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長文化が止まらない…。

「安っぽく陳腐な感動劇を見せてもらった」


「そういう割には何もしてこなかったね。アンタみたいな傲慢でプライドの塊みたいな男は、下らん茶番だと一蹴して殴り掛かってくるはずだけど、殴りかかっては来なかった」


「……何が言いたい?」


「アンタも少なからず感じるものがあったんじゃないの?」


 ふふっ。


 アリシオンは静かに笑う。


「なるほど図星を突かれたか。笑ってもいいぞ、人間を喰らう化け物が人間と魔人の感動劇を見て少し湿っぽくなったということにな。私はお前達のそれを見てあの時を思い出したのだ。屈辱と怒りで苛まれた当時、出会ったばかりの今は亡き妻に励まされた事を……」


 男はどこか遠い目で空を見ている。

 

 ジークはあえて何も言わない。男は恐らく何かを思い出して感情的になっているのだろう。


 ここで能天気にそれを聞くのは野望という事だ。


「……ふん、今のは忘れてくれ。まずは自己紹介をしよう。私の名はアリシオン・ジェスファー。この街を襲っている魔人のリーダーにして吸血鬼の王、真祖である」


「俺の名前はジーク・スティン。現在この街を根城にしているフェンリルという者だ」


「なるほど、お前がそのフェンリルか。ブルーパレスという小都市に五公爵を倒したフェンリルなる存在がいるから倒してくれと、少し前に連絡があってな。それで王都の方から転移したのだが、元々私はこの都市に根を張っていた犯罪組織と五公爵の1人を倒す予定だった」


 まぁ、


「とはいえ私からしてみればどちらも同じ人間。どっちでも余裕で倒せると思っていたので問題ないが」


「本当にそうかな?」


「どういう意味だ?」


「俺からすればあの存在にアンタが勝てるとは思えない」


 あの存在。


 当然それは五公爵のウィルレオという男のことを示している。


 ウィルレオ曰く、五公爵は上から順にダイヤモンド、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズまであるらしい。ウィルレオはその中で下から二番目のシルバーだと言っていた。


 ジークがあの男と戦ってみた感想は他の者とは圧倒的にレベルが違ったということだ。あの男の取り巻きにいた幹部含めた組織全てと、あの男が戦ったら余裕でウィルレオが勝つだろう。それくらいは強かった。


 とはいえそれではジークの強敵にはなり得ない。あくまで他の雑魚に比べたら飛び抜けて強いと言うだけで、魔法を使わずとも勝てた程度である。


 話を戻すがそんなウィルレオとこの男が戦ったら、この男に勝ち目がないように見える。


「あの男を倒すには軽くあんた5体分以上は必要になると思うけど」


 その程度だろうか。とはいえあくまでこれは予想であり、この男と拳を交えなければ詳しい数値は分からないが。


 ジークは冷静に見積もってそう言った。だがウィルレオを詳しく知らないアリシオンはあり得ないという風に嗤う。


「ハッハッハ!!面白い。やはりファンタジーは話を誇張しなくてはつまらんよな?良いだろう気に入った。貴様に私の力を見せてやる」


「……へぇ」


 ジークが見ている中、男の気配が色を変え容姿が変化していく。


 上半身の服が破れ背中から紫の翼が生えた。口から突き出すように長い二つの牙が姿を見せ、両手の爪が異様に伸びていく。そして最後に魔人で最も大切であり、種族としての誇りの象徴であるツノが生えた。


