ヨハネス侯爵家
台風接近中ですね。
これから買い出しに行ってきます。
みなさんもお気をつけて。
休日は平日以上に寮で働く人たちは大忙しだ。友達の寮に遊びに行く子供達や、一週間ぶりに親に会いに城に帰る子達が、平日と同じように朝から食堂を賑わせている中で、寮で行われる茶会の準備も同時に行われるからだ。
今日は私達の茶会以外にも何件も約束をしている子がいるようで、部屋が埋まっているらしい。その分用意しなくてはいけない菓子類や軽食、飲み物も多くなる。
私も平日と同じ時間には起きて食堂で朝食を済ませ、只今、侍女に磨き上げられているところだ。
主役はカーラだから、授業を受ける時と同じでむしろ地味目にしてほしいと言っているのに、ダナもネリーも手を抜く気がいっさいない。
ダナなんて寮に来る予定なかったのに、いつのまにかしっかり来ていて、当然のように私の世話をしている。
「どこで誰がご覧になっているかわからないんですよ。その方がお嬢様を見初められて、将来の旦那様になるかもしれないじゃないですか」
「そういうこともあるかもしれないわね」
「そうじゃなくても妖精姫と呼ばれるお嬢様は、いつも注目の的なんです。言葉遣いや動作も美しく。気を抜かないでくださいね」
動かず黙っていれば可愛いってやつだね。
自覚あるから大丈夫だぜ。
でも言葉遣いに気を使って、御令嬢らしく上品に動くとこわいって言われるんだけど、どうすればいいんだろうね?
「お友達のお世話をするばかりではなく、ご自分のことも考えてくださいな。お嬢様は個性的なんですから」
侍女や執事達の間で、私を今からどうにかしないとやばい説が浮上しているんじゃないでしょうね。
大丈夫だって。まだ十歳だって。
「いい男は早めに捕まえておかないと駄目なんですよ」
「成人するくらいにならないと、いい男かわからないでしょう」
「いい男は育てればいいっておばあちゃんが言ってました」
マジか。エドキンズ伯爵家すげえな。
「でもミーアは育てないで、いい男を捕まえたじゃない」
「私も頑張ります!」
ネリー、やる気になっているなあ。
学園に通い始めて三年くらい経つと、そろそろ上や下の学年の生徒もどんな奴がいるかわかってきて、素敵だなって思える相手が出て来るのかな。
お姉ちゃんのミーアが公爵に見初められて、同い年のイレーネにはエルトンという恋人が出来て、スザンナは皇太子妃候補。少しは焦ったりするのかもね。
「エルダもまだひとり身よね」
「うーん。本当にディアは鈍いのね」
「え? 誰かいるの?」
「……そうじゃないけど、彼女は仕事が楽しいみたいよ?」
「仕事ってフェアリー商会の話? たまに遊びに来た時に、ちょっと手伝っていくだけよ? 本格的にうちで働く話なんて出てないわよ?」
「そう……よね。彼女どうするのかしら」
「ネリー、何か隠しているでしょう!」
「ふたりとも、おしゃべりしている時間はありませんよ」
えー、すっごく気になる。
仕事をしたいというなら応援はしてあげたい。
でも、いずれ独立して自分で何かしたいって目標でもないと、伯爵令嬢が仕事をするって難しいんじゃないかな。
今は事務仕事や会計の手伝いだけしかしていないのよ。伯爵令嬢に事務員やらせていいのかな。
「ディアドラ様!」
着替えが終わったのでまったりしていたら、アイリスが部屋に飛び込んできた。
「ヨハネス侯爵家から使いの方がお見えです」
使い?
うわ。嫌な予感がする。
急いで入り口に向かい階段を降りる。
玄関ホールの邪魔にならない端の方に、執事服に身を包んだ二十代半ばの男が立っていた。
金髪でそこそこイケメン。でも今まで会ったことない人だ。カーラの執事ではないはず。
「あなたが使いの方?」
「はい。お嬢様が昨夜遅くから急に体調を崩されまして、本日は大変申し訳ないのですが欠席させていただきたいのです」
……ドタキャンするとは。
世間的には皇太子妃選考のための茶会だなんて言っていないんだから、今回は顔合わせだけして、その後は会う機会を設けなければ何も問題なかったのに。茶会に出るのも駄目だというのはどういうことなの?
