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完全無欠の魔術師

 王都中心部というのは吸血鬼襲撃による被害が最も大きく拡大している地区である。


 理由として王城所在地、繁華街、住宅街という地形からくる要因もあるが、それの主となる原因と言えば真上に発生したワープゲートだろうか。


 高さ100mほどにあるそれはどんな建物よりも遥か高くに発生し、大量の魔獣や吸血鬼などを今も降下させている。街の衛兵達はそれらの魔物を倒す事で精一杯でワープゲートを破壊する魔法も、スキルも有効打もない。


 そんな訳により被害が絶望的な王都中心部だが、とある通りだけは台風の目のように襲撃以前の綺麗な姿を保っていた。


 そしてそんな通りに二人の女性が悠然と歩いている。


 一人は可愛らしい少女。見た目からして歳はまだ15にも満たないだろうか。背はあまり高くなく、華奢な体型で、グレーの長髪に落ち着いた深い青色の瞳を持っている。


 なんとも可愛らしい少女だが顔はどことなく不機嫌。と言ってもそれは普段からの話で、周囲から仏頂面とよく呼ばれているが彼女にとってはそれこそが普通であり、何回も治そうとしたのだが結局治らなかった。


 そんな彼女だが特に目を引くのがその衣装。黒を基調としたワンピースを着て、白くて長いソックスに黒のブーツを履いている。


 一般庶民が着るにはあまりにも派手で豪華。本来なら王女や貴族令嬢などが着るのに適しており今の危機的な状況にも合っていない。もしここで吸血鬼や魔獣に見つかれば、ひとたまりもないのは想像に難くないだろう。


 しかし不思議なことに彼女は何も気にしていない。


 そう、何も気にしていないのだ。


 それはつまりに何を意味しているのか。簡単だ。彼女は魔獣に襲われても容易に撃退できるだけの力があるということである。


 そしてもう一人の大人の女性。彼女はハッキリ言って、少女よりも異質な存在だった。


 彼女は周囲に7つの色の本を浮かせながらコツコツ……と、ハイヒール特有の音を高く響かせている。顔には自信が満ち溢れ、まるで吸血鬼が街を襲っているのを知らないような雰囲気だ。


 そして何よりも。彼女は美しすぎた。腰までかかるシルクのようなサラサラの髪は初めは金髪、髪の途中で白の二層になっている。瞳は前だけを捉えており、湧水で作られた池のような薄い青をしている。


 背丈も平均以上だがハイヒールを履いていることによってさらに身長が高く見えていた。まるでモデルだろうか、歩き方もスッとしている。


 そして少女同様に衣装も普通では無かった。


 それらを一言で言うなら軍服。中心に金の鷲の刺繍が施された縁が赤い純白のマント、戦場で数多の(いさおし)を挙げたような金の勲章が付いた白い軍服、スラッとした脚が強調されているかのような少しピッチリとした白いズボン。


 そして何より、先ほどから硬質な音を発しているルビーのような赤くて高級感溢れるハイヒール。


 もはや全てが完璧で非の付け所がない彼女は、この世のどのような芸術品が集まったとしても霞むことはないだろう。


 それほどまでに美しく、華があった。


 もし通行人がいれば性別、年齢関係なくして全ての者が振り返る事は間違いない。それどころか彼女に魅了され彼女の後を追う者も出るだろう。


 ただ誰一人として近づくとは出来ない。


 彼女から圧倒的なオーラが発せられているからだ。とは言ってもアリシオンのように意識的に出しているものではなくて、内側から勝手に溢れていると言った方が正しい。


 言い換えてみればそれは格の違い。生物としての格が他とは違うことを意味する。ただ歩くだけで周囲の生物を圧倒するのだ。


 誰も行く手を遮らない二人だけの通り。


 しかしそれもやがて終わってしまう。彼女達の前にどこからともなく化け物が現れた。


 彼女達の目の前に現れたのはブラッドレイス。伝説級のアンデッドであり誰も知らないような存在。しかしなぜか軍服の彼女はそれを知っていたようで、


「ふん……何かと思えばアンデッド。それもブラッドレイスか」


 そう彼女は自信満々げに言い放った。


 全身を血で染め、2m以上あるブラッドレイスを誰も見たことがないと言われている原因は、常時透明化の特性を持っているためである。


 ではなぜ彼女はブラッドレイスの存在に気づけたのだろうか。それは彼女が透明化を打ち破る能力と気配を探る天性の感覚を持っているからであった。


 つまるところ彼女に対して透明化は全く意味をなさない。しかし後ろの少女は別だ。彼女は存在にこそ気づいているものの、その姿が見えないでいた。とはいえ並の者なら切り伏せられた時にやっと気が付く程度なのだから、彼女の勘もかなり良い方である。


