修羅場? 後編
あとの問題はリーガン伯爵家よ。
さっきも修羅場っていたけど、この家大丈夫?
「あなた、娘をもう少しで不幸にするところだったのよ。どうしてこんなことになったのか説明してください」
「……家に帰ってからでいいだろう」
「そうしたらまた、家の事はおまえに任せてあるだの、娘と何を話していいかわからないだの言って、誤魔化して先送りにするでしょう。このままなら、私はイレーネと家を出ます。離縁しますわ!」
「そんなことしたら、イレーネは伯爵家の娘として結婚出来なくなるだろう」
「その時は一度うちの養女にしよう」
すかさずコルケット辺境伯が口を挟んだ。
「私は派閥を作ってはいないが、きみ達の力になってきたつもりだ。なのに何の相談も受けずにイレーネの婚約を決めるとは、非常に残念だ。私もイレーネとエルトンの事は知っていたんだよ」
「そ……そんな」
がっくりと項垂れて力なく椅子に座り込む伯爵は、前世の日本ではよくいたお父さんだと思う。
実は私の前世の父も、同じような不器用な人だった。
小学校までは運動会とかで触れ合う事があったけど、中学になったらそういう機会もないじゃない? ましてうちは娘三人。
仕事が忙しくて家にいない日々が続けば、母親と娘達の結束は強くなる。
年頃の娘に何を話せばいいかわからなくて、ぶっきらぼうな話し方で余計に距離が出来て、私が就職してひとり住まいすることも、忙しいからあとでと先送りされて話せなくて、家を出る間近になって知って、驚いて怒って、喧嘩別れのようになってしまった。
ただありがたいことに、うちのコミュニケーション能力にポイント全振りの末っ子は、長女が結婚して家を出て、次女が就職して家を出て、すっかり寂しくなってしまった家で、父が肩を落としてため息をついているのを見て、これはいかんと一緒に晩酌するようにしたのだ。
一緒にクイズ番組見て、それで会話のとっかかりを作って、母親も一緒に三人で晩酌。
それが楽しくて、父親の帰宅時間が早くなったって言うんだから、びっくりよ。
おかげで私も、実家に帰るたびに母や妹がつまみを作ってくれて、家族で宴会するのが楽しみになった。
いい関係だったと思うのよ、うちの家族。
なのに、いつまでも浮いた話のひとつもなかった次女が、アラサーで死亡。
十年経った今でも、たまに申し訳なさが蘇るよ。
それにいまだにこうして思い出すと、今の両親に対する後ろめたさもあるんだよね。
こんなによくしてもらっているのに、なんでいつまで前世を引きずっているんだよって。
でも帰りたいわけじゃないんだ。私はもうディアドラだから。
この世界も、精霊も、両親もお兄様達も大好きだもん。
えーと、でもだから、リーガン伯爵とイレーネも話をすればいいと思うんだ。
伯爵が娘と本当は仲良くしたい普通のお父さんなら、これをきっかけに関係を変えることも出来るんじゃないかな。
ただ、それと同じくらい修復不可能な関係になる危険もあるよね。
「ディアドラ嬢」
「ディア? 呼んでいるよ」
すっかり考え込んでいたら、クリスお兄様に肩を揺すられた。
「どうしたの?」
「養女になっちゃうのはどうなのかなって」
「その辺は、もう僕達が口出しすることじゃないからなあ」
そうなんだよね。
家族の事は、家族にしかわからないよね。
「ディアドラ嬢」
「はい、なんでございましょうか」
むっとした顔で振り返ったら、声をかけてきたくせにバートが一歩後ろに下がった。
「あ、あの、聞きたいことがあって」
「あれだけの事をしておいて、イレーネに謝罪すらしない方とお話する気はありませんの」
「イレーネ、イレーネって。あなた達はイレーネがいたから、うちと取引していたのか? 牛乳を認めてくれたんじゃないのか?」
「友情と商売を混同するわけがないでしょう。私を馬鹿にしているの?」
もう私の本性を知っている人しかいないから、遠慮しないぞ。
「商品をひとつ作るのに、どれだけの人が動いていると思っているの? 契約を今季限りにすることに関しては、以前から考えていましたわ。でも結論を出したのは、あなたが信用できる人ではないと思ったからです。どんなにいいものを作ったって、信用出来ない人とは取引出来ませんわ」
「きみのところの牛乳は、確かにおいしいけれど手間暇かけている分、値段が高い。それは今後、うちで使用するのにコスト的に合わないのがひとつ」
クリスお兄様が指をひとつ立てた。
「うちが観光業だけでなく、違う事業にも力を入れる事になったのがひとつ。観光業だけでは海沿いの街しか儲からないからね。他の産業も起こして、ベリサリオをもっと豊かにしたいんだよ。そして、きみは口が軽く信用出来ない。これだけ理由があってもまだ足りないかい?」
チョコを作るのに、牛乳を遠くから買っていたらコストと時間がかかるでしょ。
チーズをたくさんフェアリー商会が買っていたもんだから、領内の牧場経営者が人を雇って事業拡大したり、新たに牧場を始める人が出て来たのさ。
そこで牛乳を確保して、隣町にチョコを作る作業場も作れば、新たな雇用が増えるわけだ。
他所の領地をトマトケチャップや牛乳で豊かにしたんなら、自分のところだってチョコで領民を儲けさせなくちゃ。
「違う事業?」
「すぐに他所で話すきみには話せないな」
「うっ」
つーか、こいつ。まだ牛乳の話ばかりしているじゃない。
それも大事なのはわかるよ。領地の大事な収入源だ。
でも今は、その話じゃないだろう。
「それであなたはこの状況をどうするつもりなのかしら?」
「え?」
「あなたが嘘をついたせいで家族がバラバラになろうとしているのではない? 少しは家族の事を考えたほうがいいのではなくて?」
