。
待っていてくれるツブツブを見ても、本当に私の事を待っていてくれてるんだろうかと、少し不安になって立ち止まってしまう。
ツブツブが私に気付いて手を振ってくれた。
良かった。やっぱり私を待っていてくれている。思わず笑顔になってしまう。
ほっとした私が駆け寄っていくとツブツブは笑った。
「やっぱ止めたんだね、高森のとこ行くの」
うん、とうなずく。
だって帰ろうって言ってくれたから。
そう口に出して言ったら可愛いのかもしれないが、そんな事口に出して言うのは恥ずかしいので、もちろん言いはしない。
「良かった」とツブツブが言ってくれる。「バスで帰る日めったにないから。帰りも一緒に帰れたらなって思って」
うわ~と思う。
私だったら恥ずかしくて絶対言えないような事を、ツブツブが私に言ってくれている。
「…ありがとう」と私は言う。「昨日もありがとう」
一応ニッコリして見せたつもりだけど、恥ずかしいから顔が引きつっているような気が自分でもする。
「うん」ツブツブも笑ってくれた。「それに…」
「それに何?」
「今朝オレちょっとムッとしちゃったから。昨日は楽しく帰れたのにと思って」
やっぱりムッとしてたのか。でも優しいな。楽しく帰れたとか言ってくれている。
「名前で呼んでってせっかく言ってくれたのに、私は女子の友達も少ないし、女子の事もあんまり親しくない人の事は、なかなか名前で呼べないんだよね」
「うん。オレもそうだよ」
なんか話しているうちに落ち着いてきた。
昨日もそうだった。昨日あそこを通りかかったのがツブツブで良かった。
バス停にたどり着くと、もう25、6人くらい生徒がいて、ありがたい事に同じクラスの子はいないが同学年の子は何人かいる。
すぐにバスが来て、ツブツブは私を先にバスに乗るように促してくれた。
私が空いている席に先に座ると普通にツブツブが隣の席に座る。私は一緒に並ぶ事がちょっと恥ずかしいが、ツブツブは特に何とも思っていなさそうな顔で、私はそれがさらに嬉しいと思う。
私が隣に居る事を普通の事と思ってくれている感じだ。
…って、やっぱり気を付けなきゃ。
これも全部桜井のミッションあっての事なんだから。じゃないと私がこんなに急に男子と仲良くなったりはできない。
「普通は自転車なんだよね?」私は聞く。
「そうそう。オレ部活やってないから体力作りのためと、バスの時間気にしなくていいから。でも雨がひどい時にはバスに乗るよ。山根はオレの事バスで見た事ないって言ってたけど、オレは何度か山根見た事あったよ」
そうなんだ!
見た事あったって言われたのが嬉しい。こんな普通の話を普通に話せるのっていいな。
でもやっぱり一応聞いてみよう。
「変な事聞くけどね、オオツ…え~と…ユウリ君」
名前で呼ぶのはやはり恥ずかしいが、せっかく望んでくれているので頑張ってみるとツブツブが、おおっ、という顔をしてくれた。
「桜井先生か高森に、何か変なもの飲まされたり食べさせられたりしてない?田代ミカとかにも」
「何それ?」と言いながらツブツブは嬉しそうに笑ってくれた。「やっぱ名前で呼ばれると嬉しいね。オレ、ツブツブとか言われんのほんと嫌」
…ごめん呼んでるんだよ、ツブツブ。
「それで、山根が恥ずかしがりながら呼んでくれるのが凄いいいな」
わ~~~と取りあえず心の中で騒ぐ。




