私が山根薫じゃなかったら 1
「…ねぇムラヤマさん」小さい声で呼ぶ。
「何?」
「私たちが歩いても赤い目がさっきと同じように見えてる。臭いも全然変わらずひどいままだし。私たちについてきてんじゃないかと思うんだけど黄色い目はどう?」
「うん。そうだね」
あ~~…嫌だなぁぁぁ~~…
うんそうだね、ってそんな普通に答えてるけど…やっぱり黄色い目もついて来てるんだ。
「でも」とムラヤマさんが続ける。「『ついて来てる』、じゃなくて、
『ついて来てくれてる』が正解なのかも」
「…どういう事?」
「きっと私たちを守ってくれてるんだよ」
「…何言ってんの?」
あんなグロテスクでってまぁ実際見たわけじゃないけど、悪魔の手下、みたいな印象のヤツが?
「だって前もいたから」
「え?」
「前もいて、私を妹のところに案内してくれた。だからその山根さんに見えてる赤い目のは山根さんを守ってくれてるんだよ」
マジで!本当に全然そんな風には感じないって。怖くて気持ち悪いしか感じない。それに臭いだって攻撃的だし…
「こんな事言うとオタクくさく聞こえるかもしれないけど」
と前置きしてムラヤマさんが続ける。「守護霊?っていうか、守護モンスター?」
マジで!
「だってそうじゃなかったら、私たち、とっくに襲われててるか、もっと悪い事になっててもおかしくないと思うけど」
…そうか…そうなのかな…ゆっくり食べようと思ってるだけじゃないの?
「山根さんも前に見た事あったんじゃないの?」
「…あった。前もいた」
「その時助けてくれなかった?」
「…私すごく怖くて動けなくなって…」
そして私は別な所へ落ちていった…
あれはもしかしたら助けてくれたって事?
「そっか…でも、ね?だからね、」ムラヤマさんが相変わらず静かに私を諭すように言う。「あんまりにおいの事とか言っちゃダメだよ」
そっか…そうなのか?
「え?て言う事は今私たちは黄色い目のヘビの後を歩いてるって事?」
「そうそう。最初からそうするって言ったら山根さん動揺するかと思って」
いや、今でも十分してるけど…
「じゃ目だけじゃなくて本当はヘビ見えてんの?」
「ううん。ゴソゴソ動く音がするから」
マジで!音もしてるんだ!
私は赤い目をまた確認する。
本当なの?助けてくれるの?声に出さずに聞いてみる。
私の事もどこかへ案内して欲しい。
やはりムラヤマさんは普通に歩き続ける。そして赤い目は相変わらずの距離感を保ってついて来ている。
酷いにおいはやっぱりするし、私は本気で吐きそうだけど、同じ距離を保ちながら襲う事もなく付いて来てくれているのは、やっぱりムラヤマさんの言う通りなの?最初あの赤い目を見た時にも今も、私には嫌な感じしかしなかったのに。
「ムラヤマさん」
「何?」
「あの、ごめんちょいちょい声かけて。手を繋いでるけど…不安だから」
「うん」
「まだ聞こえる?マルーン5の『ペイフォン』」
私にも聞こえたらいいのにな。
「今は聞こえないよ。
今はウィル・アイ・アムと.ブリトニー・スピアーズの『スクリーム・アンド・シャウト』」
「マジで!」
「かすかにね」
こんなところでブリトニー…
私は保健体育の時間の田代姉妹のダンスを思い出していた。
そうだよなぁ…あの時あのダンスを見て思ったんだよ。人間じゃないみたいだって…もしかしたら…この暗闇の中のどこか遠くで田代姉妹は今も踊ってるのかもしれない。
私は頭上の暗闇に目を凝らす。もちろん真っ暗だけど。
踊る暇があるんなら私を助けに来い!
「山根さん、私の話を聞いてくれる?」
「うん?」
「聞いて欲しいの、私の事」
「うん」
「私の事っていうか妹の事。嫌かもしれないけど聞いて欲しい。妹の事は本当に私の中で複雑で人にあんまり話した事がないの。私元々気軽に人と喋れない感じだから、小学校や中学校で結構仲良くしてくれてた友達にもほとんど話した事がない。それは私がうまく人に心を開けないからなんだけど、妹の事があるから、私はそんな風になったんだとも思う。私たちが生まれて二人とも元気だったら本当に全てが変わってた。お父さんもお母さんも私も。
お父さんとお母さんが妹を見る時、すごくせつなくて哀しくて、でも愛しいって目をするんだけど、それは元気な私を見る時にもなんだよ。同じ目で見てるの。私が良い成績を取れた時とか、私に誕生日プレゼントを渡してくれる時とかも。私、お父さんとお母さんが死んじゃったりしたら、妹をどんな風に看てあげなきゃいけないのかわからない。一生私は妹から離れる事はできないんだと思う。だから妹の事がすごく疎ましく思える事も多くて、それで私はそういう風に考える自分が怖いんだけど当たり前だとも思うんだよ。いけないかな?」
「いけなくないと思うよ。私がムラヤマさんと全然同じ状況じゃないのに
軽々しく言っちゃいけないと思うけど、もし私が同じような状況だったとしたらそんな風に思うと思う」
「でもね、これが現実なんだから、どうやったって変えることが出来ない事なんだから、ありのままに受け止めなきゃって思う。だから今を普通の事なんだと思って出来るだけ普通にしようと思ってる」
「…うん」私の返事は小さい。
「山根さん、ありがとう。普通に聞いてくれて」
「ううん。本当にただ聞くだけでごめん」
「違うよ。私はそうして欲しかったの。ただ聞いて欲しかったの。ありがとう。…それでね、私、…妹の事が大事なんだよ、すごく。好きだとは思えないんだけどね、お父さんもお母さんも大変だから、酷い時にはいなかったら良かったのにとか、最初から死んじゃってたら良かったんじゃないかとか
そういう絶対に思っちゃいけない事も思ったりするけど、その思ってる間にもやっぱり大事なの、すごく。それは私たちが一緒に生まれて来たから」
私は思う。私も私の思っている事を言ってあげるべきだ。ムラヤマさんが妹の事を最初から死んじゃってたら、って思うのも今の妹の苦しさを知っているせいだ。妹が動けなくて話せなくて誰にも手を伸ばせないのを、とても哀しく思っているせいだ。
私はそう言いたいのに言うのを躊躇してしまって、私はただ繋いでいるムラヤマさんの手を強く握る。
そして、私たちは別のものを見つけた。




