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第5章 30(拓(ジャン))

 拓は偶然にも、英和が肉を買った店のすぐ近くをうろついていた。

 何を買おうかと市場を一通り巡ったが、何となく食欲が湧かず、道端に座り込んだ。そしてそのまま、魚や肉の焼ける様子、ねっとりとした飴を長く引っ張って細い細い紐のようにして串に巻いていく様をぼんやりと眺めていた。

 火の粉が飛んできて、拓の顔にかかった。手で払いのけると、つい触れてしまった傷が痛んだ。宮廷軍との戦いの最中に、つまらないことでついた傷だ。ぱっくりと裂けてしまい、しばらくは血が止まらなかった。ようやく固まり始めたのはついこの頃である。気になって触っては、千暖に怒られる。

 少し離れた所で、泣き声が上がった。周りの人間が一瞬だけそちらを向いて、すぐに手元に目を戻した。

 拓のいる所からは何も見えない。泣き声がどんどん大きくなるので、拓はとうとう立ち上がって様子を見に行った。

 現場を見て、驚いた。幼い子どもが鞭でひどく打たれていた。

「やめろよ!」

 割って入ると、鞭を振るっていた男が声を荒げて言い返す。

「こいつは盗人だ! 釣り銭をくすねやがった。っこの“ブイ・ドイ”が__」

「返してもらえば済む話じゃないか!」

 別の店のおかみが、拓に叫んだ。

「お代としてもう受け取ったからね、あたしは返さないよ!」

 彼女の店が飴屋であること、泣きじゃくる子どもの側に土にまみれた飴の串が落ちていることを見て取って、拓は全てを察した。

 再び鞭を振り上げた男に持っていた銅銭を二枚突き出し、拓はその子を抱えて逃げ出した。

 市場から離れたところで子どもを降ろす。涙でぐちゃぐちゃの顔を衣の裾で拭いてやり、拓は思わず顔をしかめた。

 跳ねた長い黒髪をかき分けると現れる青い目、彫りの深い顔立ち。西洋人の子だ。まだ四、五歳だろうか。親はいるのかと聞いても答えない。言葉が分からないのかもしれない。  

 残った銅銭一枚を小さな手に握らせて、拓は立ち上がった。だが、子どもが後をついてくる。

「参ったな」

 しゃがみ込んだ拓を、ぼうっと子どもが見つめた。訓を思い出させる顔立ちだ。助けて欲しいとも何も言わない。男の子か女の子かも分からないこの子は、さっきの男にはこう呼ばれていた。

「ブイ・ドイか……」

 ごみくず。何て嫌な名前だろう。拓が立ち上がり一歩離れると、その子も一歩近づいた。拓が軽く駆けると、おぼつかない足取りで走ってついてきた。とうとう拓は、その子を負ぶった。華僑や仲間たちに何て説明しようと考えながら。

 そうだ、名前もつけてやらないと。


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