そりゃ少しは、こういう可能性も考えないではなかった。
カーラが長女だから、ヨハネス侯爵は若いんだよな。
小学校の先生の大変さが、少しだけわかった気がするわ。
イレーネの時といい今回といい、子供より親のほうが問題なんですけど。
「ディア」
背後から声がして振り返ったら、お兄様がふたり揃って階段を降りてくるところだった。
「その人は誰だい?」
「まあ、そう言われてみれば、あなたはどなた?」
「あ、失礼いたしました。ヨハネス侯爵家で執事をしておりますロイドと申します」
「以前、お会いしたことはありまして?」
「いえ、お目にかかるのは初めてです」
ですよねー。
いつもカーラの周りには侍女しかいないもんね。
「……では、きみがヨハネス家の使いだという証はあるのかな?」
「え? あ……いえ」
「初対面で、本人が言っているだけで手紙も証明するものもなく、ディアを呼びつけて、殿下との茶会に参加しないって?」
優し気な顔つきのままで、口元に余裕の笑みを浮かべて、階段の途中からクリスお兄様が言うもんだから、ホールの雰囲気が一瞬でピリピリしてしまって、他の生徒達が近付けなくなってしまった。
「もしかして、ヨハネス侯爵は殿下に直接、お詫びをしているのかもしれないよ」
クリスお兄様の一段上でアランお兄様は足を止めた。視線はヨハネス侯爵家の執事に向けたままだ。
口調も表情も普段のままだけど、手元が光ってますよー。剣精やる気になってますよー。
「そうか。その可能性があったな」
「い、いえ……」
そこで顔色を変える前に考えようよ。
なんでこんな中途半端な執事をよこすかな。
いっそ私が知っている生徒を寄越すか、ヨハネス侯爵家の執事長を寄越すくらいのことをすればいいのに。
「どちらにしても、ヨハネス侯爵家が殿下とディアを、ずいぶんと軽く考えているのはよくわかった。こちらから改めて連絡をしよう。帰ってくれ」
「し、失礼します」
執事が深々とお辞儀をし、扉に向かおうとしたところで外から扉が開き、エルトンがホールに入ってきた。
「……?」
その場の不自然な空気に気付いて、さっとホール内に視線を走らせて状況を確認しようとして、出来るだけ目立たないように出て行こうとしている執事にしっかり気付いた。
そこへ階段を降りたお兄様方が近づいた。
「先触れに来たのか?」
「ああ。殿下ももう少ししたらいらっしゃる」
「カーラは体調が優れずに欠席だそうだ」
「………」
無言で視線だけがヨハネス侯爵家の執事に向けられた。
「カーラ嬢は体があまり丈夫ではないのかな」
「どうだろうね。慣れない学園生活で体調を崩したのかもしれない」
やめて。カーラ病弱説を作らないで。
身体が弱いと思われると、縁談の相手が減るんだから。
「殿下がいらっしゃるのなら準備をしないといけませんわ。お出迎えしたいと待っている者がいるんですよ」
ここは私が、しゃきっとしないと。
屋敷にお客様をお迎えするのは女主人のお仕事で、今回は私が招待した形になっているから私の仕事だ。
「エルトン、そんなところで仁王立ちしないで。クリスお兄様はこっちでお迎えして。アランお兄様もこっち!」
お兄様達の背中を押して正面に立たせる。
左右に制服の紺色を纏った生徒がずらっと並ぶのは、なかなか見栄えがよろしい。
お花も綺麗に活けられて、家具や調度品は磨き上げられている。
お兄様達の横に私も並んで、御令嬢らしく微笑みを浮かべる頃には、ヨハネス侯爵家の執事は姿を消していた。
すっかり貧乏くじを引かされた形になってしまったね。ご苦労様。
「アンドリュー皇太子がおいでになりました」
エルトンの声に合わせて、カーテシーで出迎える。
いつもはふらっとベリサリオに来て放置されている皇太子相手でも、こういう時は敬意を表して最高のおもてなしをしなくては。
ひとまず、この場では。
「ベリサリオの寮の中はこうなっていたのか。一度、入ってみたいと思っていたんだ」
ひとまずこの場では! 公私のけじめを!