 二人はお互いに一定の間を開けながら様子を伺う。彼女の本が虚空を回りながら円を作った。それはまるで意志を持った生物のように、彼女の周囲を飛んでいた。


 同時にブラッドレイスは透明化を解く。


 顔が露わになった。恐ろしい化け物だった。骨に皮一枚付いただけのような目を背けたくなる顔面に、肉が抉られ歯が剥き出しになった口腔、目玉が無く赤く灯った眼光。


 こんな存在と間近で対面すれば普通は発狂どころか気絶してしまう。しかし軍服の彼女は表情を変えない。実際彼女にとってその程度のこれしき何も恐ろしくなかった。


 彼女は冷静に、


「こいつの相手は私に任せろ」


 そう言う。すると後ろの少女も、


「うん」


 少女は首肯して場所を移す。あまりにも速い移動速度。次に姿を見せた場所は建物の二階。彼女の身体能力を持ってすれば、瞬く間に移動することは余裕だった。


「グワァァァア!!」


 猛獣が雄叫びを上げるようにブラッドレイスは咆哮する。しかし見た目に反してブラッドレイスの知能は極めて高い。どれほどかと言うと使役者であるジークと会話できるほどにはある。


 ではなぜ知性が高いはずなのにこの二人に襲うのかといえば、ブラッドレイスでも種族の違いは分からないのだ。ゼラがダークエルフのような外見でも本当はデモルドだったといういうように、アンデッドであるブラッドレイスではその見分けがそれ以上につかない。


 彼からして動く者は生者か死者の二つに分かられる程度である。だから自分に敵対心を持っている者達は容赦なく殺してしまう方が良い。


 そう判断して今の状況に至るのだ。


 そしてブラッドレイスは突進した。無闇矢鱈ではない最小限のフォームは効率し尽くされた最適な移動。驚異的な身体能力も相まって、恐ろしいように瞬間加速したブラッドレイスは瞬時に接近すると、持っていたスレッジハンマーを振り下ろす。


 しかしその動きを彼女は見切っていた。次の瞬間、ハンマーと虚空に浮いていた数冊の本がぶつかり合った。


「グガァァァ」


「……ふん。所詮は理性のない化け物だと言うことかな?」


 ハンマーと本は互いに押し出し合う。それはまるで力比べをしているようであり、俄には信じ難い光景。 


 片手で岩石の如き重さのハンマーを持ちながら高速移動したブラッドレイスに驚けばいいのか、それとも空中に本を浮かせただけで防いだ女性に驚けばいいのか。


 とにかく両者とも異次元の存在であることは間違いない。


 彼女は興味なさげに笑うと、虚空で遊ばせていた一冊の本を手に取る。それは白い色をした本だった。片手をポケットに入れながら彼女はその本を見開く。本は空白で何も記されていない。


 ただそれはあくまで第三者から見ればの話。彼女だけその内容が見えるようであった。


 そしてその本の先に魔法陣が発生する。


 一つの魔法が発動した。


 空から白い浄化の稲妻がアンデッド目がけて降り注ぐ。


「グガァァァ!!」


 魔法に包まれたブラッドレイスは咆哮を上げた。しかし今回は明らかに今までのとは異なる。まるで苦しんでいるかような咆哮、どちらかと言えば絶叫に近い。


 闇夜の猫のように軍服女性の瞳が光る。そしてブラッドレイスに大ダメージが入った事を彼女は確認した。


 一撃で半分ほどは削れただろうか。アンデッドであるブラッドレイスは痛覚が無いというのに一瞬ふらつきを見せる。


「では次の魔法でチェックメイトか」


「……グガァァァ」


 7つの本が一斉に輝きを浴びた。それは全部の本で攻撃すると言う意味。


 ブラッドレイスは流石にまずいと思ったのか、ハンマーを振り回すも、前へ躍り出てきた一冊の本に攻撃を阻まれ彼女に攻撃を当てることは出来ない。


 ハンマーと本は一秒間に何十回もぶつかり合う。そんな光景を彼女は余裕そうにポケットに両手を入れながら観察する。


 しかし遊びはもう終わりだ。ブラッドレイスへ右手を突き出すその瞬間、赤い本から赤の波動、黒い本から黒の波動というように、虚空の7つの本は一斉に波動を放っていく。


 いくらブラッドレイスと言えど近距離でそれを発射されては回避不可能であり、見事に全弾直撃する。


「グゴゴォ……」


 ブラッドレイスは最後の嘆きのようなものを上げて吹っ飛ぶと、粒子となって消滅していった。


「こんなところだな」


 伝説級のアンデッドが、一体いれば国が滅ぶと謳われるアンデッドが、こうも簡単に倒された。ジークが強化を付与したブラッドレイスは通常のものよりも遥かに強くなっている。そのような存在がこんな簡単に倒されたのだ。


 あまりにも圧倒的すぎる勝負だった。


 普通ならあり得ないと考えるだろう。しかし彼女のことをよく知っている者ほどこの結果は妥当だと考える。


 では一体彼女は何者なのか。


 それは簡単。彼女はこの世界で指折りの実力者であるエルセティア・セラフィムなのだから。


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