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君の元へ

 巨大な池を超え公園の果てに転がる男がいる。それはアリシオンだ。ジークの一撃により全身の組織が破壊され、もはや修復不可能の域まで至った身体は指先すらも動かせない。


 男は死を待つだけの存在に成り果てた。そんな中ジークはゆっくりと歩いて向かう。両手をポケットに入れ、彼を見下ろすような姿勢を取った。


 瞳だけを動かして彼を見たアリシオンが血を吐きながら言葉を紡ぐ。


「さ、流石だな……。真祖である私の心、身体、細胞の一つ一つが負けを認めている」


「何故お前は魔神の契約を発動させた?」


「お前に一つ、話を聞いて欲しかったからだ。だから私のつまらない話を聞いてくれないか……?」


「あぁいいぞ」


 魔神の契約。それは文字通り、魔神に大きな代償を支払うことで代わりに一つだけ望みを叶えてもらえる契りである。


 禁術の中でもかなり危険な分類の魔法だが、いかんせん発動するにはアイテムなどによる依代、生命力の消費、唱えられる者がごく僅か、などの条件があるために発動が極めて難しく、この世から忘れ去られた魔法だ。


 ジークがなぜ分かったかと言えばジーク自身がその道のスペシャリストのため他ならない(自称)。ちなみにジークも当然唱えられる。


 ジークの場合はアイテム消費、もしくは一定時間使用不可の発動条件が課されている。ジークがなぜ生命力で発動できなかったというと、魔神が自分の生命力を奪えなかったためだ。


 ジークにはいくつもの耐性、職業、ギフトが備わっており、本来なら無効化貫通する契約ですら貫通できなかった。そのためにジークだけは特別に二つの条件のうちどちらかを満たせば唱えられるのである。


 とはいえアイテム消費の場合は莫大な量を必要とし、あまりにもコスパが悪かったので、この方法で使った試しは無い。では時間制限の方はというと、再発動可能にかかる時間が1ヶ月必要であり、こちらもあまりにも長いため2回しか使ったことはない。


 発動させたのはどちらもアンデッド生成である。大して強いアンデッドでは無くて、ガッカリした思い出だけが残っている。


 ある意味これも魔神の能力によるデメリットなのかもしれない。


 そんな他愛のないことをジークは考えているとアリシオンは口を開く。


「で、では今から私の生い立ちを説明しよう。私は今から309年前に生を受けた。両親は魔獣使いでな、週末になると闘技場に魔獣を連れて行って戦わせ合い、それで生計を立てていた。報酬は安定せず決して裕福とは言えなかったが、貧しくもなかったしむしろ毎日が楽しかった」


「300年前……あんたら吸血鬼たちはそんなに長生きをするの?」


「いや違う。正確に言えば私だけが長生きだ。他の吸血鬼たちの寿命は大体180年強程、長く生きる事ができるのは私のような真祖だけ」


「そうか」


「話を戻すが、私たち吸血鬼は他の魔人から、正確に言えばデモルドという種族から迫害を受けていた。魔王や歴代貴族を担ってきたのはいつもデモルドで、下の階級である吸血鬼たちを快く思っていなかったんだ。そして当時の魔王がある命令を出したんだ。吸血鬼を殺し尽くせ、とな」


「………」


 ポーカーフェイスを気取っていたジークは顔を歪ませる。あまり気分の良い話ではなかった。


「当時その思想は魔人国だけでなく魔人界全体で激しい賛同を得ていた。……お前たち人間だってエルフや獣人、人間同士でも人種の違いで争いが起こるのはよくある話だろう?」


「そうだな」


 ジークは振り返る。


 この世界に来てからは人間の村の、人間として生きていたのでよくは分からない。だが前世では確かに人種の違いによる衝突は頻繁にあった。それがもはや種族さえ違えば尚更だろう。


「私たち吸血鬼はどこにも居場所がなくて、だから少しでも生き残るべく人間界に必死で逃げ出した。あの連中、デモルドは喜んで吸血鬼を(はりつけ)にしたり、拷問したりしたんだ。今でもその惨状を鮮明に覚えている」


「それはなんとも酷いことだな」


「そして何より……父と母も捕まって殺された」


「………」


 表情は動かせない。しかしアリシオンの表情は何段階も影を落とした。それはジークとしても痛いほどに伝わってくる。


 両親が殺される。それも子供の頃に殺されたのだろう。ジークの場合は二人とも病気で亡くなったから仕方がない、というか、どうしようも無かった。


 しかしアリシオンの場合はそうではない。明確な相手が明確な意図を持って殺したのだ。それを年端もいかない時に知ったら、見たら、自分はどう思うだろうか。


 絶対に絶対に許せないはずだ。大人になって力をつけたら必ずその行いをした連中を皆殺しに行くだろう。

 

