第5章 29(英和(ミゲル))
英和は、早々にもらった銅銭を使っていた。一枚で豚肉の串焼きを買い、井戸の水で喉を潤した。残った二枚は、安い麻の布を買うのに費やした。衣に空いた穴につぎをあてたかったのだ。
その後は特に目標もなく歩いていると、不意に慣れた調べが耳をくすぐった。
“Bonjour.”
フランス語だ。思わずぱっとそっちの方向を向いた。金髪の巻き毛を笠で隠した二人連れが、ひそやかに音楽的な発音で挨拶を交わし、一緒に歩き始めた。
英路は何の悪気もなく、彼らの会話に耳を澄ました。フランス語には自信がある。そっと近づいても、まさか大南人に聞かれているとは思わないから、二人は無頓着に話し続ける。
『まさかこんな所で、君に会うとは思わなかったよ』
『私もだ。お互い、こんな遠くまで来てしまった』
『まあ、あのしっちゃかめっちゃかの本国よりはずっと平和だがね』
英和は二人の身なりをよくよく観察した。宣教師ではなさそうだ。ロザリオを持ってはいないし、服装も黒い僧衣じゃない。
それでも、英和は彼らについていった。
『野蛮人の妙ちきりんなしきたりや料理にはうんざりだ。そう思わないか?』
『まあまあ、我慢も今のうちさ。いずれこの国も仏領になるのだから』
フランス領になる? 大南が? 司祭様がそんなことを言っていたっけ?
呆けている間に、二人のフランス人はそそくさと人混みに紛れてしまった。盗み聞きに感づいたのか。残された英和はしばしの間その場に立ち尽くした。




