大切な気持ち 2
「…おはよ」とツブツブは気まり悪そうだ。
そうか…ツブツブもしかしたら今朝メールくれてたのかも。
鞄を開けようとしたら、ヤグチが鞄を引っ張った。
「会っちゃったんだよ~~」とハヅキモエノが言った。「バス停で薫ちゃんのこと待っとこうかと思ったらユウリも薫ちゃん待ちだったらしくて、…人数多いね私たちも一緒に行っていい?」
「「もちろんだよ~~~」」とサクラちゃんとミノリちゃんが言いながら
ヤグチとツブツブと私をちらちらと見た。
ツブツブがじっと私を見て来ると、それを見たヤグチが私の手を掴みながら言った。
「帰りは二人で帰るから」
ぶわっと顔が赤くなるのがわかる。ツブツブも明らかにムッとしているし、
私だってみんなが見ている前で恥ずかし過ぎる。「きゃ~~~~~」とハヅキモエノが冷やかすように笑うと、ツブツブはさらにムッとして、ヤグチが掴んだ私の手を見ているから私はとてもそわそわする。
「帰ってそれで」とヤグチが言わなくてもいいのに付け加えた。「今日はオレんち来る約束してるから」
「あれ?」ハヅキモエノが首をかしげる。「それは私は無しって事?」
「無しって事!」
ヤグチと隣り合ってバスに乗る。
どうしよう顔が赤いままだ、きっと。それが恥ずかしくて窓際の私は外を眺める。
通路を挟んだ私たちの右側に、サクラちゃんとミノリちゃんも隣り合って座り、私とヤグチの前にハヅキモエノとツブツブ。
なんだ、二人並んで座るんじゃん…でも私もヤグチと座ってるもんね…
「まさか」とヤグチが私の耳元で言うのがくすぐったくてビクッとしてしまう。
「お前、気になってんの?」前の席を指さしながら聞く。
そりゃあ気になるよ。でも私は私で嬉しいんだよ。サクラちゃんとミノリちゃんもいて、ヤグチが今は隣にいてくれてる。
けれどそれをヤグチに答えたくないのでまた窓際を向くと、もうすぐ止まるバス停に桜井が立っているのが見えた。
目が会ってびっくりして慌てて首を回したので、ヤグチの口に私の鼻が当たった。
「ごめん!」
ヤグチは驚いていたがすぐに嬉しそうに笑った。
もう。嫌だなぁ。
「おはよう」と桜井が乗り込んできてサクラちゃん達の前の席に座った。
おはようございます、先生バスなんですか?、歩く事もあるけどな、2年4組率高いな~、あぁ、さっき自転車で行く高森先生と走ってる田代先生たちを見たよ、結構な全速力で、朝からすげぇな田代姉妹…という会話が続き、「ヤグチ」と桜井がまともにこちらを見て言った。
「…何?」ふてくされたようにヤグチが答える。
「ヤグチ~~。『何ですか?』、だろ?仮にも担任に向かって…」
「いいから何」
「まぁ頑張れ」
「何だよそれ」
「それから山根」
「…はい」
「モテモテだな」
「…」
「いろいろな、信じられない事はたくさんあるけどな、まぁいいんだよ」
「…」
「山根にとっては山根の見たものが本当の事なんだよ。まぁ今日も山根の所に誰かが話にくるだろうが、山根に聞いてもらいたいと思って話している事はちゃんと聞いてやるんだよ?流してもいいから聞いてやるんだよ」
「今日もですか!?まだ話にくるんですか!?」
「そりゃ来るだろう。全員終わってないんだから」
桜井は笑って続けた。「ヤグチが、山根の事をすごく好きだ、って言ってきたら、まぁ取りあえずは聞いてやらんとな。それを信じるかどうかは山根次第だけど」
「うるせぇよ」
ヤグチが言いながら私の方へ体を少し寄せた。
私は信じない。いろいろな事を。
私は信じている。いろいろな事を。
私が信じているのはまず、今このバスに乗っているということだ。隣にヤグチがいて、前にハヅキモエノとツブツブ、そしてヤグチの向こうに大好きなサクラちゃんとミノリちゃん。その前に座った桜井がもう一度私とヤグチを見て、いつになく本気で優しい顔をして笑ってくれた。
「ごめん、ほんとに」
ヤグチが私だけに聞こえるように顔を近付けて言ってくる。「オレが凄くかっこ悪かったのわかってる。あんだけ助けるとか言っといて」
「もういいよ、本当に。ちゃんと…わかってるから」
「何が?」
顔を近付けたままのヤグチがまじまじと私を見るので、私はものすごく恥ずかしくなってまた窓の方を向いたけれど、窓の外を見たまま今度はちゃんと言った。
「わかってるよ。ちゃんと私と一緒にいてくれようと頑張ってくれたの、わかってる」
膝の上に組んでいた私の手を、ヤグチがぐいっと取ってぎゅっと握ってくれた。ちょっと痛いくらいに。
「出来るだけつなげる時は手ぇつないどこ」ヤグチが言う。「そしたらもうはぐれないし」
私は慌てて首を振った。サクラちゃんとミノリちゃんの視線も感じる。ツブツブ達にも聞こえてるだろうな、と思う。
「いいよ、」とヤグチに言う。「いいって大丈夫。恥ずかしいよ。ヤグチ君は恥ずかしくないの?」
ハハハ、とヤグチは嬉しそうに笑った。「お前、やっぱそんな感じ!」
それから真面目にヤグチが言った。
「恥ずかしいよ、オレだって。でもほんとに。今度こそがんばるから、やっぱり繋いどこ」
大切なのはその人を大事に思う心だね。
ヤグチが私の事を大事に思ってくれているのが今はわかる。
繋いだ手に時折ぎゅっ、ぎゅっ、と力を入れてくれるから、ちょっと痛いけどなんだかくすぐったい。恥ずかしいから離したいけど、繋いでくれていると安心する。
私も嬉しいと、今はちゃんと思えてきている。
ヤグチの私を思ってくれている気持ちが、この先ずっと続くかと言うとそれは全然信じられないんだけれど、そして次、何かあった時にちゃんと助けに来てくれるかどうかも、本当のところ強くは信じられないんだけれど、
それでも今はちゃんと思えるのだ。
ありがとうヤグチ。
ありがとうサクラちゃん、ミノリちゃん。
ハヅキモエノとツブツブも。そしてクラスの、今一緒にすごしているみんな、私の中にいた赤い目の大きな犬、使えなかったけどフクロウ、ついでに桜井先生と高森も。もちろん田代先生たちも。
「山根?」桜井がまた振り向いて私を呼んだ。
私とヤグチの繋いだ手を見て、そして私の目を見て微笑むと、全くいつもの飄々とした調子で言った。
「山根、今日の放課後、残って私の所へ来るように。な?」




