次の瞬間 4
そんな事言われても…嬉しいって言うか、嬉しくないって言うか…全然何もわからない…
やっぱそんなに嬉しくない。臭いも酷くなってきたし、
ムラヤマさんだけに見えている黄色い目のヘビの、腐ったどぶ川のようなよだれの臭いまでしてきたような…
「ねぇムラヤマさん、どうしたらいいと思う?」
「う~~ん」
唸るムラヤマさんを暗闇の中に想像しながら不思議だな、と思う。実際のところ、ムラヤマさんとはほぼ喋った事がなかったのに。こんなところでこんなに絡むなんて。ヤグチでもハヅキモエノでもなく。
そして私の待ち望んでいる次の瞬間は全く来る気配もない。
「どうも出来ないよ。どうにかして目が覚めるまではね」
78点のムラヤマさんが静かに言う。
美人で頭もいいけど根暗で大人びた感じがイケ好かなくて、今は78点を付けてたよムラヤマさん、ごめん…
いろいろあるんだってわかるよ。その人がいつも出している『自分』と、私の見ている『その人』との相違。実際の『私』と誰かが見ている『私』。
この暗闇の中の私を、見ている誰かもいるのかもね。
そう思った時だ。声が聞こえた。…ような気がした。小さい小さい声。
頭の上の方からだ。見るがもちろん何も見えない真っ暗闇。「ヤマネ」と呼ばれたような気がした。
誰?桜井?…キタだったら嫌だな。
「…ムラヤマさん、今私、声が聞こえたような気がしたんだけど」
「そうなの?…歌じゃなくて?」
「歌?歌が聞こえたの!?」
「うん。なんでかマルーン5の『ペイフォン』ていう…」
こんなとこで?
「取りあえずここから逃げよう。あの犬とその、ムラヤマさんのヘビがいないところに。私もう吐きそうなんだけど」
「うん、私も」
「それにやっぱ妹さん探した方がいいよ」
「うん」
「気持ち悪いと思うかもしれないけど、手ぇつないどくからね」
不思議だなとしつこく思う。今手を繋いでいるのはムラヤマさんなのだ。
ヤグチでもなくハヅキモエノでもなく。
ヤグチ…出て来て欲しいよ。
私の手を掴んで欲しい。
「うん」と言ってムラヤマさんも私の握る手にギュッと力を入れてくれる。
「ムラヤマさん、感じでいろいろわかるって言ってたじゃん」
「ううん。いろいろとは言ってないよ。ちょっとわかるだけ」
「そっか。…ここ歩いていって大丈夫かな」
「地面はね」
「…何が大丈夫じゃないの?」
さっき聞こえた小さな声を思い出す。
「なんて言うか…空気っていうか、ここに流れてる何か…どこか上の方に吹き溜まりみたいなとこがあるんだと思うんだけど、そこはなんていうか…ブラックホール?みたいな感じなんじゃないかと私は感じるんだよね。…でもまぁ私が感じているだけだから」
私には何も見えない頭上を仰ぎ見る。もう声はあれから聞こえない。
ブラックホールか…何でそんな事言うかなムラヤマさん。得体のしれないものを感じ取れる能力ってすごく大事だと思うけど、それはそれですごくやっかいだとも思う。
「どうする?どっちに進む?」ムラヤマさんに聞く。
「う~ん…こっち」と言ってムラヤマさんは繋いでいた私の手を引いた。
私たちは犬とヘビを結ぶ線に対して垂直に歩き始めたはずだった。
私は私だけに見えている赤い目と、私には見えていない黄色い目を気にしてどうしようもないほどビクビクする。
私たちが動いた事に気付いて飛びかかってくるんじゃないだろうか。
何もかもが怖い。私の目に見えている真っ暗闇と赤い目が。その暗闇に隠れているものが。そして覚めない夢が。
ムラヤマさんは結構確実な歩きをしていてそれも私は相当に怖い。ちょっと感じでわかるだけと言っていたのにやたら普通に歩く。身体に何か当たるんじゃないかと思って、手を辺り一面振り回しながら歩きたいがそれも怖い。
「ムラヤマさん!」
怖くなって私はムラヤマさんを呼ぶが、「何?」と答えるムラヤマさんは足を止めない。
「すごく怖いんだけど!ねぇ、ムラヤマさん!どうしてそんなに普通に歩けるの?やっぱ本当は見えてるの?」
「ううん。大丈夫だって感じてるだけ」
「…穴とかあったらどうするの?」
「大丈夫。あったら私、絶対わかると思う」
う~~ん…やっぱ絶対怖いけど…
ここは信じるしかない。…けどやっぱり相当怖いよね!でもいいのだ。これは夢だから。相当怖くても、穴があって落ちたとしてもこれは夢。なかなか覚めないとしてもやっぱりこれは夢なのだ。
いや、しつこいくらいにこれは夢だなのだ、って私が繰り返しているのは、この真っ暗闇を恐ろしく今リアルに感じているからなんだけど。