 全身からは禍々しいオーラが漏れ出ている。並の者なら近づくだけで震え慄くだろう。


 全てが変化した後の男はもはや別物。ゼラがあまりにも神々しかったので実感が湧かなかったが、これが本当の悪魔。という者なのだろう。


「どうだ凄いか?俺こそが吸血鬼、生物界の頂点である真祖だ。お前が死ぬ前にこの姿を拝めたことを感謝するがいい」


「確かに凄い。その姿は美しさすらある。実は俺にも形態変化が2つあるんだけど、その姿は中々に羨ましい」


「なに……お前も形態変化があるだと?それも2つ……?お前は本当に人間なのか?それとも単なるフェイクか?」


 アリシオンは思わず素っ頓狂な顔をした。


 人間が姿を変えて別の存在になる。あまりにも馬鹿らしい冗談だ。見た目に反してアリシオンは長い時を生きているが、そんな事は見たことも聞いたこともない。


 決めつけるのは早計だがこれは限りなく嘘。こんな出鱈目をほざいた詳しい狙いは分からないが、恐らくこちらを警戒させるため、もしくは威圧するためなのかもしれない。


 ただ本当だったら…?


 アリシオンは拭い切れない。男が本当に2回も形態変化が出来る可能性を。五公爵を倒したこの男だ。もしかすれば他とは例外で変身が可能なのかもしれない。


 アリシオンは嫌な汗を掻く。しかしそれはあり得ないと顔をブンブンと振って、嫌な汗を吹き飛ばす。


「もしあの二形態をここでしろってなったら街がどうなるか分からない。一つはまぁまぁ制御できるけど、もう一つに至っては街の人間を皆殺しにするくらい凶暴になる可能性があるし、正直言ってあれは俺でも制御不能。鎖がちぎれた猛獣なんて誰も見たくないでしょ?」


「…………」


 アリシオンは否が応でも嫌な想像をしてしまう。


 ありえないありえない……。例えどんな姿になろうと吸血鬼の王である自分の方が上のはずだ。そうじゃなければおかしいんだ。


 絶対なる自信の塊ともあろう者が、気付けば自分を励ましている。あまりにも情けないことだが、この得体の知れない恐怖を誤魔化す事は出来なかった。


「まぁ駄弁は置いといてとっとと始めようか。……って言いたいところだけど、ここはゲームをしない?」


「ゲームだと?」


「あぁ。ルールは至って簡単。交互に殴り合って最後まで息の根があった方が勝ちって言うルール。その名も"ジャパニーズルーレット"だ」


「ジャパニーズルーレット?」


 アリシオンは頭を傾げる。


 そんなゲームも名前の響きもまるで聞いた事がない。もしかして人間で流行っている遊びなのだろうか。


 アリシオンの心の中の疑問を答えるようにジークは説明をし始める。


「これは俺が今作ったゲームでね、ロシアンルーレットに対抗するオリジナルの遊びだ。ロシアンルーレットでもいいけどここは異世界だし、ロシア人でもないし、まず銃がないからね。やっぱり日本男児は我慢比べ、大和魂を見せるしかないよ」


「貴様……先ほどから何を言っている?」


 やはりこの男はどこかおかしい。アヘンでもやっているのだろうか。もしこの男が薬物中毒者だとしたら先ほどの戯言も頷けるというもの。


 ふざけた戯言を……。狂人の真似事をして吸血鬼の真祖たるこの私を尻込みさせたというのか?虚勢もここまで来ればもはや才能。


「いいだろう。貴様のお遊びとやらに付き合ってやる」


「ふん、良かった。このゲームはロシアンルーレットと違って確実にヒットするから先行が超絶有利なんだけど、流石にハンデが必要だ」


「ハンデ……お前がハンデを受ける方か?」


 吸血鬼と薬物中毒人間の殴り合い。蟻と象が踏みつけ合いをするぐらいどちらが殴り合いで勝つかは明確だが、ハンデを設ける事で少しでも勝ちに繋げようという事なのかもしれない。


 ただ流石に相手が悪いだろう。真祖であるアリシオンが蟻である人間のパンチをいくらもらったところで傷が付くことはない。


 吸血鬼には再生能力、回復能力が備わっている。真祖クラスの自分であれば下手な傷は一瞬で治癒し、欠損した身体もすぐに元通りになる。例え頭だけに切り離されようとも瞬く間に再生できるのだ。


