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触れた指先と春のバラード。まだ名前のない胸の痛み

 充分に休憩したあと、皆が休んでるそばで私は魔法の練習をする。


 水を出す魔法だ。アンにまた教わる。折りたたみ式のバケツを出してきた。

「おい、なんだそれは……板が大きくなったぞ?!」

「なんで?!入れ物が折りたためるの?!」

とちょっとした騒ぎになった。


 充分に注意しないと、私ならこの辺りが水浸しにする可能性がある。


 空気中の水を集めるイメージをする。

 まずはコップ1杯の水から……と思っても、慎重になりすぎて霧吹きのような水しか出ない。

 バケツにかざす手が疲れてきた。



 魔力を練る時、手に伝わる冷たさ。

 キラキラした水滴。

 透明な輝き。

 

(いつも飲んでる天然水をイメージして……)



「満ちよ清き水よ、渇きを癒し万物を清める雫となれ」



 「クリアウォーター」



 何度目だったろうか。

 やっと成功して、バケツにいっぱいの水が貯まる。


「お!やったね!」


 じっと見守ってたアンが声を上げる。


「ちょうど良かった、喉渇いたんだよね」


 コップに汲んで飲もうとする。見た目は綺麗だけど、大丈夫かな?



「どれどれ……何これ、おいしい!」

「えっ本当に?」


 私も飲んでみた。いつもの天然水と同じだ。

 まるで不純物を一切含まない、澄み切った味だった。



「やった!成功したんだ!」

「水の魔術においしさがあるなんて……!」


 腕の疲れも吹っ飛ぶ感じだ。



「うん、うまいな……」

「不思議ですねえ……流石はミュウと言ったところでしょうか」


 ジークとマリアも水を飲んで驚いている。

 天然水をイメージしたからだろうか?これで水はOKだ。



 区切りもついたし、魔法の特訓は終わりにした。


「じゃあ、寝る準備をしようか」

 アンは言ったけど、


「私も今日は見張りをさせて」

ずっと思ってたことをお願いしてみた。

「ええ?」

 驚かれる。

「これからのために慣れておきたいんだ。ね、お願い」

「う〜ん……」ジークが考え込んでいる。

 

 皆で話し合った結果、何かあったら遠慮せずにすぐ呼ぶということで落ち着いた。

 私は一番先だ。テスト勉強などで、遅くまで起きるのには慣れている。



「じゃ、おやすみ」



 みんなテントに入っていった。シュラフで寝るのももうお馴染みだ。


 パチパチと爆ぜる焚き火の音を見ながらこれからのことに思いを馳せた。うまく進むといいな。


 

 アオーン……



 遠くから聞こえた魔物のような遠吠えに身をすくめる。

 まさか私がこういう世界に来るなんて、1週間前には想像もしてなかったな。


 

「さて、と」



 忘れないようにさっきやった魔法の感覚と前に教えてもらった原理を、少し離れたところの地面に書き出していく。

 交代の時間まで繰り返すことにした。

 

 

 ♪♪〜

 小さくかけてたスマホのアラームが鳴った。

 交代の時間だ。私はジークと交代する。

 マリアとアンを起こさないように、そっとテントに入った。


(あら〜……)

 なんと、アンの足がジークの顔の上に乗っている。

「う〜ん……」

 ジークはうなされているようだ。


 そっとアンの足をどけて、シュラフにもどした。

 ムニャムニャ言っているけれど、起きる気配はない。良かった。


(それにしても……)


 流石はイケメン。寝ている姿もかっこいい。こうやって見るとジークはまつ毛が長い。

 マリアもまつ毛が長いし、寝顔も美しい。


……

……


(はっ!)


 つい、二人の寝顔を眺めてしまった。ジークを起こさなければ。


「おーい、ジーク、交代の時間だよー」

 小声で呼びかける。ジークはすぐに薄く目を開いた。

「時間か……なんか悪い夢をみてたな……」


(そうだろうね……)


 起き上がり、体をほぐすように動かしている。

 しかし、イケメンは寝起きも色気がありますなあ。流石は、推し。


「?どうした、何かあったのか?」

「ううん、何もないよ。コーヒー飲む?」

「ああ、助かる。ありがとう」


 外に出て、シングルバーナーとケトルでジークにコーヒーを、自分にはココアを入れる。もうお馴染みの光景だ。


「なあ、ミュウ。気になっていたんだが……」

 こちらを向いてジークが言った。なんだろう?


