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第1話 断罪の台本、いりますか

「取り調べを始める」


 私を処刑する男が、椅子を引いた。

 黒い軍服。銀の留め金。手袋の隙間に、薄い傷。

 監察官ロアン・グレイヴ。


 知っている。

 声も、顔も、剣を抜く順番も。

 この人の台詞を、書いたのは私だ。


「聖女リネットへの毒殺未遂。君は、嫌疑を否認している」

「はい」

「ならば、昨日の夜、どこにいた」


 私は机の上へ、五枚の紙を置いた。

 昨夜、牢の番人に頼んで、紙と炭をもらった。

 最初は遺言だと思われた。


「断罪の台本、いりますか」


 彼の指が止まった。


「何だと?」

「明日の公開審問です。誰が、何を言うか。どこで泣くか。どの扉から誰が入るか、書いてあります」


 私はエステル・ルーセル、二十三歳。

 侯爵家の娘で、王太子オスカーの婚約者。

 そして、恋愛ゲーム『白銀の誓い』の悪役令嬢。


 前世では、そのゲームの脚本家だった。

 主役の聖女が恋をして、王子に選ばれ、幸せになる。

 悪役令嬢は嫉妬から毒を盛り、罪を暴かれ、処刑される。


 発売直前、私は病で死んだ。

 この世界に生まれ直した私は、前の人生を忘れていた。

 記憶が戻ったのは、昨日だった。


 婚約者に名前を呼ばれた瞬間、忘れていた台詞が戻った。


『エステル。君の悪行を、これ以上、見逃すわけにはいかない』


 ああ。

 第二章の終わりだ。

 次の章で、私は死ぬ。


 ロアンは一枚目を取った。


「王太子殿下は、開始から三分後に右の手袋を外す。聖女は、君を見ず、窓の方を見て『怖いのです』と言う」


 読み上げる声は、私が覚えているものより低かった。

 当たり前だ。これは録音された声ではない。


「これを、誰から手に入れた」

「私が、書きました」


 彼の目が、私へ戻る。


「事件も、君が仕組んだと?」

「違います。私は、昨日、厨房にも礼拝室にも行っていません」

「証人は?」

「いません。一人で部屋にいました」


 エステルは、孤立していた。

 父は領地にいて、母はもういない。王宮へ来てから、婚約者に嫌われないことばかり考えていた。

 私は、その頃の自分も覚えている。

 前世の記憶があっても、愛されたい気持ちはなくならなかった。


 脚本の中には、一行もなかった暮らしだ。


 ロアンは、五枚目を読んだ。

 眉が、わずかに動いた。


「誓約の宝珠が青く光り、有罪を示す。判決のあと、私が君の刑を執行する」


 私は、机の下で手を握った。

 書くときは、短い一行だった。


 悪役令嬢、死亡。


 今は、その一行へ向かう椅子に座っている。


「未来がわかると言うなら、私が、今から何をするか言え」


 私は彼を見た。


「わかりません」


 ロアンの目が細くなる。


「この取り調べは、ゲームにはありませんでした。書いていないことは、知らないんです」


 ゲーム。

 彼は、その言葉を繰り返さなかった。

 紙を机へ戻した。


「ならば、この紙で君の無実は証明できない」

「はい」

「だが、検証はできる」


 彼は五枚をそろえ、封筒へ入れた。

 封をして、日付を書いた。


「明日まで、君の言う通りに進むか確かめる。合わなければ、もう一度聞く」


 その声に、私は顔を上げた。


「信じてくださるんですか」

「調べると言っている」


 彼は、椅子から立った。


「私は、判決の出た罪人を処刑する職務も持つ。だが、取り調べる前から、君を罪人として扱うつもりはない」


 私の書いたロアンには、なかった台詞だった。


 扉の前で、彼が止まった。


「もう一つ。食事は取ったか」


 台本には、食事も書いていなかった。

 私はそこで初めて、お腹が空いていることに気づいた。

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