雅風派
昨日のうちに買い出し済ませて、窓ガラスにテープ貼ったので、小説書いてました。
停電にならないでほしい。
みなさんも注意して、避難は早めに!
「雅風派は若い貴族達のグループで、簡単に言うと遊び人の集まりだ」
ギルの説明で、ようやく記憶が蘇った。
「夏はヨハネス侯爵領で遊んで、冬は王都で遊ぶ人達ね。地位や権力には興味がなくて、芸術家のパトロンになるのがステータスで、夜会や舞踏会で朝まで騒いでるんだっけ」
ある意味、中世の貴族のイメージに近いかもしれない。
サロンで音楽を聴きながら酒を飲んで、芸術談議に花を咲かせて、軽い恋愛なんかも楽しんでしまう人達だ。古いしきたりなんて格好悪くて、流行の最先端を自分達が作り出していると自負している人達だね。
「そうなんだ。結婚していても、一晩の関係であと腐れなく遊ぶのはおしゃれだなんて思っている人もいるらしい。ヨハネス侯爵は領地経営に力を注いで儲けているし、家族が大事だから遊びの方は節度を保っているらしいが、仲間に見栄をはりたくて浪費して破産しそうな者もいるそうだ。確か何人か家から追い出されて、友人の家に居候になっていたり、平民落ちしたはずだ」
「どんだけ遊びに金をつぎ込んだの」
「ギル? ディアはまだ十歳なのに、なんでそんな説明をしているのかな」
クリスお兄様に睨まれて、ギルは片手で口を覆った。
「彼女に今更、歳がどうこうは関係ないかと」
「ギルって話し方が講義している先生みたいだから、すんなりと聞いてしまったわ」
いいなあ。パトロン。
お金出してあげるから、好きに同人活動していいよって言われるようなものでしょ? 最高!
あ、でも、サロンで発表するのか。
作曲したら曲を弾いてみせて、絵を描いたらサロンで見せて感想を聞く事になるんだ。
戯曲や詩を書く人達は朗読するの?
なにその羞恥プレイ。
「年はいいとして、女の子だというのも忘れてないかな」
「滅相もございません」
バントック派のように政治に口を出して、汚職に手を染められるよりは、政治に関心のない家でもいいのではないかと候補に入れたのか。
観光業に関してはベリサリオより成功しているもんな。
「ディア? 何を考えてるの?」
「え? 芸術家のパトロンというのは、考えたことがなかったなと思って」
「十歳の女の子がパトロンはしないよね」
「ですよねー」
クリスお兄様のこの反応を見る限り、私が若い芸術家に近付くのは駄目なんだろうな。
妹に変なことを教えそうだと思っていそう。
それか、変な男に騙されそうとか。
「あら? そういえばデリック様はご一緒ではないんですね。それに以前、側近だった方達はどうなさったんですか?」
「宮廷は今、人材不足だからな、どこも優秀な若手が欲しいんだ。それで彼らには政治の中心で活躍してもらおうと思ってね。デリックにも将来、法務省で働くための勉強をしてもらうつもりだよ」
「皇太子が自ら人材育成ですか」
こういう時、ほとんどしゃべらないアランお兄様がぽつりと言った。
あいかわらず皇太子は働きすぎだ。
ちゃんと睡眠もとって食事もしてはいるそうだけど、自分のための時間をいっさい取れていないらしい。
『ディア、ネリーが呼んでいる』
イフリーに言われて入り口の方を見ると、かしこまった様子でネリーが立っていた。
「どうしたの?」
「ヨハネス侯爵家の方がお見えになっています」
「誰かしら?」
「おそらく侯爵様の執事の方かと。お屋敷でお見かけしたことがあります」
今度はもっと上の執事を寄越したのか。
でももう遅いんだけどな。
「僕がいこう。みんなは話を続けていてくれ」
クリスお兄様が立ちあがり、ネリーと一緒に部屋を出て行く。
なんだろうねと残ったメンバーで顔を見合わせたところで、みんなの精霊獣がいっせいに身を起こした。
『精霊王様だ』
『精霊王様がいらした』
「え? どこに?」
慌てて立ち上がりながら室内を見回したが、部屋の中にはいない。
『公園だ。外の公園』
『琥珀様だよ』
『瑠璃様も』
ベリサリオの精霊獣と違って、皇太子やギルの精霊獣は滅多に精霊王に会えないからか、嬉しくて動き回ってしまっている。
「行こう。よくわかっていない生徒が何かしたらまずい。先に様子を見ておく」
アランお兄様が立ちあがり、急いで部屋を出て行く。
うちのお兄様達の行動力と判断力はさすがだけど、皇太子を置いていかないで。せめてちょっと意見を伺って。
「私達も行きましょうか。琥珀がいるなら会いたいでしょう?」
「……そうだな」
中央の代表は皇家だけれど、あの事件以来、まずは精霊獣を育てなくてはいけないのと仕事が忙しいのとで、皇太子はまだ琥珀の住居に招かれていないらしい。
住居といっても、うちの兄妹みたいに家の中に連れて行ってくれるわけではなくて、瑠璃がうちの家族だけ湖の上の特別席に連れて行ってくれたように、翡翠が雲の中にコルケット辺境伯を連れて行ったように、特別な場所を用意してくれるのが信頼の証でもあるんだってさ。
「どうしたんです?」
「ベリサリオの者に会いに来たんだろう? 俺が顔を出していいものなのか?」
「私達に会いに来たなら、私達が誰を連れて行っても平気でしょう? それに琥珀の担当している地域の代表は殿下でしょう。生徒達が問題を起こす前に行かないと」
「そ、そうだな」
珍しく遠慮しているな。
琥珀に会うのがこわいとか?
