EP-1 もう一つの日本列島(Day +0/早朝)
夜明け前、東の水平線が不自然に白く膨らんだ。雷でも、流星でもない。
面として広がる光が、海と空の境界を溶かすように滲み出ていた。
数秒遅れて、海が持ち上がった。
1メートル。
数値にすれば小さい。だが、沿岸に張り付くように暮らす港町にとっては、十分に人を殺す高さだった。
港内の係留索が一斉に軋み、岸壁に船体が叩きつけられる。桟橋にいた人間が転び、滑り、海へ落ちる。
電柱の変圧器が火花を散らし、街灯が次々に落ちた。
それは津波と呼ばれるには、あまりにも局地的で、あまりにも不自然だった。だが、その日だけで、数百人が死んだ。
国家危機管理センター。
外務省、海上保安庁、防衛当局、そして情報機関。邪馬台国(この世界で日本列島を統治する国家の正式名称)の中枢は1時間のうちに一室へ集約された。
巨大スクリーンに映し出されるのは偵察機が撮影した関東の東に出現した謎の陸地。
「……再確認を」
外務審議官が低く言う。
解析官が応じた。
「謎のテレビニュース、天気予報の地図によれば謎の陸地は我が国と一致します。偵察機は迎撃を受けて引き返しましたが、陸地の撮影に成功しました。」
細長い列島。南北に伸びる山脈。湾の形。誰が見てもそれは日本列島だった。
「電波傍受の結果を」
「未知のテレビ放送、およびラジオ放送を複数確認。言語は……日本語です」
「ただし、語彙と発音に差異あり。方言レベルではありません。体系的な差があります」
「放送内容は?」
「ニュースがメインです。ラジオは歌が多い。ただし、混乱しています。GPS消失、スマートフォンの通信障害。詳細は不明。テレビ、ラジオとも多数の男性を確認。男女比は1:10以下、1:1の可能性さえあります」
「国家体制は?」
「現時点では“日本国”を自称しています。最高指導者は男性で総理大臣と言われてます。」
「……神話だな」
誰かが言った。否定する者はいなかった。
三時間後。海上保安庁の大型巡視船が出港した。
甲板には外務省の職員たちが並ぶ。彼女たちは外交官だ。
未知の国家と交渉すること自体は職務の範囲内。
複数の鬼女に名家の姫まで加わっている。
もし本当に……男性が、普通に存在する社会ならそれは国家の存亡に係わる。
船は東へ進む。海は穏やかだった。
数時間後、レーダー員の声が沈黙を破る。
「前方に艦影!」
双眼鏡が一斉に向けられる。
水平線の上に灰色の影。徐々に輪郭がはっきりする。
艦橋。マスト。主砲。整ったシルエット。
海軍士官がつぶやく。
「ステレス形状だが魚雷防御が少なすぎる。大きなケースはまさかミサイル?実用化しているのか?」
それは、彼女たちの知る艦とは違っていた。
双眼鏡の向こう。艦橋のウィング。そこに立つ人影。
制服。帽子。
そして——多数の男。
神話は存在していた。




