精霊の森の屋敷へ 前編
前回の話との温度差がひどい
どうせコートを着るから普段用のドレスでいいんだけど、城で会う時にはまだコートは着ていないわけで、そのほんの十分ほどの時間に気張っていなくてそこそこ可愛いと思われる服装ってどんなん?
腰に手を当てて仁王立ちして、顎をあげて目を眇めて鏡を睨んでいる私が妖精姫です。
まじわからん。
もうすぐ私も十三歳ですよ。あと二年で成人よ。
今年からはスザンナやイレーネ、エルダにネリーも、高等教育課程に行ってしまう。
十五にもなればみんなもう大人っぽくてさ、特に恋しているお嬢さん達は、なんであんなにキラッキラしているの?
モニカやパティだってえらい可愛くなっちゃって、内側から輝いている感じよ。
で、私はどうなんだろう。
可愛い可愛いと言われていてもさ、それは子供だったからじゃない?
可愛かった子供が、成長したらがっかりなんてこともあるでしょ?
私はちゃんと成長出来ているのかな。可愛さだけじゃなくて、いろんな意味で。
「ディア、用意は出来たの?」
「お母様」
「まあ、可愛いわ。寒くないように帽子を忘れないでね」
今日は精霊の森の屋敷をどうリノベーションするか決めるために、屋敷の管理責任者をお願いしようと思っているエルダと、現地に出かけることになっているの。
そこにルフタネンから連絡が来て、カミルが皇太子との会議のために帝国に来るから、会う時間が取れないかって言われたんだけど、精霊の森も放置出来なくて、だったら一緒に行こうかって話になったのよ。
三時間くらいしか時間がないのに、顔を出すあたり本当にまめなやつだと思うわ。
「この服でおかしくないですか? コートを着るからシンプルな方がいいかなって」
「大丈夫よ。今日もすごく可愛いわよ。うふふ。彼と会う前に服で悩むって、あなたも普通の女の子だなってほっとするわ」
「普通の女の子ですけど」
「……そうだった?」
お母様にまでそんな風に言われちゃうの?!
これはマジで生き方を考え直さないといけないかもしれない。
まさか十三歳を目前にして、普通の女の子の生き方から見直すことになろうとは。
「そろそろ出迎えに行きましょう。エルダも来るんでしょ?」
「はい。でも嫌そうでした」
「お邪魔になると気を遣っているのかしら」
それもあるんだろうけど、小説家になると決めたのは自分なんだから、私に甘えたらいけないって思っているみたいなのよね。
余計なお世話だったかな。
エルダの人生に私が口をはさむべきじゃなかったかもしれない。
でも仕事を頼むのが私だから、ブリス伯爵は快く承諾してくれたんであって、そうじゃなかったら仕事なんかしないで嫁げっていうんじゃないかなあ。下手したら勘当ものよ?
「あ、おいでになられました。よかった。もう先方は到着なさっていますよ」
転移用のスペースのある中庭に面したホールに、もうルフタネンから来た人達が到着し、執事達やアランお兄様が出迎えていた。
エルダももう到着していて隅の方で見物している。
ひさしぶりに見たカミルは以前よりも大人びていて、遠くから姿を見ただけで意識しちゃって、心臓がバクバクしてる。前はどんな風に接していたんだっけ?
まだ正式ではないけど婚約者の立場としては、こういう時はなんて声をかければいいんだろう。
サロモンやキースもいるから、余計に迷ってしまう。
「ディア。ようやく会えた」
でもその迷いは、笑顔で近付いて来たカミルの声を聞いた途端に吹き飛んだ。
「うわ。声が」
「ああ、以前会ったのは声変わりする前か」
クリスお兄様が声変わりした時以来の驚きよ。
カミルの声がすっかり低い声に変わっていた。
でも渋いおっさんの声とは違うし、声優にいるような甘い声でもないのよ。
固めで、でも低くて、ゲーム実況者にでもなったら人気になりそうな声ってわかる?
アランお兄様がアニメの主人公の声なら、カミルはライバルの声なの。それか、途中から仲間になる無口キャラの声。
説明がオタクな自分が悲しいけどな!