 この二つの能力が自分についている限り、単なる打撃で打ち負けることなど絶対に有り得ない。


 この男を脅威だと思っていた自分の目は紛うことなき節穴、何より下らない危惧で杞憂に終わったとアリシオンは鼻で笑う。


 いや、違う。所詮は人間だ、怯えて適当な事を口走る動物はこの程度なのだろう。


 心の中でそう自己完結すると同時に、目の前の男はアリシオンの間違いを指摘する。


「……いやいや違う。ハンデはもちろんあんたが享受する方だよ」


「は、何を言っている……?私がハンデを受けるだと?」


「もちろん。ハンデとしてあんたが先に殴っていい。と言っても、あんたじゃ俺にダメージは与えられないと思うけどね」


「ふっふっふ…ハッハッハ!!古城(・・)に籠ってばかりで分からなかったが、人間というのはこれほどまでに面白い存在だとは!!よし良いだろう。その提案に乗ってやる」


 アリシオンは再び失態を犯した。


 一つは先ほどの出まかせに騙された事。そして二つ目は男が本当に狂人だったという事だ。


 このような男の妄言にこの自分が踊らされるなど、なんとも情けない。アリシオンは心の中で反省する。


 男の方へずいっと一歩近づいた。二人の距離は1m程度まで接近する。


 ……どうだ、恐ろしいか。


 ツノが生え牙が突き出し爪が一尺ほどに伸びている。人間とは様子が異なる異形の存在。大抵の人間が怯えるのも無理はない。


 しかしなぜか、目の前の男はたじろがない。それどころか男の表情は殴り合いを楽しそうに待っているようにも感じられる。


 アリシオンは不快げな表情をする。


 もういい、その度胸だけは認めてやる。死ぬ時にこの俺を挑発した事を後悔するんだな。


「ではいくぞ……?」


「あぁ。いつでもどうぞ」


「オラァ!!」


 溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すように、ビュウ、と風を切ったアッパーがジークの腹部を襲う。種族として最高品質である身体能力、真祖としての膂力(りょりょく)、永劫の時を生き磨きに磨かれたセンス。それらが相待った一撃はもはや超絶の威力を誇っている。


 人間なら爆散、硬い皮膚や厚い毛皮で守られた猛獣ですらも大きな風穴が開くだろう。


 では目の前にいるジークはどうだ。


 ジークは風穴が開くどころかびくともしなかった。そして余裕そうにニヤリと嗤う。


「ふふっ中々悪くないね」


「ど、どういう事だ……」


「どういうことも何も俺を倒せなかったっていうだけの話、確かにすごく良いパンチを持ってるよ。俺じゃなきゃ見逃しちゃう…じゃなくて即死だろう。だけど相手が悪かった。この程度で死ぬほどフェンリルは(やわ)じゃない」


「あり得ない……」


 じゃあ…次は俺の番だ。


 どうやってこの一撃を防いだのかどうやって耐えたのか。アリシオンの脳内ではそんなことが途方もなくグルグルと回っている。それはまるで開けない夜のようで、何をどう考えても理解が追いつかない。