「全然違う世界だし、困ることもあるだろう。こうやって仲間になったことだし、何かあれば言ってくれ。俺に言いにくいならマリアやアンに。アンは小さいけど気が利くしな」

「うん……ありがとう。戸惑うこともあるけど、みんなが良くしてくれるから大丈夫だよ」

「それなら、良かった」


 ジークがふっと笑った。最初に出会ったのがこの人たちで本当に良かったな。


 結界魔法のおかげで風は穏やかだ。春の少し湿った匂いがする。そしてそれにコーヒーとココアの匂いも混じっていく。

 世界が静かに呼吸をしているような気がした。


 ジークとお喋りをする。私が気になっていた、この世界の音楽についてだ。

「この世界にはどんな音楽があるの?」

「俺は音楽には詳しくないな。聞いたことがあるのは、士気を高める軍歌や酒場でのやかましい歌ぐらいだ。

冒険譚を即興で歌にするプロもいるが。魔導楽器もあるな。そちらは違うのか?」

「こっちは色々な音楽のジャンルや楽器があるよ。静かなものから賑やかなものまで。

何千、何万人もの前で歌う人たちもいるよ。華やかな衣装に光と音、素敵だなと思う」

「何千だと?そんなに大勢の人が聞くとは……」

「ねえ、少し聞いてみる?」

「興味があるな」

「ちょっと待ってね……」


 私はポケットから小さな白いケースを取り出した。ぱちん、とフタをあけてイヤホンを自分の耳に入れてみせる。

「こうやって入れるんだよ。少し冷たいかもしれないけど」


 そっとジークに差し出す。差し出したイヤホンを受け取ろうとしたジークの指先が、私の指にふわりと重なった。

 少し触れただけなのに、時間が止まったように感じた。胸が熱くなる。

 剣を握る人の、硬くて熱い指。

 ほんの一瞬のことなのに、そこから熱が体中に駆け巡るような気がして、私は慌てて視線を焚き火に落とした。


 ジークが耳に片方のイヤホンを入れる。

 音楽アプリを開く。好きな曲を出した。


「流すよ」

 ジークが頷いたので、再生ボタンを押す。


 流れ出したのは、しっとりとした楽器の音色と、透き通るような女性の歌声。

 目を閉じれば、薄紅色の花びらが舞い散る古い街並みが浮かんでくる。

 誰かを一途に想い、再会を願う……切なくて、でもどこか凛とした強さのあるメロディ。


 結界に守られた静かな夜の森で、その歌声だけが私たちの間に優しく降り積もっていく。

 歌の切なさが胸に染みて、なんだか少しだけ泣きそうになった。



「これが、ミュウの世界の歌か」

「うん、大好きな歌」


 片耳ずつ分け合って音楽を聞く。共有する音の世界。外の音が遠くなる。焚き火のはぜる音と曲が混じる。

 焚き火の光に照らされたジークの横顔は、いつもと違って見えた。


「……耳の中に妖精が歌い込んできているみたいだな。

でも悪い気分ではない。不思議な曲調と美しい歌詞だ……

ミュウの世界は、綺麗なんだな……お前が好きな理由が、少しわかった気がする」


 驚いたような、それでいて愛おしそうなジークの呟きが、すぐ隣で聞こえた。

 彼の吐息が耳元をかすめる。共有している音の世界だけが、今の私にとっての現実で、外の森の音は遠い異国の出来事のように感じられた。

 


 続けてニ曲流した。曲の感想をしばらく話し込む。


 予定の交代時間から、随分と経っていた。


「それじゃあ、寝させてもらうね」

「ああ、おやすみ」

 

 なんでだろう……胸が少しだけ、苦しいような、温かいような。

 まだ名前のない気持ちが、胸の奥に静かに残っていた。


 私はテントに入り、横になった。

 


 

「わぁっ!なんだこれ?!」


 アンの大声で目が覚めた。テントから這い出してアンのいる方に歩いていった。

 地面を見て驚いている。


「ああ、それ……昨日の夜寝る前に書いてたの。忘れないようにね」


 私が地面に書き出してたやつだ。一面が日本語の字で覆われている。

 ふにゃりとした字は意識したら自動的に書けるけど、やっぱりこれがわかりやすい。 


「これがミュウのとこの字なんだ。複雑な記号がいっぱいだね……すごいし、いいんだけどさ……これは……」


「ミュウは勉強熱心ですね。とてもいいことです」 

「復習もしてて偉いな」

 マリアとジークは感心していた。


「じゃ、朝ごはんにしようか」

「う〜ん……消すのはもったいない気がするね。後で写しとる?」

「いいよ、練習だし消すよ」

「えぇー」

読んで下さり、ありがとうございます。

もどかしい距離感を意識しました。

魔法の特訓のあとの、静かな夜の時間。

便利な現代品の中でも「音楽を分かち合う」というのは、また格別の特別感がありますね。

二人の間に流れたあの曲のように、この旅もいつか美しい思い出になるのでしょうか。

さて、地面に書かれた謎の日本語に驚くアンたち(笑)

次回、いよいよ旅の一行はナニヴァルの街へと足を踏み入れます!


次回は来週、4/19(日)の19時頃に更新予定です。

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