「低いだろ。親父の声だってからかわれるんだ」
「そんなことないわ。すっごいいい感じ!」
「そうか?」
この世界におぎゃあと生まれてから今まで、一生懸命生きてきたから、神様が私にご褒美をくれたのね。
声がいいって素晴らしいわ。
今までは声なんて気にしていなかったけど、今日から声フェチになります!
「ディア?」
「ひゃいっ!」
うわーー、やめろ。耳元で喋るな。
「へえー」
「何よ」
「そんなにこの声が気に入ったんだ」
やばい。カミルが武器を手に入れたぞ。
すっかり得意げな顔になっている。
「そうね。その声は好き」
「声だけかよ」
「ちょっとそこのふたり。私はいつまでこのいちゃつきを見ていればいいの?」
はっとして振り返ったら、すぐ横にエルダが呆れた顔で立っていて、お母様やジェマ、サロモンがにこにこしてた。
もしかして見られていたの?
うわあ、恥ずかしい。
「精霊の森に行くんだよな」
「そうなの」
「きみに屋敷は必要ないんじゃないか? アランが住んだらどうだ? 琥珀様も喜ぶだろう」
「僕じゃ駄目なんだよ。妖精姫は他国に嫁ぐけど、精霊の森にも住まいがあって、頻繁に帝国にも来ているって話が必要なんだ」
「まあ実際、頻繁に帰るんだろうしな」
「それでいいって考えるあたり、カミルも変わっているよな」
アランお兄様はクリスお兄様とは、シスコンの方向性が違うのよね。
私の幸せのためなら、あまり会えなくなってもいいんですって。妹をまかせられると信頼できる男を、成人して家を出る前に見つけたいと思っていたそうで、カミルには早くから白羽の矢を立てていたって言ってた。その割にはうるさかったけど。
でも、カミルが私を泣かすようなことがあったりしたら、ルフタネンまで押しかけてでも半殺しにすると言っていたからこわい。
「それじゃ、時間もないし見に行こうか。慌ただしくてすみません」
「あらいいのよ。いずれはあなたも滞在することになる屋敷なんだから、ちゃんと意見を言わなきゃダメよ」
「はい」
お母様は、もうすっかり息子のようにカミルに接している。
それを言ったらお父様も、なにしろニコデムスがひどいから、婚約者が決まっているって安心感が大きいみたいで、カミルの評価が爆上がり中よ。
もしかしてシュタルクとニコデムスって、ツンデレ風に私とカミルの仲を応援してくれているんじゃないかって思う時があるわ。
「じゃあ、私が転移魔法を使うわね。寒いから上着は必要よ。屋敷も今は廃墟だから寒いわよ」
「出るの?」
「何がよ。まだ明るいんだしそんな心配しないで」
「否定してよ」
うるさいエルダは放置で、小さな空間を精霊の森に繋げた。
私達の他に、アランお兄様とブラッドとキース、そして護衛がふたりも一緒に行くことになっている。
ブラッドは屋敷が綺麗になったら、警備として家族と一緒にそちらに引っ越すの。
レックスが私の執事に戻ったし、女性で貴族のジェマがいるでしょ?
ブラッドの希望もあって、冒険者の知り合いを何人か雇って、精霊の森の警備もやってもらう予定よ。モニカの屋敷やカフェも出来るから、警備兵は国が用意するだろうけど、私の屋敷の警備をベリサリオが人任せにするわけないもんね。
セバスも屋敷の管理の仕事に異動するんですって。
商会や執事の仕事は、息子と孫に任せてのんびりしたいと言っていたわ。
屋敷の管理の仕事って、のんびりできるの?
「うー、思っていた以上に寒いな」
「王都には何度も来ているだろう」
「ルフタネンとの気温差を考えてくれよ」
屋敷の正面玄関前に転移した私は、荒れ果てた庭と屋敷をちょっとワクワクしながら見上げた。
前回は時間がなくて、屋敷の中に入れなかったのよ。
廃墟というには綺麗だけど、放置されているんだとわかる程度には汚れている。
庇や柱より窓がだいぶ奥まった位置にあるせいか、室内が暗く見えてちょっと不気味ではあるわね。
「じゃあ、扉を開けるわね」
「待てディア。僕が開ける。ブラッド、護衛のひとりと周囲を一周して来てくれないか」
中に何かいると思っているのかしら。精霊の森よ? 魔獣はいないわよ?