 そう思うと、彼の悔しさや怒りはよく分かる。


「そうだろう……。人間は私たち魔人のことを一括りにして悪魔と言うが、あいつらこそ真の悪魔だ。だから私は絶対にあいつらを許さないとあいつらに復讐してやると、300年前のあの時そう誓ったんだ。だからそのためにはまず戦力が必要だった。魔人国に負けないくらい、魔王クラスを打ち負かせるレベルの強者、道具、武器がな」


 ジークは無言で相槌を打って話の続きを促す。


「先程はお前の女を口説いてしまって申し訳なかった。あの女はデモルドだが悪い奴には見えなかった。もしかしたらあの女も私と同じように吸血鬼とデモルドの狭間で悩んでいたのだろう。だからあいつを悪く言うつもりはない。そしてあの女を私が口説いたのも戦力増強の一環、魔人国に打ち勝つための狙いがあった」


「そういうことか」


「私はデモルドに復讐するためにはなんでもする。汚い水だって飲んだし、殺されそうにだってなったし、毎晩毎晩あいつらに打ち勝つために頭を悩ませるし、デモルドであるあの女も妻に迎えようとする。だがそんなある日、チャンスが巡ってきたんだ。そのチャンスを渡して来たのは魔人国自身。魔人国が言うには、王国内で人間を殺し尽くせばこっちに戻ってくる機会を与えると」


「………」


「私は一も二もなく飛びついた。邪魔なヴァンパイアと人間を殺し合わせて領土拡大を図りたい、そんなあいつらの目論みを見抜いていながらも、その提案に乗ったんだ。魔人国に帰ることさえ出来れば革命を引き起こせて、私たちを虐げた邪悪な連中に復讐できる機会がある。そう思ったら乗らない手は無かった。その計画の実行中、今こうして……うっ!?」


 アリシオンは口から大量に吐血する。


 異変が始まった。身体の末端が徐々に灰へと変化していったのだ。


「大丈夫か?」


「まずいな…もう私に残された時間はあとわずかか…。全く魔神の野郎め。曰く付きの魔法を唱えさせやがって……」


 アリシオンが言う通り、それは魔神の契約の代償。本来なら生命力で唱えられる契約もジークに殴打されて僅かになった生命力では発動できず、代わりに魂の消費で行ったのだ。


 生命力で行えば寿命が大幅に無くなる。しかし魂で行えばそれはもっと恐ろしい結末を迎える。この世に留まれる時間が5分を下回り、なおかつ死んでしまえば魂自体が消滅してしまうのだ。


 故にアリシオンの身体が全て灰燼と化せば、一生この世には復活できない。そして魂も完全に消えてしまう。


 言葉通り、アリシオンに残された時間はごく僅かなのだ。それでも魔法を使ったのはジークに伝えたかった悲願と絶望がある。


 そして何より、この先の最後の願いをジークに告げたいのである。


 アリシオンは右の目に大粒の涙を流し、左の目に血の涙を流す。


「悔しい、悔しいぁんだ私は!!私たちをいじめて来たあの連中に仕返しできないのは凄く悔しいんだっ!」


「あぁ。それはさぞかし辛いだろうな……」


「人間を殺しておいて都合が良いことは分かっている。だけどお前に、貴方にお願いがあるっ……」


「言ってみろ」


「この国の最東北の地、帝国との国境近くの誰も訪れない果ての果ての深山にとある古城がある。そこにいる私の妻達に私が死んだ事を教えてくれないか。私の財宝は好きなだけ持っていっていいし、彼女達は人間を食べた事がない無垢な身だから心配しないでくれっ……」


「了解した」


「そして我儘を言うようだが、も、もう一つ!古城にある小さな墓に花を手向けてくれっ……。グフッ!?」


 むせるようにアリシオンは血を吐く。


 もう本当にその身に限界が迫っていた。


「もう話すな……」


「そ、そこに40年前亡くなった妻が眠っているんだ。彼女に何も言えずこの世を去ることはだけはどうしてもできない……」


「わかったよ。フェンリルの名に置いてその頼み、絶対に完遂させよう」


「あ、ありがとう……。あ、貴方はとても優しい男だ」


 気付けばアリシオンの下半身は全て灰と化し、両手も無くなっていた。


「もし……私が復讐に囚われていなければ、もっと幸せな時間を、山の奥でひっそりと過ごせたのかもな。なぁ……リーシャ、俺も今からそっちに向かうぞ」


 彼はゆっくりとまぶたを閉じた。


 そして。



 彼は完全に灰へと姿を変えて散っていく。



「………。俺が勧善懲悪とはいかないように、悪役にもまた別の正義、信念があるということか」


 その瞬間、ゆっくりと風が通った。


 穏やかで優しい風は彼の遺灰を運びながら一粒の涙と共に、東のどこかへと向かって行くのであった。


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