玄関ホールではクリスお兄様と初老の執事が、難しい顔をして話していた。
お兄様の手にある封筒は、ヨハネス侯爵からのお手紙かな。
おっそいわ。今更だわ。
「精霊王が出たって?」
「幽霊ではないんですから、いらしたと言ってください」
「僕も挨拶に行こう。ライ、これを父上に渡してきてくれ」
「え?」
クリスお兄様が封筒を側近のライに渡すのを見て、ヨハネス侯爵家の執事の顔色が変わった。
「それは、ディアドラお嬢様宛のお手紙でして」
「聞いた通り精霊王がお見えになったので、ディアはご挨拶に行かなくてはならない。皇太子殿下もお待たせ出来ないだろう? 侯爵からの手紙は本日のそちらの対応の報告と共に父上に渡しておく。ライ、精霊王が見えたことも報告しておいてくれ」
「かしこまりました。直ちに」
一礼して手紙を受け取り、早速ライは転送陣の間に向かっていく。
止めることも出来ずに呆然としている執事を放置して、クリスお兄様はさわやかな笑顔で振り返った。
「さあ行こうか。アランひとりに任せておいては可哀想だ。アンディ、琥珀様と親しくなるチャンスだよ」
クリスお兄様に背を押され、曖昧に頷いて皇太子も歩き出す。
何か気になる事でもあるのかな。
精霊獣達が向かう方向に進んで行くと、生徒達の人垣が出来ていた。
ひとりが私達に気付いて道を開けようと動いてくれて、周囲もその動きに気付いて、すすっと人垣が分かれていくと、遠巻きに生徒に囲まれた中心に、琥珀と瑠璃とアランお兄様が仲良さげに話していた。
「目立ってる」
『ディア、遅いわよ』
「きみも目立っているよ」
ぼそっと皇太子が呟いたので、がしっと腕を掴んで歩き出す。
「瑠璃に琥珀、ひさしぶり。ちょうど殿下もいたから連れて来たの」
「今日はどうしたんですか?」
「……」
反対側の腕もクリスお兄様に掴まれて、皇太子は仕方なく歩き出した。
琥珀の方は何も気にしていないみたいで、むしろ会えて嬉しそうなのに、この男は何を気にしているんだろう。
『だって、あなたも今年から学園に来るって聞いていたから、どんなことやっているのかなと思って。その服は制服なの? かわいいわね』
『本当に子供ばかりしかいないんだな。ああ、向こうに大人もいたか。あれが教師か』
距離があるとはいえ、子供達にぐるりと囲まれていてもふたりはまったく気にしていない。子供達の方は精霊王に会えて目をキラキラさせているし、彼らの精霊は興奮しちゃって精霊同士ぶつかるくらいに動き回っている。
「ここは学園だから、大人は許可を取らないとはいっちゃ駄目なの。両親でも寮までしか来ちゃいけないのよ」
『ふむ。我らは来てはいけなかったか?』
瑠璃が顎に手を当てて考えるふりをした。
わかってたくせに。ちゃんと学園に来る前に説明したじゃん。
「連絡をくれれば許可を取って、生徒達にもあらかじめ伝えられたんですよ」
「……」
「どうしたの?」
皇太子が困った顔で生徒達を見て足を止めて、それ以上精霊王達に近付こうとしない。
「いや、おまえ達はいいんだが、我らは立ったままというわけには。向こうの生徒達も」
あー、そうだった。
跪かなくていいのは、私達だけだった。
なのに両側から私とクリスお兄様に腕を捕まえられて身動きできないし、皇太子と側近だけが跪いてベリサリオが跪かない現場を、生徒達に見られるのはまずいわけだ。
「瑠璃も琥珀も、殿下が跪かなくてもいいよね」
『ん? ああ、人間の立場的にその方がいいのだろう? かまわない』
『そうね。気にしないわ』