 そして皮肉にも同じようにアッパーが返された。


「ごぐぅ!?」


 倍返しどころか100倍返し。あまりの威力に耐えきれずアリシオンの身体は弧を描くように10m以上打ち上がった。


 そして無残に落下し吐血する。綺麗な紫の髪がボサボサに乱れた。


「…ふぅ…ふぅ…ふぅ…。クッ…うがぁ…」


 内臓の中まで響くような重たすぎる一撃。アリシオンは喋ることすら出来なかった。


 せめてもと、生まれたての子鹿のように足をプルプルとさせながらやっとの思いで二本の足で立つ。


「み、見事だ…。これがフェンリルという男の強さかっ……」


「アンタこそよく今のを耐えた。かなり強めに打ったんだけど流石は吸血鬼というところかな?」


「そ、そうだ……私は吸血鬼。その最上位に位置し、全ての吸血鬼を束ねる存在がこの私、そうやすやすと負けはせん」


 アリシオンの瞳に再び真紅の炎が燃え上がる。


「いい調子だ。だがいかんせん身体が追いついてない。もう一発と言わず、満足するだけ好きに打っていいよ。アンタの最期の命の輝きここで魅せてくれ」


 全身を踏ん張るように力を込める。すると先ほどのように黒みがかった真っ赤なオーラが吹き荒れていった。


「そう……俺はヴァンパイアの王。その俺がこんなことで負けるわけにいかないんだぁぁあ!!」


 そこからは怒涛のラッシュ。


 腹に一発、顔に一発、前蹴り、両手でジークの顔面を固定して右膝、左膝を強烈に打ち付ける。


 しかしジークは全く効いていない。


 次に顔面を鷲掴みして芝生に何十メートルも引きずり、遥か空高くへぶん投げる。


 沈みかけの夕陽に虚空を漂うジークが重なった。


 瞬間移動でジークより遥か上空に移動すると、落下と共に踵落としする。物凄いスピードで打ち出されたジークは地面に直撃し、蜘蛛の巣状に大地を割って砂煙を上げる。


 アリシオンは吹っ飛んでいくジークに合わせて高速で移動し、追撃を放つ。


 怒号が鳴って怒号が鳴って怒号が鳴る。鳴り止まない爆発のような衝撃音は街の広範囲に渡って轟いた。


 そして最後の仕上げ。再び移動したアリシオンは直立したジークの腹に渾身の腹パンチを放った。


 全身全霊、自分の命すら放棄するような力を込めたその一撃は砂埃を一瞬にして霧散させる。


「ハァハァハァ……」




しかし……。





「実にお見事。よく言えばスーパーノヴァ、悪く言えば無駄な足掻き。でも俺は嫌いじゃないよ」


 ジークはなんとその場で仁王立ちをしていた。服は汚れたものの、微塵も効いたような感じはない。


 それどころか相手を称賛する余裕さえあった。


「あ、ありがとう。素直にその称賛、受け入れようか」


 やっとの思いでアリシオンも直立する。


「意外と潔く良いんだね」


「あぁ。お前からしたら違うかもしれないが私は強い。だから強者にはそれ相応の敬意を払う。お前の尋常じゃないほどの強さ、実に素晴らしいものだったぞ」


「ありがとう」


 殴られた続けたジークはなぜか飄々とし、殴り続けたアリシオンは息も絶え絶えになっている。側から見ればその関係は逆に見えるだろう。


 アリシオンは諦めたように、感服したように、正々堂々と身構える。


 負けだ、自分の完敗だ。相手が自分の攻撃を受け切ったように、潔く自分も仁王立ちでその攻撃を受け止める。恐らく男の攻撃で自分は死ぬだろう。しかし何ももはや悔しくはない。あるのは男への畏怖と率直な目覚ましいほどの憧れ。


「アンタは殺人集団の頭領で極悪人だ。だけどさっきの乱撃に賞賛の意を込めて、俺も特大の一発でお返しさせてもらう。アンタの最期の瞬間だ。死んで忘れる前に大切な事を振り返っておけよ」


「あぁ分かった。お前の厚意に最大の感謝を」


 ……くっ。一体なんで誰も教えてくれなかったんだ。こんな化け物じみた強さの男がこの国いるなど知るはずもない。もし知っていれば襲わなかったのに。


 アリシオンは悪態をつく。ただその表情はどこか満足げだ。


 それもそう。自分は非常に満足している。これほどの強者と対峙できた事を。


「じゃあいくぞ?」


「来い!!」


 オラァァ!


 ジークの超絶の一撃を受けたアリシオンは、音速すら生温い速度で公園の端へと吹っ飛んで行くのであった。


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