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第5章 28(翠瑠 2)

 伸ばされた手を、少し迷ってから翠瑠は握った。少年は、ためらいのない足取りで長い石の壁の裏に回り、二人の兵士が見張る小さな門をくぐろうとした。槍を持つ兵士が、少年を見て深々と頭を下げた。

「ちょ、ちょっと待って!」

 慌てて立ち止まる翠瑠を見て、少年がいたずらっぽい表情を浮かべた。

「どうしたの?」

「な、中に入るなんて……!」

「大丈夫。ちょっと見て帰るだけなら、怒られないさ。私と一緒だからね」

 それでも、翠瑠は兵士の厳しい目が怖かった。身を縮め、きょろきょろと見回しながら、少年の手をしっかり握りしめた。うっかり離してしまったら、あっという間に捕まえられそうだった。

 壁の中の広々とした庭に、翠瑠の故郷が丸ごと入りそうだった。無駄な飾りや木はなく、ただ白い石が一面にしきつめられた寂しい庭だ。時折、美しい女官や冠を被った男がゆったりと歩いていた。彼らは、少年を見つけると必ず側に寄ってきて平伏した。

「あの……あ、あなたは……」

 翠瑠が緊張のあまりどもりながら少年に話しかけると、少年は眉尻を下げた。

「あの挨拶ね、あまり私は好きじゃないんだ。私はまだそんなに偉い者でもないのに」

 それから、翠瑠に小声で言った。

「そうだ、見つかる前に隠れちゃおう」

 宣言通り、二人は誰か通りかかる度に建物の影に隠れてやり過ごした。社で遊んだ時のことを思い出し、翠瑠は思わずくすくす笑いをもらした。

 少年は庭を抜けると、高い物見台に登った。上から見下ろす兵士が、慌てて命綱を垂らそうとしたが必要はなかった。翠瑠も、木登りのようにして軽々と梯子を登っていった。

 天辺にたどり着くと、先に待っていた少年が誇らしげに眼下の光景を手で示した。

 翠瑠は大きな歓声を上げた。皇宮の屋根飾りが、むら一つない朱塗りの瓦が、廊下を歩く高級役人が抱える巻物の数が全て見下ろせる。果てしなく広がる順化の都があんなに小さく見える。

「すごいね!」

「そうだろう」

 少年も、満足そうだった。それからしばらくとりとめのない会話をして、少年と翠瑠は物見台を降りた。


「楽しかった?」

 皇宮の外壁の前で、少年が尋ねる。翠瑠は満面の笑みで答えた。

「うん! ありがとう!」

「よかった。気をつけて帰るんだよ」

 その時、翠瑠は、残っていた二枚の銅銭を少年に差し出した。

「あの、これ、今日のお礼です」

 少年は驚き、翠瑠の手を押し返した。

「ううん、いらないよ。君がこれで美味しい物を食べて」

「ありがとう……」

 少年は翠瑠の頭を撫でた。そして、衣の裾を翻して去っていく。きっとあの兵士たちが守る入り口から中に入るのだろう。翠瑠は、自分の思いがけない幸運さを、当惑しながらかみしめた。

「お父様に話したら、喜ぶかな」

 そう呟いた時、もう父母に会えないことを思い出した。

 首を傾げ、ちょっと考え込んだ。それから翠瑠は一つうなずいて、駆けだした。皇宮から逆の方向へ。皆と待ち合わせる場所へ。


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