って、こっちは気を張っていたのに、ちらっと顔をあげて様子を窺ったら、のんきな顔をしてきょろきょろと玄関ホールを眺めている皇太子がいましたよ。
「こんなに大勢で出迎えてくれたのか。ありがとう」
アンドリュー皇太子も皆と同じように、白いシャツに刺繍の入ったベストを着て制服の上着を羽織っている。身長があって体格がいいから、なんでも似合うんだわ。
連れて来たのは、側近のギルだけ。
エルトンはこの寮の人間だし、皇太子とクリスお兄様が仲良しなのは皆が知っているから、ベリサリオでは皇太子の人気って高いのよ。
そこにイケメンの笑顔と甘い声とお礼の言葉で、周囲の子供達がすっかり感激ムードになっている。気さくで素敵と親近感がアップして、さっきまでの雰囲気の悪さの後だから、余計に皇太子の印象爆上がりよ。
その分、ヨハネス侯爵家とカーラのイメージが悪くなってしまう。
辺境伯の三兄妹が勢揃いして待っているところに、執事がひとりふらっとやってきて、欠席すると伝えるのを見て、この寮に居る人達がいい印象をもつわけないじゃんね。
「そうか。やはりヨハネス侯爵の対応は駄目だったか」
だけどお馴染みの室内に噴水のある部屋で、カーラのドタキャンの話を聞いた皇太子は、怒るどころか面白そうに笑っている。
「政治に興味のない家の娘もいいかと思ったんだが、将来、皇妃の親が公式行事で何かやらかす恐れがあっては困るな」
テーブルの周りにそれぞれの精霊獣が小型化して顕現して、会話が外に聞こえないようにしながら遊んでいる。
テーブルについているのは皇太子と側近ふたり、そして私とお兄様ふたりだけだから、すっかり普段と同じ状況よ。
「こうなることを予想してたんですか?」
「そうではないんだが……おまえはヨハネス侯爵にどんな印象を持っているんだ?」
「観光業を成功させたやり手」
「確かに観光業のおかげで、あそこの領地の収益は素晴らしいんだが、侯爵の仕事はそれだけではないだろう」
「あそこ、観光のために治安をよくしようと憲兵には力を入れているけど、まともに軍隊を運営していないんだよ」
エルトンに言われて建国当初の侯爵家の役割を思い出した。
もともと独立していた他民族の勢力である辺境伯が、裏切った時には王都に攻め入る前に押さえ、辺境伯が他国と戦争状態になった時には助力するのが、この国の侯爵の役目だった。だから侯爵家の領地は辺境伯家に隣接しているか、王都を守る要の場所にあるんだわ。
ただ今はもう、コルケットとベリサリオに挟まれたカーライル侯爵家はうちと仲良しで、ダグラスはお兄様達と幼馴染だし、スザンナの家のオルランディ侯爵家だって、コルケット辺境伯との仲の良さは有名だ。
でもちゃんと軍隊を持って、有事に備えてはいるはずなのよ。
「マイラー伯爵を侯爵にして軍を持たせるから、ヨハネス家はもういい」
マイラー伯爵家はエセルとヘンリーの家ね。
軍を持っていなかったのに、海の荒くれどもを束ねて海賊退治をしちゃっているマイラー伯爵、すごいな。
「ディアは雅風派ってグループを知っているかい?」
クリスお兄様に聞かれて、頬に人差し指を当てながら首を傾げた。
「なんで知らないんだ? 妙なことにやたら詳しかったり、普通は知っている事を知らなかったり、ベリサリオの教育方針はよくわからん」
「興味のあることにだけ詳しいみたいだ」
「興味なかったのか」
お友達とは仲良くしたいけど、親のことまで調べる気にはならなかったわ。
ウィキくんで調べたことや、前世の記憶が役に立つことは詳しくて、他は全くわからない。
ちゃんと家庭教師の授業は受けているから、国の歴史や経済はそこそこ詳しいはずなんだけどな。
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