下校 2
名前で呼ぶのはなかなか恥ずかしいけど頑張ってみよう。望んでくれている間は。
だってこんな事もう一生ないかもしれないし。
「何か悪いから」とツブツブが言った。「オレもその…山根って止めて下の名前で呼ぼうか?」
わ~~~ともう一度心の中で騒ぐ。
やっぱりツブツブ…きっと本人の自覚のないうちに何かしら飲まされたか、何か変な呪文かけられてるんだよ。
私は正直に言った。
「私本当に『ユウリ君』て呼ぶの、ものすごい恥ずかしいんだよ。その上、オオツ…じゃないや、ユウリ君に、薫、とか呼ばれたらもう物凄く恥ずかしいかも。顔上げられないよ」
「可愛いな」
「え?」
「だよね、そうだと思うんだけどさ、…何て言うか…呼びたいっていうか」
おおおお~。
どうしたんだ…まさに付き合い始めの男女、みたいなこんな感じ、またとないから本気で楽しみたいけど…
ダメだな恥ずかしい、でも嬉しい。
恥ずかしい。嬉しい…繰り返していたら
「おお、乗ってたのか」という聞きなれた声がした。
まさかと思って、少しツブツブの方へちょっと体を寄せて見ると、私達の3つ斜め前の席に腰かけた桜井がこちらを振り返って見て笑っていた。
いつからいたんだ桜井。
最初のバス停にはいなかった。2つ目の停留所から乗り込んだのだろうか?
今のツブツブとの恥ずかしい会話は桜井の耳に届いてはいないよね?
「あれ?どうしたんですか先生」ツブツブが聞く。「今日休んだのに?」
「あぁ病院に行ったんだよ。君ら今日も一緒に帰ってるのか」
桜井はにこやかに続けた。
「昨日はありがとうなオオツブライ。山根の事送ってくれて」
バスの中のみんなに聞かれているような気がして、私はすごく恥ずかしくなる。ひそひそ声で話せ桜井。
いや自意識過剰だ。誰も私の事なんて気にしてないのに。
それよりも私は桜井に、ヤグチの事を聞きたいのだが、もちろんこのバスの中で聞けるはずはない。
「山根?」桜井は続ける。
仕方ないので返事をする私だ。「はい」
「今日は何人山根のとこに来たかな」
え?
返事をしない私に桜井はまた聞いた。
「今日は誰が話に来た?」
それは人の前で普通に答えても大丈夫な感じなの?
ツブツブが、何の話?、という感じで私を見る。じゃあ、私がここでヤグチの事を聞いても…
ダメだよね、やっぱり。ツブツブに変に思われたくない。
「…何の話ですか?」と私は言った。
桜井は笑っている。嫌なジジイだな。
「山根」と桜井がまだ笑いながら言った。「今、『嫌なジジイだな』って思っただろう?」
ギクリ、とするが頑張って、私は桜井を無視して窓の外を見た。
今度はツブツブが桜井に聞いた。「何の話ですか?」
「いや~昨日山根に頼んだんだよ」
私はさっきよりもギクリとする。それはツブツブに話してもいいの?ヤグチにも聞かせて…
まさかクラス全員に教える気だったりして。
私は窓の外を見たまま耳を澄ませて桜井の答えを待つが、桜井が何も答えないのでまた、私はツブツブの方へ体を寄せて桜井を見てしまった。
桜井も笑うのを止めて私をじぃっと見ている。
「何なに?」ツブツブが私と桜井を交互に見ながら言う。「どうしたの?何?」
「…昨日の頼まれた用事の事だと思うんだけど…」
私はツブツブへの説明に迷う。
「誰もまだ何にも!…言ってきません」私は桜井にそう答えた。
だって確信はないもん。スズキナツミの話はそうかもしれないけど、ツブツブとヤグチの話は、私が「聞くべき話」なのかはよくわからない。
「ほぉ~そうか」と桜井が気の抜けた返事をした。
私はその後桜井を無視した。
桜井の気の抜けた返事にキレたのだ。
ヤグチにも昨日の話を聞かせて、ツブツブにも今バラすんだったら、昨日私だけを呼んで話をした意味はないんじゃないか?
ホームルームか何かで、「みんな、思ってる事を山根に話に行くように。
山根はそれを聞くように」、って言えばすむんじゃないだろうか。
私は高森の、不気味で不味いお茶も飲む必要なんか無かっただろう。
私が無視したきり、桜井ももう何も話しかけてこなかった。
私はもちろん気になって仕方なかったが、ツブツブの手前、桜井の事は気にしない振りをした。
桜井はそこから3つ目の停留所で
「じゃあ明日な」と言いながら降りていった。
「昨日はプリントをどうにかすんの頼まれたんでしょ?」ツブツブが聞いて来る。
「うん…」
ツブツブが首をかしげて優しい顔で私の顔を横から覗き込む。
「山根、昨日気分悪くなってたよね。高森にお茶飲まさせられて。今も桜井先生、何か変な事言ってた。山根?大丈夫」
「うん。ありがとう」どうしようか迷う。
ツブツブが私の事を心配してくれている。
全部話してしまいたいけど…どうなんだろう。それでツブツブに何か悪い影響が出たら嫌だな。




