SS 東西南北①
鳳凰帰巣作戦前からエピローグまでの北中国兵士、東西南北の連作SSです。
夕暮れの演習場。
湿った海風が吹き抜け、赤土の匂いが鼻につく。
訓練終了後の簡易天幕では、北中国軍の鬼女たちが木箱を椅子代わりにして座り込んでいた。
配られた夕食は、薄い豆粥、塩漬けの野草、そして小さな干魚が半分。
誰も文句を言わない。言ったところで、増えるわけでもないからだ。それでも、口は動く。
「……また豆かあ。昨日も豆だったよね」
南が匙をかき混ぜながらぼやく。
「昨日は“豆の煮崩し”。今日は“豆汁”。違う料理なんだってさ」
小さな笑いが起きる。だが、腹は膨れない。
北が干魚を見つめながら言う。
「済南の捕虜が言ってた。南の兵隊、毎週肉食べてるって」
「またその話?」
東が鼻で笑う。
「米も好きなだけ食べられるらしいよ。しかも食堂には、おじいちゃんの配膳係がいるんだって」
「名家向けの話でしょ」
東は即座に切り捨てる。
「どうせ下っ端はどこも豆粥でしょ。むしろ南の兵隊、痩せてないから動き鈍いし」
南は干魚を齧りながら、ぼそりと言った。
「でも、南は豊かだよ。港も工場もある。こっちは畑掘って魚干して終わり」
「名前通り、南で生まれればよかったのにね」
北が笑う。
「私は北だけど」
西が靴を脱ぎ、赤くなった足を揉む。
「明日、四十キロ行軍だって。最後に白兵戦訓練付き」
「司令部、私たち殺したいんじゃない?」
南が天幕の天井を見る。
「将校は装甲車移動だからねぇ」
北が粥を啜る。
「飯は肉。寝床はベッド。私らは泥水」
東が低い声で言った。
「夏将軍、また前線来るらしいぞ」
全員が嫌そうな顔をする。
「あの熱血バカ?」
「“精神力で空腹に勝て”とか絶対言う」
「勝てるわけないじゃん……」
少し沈黙が流れる。
だが、西が肩をすくめた。
「でも、前線来るだけマシじゃない?」
「あー、それはある」
南が頷く。
「後ろで酒飲んでるだけの貴族将軍よりはマシ。兵隊の飯も一応食うらしいし」
「食って“これは酷い!”って怒鳴るだけだけどね」
また笑いが起きる。
短い。乾いた笑いだった。
豆粥を啜る音だけが続く。
外では風が強くなり、天幕がばたついた。
その時、東がぽつりと呟く。
「なぁ。邪馬台国の東に、“宝来島”が現れたって噂」
誰もすぐには答えなかった。
「男が何千万人もいるってやつ?」
北が小声で言う。
南が、少し夢見るような顔をした。
「男の人がいっぱいいて」
「うん」
「優しくて」
「うん」
「鬼女でも嫌がらなくて」
「うん」
「肉とお砂糖が好きなだけ食べられて」
西が吹き出す。
「食い気が強すぎ」
南は真顔だった。
「大事でしょ」
少し間を置いて、南が続ける。
「あと……エッチなんだって」
「南、エロすぎ」
西が呆れる。
だが、完全には否定しない。
「でもさ」
西は膝を抱えたまま、小さく笑った。
「男の人にお肉焼いてもらえるなら、次の日に死んでもいいかも」
北が空を見上げる。
夕焼けは、もう紫色に沈み始めていた。
「私は南の海で泳ぎたいな」
「海?」
「暖かい海。珊瑚と熱帯魚のいるやつ」
東が笑う。
「水着も持ってないくせに」
「いいよ。裸で泳ぐから」
しばらく、誰も喋らなかった。
遠くで発電機の音が響いている。
空腹。疲労。泥。汗。
その中で、“宝来島”という言葉だけが、ひどく綺麗に聞こえた。
北が静かに言う。
「……行ってみたいよね」
誰も否定しなかった。