まだ夫人はリーガン伯爵と言い合い、イレーネはスザンナと話をしている。
お父様達は今後のモールディング侯爵への対応を話しているのかな。リーガン伯爵家とは直接は関係ないもんね。
「領地の事は父が……」
「嫡男でしょう?! じゃあイレーネへの謝罪はどうなさるの?」
「……あとで、謝るよ」
あ、駄目だこいつ。
本当に牛の事しか考えてないんだ。
「イレーネ、寮に居辛いだろう。今期はスザンナの寮にお世話になったらどうだ?」
私達の会話を聞いていたらしいコルケット辺境伯がイレーネに声をかけた。
「バートは、今年はもう仕方ないからこのままうちの寮に置いておくが、来年からは他所に行ってくれ」
「なっ! どうして」
「自分の父親や妹まで騙してこれだけの問題を起こし、いまだに反省さえしていないきみを、うちの寮にはおいては置けない。リーガン伯爵、明日は学園が休みだ。このまま家族とよく話し合った方がいい。必要なら私も同席しよう」
「……ありがとうございます。お願いします」
「きみのところの次男は、来年学園に入学だったな。彼にはうちの寮に来てもらおう」
コルケット辺境伯は、バートを跡継ぎから外し次男にあとを継がせろと言っているわけだ。
バートはなあ、ここまで牛以外に興味がないと領主の仕事も、社交も、まったくやらないだろうからなあ。
無理に領主になるより、その方が幸せだと思うわ。
「あの、今更かもしれませんけど、捜すのに手間取ってしまいまして」
ミーアが両手で大事そうに薄い布を持って部屋にはいってきた。
そういえばスザンナを送ってからいなかったね。
「ディアドラ様、勝手に持ち出してすみません。でもリーガン伯爵に見てもらった方がいいと思いまして」
「何?」
「イレーネ様からディアドラ様に贈られたショールです」
「ああ、なるほど。全然問題ないわ。見せてあげて」
「はい」
リーガン伯爵と夫人とバートに見える位置で、ミーアは薄いラベンダーグレイのショールを広げた。
そこには瑠璃色を中心に青の濃淡と緑を使った、波と水のしずくを図案化した美しい刺繍が施されている。布を広げた時と自然に腕にかけた時では、色合いがまるで違って見えて変化が楽しめるようになっていた。
広げると芸術作品よ。
壁にかけて鑑賞してもいいくらい。
これを図案から、色の選別から全部、イレーネがやったの。
「美しいでしょう。それぞれの領地を担当する精霊王の色を使いながら、みんなに似合う図案を考えて、お友達全員にショールを作ってくれたんですよ。本職の人もすごいって驚いていましたわ」
リーガン伯爵は、驚いた顔でじーっとショールを見た後、すまなかったとイレーネに頭を下げた。バートは、ただ刺繍を複雑な表情で見ていただけだった。
何を考えて、どう結論を出すかは彼次第だ。
「私はディアの話をちゃんと聞くからね。いつでも話をしに来てくれよ」
「はい、お父様」
「よかったわね、ディア。好きな人が出来たら、すぐにお話しましょうね」
「…………好きな人?」
「まだいませんよ」
「あなた達は、いい加減子離れ、妹離れ出来るようにしなさい」
お母様に言われて、うちの男共は三人揃って無言で視線をそらした。
コルケット辺境伯とスザンナ、リーガン伯爵家がコルケット辺境伯の城で話し合いの場を設けるというので、私達はその後すぐに自分の寮に帰った。
せっかく家族揃ったんだから夕食を一緒に食べようとお父様はごねていたけど、学園が始まってすぐに領主の兄妹が寮に長時間いないってまずいでしょ。
まだイレーネが十三歳だから、表立った発表は二年後になるとしても、エルトンとイレーネは婚約者扱いになるだろう。
辺境伯ふたりと公爵まで巻き込んでしまったから、ふたりは別れましたなんてことになったら大変よ。
でもさ、まだ十三でしょ。
長く付き合っていたらマンネリしちゃって、他の人を好きになっちゃいました……とか。
いやいや、この世界ではそんな、くっついたり離れたりを気軽には出来ないもんね。
私さ、恋人がいたことないからさ。
お互いの気持ちが盛り上がって、両思いだってわかって恋人になるところまでのお話ってたくさんあるから、妄想しやすいじゃない? それで同人でもよく描いていたんだけど、その先がもう未知の世界でね。
アニメや映画で描かれる日常みたいな、いちゃつくのが普通の生活を自分がするって考えただけで、恥ずかしさに悶えそうになるわ。
普通に会話しているところから、どう甘い雰囲気にシフトすんの?
漫画やドラマみたいな台詞は、現実では吐かないよね?
そもそも、どうしたら友人や知り合いが恋愛感情持ってくれるの?
この世界に来て、イケメンの男の子にたくさん会ったけど、イケメンだっていうだけでもう相手にされる未来が見えなくて、普通に男の子同士のお友達みたいになってたわ。
無理じゃね?
私、十五までに婚約相手なんて見つけられる?
実質もう四年とちょっとよ。
いや待て待て。慌てるのはまだ早い。
十歳の女の子はみんな、恋愛未経験者ばかりだ。
前世の事を考えなければ、私は年相応の恋愛偏差値だ。
……さ、寂しくないし。泣いてないし。
クリスお兄様だって、もう十五なのに全く恋愛してないし。
アランお兄様なんて、剣ばかり強くなって、女の子で親しいのは私のお友達だけだし。
え? ベリサリオやばくない?
こんなところに弱点が。
でも、兄妹全員学園卒業してもひとり身なら、私がひとり身でも安心だね!
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