EP-3 豊かすぎる世界(Day +1)
貴重な男性の母となれる名家の姫たちは男性経験が桁違いだ。妊娠中以外は月1回の関係をもつ。比べて私は15分が2回。娘はいないが、私の経験が今後増えることはない。25歳の静香はすでに1男2女を産んでいる。
その静香様が、今回の任務で「追加行動」を取った。上からの指示か独断か私にはわからないが。
「血液サンプルの採取の際……別室にて、追加の検証を行いました」
「佐藤様の能力は素晴らしいものでした。」
その目には、任務報告にしては不自然な光が宿っていた。
間。
「……佐藤様との生殖行為はコミュニケーションでした。」
その言葉は説明としては不十分だった。だが、それ以上に多くを語っていた。
目の前の静香は任務を遂行しただけのはずだ。それなのに、その声には微かな余韻が残っている。
「もし、日本男性との間に子をなせるなら……自分の子ではなく二人の子になるでしょう。」
静香は続ける。
「それからもう一つ。ダーリントラップかも知れません。私の今後の言動は疑って下さい。」
翌日。一行は福岡到着した。
全てのフライトがキャンセルされているため空港は閑散としている。
警備は最低限。見たところ銃も持っていない。
男性が自然に。違和感なく。荷物を運び、案内をし、警備にも立つ。
その事実が、静かに重い。
会場へと案内される。説明は簡潔だった。
人口、一億二千万。男女比、ほぼ一対一。
平均寿命は80年を超える。こちらの1.5倍以上。
工業、教育、インフラ、行政機構——すべて高度化されている。
食糧と鉱物資源は外部に依存。工業製品の輸出と海外資産からの配当でまかなっていたらしい。
「こちらが、当面の輸入希望リストです」
提示された資料にざっと目を落とす。
最優先は食糧、石油、天然ガス、鉱物資源、鉄鉱石、リチウム。
輸出可能なものは工業製品等、生殖資源は含まれていない。
昼食の松花堂弁当が運ばれる。
蓋が開く。その瞬間、空気が変わった。
【一のマス:焼物】
銀だら西京焼き
鶏の塩麹焼き
ししとう焼き
【二のマス:煮物】
炊き合わせ
(海老、里芋、人参、椎茸、絹さや)
【三のマス:揚物】
海老真丈の揚げ物
季節野菜の天ぷら(南瓜・茄子)
【四のマス:和え物・口取り】
胡麻豆腐
ほうれん草の胡麻和え
出汁巻き玉子
香の物(漬物三種)
■別添
白米
吸い物(柚子皮の澄まし仕立て)
甘味(練り切り、シャインマスカット)
優れた食材と高度な技術。旨味の暴力。
煮物の出汁は具材毎に違うものが使われているのに調和している。
惜しみなく使われる砂糖。甘く、さわやかで香り高い果実。
駄目だ。これはやさしいイジメ。文化的、経済的マウンティング。圧力だ。
案内されたのは空港内の免税店。
「こちらをお持ち帰りください。すべて日本政府からの贈り物です。お好きなものをいくらでも」
制限がない。
棚に並ぶ商品。
化粧品、菓子、機器、文具、衣類。
種類が多すぎる。
比較できない。
選べない。
見せられている。
響子はペンを手に取る。
滑らかすぎる。
これは交渉ではない。
示威行為だ。
そして——私は、それを受け取っている
拒否しなかった。
それが、また一つの「回答」になる。
「代金は不要です」
「……いえ、自費で——」
「必要ありません」
穏やかだが、拒否は許されない。
(自分のものにしたい)
その感情が、浮かぶ。だが同時に理解する。
これはすべて国家に帰属する。
(……個人では持てない)
その当たり前が、今は妙に遠い。
出発ロビーで男性官僚が微笑む。
「お茶をご用意しております」
完璧な所作。
過不足のない距離。
動揺も欲望も判断の遅れもこちらだけが曝している。
私は……国家の顔として、ここに来た。
だが実際には——
飾る余裕を失い、反応を見せ、価値観を露呈した。
すでに数手、遅れている。この国は……手ごわすぎる。
奪う必要がない。与えることで支配する。
迂闊に振る舞えば朝貢国になってしまう。
今日は交渉ではない。敗北の確認だ。