ほっとした様子で皇太子が歩き出したので、私達もふたりに近付いた。
人間の身分は関係ないと言いながら、その辺はちゃんと考慮してくれるのが嬉しい。
琥珀がこちらに手を差し出したので、私だけ先に小走りに近付いてその手を取ると、瑠璃がいつものように頭に手を乗せてきた。
「生徒達も跪かなくてごめんね。みんなどうしていいかわからなくて、でも精霊王に会いたかったんだと思うの」
『子供達に悪意がないのはわかっているから気にするな』
『そうよ。この森に学びに来てくれる子供達は大好きよ』
ふたりともやさしい!
でもこれ、親子みたいに見えませんかね。
そしてふと気付いたら、目の前まで近づいたところでエルトンとギルはすっと跪き、皇太子は胸に手を当てて軽く頭を下げていた。彼にだけさせてはいけないとクリスお兄様も皇太子と同じようにして、いつの間にかちゃっかりアランお兄様もその隣に並んでいる。
私だけ、浮いてない? 目立ちまくってない?
ま、まあ妖精姫だしね。ひとりだけ女の子だし。
今更、そっちに並んでもおかしいしね。
『王都にはいつからいるの? アーロンの滝に遊びに来てくれるかと思ったのに』
「まだ来たばかりだし、生徒は学園の外に出たら駄目なの」
『なぜだ? 軟禁されているのか?』
なんでさ!
「保護者がいないのに、自由に外に出られるようにしたら危ないでしょ? 羽目を外す子もいるだろうし、攫われたりしたら困るの」
『それはそうね。じゃあ、どこでお話する?』
琥珀の視線が皇太子に向けられる。
彼がギルに何事か囁くと、ギルはすぐに教師達の方に駆け出した。
「今、許可を取りに行かせました。おそらく問題ないでしょう」
『アーロンの滝に連れて行っていいのね』
「はい」
『じゃあ、あなたとベリサリオを連れて行くわね』
側近はさすがに駄目だな。
他の辺境伯も家族しか連れていけないからな。
「殿下、あちらにエルドレッド皇子がいますけど」
アランお兄様が示した方向に目をやると、エルドレッド皇子と側近ふたりとパティが、生徒と一緒に人垣に紛れて立っていた。
『あら本当。私、あの子と話したことないのよ。連れて行きましょう』
「エルディ、来てくれ」
「え? ……はい」
皇太子に呼ばれて、エルドレッド皇子は驚いて自分の顔を指さした。まさか呼ばれるとは思っていなかったみたいだ。
皇太子が頷くのを見て、エルドレッド皇子が早足で近づいてくるのを待ちながら、私はついいつもの癖でパティに手を振ってしまった。
『友達か?』
「そうなの。同じ教室で勉強しているのよ」
『じゃあ、彼女も連れていくか』
『そうね。女の子があなただけじゃね』
え? いいんだろうか。
問題ない?
「話してくる」
さすがにここで全力疾走は出来ないので、とたとたと転ばないように小走りにパティの元に行く。彼女の方も話があるらしいと気づいてくれて、近づいてくれたからすぐに合流出来た。
「琥珀が、あなたもアーロンの滝に連れて行きたいって」
「え? どうして?」
「男ばかりの中に、私だけいるのを気にしてくれたみたい」
「……でもいいのかしら」
「グッドフォロー公爵領って、一部琥珀の担当地域に領地が入ってなかった?」
「それはそうだけど」
精霊王がいいと言っているんだし、公爵家の娘だし、いざとなったら皇太子に説明は丸投げしてしまえば。
『じゃあ、アーロンの滝に移動するわよ』
「え?」
まだ話の途中なのに、転移させないでー!
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