アランお兄様は私からカギを受け取り、ガチャリと音がするまで回した後、カミルと顔を見合わせて頷きあってから扉を少しだけ開いた。
「あ、こら」
我先にと精霊達が中に飛び込んでいくので、仕方なく大きく扉を開く。
玄関ホールは二階まで吹き抜けになっていて、正面に二階に上る大きな階段が見えた。
某ゾンビを倒すゲームの洋館を思い出したわ。
「思ったよりは綺麗?」
「暗いな」
「魔石を持ってきたから明かりを灯しましょう。カーテンも閉まっているみたいよ」
アランお兄様に続いて、私とカミルとエルダが中に入り、背後に護衛が続く。
ゾンビ出ないよ?
不法侵入者くらいなら、これだけのメンバーがいればちっとも危険じゃないから。
精霊達が楽しそうにぐるぐる飛び回っているのは、建物の中の魔力がかなり強いからだろう。
さすがは元精霊の森。
分厚い石の壁に阻まれていたおかげか、建物の中は魔力が失われなかったのかもしれない。
それか琥珀が散歩でもしたのかも。
「順番に部屋を見ていくか」
「先に明かりをつけよう。不法侵入者がいたら、それで逃げるだろう」
「なんで不法侵入者がいるのよ。鍵がかかっているし扉も頑丈じゃない」
「窓ガラスが割れているか全部は確認していないだろう」
男の子には敵がいるのね。
女の子を守らないといけないと思うと、余計に慎重になるんだろうな。
「窓が小さいんだな」
「それは仕方ないわよ。王都は寒いもの。バルコニーも広間以外にはついていないことが多いわよ」
床のタイルがはがれていたり、前の住人が置いて行った家具が壊れている場所はあるけど、建物自体はあまり手を入れなくても大丈夫そうね。
「これは何? 動物のフン?」
「なんだろう。この魔力の中で虫は生きて行けないだろう。特別変異?」
「特別変異?!」
あいつがいるの?
この世界に来てからは一度も見かけていない、黒いやつがいるの?!
思わず隣にいたカミルの袖を掴んで身を寄せた。
「Gがいるの? あれは駄目よ。あとカマドウマもいや」
「それは帝国の言葉か?」
「違うけど嫌」
「くっついてくれるのは嬉しいけど、コートの袖が破けそうだよ」
「待って。魔力を放出するわ。特別変異種も駆逐してやる」
両手を広げて掌に魔力を集め出したら、天井の上から微かに音が聞こえた気がした。
でもこの気配って……。
「ディア、今ここで魔力を使うのは危険だ」
「え?」
「この世界のすべての物には魔力が含まれている。この辺りは一度魔力がなくなって、その時に建材からも魔力が減っているはずだ。一度に大量の魔力を浴びせたら崩壊するかもしれない」
え? 石にも魔力が入っているの?
人の体にも魔力は含まれているわよね。
じゃあ、シュタルクでは建物の崩壊が起こったり、人々が病気がちになっていたはず。
そこに風車の登場か。
ニコデムスには大きな借りがあるんだな。
「知らなかったのか?」
「ちょっと覗き込まないで。その声に慣れるまで近くで喋るの禁止」
「喋らないと慣れないだろう」
いいの。すぐ間近で喋らないで。挙動不審になりそうだから。
「上に行きたいの」
「わかった」
エルダとアランお兄様にも声をかけて、階段を上って先程の部屋の上の部屋に向かった。
階段も手摺も壁も、埃っぽいのだけはどうしようもない。
「僕が開けるよ」
相変わらず慎重にアランお兄様が扉を開けた途端、主がまだいないのに、濃い魔力の残る建物の中にいたせいか目で見えるくらいに育ってしまった精霊が飛び出してきた。